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machine head  作者: 伊勢 周
21章 Ran away from……
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Ran away from… 9

 ブルームは、断腸の思いでこの作戦を語っているのだろう。暗闇の中に垣間見えるその表情には悔しさがただただ充満していた。自分の娘を得体のしれない世界に送り出す方法しか守れないと言う事が父親の彼にとってどれだけ無力感を与えているか計り知れない。


「決断しなければならない。……リル、お前は先に逃げるんだ。お父さん達も後から必ず追いかける。でも今は一緒には行けない。レナを元通りにする方法は、きっとこちらの世界でしか見つけられないからだ。ジィーナさん。君を巻き込んでしまい本当に申し訳なく想っている。だけど……」

「ちょっと待ってくれ、話が飛躍しすぎだ。そもそも、この二人だけをその隣の世界に送り出したとして、誰がこの子達を守るんだ」

「安全な場所に飛べる扉をいくつか知っている。それに対応した向こうの詳しい地図帳も。知り合いの大学準教授の調査レポートをたまたま見たことがあるんだ。それにその扉は、まだ政府に報告されていない。放り出すんじゃない。先に送って、後で迎えに行く。こっちでレナを治してから」

「答えになっていない。それにパラレルワールドに頼るのは最終手段だ。気軽に考えているのだろうが、まだまだ判っていないことの方が多い。そんな所に子供だけで送り出すなんて無茶だ」

「判っていない事が多い? それはこの世界も同じだ。どこに行って何を信用すればいいかわからない。娘の事を気軽になど考えはしない。あなたは最終手段と言うが、一体その最終にたどり着くまでにどれほどの手段が残っていると言うんだ。今すぐにでも動き出すべきだと俺は思う。相手が思いつかないような次の一手を」


 ブルームが言うと、コウスケは額に手を当てて考えと意見の整理に取り掛かる。一体何が正解でどう動くべきなのかコウスケ自身も組織に裏切られたことに混乱して気持ちが少々先走ってしまっている事を自覚していた。だが、だからと言って誰も正解を示してくれない。


「もう少し声のボリュームを抑えてください。奴らに見つかります」


 ミラルヴァが小声でコウスケとブルームに注意すると、コウスケは頭を上げて彼を見る。


「なぁミラルヴァ。お前はどう思う?」


 コウスケは目を細めてミラルヴァに問う。最善の策を見極めるためにコウスケはもがいている。暗闇の中、全員の目線がミラルヴァに集まった。


「え?」

「決めろと言っているんじゃない。意見が欲しい」

「自分は……」


 ミラルヴァは慎重に言葉を選んでいるようで、少し口をつぐみながら言葉を発する。


「身を隠すという点においては……、最高の場所だと思います。この世界のどこよりも」


 ……そして、彼らは決断する。




 外の様子を伺うと、捜索範囲は少し外れた場所に移ったようでマスク人間やその他の人間の気配も感じられなかった。


「よし、ここからは別行動だ。俺はリルとジィーナさんを、『送り』に行く」

「私たちは、レナを連れて医者の居るオウミ地方へ直行する」

「あぁ。俺もすぐに追いつく。どうか無事で」


 結局、ブルームとミラルヴァの意見が通った。おおまかに言えばパラレルワールドに身を隠して再起の時を待つという作戦だ。コウスケとアルセラとで兄妹の会話を交わし、アルセラの胸の中では相変わらずレナが静かに目を閉じている。僅かに上下する胸がほんの微かな希望である。

 コウスケは次にミラルヴァの方へと向く。


「ミラルヴァ。それじゃあ、俺の家族をどうか守ってくれ。よろしく頼む」

「はい、全力を尽くします。コウスケさんも、どうか御無事で、また」


 二人はがっちりと握手を交わし、そして離れた。

 コウスケは座っているリルとジィーナの前で屈み、二人の頭に手を置いた。


「リル、ジィーナさん。二人にはなんてお詫びをしていいのかわからないけど……これが解決したら、そうだな、なんでも好きな物を買ってあげるし、好きな物を食べに行こう。のんびり旅に行くのもいいかな。今は、何が欲しいとか何が食べたいとか、それだけを考えて俺に付いてきてくれ」

「リルはおかあさんといっしょにいったらダメなの?」

「……お父さんとお母さんはレナを治しに行かなければならないから、リルは先に安全な場所に避難して、待っておくんだ。だから、少しの間だけ、……おじちゃんといっしょに頑張ろう」


 そこに、アルセラとブルームも歩み寄り、それぞれがリルを抱きしめる。


「リル、必ず迎えに行くからね、少しだけ待っていて」

「ほんとに?」

「うん。お父さんとお母さんを信じて、待ってて」


 そのやり取りを横で見つめていたジィーナは孤独と心細さに襲われるが、アルセラはそれを過敏に察したのかジィーナも同様に抱きしめて「大丈夫だから、がんばろう」と耳元で囁いた。

 ジィーナは「はい」と小さく呟いたが、彼女の頭の中で思っていたのは、ここまでずっと流されるままだと、何を頑張ればいいのだと、混乱は相変わらず落ち着きを見せないままで、心は疲れきっていた。


「一体、どう頑張れば、私は家に帰れるの……」


 アルセラと離れた彼女がぽつりと漏らしたその呟きが聴こえていたのはコウスケだけだったが、彼にはジィーナに対する励ましの言葉がこれ以上思い浮かばなかった。

 ただ、先程までの闇雲な逃亡よりも、しっかりと『どこに何をするために進むか』と決めている方が、同じ状況下でも精神的にはずっと楽だ。

 ブルーム・アルセラ・レナ・ミラルヴァはもぐりの医者を求めて。

 リル・コウスケ・ジィーナはパラレルワールドの扉を目指して。

 闇夜に紛れ、それぞれがさらなる逃亡を続ける。


 そしてそれから……。

 例の森の奥に辿り着き、コウスケに言われるままにルーティンをこなした。

 虫の鳴き声と月明かりに耳と目を刺激され、目を開けば、木々に囲まれた川の畔に二人で倒れていたのである。



          *



――ひと通り回想を話し終えたジィーナは、ふぅ、とひとつ息を吐いた。


「コウスケさんとリルとの三人で訳もわからないまま、逃げて、走って、また逃げて、その後も幾つも追撃にあったけど、なんとか逃げて、生方くんの言った通りその森からこちらの世界に逃げてきた。それから、こちらの世界では暫く面倒を見てくれる人が居たのだけれど、何ヶ月かして私達を狙う追手が来て、……殺されてしまった。ブルームさんやコウスケさんは迎えに来てはくれなかった。それでも私達は必死に逃げて、隠れて、それで、今、ここに」


 過酷な物語に宗助と千咲は絶句した。宍戸も同様に言葉を発しなかったが、二人のようにジィーナの境遇に同情したり動揺している訳ではなく、彼女が語った物を頭の中で整理しているようだ。


「……成程。つまりレスターやナイトウォーカー、ゼプロらは、そのマオとかいう人間から仕向けられた刺客だったって事か……。あの時ミラルヴァの『リルはヤバイものを見た』と言っていたのも合致する」

「……? ミラルヴァさんと、面識があるのですか?」

「まぁ、何度か殺しあった仲さ。生方も、一文字もな」

「ころっ……、……そう、なんですね。つまりあの人は、今もブルームさんと共に居る」

「そうだ。あんたの語っていたような真面目な青年の面影は全く無いが」


 宍戸は、また少し沈黙する。


「…………今のところ気になった点は。一つ目はコウスケとアルセラ……この二つの名前には少し心当たりがある」

「えっ、そうなんですか?」


 驚きの表情で宗助は宍戸を見る。


「コウスケに関しては天屋隊長に特徴が酷似している。そしてアルセラという名前は、生方、お前は覚えていないか? あの列車の中で、ミラルヴァがポツリと口に出していた名前だ。俺は何度もリプレイを見ていたから覚えている」

「………。言っていたような……」

「次に二つ目は、そのあんた方が見たものがそこまで『ヤバイ物』なのかって事だ。わざわざ高いリスクを払ってこちらの世界に何人もの人間を送り込んで、若い娘二人を狩り出そうってところがわからん。完璧主義者なのか、心配性なのか……それ以外に何か理由があるのか?」

「私もリルも随分こちらの暮らしに慣れて、そりゃあもちろん帰ってお父さんやお母さんに会いに行きたい気持ちはあるけど、……本当にそうですよね、復讐してやろうなんて、思っていないのに。ただ皆が無事ならそれで……」

「三つ目は、その敵が手に入れていた筈のレナの能力が、マシンヘッドに搭載されている事。どうにかしてブルームは娘であるレナの能力を機械化した物を奪い返した。そこまでは想像できるが、それを量産して、マシンヘッドに取り付けて、それをこちらの世界で使うというのがわからん。それは何の為に?」

「……? マシンヘッド、ですか?」


 リルが言葉に対して聞き慣れないといった様子で反芻する。ジィーナも、同様だ。


「……あぁ。ブルームが連れていた機械の事を俺達はそう呼んでいる。あの機械は世界中の人間を襲い、ブルームの仲間いわく『魂を奪い取っている』。つまりレナの能力と同じだ。ここ数年、今のところ被害者の数は計り知れん」

「ちょ、宍戸さん……」


 宗助がリルを気遣い、自重を求めて宍戸の名を呼ぶが、当の宍戸は表情変えず。


「事実だ」

「そ、そんな……ことを、お父さんが……?」


 リルは告げられたその事実に愕然として、憔悴しきった様子でジィーナを見る。ジィーナもその宍戸の話に驚かされた様子で言葉を失っている。宍戸はその二人の様子は特に気にせず話を続ける。


「他にも幾つか気になる点や推察出来そうな部分はあるが、大きく出すのならこの三つだ。生方、一文字、お前達はどうだ?」

「……そうですね、私も、その三つ。かなり話が前に進んだと感じますけど、特にジィーナさん達と別れてからブルーム達に何があったのか、そこに一番の鍵が有るように感じます」


 千咲の言葉にも耳を傾けながら、宗助はふむ、と口元に指をあてる。宗助も同様に、宍戸が挙げた三点がカギだと感じてはいる。だが、それよりも前に宗助がずっと気になっていたことがあった。それは宗助がスワロウに入隊した時、いや、それよりもさらに前かもしれない。


「少し逸れた話になりますが、前隊長の天屋さんと、リルのおじさんであるコウスケ・レッドウェイさんは同一人物である、というのは間違いないと思います。その天屋さんはある日突然スワロウから居なくなった、と教えられました。……一体どこに消えたんでしょうか。今のジィーナさんの話から思うに、コウスケさんに会うことが出来れば、絶対に核心に迫ることが出来る筈です。もしかしたらブルームの居場所を知っているかもしれない」

「天屋隊長か……」


 宍戸は宗助の質問に腕を組み眉間に皺を寄せる。


「え、あの、ちょっとすいません、今の……誰と、コウスケさんが同一人物って?」

「天屋公助、稲葉の前の隊長だ。話を聴く限りそちらの言うコウスケ・レッドウェイと特徴がほぼ合致する。恐らく顔もこいつに似ているだろう?」


 宍戸が親指で宗助を示すとジィーナは「確かに、それは少し思っていましたけど……」と呟く。


「天屋隊長が姿を消したのは、本当に突然の事だった。あの時は、誰もが混乱した」

「失踪の前触れとか手がかりは、本当に何もなかったんですか?」

「寝泊りしていた隊舎の部屋にも入ったが、殺風景そのもので生活感が無かった。携帯電話は置きっぱなし、書置きなんてもちろんない。そもそも、手がかりがあればとっくの昔に探しだしている」


 宍戸は僅かに目を伏せた。寂しさか、悲しさか、無念か。それを聴いて宗助の興味はやはり天屋公助に集中したままだ。それもそのはず。宗助が当時のコウスケ・レッドウェイの記憶を辿る夢を見たこと。

エミィとロディの証言からコウスケ・レッドウェイが失踪した時と天屋公助がこちらの世界に現れた時が一致すること。

そして何より天屋公助とコウスケ・レッドウェイとそして生方宗助のドライブ能力が同一の物であるということ。

 千咲の言う通り、ブルームの正体を知り、現在の居所を突き止めるには、ジィーナとブルーム達が別れてからが、本当の鍵であることは明白だ。必ずここに大きな手がかりがある。そう信じるのは難しい事ではなかった。コウスケは、その部分に対する手がかりを必ず持っている。


「コウスケさんがもしここに居たのなら、私達は本当にすぐ傍に居たんだ……」


 ジィーナが呟いた。


「……。そうだ、宍戸さん。エミィとロディ、忘れていた。あの二人にも話を訊いてみましょう。あの二人は、コウスケ・レッドウェイを追ってこちらの世界に来たんです。俺達の知らない情報をまだまだ持っているかも」


 宗助は二人が聴いたら「ひどい!」と怒り出しそうな事を平気で言いつつ提案した。


「もとからそのつもりだ。お前にも、さっきのコウスケの事を知っていたような口ぶりについても聴かせてもらうがな。……とりあえず、二人とも協力に感謝する。また何か依頼するかもしれない。よろしく頼む」


 宍戸がぶっきらぼうな様子で二人に感謝の言葉を述べると、ジィーナは「いえ」と言ってから、「こちらこそ、よろしくお願いします」と枕の上で頭を持ち上げて顎を引いた。それに合わせてリルも深くお辞儀をした。


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