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machine head  作者: 伊勢 周
21章 Ran away from……
232/286

手がかり


 アーセナルの医務室の中にも簡易ベッドを幾つも搬入して、先日の戦闘による怪我人の治療を行っている。治療と言っても、アーセナルよりも病院の方が当然医療機器設備等も充実している為、診察が済み症状が判明して、そして比較的軽傷な者だけがリハビリを目的にこちらに運ばれてくるのである。

 それは、宗助がブルーム襲撃前に連れてきたエミィとロディにも当てはまり、二人はそれぞれ医務室で大人しく治療を受けていた。エミィはブルームによって足を磁力攻撃され深く負傷したが、幸い負傷自体はこじれず二次的な症状も最小限にとどまり、今は動き回ることなく大人しく治療に専念している。ただ、包帯を変えるときなどは自分の足の傷のエグさから目を離して治療を受ける姿が時折みられる。

 怪我による発熱もおさまり、エミィは比較的元気な様子でロディや職員と言葉を交わしていた。なにしろ、彼女は隊員達が不在の間にジィーナと共に基地を守るために闘った小さな英雄で、その傷は名誉の負傷だ。それが伝わり広まって、皆が彼女に礼を言う。そして礼を言われ、デレデレしている姿が時折みられる。

 そんな彼女の横ではロディが難しい顔でメモ帳にがりがりと何かを書き綴っている。


「ロディ、そんな必死に何を書いてんのさ」

「今回の件を紙にまとめているんだよ。ブルームの喋っていた話もいくつか録音できた。今耳の中で聞き返してる。けど、有力そうな手がかりはあんまり無さそうだな……あとは、リルちゃんにもう一度会いたいところだけど……」


 ロディはペンを動かす手を止めて、そのペンの尻で自身の右こめかみをとんとんとんとリズムカルに叩く。

 と、パーテションの外側で何やらぶつぶつと人の話し声が聞こえて来た。どうやら誰かが部屋に訪れたらしい。ロディはそちらに少し意識を傾けると、来訪者は三人で、どうやら自分達の事を目当てにこの部屋に来たようだと言う事が聞き取れた。彼のドライブ能力は音を集めたり操ることなので、小さな話し声も簡単にキャッチすることが出来るのだ。そしてその話し声の中に、彼らの目当ての一つが混じっていることにも気づいた。


「エミィ、生方さんがこっちに来てくれたみたいだ」

「え?」

「今来たよ、すぐそこに。あと二人、知らない人がいるけど」


 エミィが指さされた方向に顔を向けると同時にカーテンが動き、まず強面の男が現れ、次に赤い髪の女性、そして宗助が姿を現した。


「突然、すいません。エミィさん、ロディさん」


 宗助が謝罪の言葉を述べると、エミィとロディはそれぞれ宗助の顔を見て、そして宍戸と千咲を見て、そしてもう一度宗助に視線を戻した。


「えっと、このお二人は?」

「生方の上官の宍戸だ」

「同じく一文字です。初めまして。お二人のお話はだいたい、宗助から伺っています」


 二人は「は、はぁ……」と歯切れの悪い感じで応対した。宗助は少し気まずさを感じながらも、まどろっこしいことは言ったりしたりせず、端的に二人にこう言った。


「エミィさん、ロディさん。聴いてもらいたいものがあります」


 そして二人の前に携帯式音楽プレーヤーを差し出した。



 五人は別室に移動して、録音したジィーナの独白を聴く。険しい表情で聴き続けていたエミィとロディは全てを聴き終わると、その険しい表情のまま宗助をゆっくりと見る。


「……というか、まずいいですか」

「ん?」

「生方さん、忘れてたってなんですかっ!!」

 余計な言葉まで録音されていて、宗助は憤り文句を言うエミィに慌てて「すいません、色々頭が追いつかなくて」と正直に謝る。


「全く、私たちは目が覚めてから生方さん達の身をあんなにも案じていたというのに! それにっ! この私の、この足を見てください、この名誉の負傷をっ! すごく頑張ったのに、ほめてくださいっ!」

「ちょ、落ち着きなよエミィ、うるさいから」


 宗助はエミィが騒ぎ立てるのをロディがなだめるその光景を見ながら、「この人意外と子供っぽいなぁ」なんて事を考えていた。桜庭と気が合いそうだなぁとか。と、そこで。


「時間が惜しい、それくらいにして本題に移らせてもらおうか」


 宍戸が低く迫力のこもった声で言うとエミィは「うっ」とばつが悪そうな表情を見せて黙り「はい……」と引き下がった。


「このジィーナの話について意見を聴きたい。お前達がパラレルワールドから来たというのなら、心当たりがある物も少しはあるだろう?」

「もちろんですし、少しどころじゃないです。室長が突然私達の目の前から姿を消した理由は、これだったんですね。一から十まで完全に信じるわけじゃありませんが、でも、辻褄が合う点がすごく多いです。マオ長官も、年齢にしては若すぎると言われていますし、裏社会への黒い噂は絶えません。報道機関も絶対にマオ長官の悪い記事は書かないって話です」

「今、俺達が知りたいのは、そのマオとか言う男の事じゃない。知りたいのは、コウスケ・レッドウェイの行方だ」

「そんなの、私達が知りたいくらいなんですけど……」


 言われてみればそうだった、と宗助は二人にコウスケ・レッドウェイの情報を求めた自分の思慮の浅さに自分自身で少し呆れていた。だが、エミィの話には続きがあった。


「ただ、あの時、ブルームさん……いえ、ブルームが私たちに言いました。『コウスケは既にこの世にいない』と」

「……何?」


 ブルームがエミィと戦う際に言っていた「コウスケはもうこの世にはいない」という言葉が嘘なのか真実なのか、そして真実であればどういう意味でその言葉を言ったのか、そこが焦点となる。この世に居ない=死んだ という事なのか、はたまた、ここではない別の世界に移動したという事なのか……。

 希望的観測で後者だと思いたかった。そうだったとしても、命がけでコウスケを追ってきた二人にとっては残酷な現実になってしまうのだが……。

 エミィもロディも、沈んだ顔で言う。


「そして、私達が知っている室長の最後の足跡は、このジィーナさんが語った出来事よりもずっと前。残念ながら私達には、これ以上の情報の持ち合わせはありません」

「……そうか……そうですよね」


 さらなる情報が見込めると希望を持っていた宗助達もその事実に返り討ちに遭い少し意気がそがれてしまっていた。


「手がかりはこれ以上望めない、か……」


 千咲が呟くと、部屋に沈黙が訪れる。コウスケの、ひいてはブルームを追うための手がかりは、ここで打ち止めなのかと。


「……そんな事はありません」

「え?」


 ロディが静かに切り出した。


「このジィーナさんのお話は、俺達にとってコウスケ室長にたどり着くための、これまで以上の足がかりになる筈です。記憶を辿ればまだまだ出来る事はあるはず。やっぱり生方さん、あなたに出会えた事でとてつもなく前進できました。それに、この基地にいる人達も俺達が何者かなんて知らないのに、皆優しくしてくれて、すごく嬉しかった。とても感謝しています」


 ロディは顔を上げて、真摯なまなざしを宗助に向けた。


「ロディさん……」

「私達には、ブルームがこっちの世界で何を企んでいるかなんてわからないけど、……どれだけ辛くて悲しい過去があったとしても、あんな風に人間を傷つけたり殺したりするなんて、絶対に許せない。室長があそこにいたら、必ず一直線に止めに入るよね、ロディ」

「あぁ。絶対そうだ」


 ロディはエミィの言葉に全面的に賛成だと言わんばかりに深くうなずいた。


「宍戸さん。この録音の最後の方に言ってた、室長とソックリの人、天屋コウスケさん。ここに居たんですよね? きっと、二人は同一人物なんですよね?」

「あぁ、ほぼ間違いなく」

「きっとその天屋さん……コウスケ室長は、何かの理由で悪に走るブルームさんと対立してしまった。だから、それを止めるために闘った。それは今も、此処でこうして続いている……」


 それを引き継いだのは稲葉であり、宍戸である。


「私達、室長の事を追いかけるのはやめないけど、目の前で起きている非道な事に目をつぶっているなんて絶対ダメだって思った。これはコウスケ室長が背中で教えてくれたこと。ブルームにもう一度納得のいく話を訊きたいっていうのもあるけど、これも含めて全部本当の気持ち」


 エミィは熱のこもった声色で言うと、自分の胸に手を当てた。


「生方さん、宍戸さん、一文字さん。私達、あなた方の力になれませんか? いえ、なりたいです、お願いしますっ」


 突然の話の流れに宗助と千咲はきょとんとしてしまったが、宍戸は表情をピクリとも変えずに腕を組みをしたまま。


「良いだろう。アーセナルは人手不足だ。俺の直属の部下として働いてもらう」


 そう言った。


「え」


 宗助と千咲は『宍戸の直属の部下』という言葉にかなり不穏なものを感じ思わず同時にそんな声が出たが、エミィとロディは「頑張りますっ」と声を揃えて意気揚揚に宣言した。

 宗助が少し冷静に考えたところ、恐らく彼らはこちらの世界で根城になる場所を求めていて、それがコウスケのもといた場所となるのならなおさら興味がひかれたのだろうな、となんとなく感じ取った。だが、この二人の素性は一〇〇%シロだと決まったわけでは無い。だから宍戸は自分のもとに置く、と責任を持って言ったのだろう。どう転ぶかは不明だが、とにかく良い方向に向かう事だけを祈った。


 ブリーフィングルームに戻ってきた三人はそれぞれが少し離れた場所に腰かけていた。二件の聴取を一旦終えたが、宍戸の情報収集はさらに宗助にも及んだ。


「で、だ。生方、司令に報告をする前に説明してもらうぞ。お前がなぜリルとジィーナとコウスケの行動を逐一知っていたのか、そしてそれを隠していたのか」

「えっ、いや、隠していた訳じゃないんですけど」

「ならば早く説明しろ」

「はい。ええっと、あのですね……。……夢です」

「ゆめぇ?」


 宍戸が珍しく声を歪める。よほど意表を突かれたらしい。千咲も眉間に皺を寄せて宗助を見ている。二人の反応に宗助自身も少々言いづらそうにしながら続きを述べた。


「はい。ついこの間、夢で見たんです。でも、本当に妙な夢で、自分で動いているというよりはコウスケさんの視点で記憶を見せられているような感じで……いつも変な夢を見ていた感覚はあっても中身は思い出せなかったんですけど、今回はちゃんと思い出せたんです」

「…………。…………それが、リル達の夢だったと」

「はい」

「……バカバカしい……。が、お前に嘘をつく理由も無い」

「嘘じゃありません、本当なんです」


 そこだけは譲れないので宗助も少し語調を強めた。


「一体何を隠してやがると思ったものだが、まぁいい。予知夢と言うのか? これは。そんな現象があるのなら、どんどん眠ってもらいたいもんだがな」

「いや、覚えていたのは今回だけなので、それは……」

「とにかく、またその妙な夢を見たら必ずすぐに報告しろ。役に立つかはわからんが」

「はい、それはもちろんです」


 宗助と宍戸の話が終わったのを見計らって千咲が声を出した。


「宍戸さん。私達、これからどう動きましょう……。もちろん司令が最終的には決める事なんでしょうけど」

「とりあえずは、近隣の復興に力を使うのが主だろう。ブルーム達を追いかけられるほどの体力と精神力が、今のアーセナルには無い」

「そうですよねぇ……、なんか、もう、十歩ってところくらいまでは来てる気もしますけど……」


 千咲は腕を胸の前で組んで、もどかしそうに唇を噛む。


「まだ、手を付けていない手がかりがある。復興の手助けは優先するべき事項だが、それらが片付けばすぐにでもその調査に向かおうと俺は考えている」

「手がかり、あるんですか? でも、調査に向かうって……、どこか遠出するって事ですか?」

「二つある。ひとつ目は望み薄だが、ジィーナとリルがこちらの世界にたどり着いた時に目覚めたという場所を調査する。何も調べないよりかは、何か手がかりがある筈」

「成程……確かに。じゃあ、ふたつ目って言うのは?」


 宗助が尋ねると、宍戸は少しだけ間を開けてからゆっくりと口を開く。


「俺達が天屋さんと出会った場所。つまり俺達が育った孤児院の先生に話を聴きに行こうと考えている」


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