帰郷
世界の各地では多少の差はあるもののテレビ・ラジオなどの情報網はほぼ復旧し、徐々に正確な情報が人々に伝わり始めていた。街の中に設置されていた定点カメラや、コンビニなどの店先の監視カメラの中で無事だったものの映像を抽出した際に浮かび上がってきた、機械兵達による人間襲撃の様子は全世界に配信され改めて人々に衝撃を与えた。
そして民間人達をさらに不安がらせるのは、世界中のどの国家、テロリスト・団体からも犯行に対しての声明が上がらない点である。
連日特集が組まれる報道番組では、犯人の存在が欠片もちらつかない事と、現代機械技術からあまりに超越しているテクノロジー、さらに空の先に消えて行った飛空艇と併せて、『ついに宇宙人が侵略に訪れたのでは』などという言論が大真面目にクローズアップされている。
宗助はその報道を見ながら「あながち間違いではない」と複雑な心境にかられつつ、今まで秘密のままで食い止めてきたマシンヘッドという存在がこうも世間に出回ってしまった今、情報の取り扱いと自分達の立ち位置はどうなるのか、と考えていた。
特に気になるのは、ドライブ能力で応戦した場面がカメラに収められたり、さらに不破が国道に作り出したバリケードがそのまま残っていたりで、漫画や特撮のような不思議な力を操る人間がこの世にいるという事が少しずつ明るみに出ているという事だ。
幸い、その特殊な能力を使用した人間達の大半は護る側だったので、マスコミ、特にアメリカのマスコミなんかは正義の超能力者達だなんだとこれから先の希望の一つとして持ち上げていた。
その持ち上げられ方と自分が成し遂げたことを比べて胸の奥に幾つも針が刺さったような感覚に襲われたが、宗助は「これから、これからだ」と自分に言い聞かせて自身を奮い立たせていた。
*
それから三週間ほど経過した。
十月がすぐ目の前まで近づき、しぶとく残っていた暑さはほぼなりをひそめ快適な気候へと移り変わった。復興作業の効率も自然とあがる。建て直したものや更地にした場所、対処の方法はケースバイケースだが、破壊されたままという状態の場所は随分と見なくなった。それと並行して、怪我人の状態も徐々に快方に向かっていた。
特に千咲は持ち前の体力も手伝ってか傷はほぼ塞がり、今は腹筋の厳しいリハビリもこなしている。白神はようやく自力で起き上がれるレベルにまで達したがまだまだ日常生活を送るには時間がかかりそうだ。宗助は怪我の場所が場所だったため治りは千咲に比べると早くはなかったが、それでも順調に快方に向かっている。
現在スワロウで頼りになるのが宍戸と不破の二人。この二人は既に元気に復興活動の手伝いを行っている。そして宍戸の部下となったエミィとロディも傷はほぼ治り、宍戸のもとでこき使われ、活躍している。
岬の能力は相変わらずうんともすんとも言わない状態だが、もともと簡単な医療技術は心得ており、医務室で変わらず怪我人の治療に従事している。
食堂で働いていた者たちは仮設住宅で暮らす人々に食料を配給しに出動したり、アーセナルのオペレーター達は荒らされた敷地内の修繕などに駆り出されたり、職員全員が一丸となって復活を目指していた。
誰もが壊されたものがあって、それを組み立てなおそうともがきながら進んでいる。壊されたものが再び同じ姿で組成させることはきっとこの先ないのだろうが、それでも。
そんな中、アーセナルのブリーフィングルームでは宍戸が装備のチェックを入念に行い、エミィとロディにも外出の準備を整えさせていた。そう、以前に言っていた手がかりを調査しに、宍戸と稲葉、実乃梨の三人が育った孤児院に向かうためだ。目的は、そこで天屋公助の足跡を探す。
宍戸はいつも通りの険しい表情で黙々と準備を進めているが、エミィとロディはそれなりに有力な手がかりの存在する現場へ連れて行ってもらえるとあって妙にソワソワと落ち着きがない様子で準備に取り掛かっていた。
エミィとロディそれぞれのドライブ能力について、何ができるのか、どこまでできるのか、宍戸によって既に幾度かテストが実施され、把握されている。さらに、この数十日を共に行動することにより、宍戸もエミィとロディもお互いへの理解が随分と深まった。
そうして準備も完了し、三人は自動車で移動するために正面玄関へと向かう。運転手と合計して四人での移動だ。
「いいか、出発する前に頭に入れておけ、移動の最中に敵に遭遇する事も充分あり得る。特に今は、ブルーム達の回収していないマシンヘッドが時折現れることもある。だがくれぐれも勝手に攻撃を加えたり、とにかく戦闘に持ち込もうとするな。戦闘は止むを得ないと感じた時以外は俺の指示を仰げ。勝手な行動は極力慎め」
「は、はいっ」
宍戸が高圧的な態度で二人に告げると、エミィもロディも宍戸の恐ろしさが身に染みているのもあって、どもりながら返事をした。見送りに来ていた不破や岬・秋月や平山はその光景を見て苦笑いを浮かべる。
すると。
「お待たせしました」
中型輸送車が宍戸達の前に停車し、運転手が窓を開けて声をかける。輸送車と言っても民間で使われるような車両とは比べ物にならない程の強度と馬力を備えているものだ。宍戸は見送りに来た面々に向かって振り返る。
「それほど長くはかからないだろうが、少し留守にする」
「はい、宍戸さん、必ず何か手がかりを掴んできてください」
「あぁ」
「エミィさんとロディさんも、大変だろうけど、しっかりね」
「ありがとうございます、秋月さん」
宍戸は素早く助手席に乗りこむと、二人も後部座席へと乗り込んだ。そして車は出発する。目的地は、稲葉と宍戸と実乃梨が育った孤児院。
*
一時間ほどの移動で目標地点へと到着した。
エミィとロディが車から降りて目についた建物が目標とする孤児院だと聞かされていたのだが。
(……古っちい建物)
それ以外、特にそれを見て全くと言っていいほど感想が出てこない程、普通の建物がそこにあった。少し老朽化した両開きの鉄門とそれらを支える門柱には前時代的なインターホンが取り付けられている。
機械文明の栄えたパラレルワールドから来たエミィとロディからすると余計に古めかしく感じて、不慣れな様子で「このボタンを押せばいいの?」という感じにインターホンを指差して宍戸を見る。
「押せ」
それを察して宍戸が短く言う。エミィが緊張の面持ちでボタンを押すと、『ピンポーン』と、一昔前のオーソドックスな呼び出し音が聞こえて、門の先の建物内からも同じ音が二度、三度響いた。
しばらく門の前で待っていると。正面の扉がゆっくりと開き、妙齢の女性が現れた。その女性は背が低く体格も細身だった。白い長袖のシャツとベージュ色のパンツを履いており、茶色一色の地味なエプロンを装着している。黒い髪の毛も全て後ろでまとめており、全体的に素朴で洒落っ気はあまり感じられなかった。
「こんにちは」
女性はエミィとロディを見て小さめの声で挨拶をする。
「あ、こんにちは」
エミィとロディもペコリと挨拶をする。
「あの、どちらさまでしょう? 今日はどのような――、…………忍君?」
女性は喋っている最中に宍戸の姿を発見すると少しの間彼をそしてじっと見て、名前を呟いた。
「お久しぶりです」
宍戸もそこでようやく会釈して挨拶の言葉を述べる。
「はい、本当に久しぶりですね。何年ぶりでしょう。……鉄兵君や実乃梨ちゃんは?」
「……、先生は居ますか?」
宍戸は質問に答えずに、逆に彼女に質問した。
「先生なら、今家の方に。あっちに回ってきてくれますか? 先生もきっと驚くでしょうけど、それ以上に喜んでくれます」
彼女は微笑んでそう言うと、家の中に戻ってしまった。
「宍戸さん、今の女性はやっぱりお知り合いなんですか?」
「先生の娘さんだ」
ロディが尋ねると宍戸が短く答えて、そしてその場から歩き始める。
「こっちだ。先生の自宅がすぐそばにある」
「あ、はいっ」
二人は宍戸の後を慌てて付いていく。
三人は施設のすぐ隣にある一軒家の中へと入り玄関を上がった。深い茶色の柱や杏色の壁は年季を感じさせる。玄関には麦わら帽子やつり竿が立てかけられていたり、妙な形の木彫り細工が置かれていたり。宍戸は慣れた様子で家の中の廊下を進むと、一つの扉の前で立ち止まる。
宍戸は扉を三度叩く。
「どうぞ、開いとるよ」
と低い声が返ってきた。宍戸はドアノブを掴みゆっくりと扉を開けて、中に入った。エミィとロディも後に続く。
扉の先は十二畳ほどの広さの部屋で、写真立てが沢山飾られているショーケースが大きくスペースを陣取っており、その写真立てに目を凝らすと、中身は沢山の子どもたちの写真であった。
その横には応接用らしきソファーが平行に一対と、それらに挟まれるように木製のリビングテーブルが置かれている。さらにその少し横には大きなニスが塗りこまれた書斎机があり、黒革の回転椅子に腰掛けている白髪頭の男性が三人に背を向けて座っていた。
「……先生」
宍戸が言うと回転椅子が一八○度くるりとまわり、白髪頭の男性がこちらに顔を見せた。顎にひげを蓄えている、銀縁のレンズが大きなメガネを掛けた六十歳ほどの男性。カッターシャツに濃い茶色のベストとベージュのチノ・パンツを履いた、落ち着いた印象の初老の男だった。
「やぁ、宍戸。実に久しぶりだ。どうだ、元気……、……ではなさそうだな。今のお前は、少し無理をしている顔に見える」
「お久しぶりです。先生はお元気そうで何よりです。近頃ろくに顔も出さず、申し訳ございません」
「まぁまぁ、硬い挨拶はよしてくれ。お前にはお前の事情があるのだろう。そっちの後ろの二人は君の友達かね?」
「部下です」
「部下。そうか……お前も、そんな言葉を使う年齢になったのだな。感慨深いよ」
「先生のお陰です」
「あぁいや、そんな言葉を聴きたいがために言ったのではないよ。どうぞ、そこに座ってくれ」
宍戸が先生と呼んでいる男性は応接ソファを指差した。宍戸は指示されるままにソファに腰掛けると、エミィとロディはそれぞれ両サイドに座り、男性も続いて対面のソファに腰掛ける。
「今、娘に飲み物を用意させている。お茶で良かったかね。ところで、稲葉夫婦は一緒じゃないのか?」
「いえ、今日は……」
「そうか、久々に会いたかったが……」
天屋先生はちらりとショーケースを見て、自身と稲葉が二人で写っている写真に目をやった。
「先生、積もる話もありますが、今日は先生にお尋ねしたい事があり、ここに参りました」
「ほう。何かね?」
「天屋公助さんについて。知っていることを全て教えていただきたい」
宍戸が低くも澄んだ声で言うと、先生は無言で、宍戸の目をじっと見つめた。




