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machine head  作者: 伊勢 周
21章 Ran away from……
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Ran away from… 8

 さらに一体、首なしロボットが唐突にコウスケの頭上に現れ落下してきた。少し遅れてもう一体も。最初に車のフロントガラスにめり込んだ個体も自由を獲得してボンネットからずるりと滑り落ち、地面を這いながらコウスケに近づく。


「おおおおッ!」


 と、勇ましい叫び声と共にミラルヴァが地面に這う首なしロボットの足を掴んで軽々と持ち上げて、まるでプラスチックバットを振り回すように軽々ともう一体に向けて振り抜いた。ロボット同士がかち合い、衝突の衝撃で粉々に砕け、中に詰め込まれていた配線や電子機器などが周囲にはじけ飛ぶ。ミラルヴァは千切れた足のパーツを投げ捨て、リルを攫おうとしているマスク人間達に標的を変えて突進。それに合わせてコウスケも再び進む。ミラルヴァの腕の筋肉が力強く隆起し、そのパワーは数百倍へと膨れ上がる。コウスケも部下の猛進に負けじと身体周辺に強い嵐のような風を纏わせた。


「……! おいまだか! 早くターゲットを確保しろっ!」


 二人がかりでは分が悪いと察したのかマスク人間がそう叫ぶと、車内のリルとジィーナを狙っているマスク人間は「ちょっと待ってぇ」とのんびりした口調で言い返す。


「みんな目が覚めちゃってぇ、邪魔してくるのぉ。ほら、いい子だからこっちきてぇ。あといい加減邪魔するのやめてよぉ☆」


 そんな子供っぽいセリフとは裏腹に、車の中からは鈍い打撃音や乱暴な音が聞こえてくる。

 車内ではブルームが盾になって、リルとレナとアルセラ、そしてジィーナを必死に守っていた。ブルームの顔はあちこち切れて血だらけになっている。


「あ、もう、やりにくぅい、車ごと持ってっちゃおうかぁ」

「なんでもいい、早く任務を……、しまっ、――うあっ!?」


 仲間との会話に気を取られている隙に、ミラルヴァの容赦ない拳がマスク人間の腹部にめり込んだ。流石に強く直接的な衝撃には耐え切れなかったようで、マスク人間は車体に激しく叩きつけられ、そのまま脱力してずるりと地面へと滑り落ちて、弱々しいしりもちをついた。


「えっ、なになにぃ?」


 マスク人間が車に叩きつけられた衝撃と悲鳴で、もう一人のマスク人間は何事かと、リル達を攫う手を休めて上半身を車から戻した。その瞬間にコウスケが首を鷲掴みにして無理やり引き寄せて、車と反対方向へと放り投げ、間髪入れずに特大の空気弾を何発も撃ちこむ。

 マスク人間はぼぉっと突っ立っていた首なしロボットを巻き込んで吹き飛ばされ、ビルの壁に激突し、脱力してそのまま地面に落ちて伏した。

 巻き込まれた首なしロボットも、激しく転がり外灯に衝突。ピクピクと動いているが立ち上がる気配はない。


「ふぅ、コウスケさん……こいつら……」

「あぁ。なんとなく、正体は把握できた」


 気絶しているマスク人間の首と顎の境目辺りを探り、マスクの切れ目を見つけると、一気に力ずくでめくり上げる。その素顔は、年端もいかぬ少女であった。


「えらく小さな刺客だと思ったが……」


 コウスケは唇を噛む。ジィーナとそう年齢は変わらない少女が、殺し屋まがいの事を行っている事に驚愕した。


「恐らく、だがきっと間違いなくあのマオ長官の仕向けている事だな。実験で攫った子供達に教育を施し、自分の兵隊に仕立て上げる。自分の手は汚さず、子供を使って裏切り者や敵を排除させているんだ。ムカつきすぎて吐きそうだ」

「同感です」

「ただ、俺達を追ってきたのはこいつらだけじゃ無い筈。そこのロボットが何度もワープして追いかけてくるのは、恐らくこの二人の能力じゃない。どういう能力かまだハッキリとわからんが、この場から離れよう。追手を撒かなければ」


 と、その時。


『強いダメージを確認、意識レベルが低いため回復モードに移行します。電流が流れますので離れてください。三十………二十五…………』


 倒れている少女から、機械的な音声が流れた。少女と言うよりは、彼女の着ているスーツだ。どうやらダメージを受けてダウンした場合、電流を流して強制的に意識を覚醒させるように出来ているらしい。


「どうしましょう。かわいそうですが、このまま犯罪に加担させられるくらいならいっそ殺してしまった方が……」

「…………。俺には、到底判断出来そうもない。ただ、警察官としては……、この子たちに手を下すことは出来ない。それが自分の首を締めることになっても」

「……そう言うと、思いました。だけど――」


 コウスケはミラルヴァの言葉を無理矢理無視し、くたびれた笑顔を一瞬見せて車の中を覗き込む。


「ブルーム、助けるのが遅くなってすまない。みんな大丈夫か?」

「あぁ、なんとか……」

「ひどくやられたな……。手当は動きながらだ。こいつらが復活する前にさっさと離れよう」


 そして車内のブルーム一家とジィーナを救い出し、コウスケ達は夜の裏路地を静かに進み始める。



          *



 七人は、夜の暗がりをあてどなく歩く。

 ただ街の中心部からはかなり遠ざかり、今は山の麓で民家と空き地が交互にあるような、住宅土地開発中のベッドタウンの役割を期待されている地区を静かに歩いていた。

 全員、特にブルーム一家とジィーナの疲労と不安は極限に達し、リルは泣く気力もないようで、ただ黙って今はジィーナの背中におぶさっている。


「ねぇ、わたし達、どこに向かってるの?」

「とにかく今はあの街から離れる。それだけだ」

「逃げて、その後は……私達はこれからずっと隠れて過ごしていかなければならないの? お父さんやお母さんは大丈夫かな。レナはこのまま、診てもらえないのかな……。ブルームさんの顔の傷も酷いし……」


 アルセラがくたびれた表情で矢継ぎ早に問う。


「…………っ、そんなこと……いや……もちろん、そんなつもりはない。父さん達の事も勿論心配だ。だが、今出来ることは、逃げる、この一手しかない……。反撃するために態勢を整える。まず、お前達を安全な場所に隠すことが先決だ。レナとブルームも、もぐりの医者に一人だけ心あたりがある。そこならアシもつかないはず」


 コウスケにももちろん不安と苛立ちがあって、段々とそれを隠せなくなっていた。まさか信頼して身をおいていた組織が、悪事をはたらく巨大権力に対してあっさりと魂を売り、所属する人間を切り捨てるとは思いもしなかった。大声でこの理不尽さに対して怒りを叫びたいと思っていた。だが、一番先頭に立って守り戦わなければならないのは自分だという自覚がギリギリで彼の怒りと不安を押しとどめていた。ここに居る全員の頼みの綱は自分なのだという自覚がある。


「でも、安全な場所って……」


 アルセラがさらに問うと、コウスケはその問いには答えることは出来なかった。答えられるのであればとっくにそこへ向かっている。

 ガンッ。

 前方で、金属か何かが地面に落ちる音がした。だが目を凝らしてもだだっぴろい道路が続いているだけ。


「?」


 コウスケがエアロドライブで気配を探っても、人間の気配は感じない。

 ガンッ。もう一つ。

 ガンッ。さらにもう一つ。

 コウスケはその音の正体に気づいて、呟く。


「……やはりそう簡単に逃げられないらしいな、どうやら……」


 地面に転がる三つの小さな影。今度はロボットの首から上……つまり生首が三つ、コウスケ達をじっと見つめていた。


『安全な場所などあると思うな』


 ノイズ混じりの低くくぐもった音声が、生首の一つからゆっくりと放たれた。


『逃げ場などあると思うな』

『行き着く場所など』

『我々から逃れることは出来ない』

『絶対に始末される運命なのだ』

『お前たッ――』

 コウスケが空気の刃を放ち三つの生首を同時にそれぞれ左右真二つに断ち切った。コトン、と控えめの音を鳴らして、まるで薪を割った時のように右顔と左顔へとわかれ、中身がボロボロとこぼれ落ちた。

「……ミラルヴァ、さっきの黒いマスクの奴らが追ってきてる。九〇……いや、九十五メートル程後方だ。走るぞみんな、こっちだ」


 ジィーナは後方へと視線を向けるが何も見えないが、コウスケには何か感じるものがあるのだろう。そのコウスケに誘導されるまま、人の気配が無い新興住宅街を、静かに身をかがめ駆ける。


「ミラルヴァ、さっきからこのしつこく追ってくるのは何の能力だと思う?」

「難しい事を訊きますね」

「難しいから訊くんだよ」

「はは、確かに……。自分の大雑把な予想で行くと、『物体にドライブの罠を込めて、その物体に触った人間を追跡し続ける能力』あたりですかね」

「俺もその線かとは思ったんだが、……俺も、リルもジィーナさんも、あいつの胴体部には触れたかもしれんが首から上には触れてないんだ。生首が追ってくるには更に何か限定する必要があるんじゃないかと思うんだが……」

「一個体だった時に触れれば、どれだけバラバラにしても全てのパーツが追ってくる、とか?」

「成程、それならば大分近くなったような気がする。だが、一体はリルとジィーナさんが触れられたが、残りの二体はどうだったかな……。っと、止まれ、下がるんだ」


 コウスケが後続の六人を手で制して小声で下がるよう命令する。彼の視線の先、前方五十メートル先の住宅の屋根の上に先ほどのマスク人間が立っていて、周囲を伺っている。

 既に先回りされているのだ。


「……なるべく交戦のリスクは避けたい、戻ろう」


 来た道を引き返す。が、そちらにもマスク人間が住宅の影に身を潜めつつ周囲を見回している姿が見えた。コウスケの感じる周囲の『呼吸の気配』は先程までよりも明らかに増えていた。増援部隊が合流したのだろう。


「こっちもか……別の道を行こう」


 見つからぬように身をかがめ呼吸を殺し、細心の注意を払って住宅街を進むと、コウスケは建設途中の住宅を見つける。


「持ち主には悪いが、今はここに入ってやりすごそう」


 周囲を確認し工事用の即席囲いの隙間を見つけ、ジィーナアルセラ、ブルームに先に入るよう促し、次にミラルヴァと静かに音を立てぬように敷地内に入った。

 家にはまだ扉が取り付けられておらず殆ど骨組みだけの状態だったが、雨風を防ぐためのシートが設置されており死角は確保されていた。なるべく家の奥の暗がりにまで逃げ込み、そしてそこに腰をおろすと、全員が息を吐く。


「どうやら方角的に追って来る事が出来たとしても細かい場所までは把握できないらしい」

「ロボットが追いかけてくる能力を早いところ暴かなければ、このピンポイントでの追跡はそいつがキーのような気がします」

「あぁ。本体を必ず見つけ出して――」

「コウスケさん」


 レナを胸に抱えたブルームがコウスケに話しかける。


「さっきの奴らは、最初に襲ってきた時に『リルとジィーナを持ち帰れと命令が出ている』というような事を言っていた」

「あぁ。確かに言っていた。何故その二人なのかという疑問もあるが……」


 自分の名前が聞こえて、放心状態だったジィーナが「えっ」とか細い声を出して反応する。


「安全な場所。それを確保するために、素早く大胆な判断が必要だと思う。このままこの世界に留まらず、先程話に出ていたパラレルワールドに、奴らに狙われているこの二人をひとまず送り出すべきだ」

「……えっ……?」


 ジィーナはもう一つか細い声を絞り出す。彼女にとって青天の霹靂とはこのことだ。彼女の背中で眠っていたリルもその動揺を感じ取ったのか目を覚ました。

 コウスケは眉間に皺を寄せて目を細める。


「二人だけを先に?」

「そう。しつこく追ってくる謎の能力者や暗殺者に狙われている今、それが一番安全を確保するのに確実だ。パラレルワールドへの扉の心当たりもいくつかある。そこで一旦身を隠してもらう。あくまで一時的に」


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