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machine head  作者: 伊勢 周
21章 Ran away from……
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新しい名前

 コウスケは仰向けになったまま息をふぅと吐いた。一体ここはどこなのだろうか、と考えている。そしてみんなは無事なのだろうか、と思考を整理する。

 リルとジィーナをパラレルワールドに送り届けてから、敵を引き付ける意味もこめてしばらくは囮のように行動していた。だがコウスケが想像していた以上に追手の数は多く、追撃は激しかった。それらを退けながらも、傷だらけになり、それでも移動を続けていた所で、なんとかこちらの世界に来たものの、出てきたのは崖の上で……。

 コウスケ自身、そこからあまりしっかりとした記憶が無いが、どうやら真っ逆さまに海に落ちてしまったらしい。


 数分して雫が一人の中年の男性を連れてきた。その男は心を開いています、と言わんばかりに、腕を外に広げつつ両掌を見せてコウスケへと近寄る。


「気分はどうかね、コウスケくんという名前だったかな、とりあえず今飲み物を用意させているから遠慮無く飲みなさい。水分は生物には必要不可欠なものだ。ラクダのようなコブが君に備わっているのなら無理にすすめはしないがね」

「あの」

「なんだね?」

「あなた方のご厚意はとても感謝しているのですが、自分にはやらなければいけないことがある。ここでじっとしている訳にはいかない。すぐにでも出ていかなければ」

「駄目だな。そんなボロボロの身体のままじゃ、出来るはずのこともきっと失敗してしまう。どうか焦らず、少しここで休みなさい」

「しかし……」


 食い下がろうとするコウスケに対して彼は続ける。


「君は、『こちらの世界』に行く宛は有るのかね? きっと地図もないし身寄りもないだろう。救急車を拒否したのもそれが理由だ。その腕につけられた刺繍を知っているぞ、君は元居た場所では警察官だ。おそらくその傷も、『向こうの世界』のつまらぬしがらみによって残されたものなのだろう」

「……、あなたがたは、もしかして……」

「ふふふ、そう。何を隠そう、私もこちら世界の人間ではないのだよ。きっと君と同じだ。よければ話を聴かせてくれないか、力になれる事があるかもしれない。そんなに傷だらけになりながらも、すぐに立ち上がらなくてはならない理由を」



・・・



「成程、それでこちらの世界に。大変だったな。妹さんをはじめ家族、部下の事、さぞ心配だろう。君がその傷だらけの身体でまだ飛び出そうとする気持ちも理解できる。だが……闇雲に動いたところで、はっきり言って無駄にしかならない。奇跡的に見つけ出せたとして、そこからどうするつもりかな? このまま家族や仲間と再会できたとして、そんな状態で元の世界に戻ったところで元の木阿弥というやつだ」

「それは……返す言葉がありません」

「そうだろう。だがそれは君が落ち込むことじゃない。全く、話を聴いている最中幾つもため息がこぼれそうになった。そちらの世界は、私らが居た時と何も変わっていないようだ」

「といいますと……」


 コウスケが続きを促すと、天屋は娘である雫に視線を向ける。


「私の娘には、心を見る能力がある。この娘の前では誰も嘘を吐き通す事は出来ない。君が話したことを手放しで信じることが出来るのも、この子の力があってこそだ」

「見るとは、つまり、心の中を読むことが出来ると」


 彼女を見る。すると彼女は顔をゆっくりと左右に振った。そして自分の能力をこう説明した。


「いいえ、心を見るのです。心の色とは、絵のようなもの。頭の中で何を言っているか、何を考えているか、そんなものはわかりません。表現が難しいのですが、見えるのです。喜怒哀楽、嘘を吐いているかいないか、敵意があるか。そのような大まかなものが見える」

「この娘の能力がそういうものだと分かったとき、真っ先に研究所の人間が私達のところにやってきた。『どうか詳しく研究させてほしい』とね。『この娘の能力があればあらゆる冤罪をこの世から撲滅出来る』と言っていたよ。私も、この子の能力ならばそれが出来ると思っていたから、二つ返事で了承した。どちらにせよドライブが発現すれば教育機関に預けるのが義務だからね。国立の研究所が無償でと申し出てきて、考えるきっかけを失っていた。あの時は、疑う余地なんてなかったのだ」


 そう言って俯いた。続いて雫が小さく口を開く。


「だけど私は両親から引き離されてすぐに、国立研究所から薄暗いどこかの地下の研究所に移送されて監禁された。そこには、沢山の子供がいて、マオと呼ばれる男が居て、私達を乱暴に扱い、研究の為に無理な実験を一日中させられた。心が壊れてしまっている子が沢山いて、本当に怖かったのを、今でも覚えています」

「マオは、雫の能力を冤罪撲滅に使う気なんてさらさらなかった。自分の周囲に居るかもしれない裏切り者を炙り出すためだけに、雫の能力を欲したんだ」

「それで、あの地下室から脱出できたのか?」


 コウスケが雫に問うと、隣に居た天屋の顔が少し険しくなる。


「私と妻はいち早くその事に気付き、居場所を特定して殴りこんでこの子を助けるために闘った。私も妻も当時は若くて、喧嘩っ早かったというか、冷静ではなかった。ぎりぎりこの子だけ助け出す事には成功したが、その時に妻を喪った」

「そうですか……それは、辛い事をお聞きして、申し訳ない」

「いや、良いんだよ。同じ境遇に陥ろうとしている君にだから話す。あれからマオの悪事は当然もみ消され、さらには妻を喪い落ち込んでいた私は、ある日突然妻を殺した罪で世間から追われる事になった。そして逃げている最中に偶然こちらの世界に転がり込んでしまった。さすがのマオもこちらの世界にまでは追いかけてはこなかったから、おかげで最初は苦労したが……裸一貫で始めたビジネスもなかなかうまくいき、それなりに平和な生活を送れている」

「そうなのですね……」

「もちろん故郷の家族や友人を想う事もあるが……、こちらの世界も悪くはないものだよ。あちらは何でも機械化、機械化って、思い出すと今でも油臭くてかなわんよ」


 天屋は苦笑いしながら言った。


「ともかくだね、私はもし同じような境遇の人間とこの世界で出会った時は必ず力になりたいと、ずっと心に決めていた。勝手だと思うかもしれない……、いきなりで難しいかもしれないがどうか私達を信頼して、力にならせて欲しい」


 天屋はがっちりとコウスケに視線を合わせる。コウスケが雫に視線をずらすと、彼女はぺこりとお辞儀をした。コウスケは真上の天井を見つめ、そして目を閉じた。家族や仲間の顔が瞼の裏に浮かび上がる。今は、遠慮をしたりなりふり構っている場合ではない、と強く思った。

 ぱちりと目を開く。


「……それでは、お言葉に甘え……。少しだけで良いのです、あなた方に力を貸してもらいたい」

「少しだなんて言わないでくれ。全力で君を手助けする。……よし、早速だが、それでは君はこの世界で、天屋コウスケ、と名乗るといい。私の息子という事にする。こちらの世界は名前を漢字でつける風習が今も残っていてね。そうだな……コウスケ……コウスケ……」


 天屋は近くにあったメモを持ち出してペンを手に取り、しばし思案にふける。そして「よし」と呟き、メモ帳に二文字の漢字を書いて、コウスケに見せる。


おおやけを助ける、という意味の漢字を書いて公助。これでどうだろう」

「……。はい、素晴らしいと思います」


 コウスケ、いや、公助は小さな笑顔を見せた。それは、コウスケ・レッドウェイが、天屋公助になった瞬間だった。



          *



 天屋先生はそこまで語り終えて、静かにソファに背中を預けた。


「これで、私が彼と出会ってから、息子にすると決めた過程はだいたい説明できたはずだ。長い事話すと肩がこるな」


 そう言って首と肩を自分の手でほぐし始める。


「それじゃあやっぱり……!」

「室長は、天屋公助さんと同一人物!」


 エミィとロディが宍戸を挟んで身を乗り出しお互いに興奮気味に声を弾ませた。そんな二人を宍戸が無理やり両手でそれぞれソファに押し戻しつつ、口を開く。


「それで、俺達の知らない所で天屋さんと先生はどのような事をしていたのですか?」

「あぁ……まず彼は、先にこちらに来ている筈のリルとジィーナという二人の娘を探したい、と言うことだった。ある程度『異世界人たち』のネットワークが構築されていて、それを利用して調査を始めたんだ。比較的すぐにそれらしき人を見つけた。どうやら一般の家庭で保護してもらっているようだと。その頃には彼も自力で動けていたし、彼自身が単身で急いで迎えに行った」

「…………そこで何があったのですか」


 公助とリル達の再会が順調だったなら現在ここまで話はこじれていない筈、と思い宍戸はそう尋ねる。


「奴がそこへ迎えに行った時、その家庭は襲撃された後だったようだ。ひと足遅く、その家族は惨殺されていた。その中にリルとジィーナの死体は無かった。逃げたのか連れ去られたのかは不明だったが……マオの仕業に違いないと我々も断定した。それ以来いくつか情報が舞い込んできては確認を行ったが、別人だとか誤情報だったり、同じように一足違いだったり……それでも奴は疲れた顔も見せずに情報があるたびにあちこち飛び回っていた」

「なるほど……」

「確か、一年はそういう状況が続いたんじゃないかな。だが、同時に自分達の情報網に限界を感じ始めてもいた。そしてそこに現れた、機械の兵隊。そこからは、お前さんも知っているだろう」

「スワロウの設立……」

「こちらの世界で大きな力を後ろ盾にするのは願ってもない事だった。だが公助も最初は悔やんでいたよ。お前達を自分の戦いに巻き込んでしまった事を、そしてあの機械兵達の裏で糸を引くマオという敵について、君達に言うべきなのか――『ちょっと待ってください』」

「んん?」

「違う、あの機械兵……マシンヘッドを操っているのはブルーム達だ。マオじゃない。ブルームがマシンヘッドを操っているという証拠は山ほどあるし、そもそも奴が首謀者と自ら名乗り出た」


 天屋先生は、「なんと、そうだったのか」と驚き、そう言った宍戸の顔を怪訝な表情で見る。宍戸は独り言のように続ける。


「そのマオという男がリルとジィーナを今も狙っているのは知っているが、食い違っている。それじゃあ天屋隊長は当初、マシンヘッドについて、マオが自分や仲間を狙って差し向けていると勘違いしていたのか。だが、ある日ブルームが自ら首謀者と名乗り出て……」


 そして。


「そしてそのしばらく後……、天屋隊長は俺達の前から姿を消した……」



          *



アーセナル、会議室にて。

 不破と司令と副司令、そして平山先生の四人が部屋の中で顔を突き合わせていた。

 今までの十年ほどを思い返してみてもそうそう無いであろう組み合わせの四人に不破は少しやりにくさを感じつつ、誰かの発言を待つ。不破はこの部屋に呼び出された訳だが、要件は何も聞かされていないのだ。すると、雪村がごほんと咳払いをしてからゆっくりと喋りはじめた。


「さて、不破、お前の近頃の活躍。稲葉が居なくなってしまった今、この調子で副隊長として今後もますますスワロウを引っ張って行って欲しい」

「はい、ありがとうございます。少し荷が重いですが、精一杯務めさせていただきます」

「ところで、だ。早速本題に入らせてもらうが……六年前。瀬間と一文字が巻き込まれた惨殺事件について、覚えているな?」

「……当然、覚えています。しかし奴なら大人しく捕まって病院にブチ込まれたでしょう。隔離病棟で厳重に管理されている筈。それが何か?」

「確かにそうだ。だが、つい先程病院から逃げ出したという報告が来た。マシンヘッドの騒動で病院が襲撃され、その混乱に乗じて逃げ出していたらしい。我々の情報網も上手く機能していなくなっていた部分もあって、今更報告が来たのだ」

「なっ……」

「今、地域情勢がようやく快方に転じ始めたが、まだ全てが正の方向に進んでいる訳ではない、治安の悪化が深刻な地域もある。そんな中、あのような奴が再び野放しになれば、一体どれほどの被害が生まれ復興の妨げになるか……」

「……それで、俺に再び奴を捕まえろと」

「その通りだ。宍戸が出ている今、誰かが一刻も早く対応せねばならん。スワロウの中で、今頼れるのはお前だけだ。今も充分身を削って復興支援に努めているのは知っているが、なんとか頼む」

「わかりました。今すぐに調査に向かいます。……まずは奴が収容されていた隔離病棟へ」


 言いながら不破は立ち上がる。


「あぁ。今使えるだけの情報網はそちらに割く。少しでも情報があればそちらへと通す。くれぐれも慎重に頼む」

「了解、それでは出動しますので、失礼します」

「ちょっと待ってくれ」


 不破が踵を返そうとしたその時、平山が制止をかける。


「どうかしましたか?」

「いや……。この事は、岬と千咲には……」

「わかってますよ。言いません。知られる前にちょろっと解決してくるんで、安心してください」


 不破は握りこぶしを作ってかざして見せて、そして会議室を後にした。




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