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machine head  作者: 伊勢 周
21章 Ran away from……
237/286

幻影

 隔離病棟から脱走した男――六年前に起きた瀬間家惨殺事件の犯人――を追って、不破はアーセナルを一人で発った。まずはその収容されていた病院へと調査に向かうためにと車で移動している不破のもとへ、一件の通信が入った。


『不破さん、桜庭です』

「おう」

『例のマスクの男の能力について、一応念のため移動の間ブリーフィングとしておさらいしておきましょう』

「頼む」

『ファントムドライブと名付けられたこの能力、まずメインの能力は、本体が周囲の空気中にドライブ能力を発生させます、それらは人間の眼にはほぼ見えませんし匂いもしません。人間の五感や通常の装備では気付くことは出来ないでしょう。これらに触れると軽度の幻を見るようになります。触れる量と時間が多ければ多いほど、幻は深く現実味を帯びます』

「ああ」

『この攻撃の際は、幻にもテーマがあります。同じタイミングで広域に発生させられたファントムドライブに触れた人間は、みんな共通した幻を見る。岬ちゃんが襲われる千咲ちゃんを見て、千咲ちゃんが襲われる岬ちゃんを見たように。本や映画とか、一つの創作に範囲一体が迷い込むような形ですね』

「だいぶ良い風に言ったな」

『次に、直接手で触れられた際です。こちらは幻と言うよりは、暗示、催眠という言葉が適切です。一瞬で暗示をかけられて、岬ちゃんのご両親の時のような、何のためらいもなくお互いに殺意を抱かせたり狂暴化させたりします』

「どんな相手でも触られちゃまずいって事はかわんねーな」

『ただ、実験の結果、ある程度ドライブの鍛錬を積んでいる人間であればその暗示に抵抗することが出来たという例もあります』

「例もあるって言い方が頼りないな」

『このドライブ全般に言える事は、本体に攻撃を与えればすぐに能力が解除されるという事です』

「それが簡単にできりゃあ、楽に捕まえられそうだがな」

『とにかく、今不破さんの首筋に装備している小型カメラ。これは常に私達のモニターと同期しています。ファントムドライブでもカメラは騙せません。これが弱点。今回は本体を探すわけではありませんが、念のため病院についてから、自分に何が見えているか、逐一報告してください。齟齬があれば指摘します。不破さんの端末でも見られるようにしているので、緊急の場合はそちらを確認してください。身近で簡単な物だったら、携帯電話のカメラでも大丈夫ですよ』

「了解。……千咲と岬は今、どうしてる」

『千咲ちゃんは別の任務で外に出てます。岬ちゃんは、無理矢理今日は休みなさいって、平山先生が。生方くんのところに行ったようです』

「そうか……。ま、この件はなるべく長引かないようにしないとな。あいつらはやけに勘が鋭い時がある。みんなしんどい時に、若い奴らに余計な負担かけたくねぇ」

『はい。頼りにしていますからね、不破さん』

「おう、任せとけ」



          *



「街で不可解な動きをしているマシンヘッドが一体居る」と報告を受けて、「リハビリにちょうどいい」なんて軽口を叩きながら千咲が出動してきたわけだが、実際に現場へ到着してみてみると確かに町の広場で酔っぱらいのような動きを見せてうろうろと彷徨っているマシンヘッドが居た。

 恐らく攻撃や衝撃などの拍子にバグが発生して正常な行動が出来なくなってしまったのだろう。だが、対抗手段を持たない人々からすれば、自分達よりも一回り大きい機械が制御を失って暴れているという図でしかないわけで、何かのきっかけでいつまた襲い掛かってくるか分かったものではない。人々の安全と安心のために、早急に破壊してしまう必要がある。

 千咲はすらりと刀を抜いて下段に構え一旦全身の力を意図的に抜くと、左足で地面を蹴り一目散にマシンヘッドに向けて駆ける。右足、左足、共に凄まじい速さで交互に踏み出していく。多少の痛みはあるが、千咲は自分が思っていた以上に身体が軽く動くことに驚きと心地よさを感じていた。


(七○%って感じかなっ)


 あっという間にマシンヘッドの足元に到達した千咲は、その右足膝裏の装甲が無い一部分を見事太刀筋狂いなく斬りぬいた。ギャン、と金属が高速で擦れ合う音が鳴り、マシンヘッドの右足は斬り飛ばされた。バランスを失ったマシンヘッドは体を回転させながら倒れる。倒れながら回転している事によりマシンヘッドの左腕がハンマーのように千咲に向かって高速で襲い掛かるが、それも難なく肘裏の装甲が薄い部分を斬り飛ばすことによって回避した。そして回転したことにより、うなじが千咲の目の前に現れ、それを鋒で器用に斬ると、マシンヘッドはそのままずしんと音を立てて地面に倒れ、ぴくりとも動かなくなった。

 千咲はマシンヘッドの頭を右足で軽く蹴ったり、動きがない事や機械起動音が止まったことも確認して、「破壊しました。回収お願いします」とインカムに向かって言う。

 かなり遠巻きに見ていたらしい近隣住民たちが喜びと安どの声を小さくあげながら通りへと戻ってきたが、それでもまだ倒れているマシンヘッドが恐ろしいようで一定距離以上は近づかず、まるで動物園のライオンやクマなどの猛獣を見るような態度で千咲を囲んでいた。


「早く回収班来ないかな……」


 そんな人々の視線に居心地の悪さを感じて千咲はそんな事を呟いた。


「ねぇ、あなた、そのロボットはもう動かないの?」


 一人の中年女性が遠巻きに千咲に声をかける。


「ええ、その筈です」

「筈って、じゃあ何かの間違いで動くかもしれないって事? 怖いわぁ、早くなんとかして頂戴。それがあなたたちの仕事なんでしょう。そのロボットずっとここで暴れてたのよ?」

「……今から回収作業をしますので、すいません、もうしばらく待っていて下さい。それまではここで私が見張っていますので」


 女性の少し嫌味っぽい要望にも千咲は嫌な顔ひとつ見せず、そう答えてマシンヘッドを見る。


「みんな、まだ離れてましょ。この人がのんびりしてる間にまた動き出したら大変だから」


 女性は周囲の人間にそう言って、その場から迷惑そうな表情を見せて離れて行った。言い方に棘こそあれど、一般の人からすればそういう感覚なのかもしれないな、と千咲は思った。ルールを破る悪い人間が居たら警察が捕まえるのが当たり前、火事が起これば消防士が鎮火するのが当たり前。


「街中に殺人マシンが現れたら、……私達が壊すのが当たり前」


 それなのに倒しきれなかったから、こんな事になっている。

 そもそも礼を言われることなど今までも無かったのだから、それが少し露骨になっただけだと千咲はほぼ割り切っているのだが、『早くどこかに行ってくれ』という感情が込められた視線を受け続けるのはそれでも嫌だった。

 十分ほどしてマシンヘッド回収用の重機が千咲のもとを訪れ、てきぱきとマシンヘッドの回収作業を進めていく。破片も含めて全てトラックに載せきり千咲もいろいろな意味で安どの息を吐いたが、その時千咲は、先程まで感じていたものとは一線を画すうすら寒い視線と気配を感じて、ゾクリとして背筋に冷や汗が伝った。

 千咲は思わず周囲をぶんぶんと首を回し周囲を伺う。


「一文字さん、どうかされましたか」


 回収班の隊員が急に挙動不審になった千咲に尋ねる。


「……。いえ…………。何でもありません」

「そうですか? では我々は戻ります」


 トラックに乗り込んだ回収班たちは本当に無駄のない仕事をして帰って行った。車も待たせているし、自分も無駄な事をしていないで基地に戻らなければと千咲は考えて、踵を返したその時。

 建物の影から、大きなマスクをつけた男が千咲をじっと見ていた。


「っ!?」


 千咲はその男の異様な雰囲気に息をのんだ。男は目を見開いて瞬きもせずに、千咲をずっと見つめ続けているのだ。彼女の心臓がどくんと一度大きくはねた。

 先程肌で感じた寒気はその男のせいだとすぐに理解した。

 その男の風貌。大きなマスクと狂った獣のようなイカれた目つきだけで充分だった。千咲はすぐに理解する。

 その男は、自分達を、岬を今もなお苦しめている六年前のあの男であると。

 不破から犯人は捕まったという話だけを聞いていたが、今は目の前の現実が全て。男がにやりと笑みを浮かべたのが、マスクをしていてもわかった。千咲は頭にカッと血が上るのを感じ、刀の鞘を握りしめ一目散にその男目掛けて駆け出した。

 すると、男は背中を見せて逃げ出した。


「待てッ!!」


 千咲が叫ぶと、周囲に居た人間は驚き彼女を見るが、千咲はもはや周囲など見えていない。

 耳は男の足音と自分の足音しか聞こえていなかった。目はその男だけを視界の焦点に入れて、全速力で走る。相当な速度で走っている筈なのに、その男との距離はなかなか詰まらなかった。


「絶対に、逃がさないッ!!」


 鬼のような形相で叫ぶ。

 男を追って走り続けた千咲は、人気のない雑居ビル群へと辿り着く。すると男は、ビルとビルの間の細く薄暗い路地裏へと逃げ込んだ。

 千咲はその入口の前で立ち止まる。


「……っ、おじさん、おばさん、岬。私が、仇をとるからね……」


 少々息を切らしながら呟いて、そして陽の光が届かない路地裏の闇へと自ら身を溶け込ませる。


「こっちだよ」


 路地の先から声が聞こえた。


「舐めくさって……!!」


 千咲は怒りに声を震わせて乱暴な言葉を吐き、刀を抜き声の聞こえる方に素直に進む。

 まだ日も傾いていないというのに、道はあまりに暗く、無音だった。

岬の辛そうな顔が思い浮かんだ。千咲は、不破に一度だけ、マスクの男がどこに捕えられているのかと尋ねたことがある。尋ねた理由は二つあった。一つはその男がどこにどのような形で捕えられているかを確認することによって安心したかったから。もう一つは、……いっそ自分の手で殺してしまおう、とも思っていたから。

 不破は彼女のそんな復讐心を見通していたのか、絶対に男の居場所を教えなかった。ただ、『万全の体制で拘束しているから心配するな』とだけ伝えられた。

 時が経つにつれ、そして岬や仲間たちと過ごす内に復讐心は徐々に薄れていった。もうあの日の事を思い出すのは、ただの苦痛に変わっていった。だから、無理矢理記憶の隅に押しやった。

 路地を進む内に別れ道に差し掛かると、右の道の少し先に男の後ろ姿が見えた。千咲は再び走って追いかけはじめる。

 彼女は思う。

 あれから自分はずっと努力してきた。いろんなものと闘ってきた。幸せになりたくて、過去を振り切りたくて、未来を見ていたくて、平穏に憧れて、その為に強くなりたかった、と。

 だけど今マスクの男を目の前にして彼女は悟った。

 どこかに拘束されているだとか、過去を忘れて幸せを掴みたいだとかそんなのは自分達には無意味で、過去から続く因縁には自分の手で決着を付けなければ前に進めはしないと。

 今この時、美雪が婚約者の仇を血眼で探していた気持ちが彼女には痛いほど理解できた。

 男を追って、路地裏の袋小路にたどり着く。その男は逃げるのをやめて、背中を千咲に向けたまま立ち尽くしていた。


「決着を、つけてやる……!」


 千咲は呟いて、刀を中段に構え、一歩一歩にじりよる。すると男がゆっくりと振り向いた。


「僕を覚えていてくれたんだね。うれしいよ、千咲ちゃん」


 男は、マスクを外していた。口周りには大きなやけど痕があり赤黒く変色している。そしてじっと千咲を見つめている。狂気をはらんだ二つの眼で。


「違う……! 覚えるものか、お前のことなんてっ! 私の名前を口にするなッ!!」


 自分でも何を言っているのかわからない程千咲は冷静ではなかった。ただただ、その男の言葉に対して肯定したくなかった。


 千咲が、一足飛びで踏み込み目にもとまらぬ斬撃を浴びせる。全く躊躇のない、人を殺すための斬撃。


 タイミングは確実に仕留めたと感じていたが肝心の手ごたえが無く刀は空を切った。それどころか男の姿そのものがその場から消えていた。そして代わりに、ひらひらと一枚の紙切れが宙を舞ってふわりと滑り、千咲の足元に落ちた。彼女は周囲を警戒しつつもそれを拾う。

 それは自分と岬の幼い頃の姿が写っている、色あせたしわくちゃの写真だった。


「――っ」


 千咲はあまりの嫌悪感に唇を震わせ呼吸を乱し、そして身を守るために周囲を見回した。


「……今日はもう帰るけど、岬ちゃんにも、会いに行くからね……」


 背後からそう聞こえて慌てて振り返り後方に飛ぶ。すると周囲が突然明るくなるのを感じた。


「え……?」


 冷静に周囲を見回すと、自分は路地裏通りに入って数メートルしか進んでいなかった。千咲は再び表通りに飛び出して左右を見回す。そこはもう機能していないゴーストビル群で、人間はどこにもいない。


「……っ、会わせるものかッ! それまでに、絶対に……、絶対に私が、お前を……!!」


 千咲はその場で、身体を戦慄かせながら叫んだ。




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