Ran away from… 7
「コウスケさん、大丈夫ですか?」
『俺だ。無事か? 俺は今なんとか例の工場を抜け出した。だが、少しまずいかもしれん。今どこにいる。警察の通信機能が繋がらなかったが何かあったのか』
「コウスケさん。何かあった、どころではないんです。一体何から話せば良いか……とりあえず俺達は、警察署に戻ることは出来ません。恐らく、もう二度と。とにかくどこかで合流しましょう。こちらで起きたことを全て話したい、情報を整頓したいんです」
早口でミラルヴァが喋ると、端末の向こう側のコウスケが困惑しているようであった。
『……待ってくれ、署に戻れない? どういう事だ、……いや、わかった、話を聴こう。そうだな……国道四号道路の、俺達がよく行くスーパーがあるだろう。あそこを横に抜けた道で待っている。頼んだ』
「了解」
ミラルヴァはアクセルを思い切り踏み込んで、指定の場所へ急ぐ。
*
指定された裏通りに到着したミラルヴァ達は、コウスケの姿を探し周囲をきょろきょろと伺うが、彼の姿は見えない。が。車内の誰にも気付かれることなくコウスケはふらりと車の傍に現れ、助手席の扉をこんこんとノックする。ミラルヴァがロックを解除すると素早く乗り込んだ。
「コウスケさん、無事で何よりです」
「話は後だ、出してくれ」
「はい。それで、どこへ?」
「どこでもいい、とりあえず走ろう。迂回して大通りに戻ってくれ」
一見平気そうだが、コウスケの衣服はところどころ細かい傷が入っており、コウスケ自身もいくつかの生傷を負っていた。
「兄さん、また会えて良かった……!」
「あぁ。そっちもとりあえずは無事でホッとしたよ。ひとまず」
兄との再会に後部座席のアルセラも一安心と言った表情を見せた。
「ミラルヴァ。……今、無事で、とは言ったが、一概にそうは言えんかもしれん」
「……あの建物で一体何があったんですか……? 詳しく教えてください」
「前々から調査していた内容でだいたい正解だった。気に入ったドライブを持つ子供を誘拐して、それを機械に移し替える。用済みになった子供は、恐らく実験台へ。それを主導していたのは、間違いなくあのマオ財務長官。そして今、俺達の逃げ場をつぶしているのも、奴だ」
「なんて野郎だ……しかし、そうと判れば、まだ手はあるかもしれません。我々がその証拠をマスコミにリークできれば、奴もひとたまりもないのでは……」
「それが出来るような人間が居ないから、奴は今もこうして巨大な権力を傘にあんなロクでもねぇ事をしているんだ。もともときな臭い噂を耳にしていたが……、どこまで息がかかっているのか想像もできん。情報操作力や閉鎖力もそうだが、裏での実力行使……何人もの腕のたつ人間やドライブ能力の使い手を私兵団として飼っていて、気に入らない奴は秘密裏に消し去られる。今俺達が狙われているようにな」
大通りに戻るために細道を走る。太陽はとっくに暮れて夜に入っている。街灯はそこそこに整備されているのだが、大通りに比べると薄暗く車のライトが一番の頼りになる。
ジィーナは後部座席で二人の会話を聴きながら、(多分ドラマとかの話だろう)と徐々に現実逃避を始めていた。
「そしてその証拠というのが、ろくに残っていない。本当ならデータベースにでもアクセスして、持ち帰ってやろうかと思っていたが……いろいろと算段が狂った。終わっちまったことは言っても仕方がないし、それよりも、奴がドライブ能力者の追手をお前たちに飛ばしていた。それが気がかりで、あわてて脱出してきた。特に何も無かったのか?」
「ええ……かれこれ一時間くらいは走っていますが、特に」
「必ず、そう遠くない内に奴の手先が現れる筈。今も隠れて機会を窺っているのかもしれん。街に紛れているのか、男なのか女なのか、子供なのか大人なのか、一体何人居るのか、全く不透明だが、退けていくしか生き残る道は無い」
「そこなんですが……グロスがこちらに提案してきたことがあるんです。パラレルワールドに逃げてはどうか、と」
「……パラレルワールド、か。あれにはまだ不明な点が多い。帰ってきた人間もそう多くないだろう。あまり現実的ではないな」
「向こうの居心地が良いのかもしれません」
「だと良いがな。あれに頼るのは最終手段だ。今のところ追手の気配はない。俺達を見失っているのかもしれん。今出来ることは――」
コウスケが話している最中、突然車が止まる。ミラルヴァがブレーキをかけたのだ。
「ん?」
コウスケが突然の停車を疑問に思い前方に視線をやると、道路のど真ん中に人間が立っていた。道が細いためすり抜けていくのも難しく、通るためにはどいてもらうしかない。街灯は薄暗くその人間の顔が見えない。
「まだ日が暮れたばかりで、酔っぱらいって訳でもなさそうですね」
その人間はゆらりと体を揺らし、車へとゆっくり歩み寄る。
滲み出る不気味さに、ジィーナやアルセラは恐怖を感じて身構える。
「……顔が見えんな。ライトを上げてくれ」
ミラルヴァがヘッドライトの照射角度を上げ、その人間の顔を照らそうとする。
「――、ひっ……!」
ジィーナは驚きと恐怖に思わず短い悲鳴をあげた。
なんと、その人間には首から上が存在していない。首から下だけで、ゆらゆらと古い映画のゾンビのような千鳥足で車へと近寄ってくる。
「な、なんなんだ……!?」
ブルームも驚きを隠せずその人間を凝視する。
「こいつは……俺があの工場内でぶった切ったロボットだ」
コウスケが呟く。
「えっ?」
ジィーナがそう言われて見ると、確かに、工場内で自分とリルを襲ったロボットだとわかった。首から下の制服は、あの工場に居たそれと同じだ。
「だが、なぜ……」
コウスケは首なしロボットの不気味さよりも、なぜそれが再起動して自分たちの目の前に現れているのか、という疑問がはっきりと浮かび、警戒心を最大限に高める。
「歩けないようにしてやるのは簡単だが、恐らく何らかの能力だな。無暗な攻撃は止そう。ミラルヴァ、バックで戻れるか」
「いえ、そういう訳にもいかなさそうです……」
ミラルヴァの視線はバックミラーに向けられていた。慌ててコウスケが振り返ると、車の後ろにも首のないロボットが二体、ゆっくりこちらへと近づいてきている。コウスケはチッと舌打ちをして「仕方ない」と呟きながら車外へと出た。そして右手を素早く薙ぎ払い車の前に居る首なしロボットに対して爆風を巻き起こすと、ロボットは上空に舞い上がる。コウスケは更に両手を上空のロボットにかざし空気の弾丸を放つとロボットの腹部がぼこぼこに凹み、爆風はさらに首無ロボットを持ち上げ続け車の頭上を通り越し、後方の二体のロボットと衝突して地面を転げまわった。
早業で障害物を排除したコウスケは素早く車に乗り込み、ミラルヴァはそれと同時にアクセルを踏んで車を急発進させた。
「一体どういう能力か見当もつかない。奴らに追跡されているのは間違いなさそうだが」
「尾行車には充分気を付けたつもりなのですが……」
ジィーナが窓ガラス越しに後方を見ると首なしロボット達ははるか後方に置き去りにされていた。突然の出来事に動悸を感じながらも、危機から遠ざかった事にほっと一息をついた。ふと横を見ると、リルは疲労がピークに達したのか目を閉じて眠っていた。この状況でよく眠れるものだなとある意味感心しつつ、ジィーナ自身も疲労の色が隠せずにいた。
「とにかくこの街を抜けよう。田舎に行くんだ。見通しの良い場所に……。ここらは敵が隠れる場所が多すぎる。それにここを離れればマオの息がかかった人間も減るだろう」
高く建てられたビルや、そのビルとビルの隙間の路地、無造作に停車してある車など、敵がいるかもしれない場所が多すぎた。物陰全てにコウスケは神経を研ぎ澄まし敵の気配を探る。が。
突如であった。
上空から突然フロントガラスめがけて首なしロボットが舞い降りてきた。派手な音を立ててフロントガラス全体にひびが入る。
「うおおッ!!」
視界を奪われたミラルヴァはその突然の出来事に驚き、さらにフロントガラスが割れて視界が封じられたことによりハンドル操作を誤ってビルの壁に車を激突させてしまう。
「うわぁぁぁあッ!」
車内に悲鳴が響き、強い衝撃が全員を襲う。タイヤは数秒空回りした後に停止し、車のエンジンも停止した。車の中は緊急時衝撃緩和のためのクッションがあちこちで膨らんでおり、見動きが取りにくい。
「くそ……みんな、怪我はないかっ!?」
ミラルヴァがなんとか振り向くと、全員がぐったりと脱力していた。
「コウスケさんっ」
「わかってる!」
フロントガラスにめり込んでいるクビなしロボットは両腕を小刻みに動かしひび割れたガラスを壊し可動範囲を広げようと試みている。
自分達は今、何らかの能力者による襲撃を受けている。とにかく、この見動きがしにくい状態を解消しなければ、とミラルヴァとコウスケはドライブ全開、それぞれの方法でクッションを跳ね返し押しつぶしにかかる。
と、同時に後部座席の扉が開く音がした。
「あれぇ、どっちがリルちゃんだっけぇ?」
「ここに来て、何を言っているのだ貴様は。見分け方のブリーフィングを受けただろう」
続いて二人分の人間の声。
「くそっ! なにもんだお前ら!」
答えてもらえるとは思えない質問をしながらミラルヴァは自分を押し付けてくるクッションを押し返す。一足先にクッションを切り裂いたコウスケがすぐさま扉を開き外に出ようとするが、扉自体が歪んでしまっていて開かない。
「必ず持って帰ってこいって言われたのこっちの青い髪のリルちゃんでぇ、なるべく持って帰ってきてっていうのが黒髪の、名前が、えっとぉ」
「ジィーナだ。ジィーナ・ノイマン」
「あはっ、ごめんごめん☆それでぇ、後はまぁ、殺しちゃって大丈夫系だっけ?」
「強く抵抗するのならば。とにかく、その二人、特にリル・クロムシルバーは絶対に逃さぬよう、との指令だ」
ジィーナは事故の衝撃で思考と肉体がよどんでしまっていてうまく動けず、すぐ隣で行われている会話を耳に取り入れていた。
(名前……わたしの名前を、知っている……?)
そっと視点を左にずらすと、フルフェイスの黒いマスクを装着した人間が隣でアルセラの腕に抱かれながら眠っているリルに手を伸ばしている。その背後にも、もう一人マスク人間が居た。体にぴったりとフィットしている漆黒のボディースーツを纏っており、その体型や身長から、二人とも中身は女性であることがわかった。
一番扉側に座っていたブルームが、リルへと伸ばされている腕に対して掴みかかった。
「触、るな……! 俺の娘に……! これ以上っ――がっ!」
マスク人間の肘打ちがブルームの頬にめり込んで、ゴチッと鈍い音が鳴り、ブルームの手は腕から零れ落ちた。
「それはむりぃなお願い☆ はい、リルちゃんこっちにおいでぇ」
その時、助手席の扉と運転席の扉が同時に真横に吹き飛んだ。
コウスケとミラルヴァが同時に車内から脱出したのだ。そしてコウスケはすぐさま二人いるマスク人間のうちの、車に身体を突っ込んでいる方を目掛けて攻撃を仕掛けようとするが、もう一人のマスク人間が立ち塞がる。コウスケは構わず一瞬で爆風を巻き起こしその立ち塞がったマスク人間を吹き飛ばそうと試みる。その強烈な風圧で隣の車体すら浮き上がりかけるが、その風を直接浴びせられた筈のマスク人間はその場で踏ん張って耐え切った。
(耐えやがった! この小さい体のどこにそんな力が?)
自分よりも一回りも二回りも小さなそのマスク人間が自分の風を耐え抜いた事に驚きを隠せず、一瞬隙を作ってしまう。風が通り抜けて、マスク人間は逆に一歩前へと詰め寄りコウスケの喉めがけて掌底をまっすぐに突いた。
コウスケは咄嗟に首の前で腕をクロスさせて急所を守りに入る。間一髪で防御が間に合い、掌底はコウスケの右腕に命中する。その衝撃はやはり小柄な体格からは想像も出来ないほど重く、一メートルほど後方へと押し込まれた。
「ぐっ!」
コウスケはただでは転ばない男で、押し戻されながらも空気の刃を放っていた。が、確かに命中している筈なのに、その漆黒のスーツに傷がつく程度で貫通しない。
(あの黒いスーツに何か秘密があるのか……!)
打撃を受けた右腕に痛みと痺れを感じて、掌の感触を意識するかのように掌を開いて閉じて、また開いた。




