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machine head  作者: 伊勢 周
21章 Ran away from……
233/286

まだ

 宍戸の発言に、宗助は以前稲葉から直接聞いた過去の話を思い出す。


「そうだ、確か稲葉隊長は『天屋さんは傷だらけの状態で海辺に倒れていた』って言っていました! 施設の先生が突然担いで帰ってきたって」

「ああ……。先生は、思い返せば何か事情を察しているような様子だった。でなければ、出会って数時間の男をいきなり養子になど……まずしない」


 そう。施設の先生は偶然見つけて担いで帰ってきた男を出会ってたった数時間で家族にすると稲葉たちに宣言したのだ。天屋という名前はその先生が与えたもの。天屋先生が普段から少し浮世離れしているところもあって、稲葉らはそれを当時はただの変わった思いつきか何かかとそう深くは考えなかったのだが、当時と今では事情も知識も全く違う。


「先生は、何か事情を知っている可能性がかなり高い。『コウスケ・レッドウェイ』と『ブルーム・クロムシルバー』、その事情について」



          *



 そして夕刻。

 戦友たちの葬式とジィーナ達からの事情聴取にと、あまりに情報量の多かった一日をほぼ終えた宗助は、身体と精神を休めるために自身の病室へ帰ってきた。窓の外は暗く、窓ガラスに包帯だらけの自分の姿が映って少しため息が漏れた。

 そこから、自分なりにわかったことを整理しておけば少しは交通渋滞中のような思考回路の緩和ができるかと思い、ノートを一冊手に取って、次にペンを一本握り、頭の中をそのまま印刷するようにノートに出力する。


「…………、っと、こんなもんかな……」


 小声で呟いて書きあげたページの全体を見渡す。


・ジィーナ、リル、そしてブルームやフラウア達はもともと別の世界の住人であり、面識もあった。向こうの世界で激しい追撃に遭ってジィーナとリルだけがまずこちらの世界に送り込まれたが、そのままはぐれてしまった。

・ジィーナとリルを追い掛け回している連中は、彼女たちが元いた世界の権力者が差し向けた刺客だった。(殺さずに連れて帰れという命令が出ている原因は謎)

・リルの双子の姉であるレナは、幼少の頃に『魂を奪い取る』ドライブ能力を持っており、その能力を権力者に狙われ、拉致監禁された。

・レナの能力を何故かブルームがマシンヘッドに搭載してこちらの世界で使用している。

・ブルームの居場所と、更にはその目的を知るためにはコウスケ・レッドウェイ=天屋公助に話を聴くのが現在で考えうる一番の近道。

・姿を消したコウスケの足跡を辿るには、宍戸隊長が出した提案が二つ。リルとジィーナがこちらの世界に飛ばされた時に目覚めた場所の調査をすること、稲葉隊長と宍戸隊長とがコウスケに出会ったという施設を訪問すること。つまり施設の先生が何か事情を知っているのではないか、ということ。どちらもそれほど有力では無さそうだが、何もしないよりも虱潰しに探すのが今の状況であること。


 一通り簡単に書き終わり、そして自分なりの考察や予定を増やしていこうとしたその時、宗助の病室の扉がノックされた。流石に今日はもう訪問者は居ないだろうと勝手に思い込んでいたため、誰だろうと思いながら返事をすると、扉が開き、一人の人物が入ってきた。


「リル……」


 病室に訪れたのは、マシンヘッドの事件にて一晩で渦中の人物となってしまったリルだった。


「あの、えっと……」


 浮かない顔でしどろもどろとしている彼女に、宗助は「どうぞ、入って」と優しく声をかける。リルは無言で一度こくりと頭を下げて頷いて、病室に入り宗助が横になっているベッドの傍まで歩み寄った。宗助はサイドボードにノートとペンを置く。


「どうした、こんな時間に。何か言い忘れた事とかあった?」

「……あの……」

「……。何か言いにくいこと? もしかして宍戸さんが恐かったとか? 大丈夫だって、あの人顔と目つきが確かに恐いけど、実はすごく周囲の事を考えてて――『違うの』」


 来ているシャツの裾を握りながら、俯いたまま宗助の言葉を遮った。


「じゃあ、どうしたの?」

「あやまり、たくて……」

「謝る?」

「隠していたこと、宗助に隠し事をしていたことを」

「……俺に、何を?」

「わたしが、この世界の人間じゃないって事とか、……お父さんの事とか……」

「……え」

「わたしが、ちゃんと隠さずに言っていれば、多分、こんなことにはなってないと思う……沢山の人が、お父さんに……殺されたんだよね、稲葉さんも殺されて、白神さんも千咲ちゃんも宗助も、そんな大怪我負ったんだよね……!」

「いやいや、それは違う、ぜんぜん違うっ」


 思いつめた顔でそんな言葉を並べるリルに宗助は思わず大きめの声で否定する。


「だって、隠さずに言っていれば、お父さんだって、ちゃんとわたしが説得できたかもしれないし、私が何も言わずにここに居たせいで、お父さんはここに来て……」

「だから違うって、誰か一人のせいになるほど、単純な話じゃない。そんな風に背負い込む必要なんて何もない。悪いのは……悪いのは、リルじゃない……」


 悪いのはブルームだ、と言いそうになって、慌ててやめた。一体誰が悪いのか、もちろんブルームが首謀した事なのだが……。


「……それでも、自分のことを話すチャンスなんていくらでもあったと思う。だけど宗助にも千咲ちゃんにも隠してた。友達だって言ってくれたのに……隠したっ! わたしはここに居るはずのない人間だって……!」

「……リル……」


 リルの右目から大粒の涙が一粒こぼれ落ちる。彼女はそれを拭わず、今度は顔をあげてまっすぐ宗助を見つめて、手は裾を握ったままで。


「だから、ごめんなさいっ、隠しててごめんなさい! でも、これからも、とっ、友達で、いてほしいの! ワガママ言ってるのは、わかってるっ、だけど!」


 時折嗚咽混じりに謝罪の言葉をまっすぐ伝え、もう一度ひっくと嗚咽を漏らした。気持ちばかりが先行して、言葉で上手く表現できなくて、それがもどかしいようだ。

 ジィーナは殆ど保護者のような存在だから、リルには同じ視点で心を預けられる友だちが今までずっといなくて、だから宗助が友達だと言ってくれた時、彼女は本当に嬉しかった。それなのに、それを裏切るような事をしてしまって、さらにその事がその彼の仲間に対して甚大な危害を与えてしまった。それで彼女の心は罪悪感に心が蝕まれている。

 たどたどしい話だったけれど、リルの心はこういう風で。

 だけど宗助はそんな謝罪をされたって、「それは違う」としか言いたくなかった。


「……。リルの言いたいことは、わかった。……あのさ」


 宗助はそう言ってサイドボードに置いてあったペンを手に取る。グリップ部分を右手人差し指と親指でつまみマジシャンが手品をやる直前にタネも仕掛も無いと言うかのようなに左右に揺らしてリルに見せつける。リルは一体宗助が何を始めたいのか全く察することが出来ず、首を傾げて大きい瞳でペンの向こう側にある宗助の目を見た。

 宗助は次に左手指でペンの尻をつまみ、そして右手指でペン先をつまんだ。床と平行にするように両手でペンを持って、リルの前に差し出す。


「……?」


 リルはやはり意図が読めずに、そのペンを覗き込もうとする。と、宗助がそのペンを両手で放り投げるような動作をした。リルは驚いて顔を後ろに下げるが、ペンは飛んでこず。ますます不思議に思い宗助の手元を見たが宗助の手元からペンは何故か消えていた。


「あれ?」


 宗助がペンを落としたのかと思い周囲の床を見るが、ペンはどこにも落ちていない。


「え、あれ? ペンは?」


 真剣に謝罪していたことも忘れて、目の前で起きたペンの消失にリルは赤く充血した目を丸くして不思議がる。


「手品だよ。ちょっと前に流行ってて、練習した」


 宗助は両掌を広げてリルに見せて、微笑んだ。


「友達でも言っていない事なんていくらでもある。今もこんな風に隠してる。マジックのタネもそうだけど、なんでもかんでも全部話しちゃったら、逆に楽しくないだろ?」

「でも……」

「そう言う俺も、ほんの少し前までは、隠されるなんて嫌だって思ってたし、それでちょっと気まずくなったりした事もあったけど……まぁ、それは置いといて、よく考えたら違うかったんだ」

「違うって?」

「隠してたいんじゃなくて、まだ言ってないだけ。嫌われたくなくて、とか、驚かせたくて、とか、悲しんでほしくなくて、とか、理由はそれぞれだけど、リルだって、多分そんな風に思ってくれてたんじゃないか?」


 リルは無言のまま小さく頷く。


「現に、今日は勇気を出して話してくれたもんな。俺達と自分の父親が敵対しているってわかってるのに、『私はブルームの娘です』ってちゃんと言ってくれた。リルは何も隠してなんかいない。これからもずっとお互いの知らない事を、まだ言っていない事を、少しずつ言っていければいいと思う。焦らなくたって、友達なんだから」

「……っ、うんっ。言うっ」


 今度は大きく頭を上下にかぶり、宗助の言葉に強く同意した。


「よし。元気になってくれて良かった、あんな風に落ち込んでるリルを見るのは俺も辛いから」

「……うん、ちょっと元気でた、かも……。これから、わたしはどうすればいいんだろうって、ずっと考えていて」

「じゃあ、楽しいことを考えていけばいい。何かやってみたい事あるだろ? 旅行に行きたいとか、料理をもっと練習して、……例えば、お店を出してみたいとか」

「料理のお店? わたしの?」

「あぁ。きっと繁盛するよ。リルの作ったご飯は美味しいから」

「お店かぁ。大変そうだけど、楽しそう」

「楽しいって、きっと。そうしたら、お客第一号は他の人には譲れないな。千咲と喧嘩になるかも。勝てるかな、いや無理か」

「そんなことで喧嘩はダメだよ」


 リルはそう言ってくすりと笑った。


「そう、それ。そういう顔をしてくれてる方が良い。申し訳無さそうな顔は見たくないんだ。それで、もっと笑っていられるように皆で絶対解決させてみせるから、リルは……もうそんな風に悪い方に考えないでほしい」

「うん、わかった。……頑張ってみる」


 リルは優しい笑顔を作って、宗助に見せた。宗助もつられて自然と笑顔になる。それからしばらく雑談を交わした後、「じゃあ、そろそろ戻るね」とリルが言い椅子から立ち上がった時、彼女がふらりとよろめいた。


「っとと……」


 すぐにバランスを持ち直してまっすぐに立つ。


「どうした?」

「んーん、なんだか最近、たまにこう、頭がふらっとするというか……」

「大丈夫か? 医者に診てもらった方がいいんじゃないか?」


 包帯まみれの宗助が言うのも少し妙な構図だが、リルはまた笑顔を作って見せて「大丈夫だよ」と諭す。


「昔からちょっと貧血っていうのかな、ふらふらする時期が時々あったから。多分大丈夫。宗助は、自分の怪我を治すことを考えて」

「……なら良いけど」

「うん。じゃあ、また明日」


 そしてリルは病室を去った。

 宗助は気を抜いて、枕に頭を預けふぅ、と溜息を吐く。リルにしっかり解決してみせると言葉にはしたが、それが彼女に希望を持たせるだけの気休めであってはならない。

 もう一度ノートを開くと、ジィーナとリルの過去の物語が目に入ってきた。素直に考えれば、ブルームを止めることが出来たとしても、彼女が安心して外を自由に出歩くには、さらにはこことは別の世界とやらに存在するマオという元凶を絶たなければならない筈だ。そうでなければ、その元凶がずっとリル達に追手を派遣し続けるのだろう。


 今はまだ雲を掴むような話だと感じていたがそれでも宗助は、こちらの世界でも元居た世界でも、リルには心からの笑顔で外の世界を歩き回ってほしいと願っている。



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