Ran away from… 5
生物の魂を奪い取る。
その言葉を聴いて、ジィーナは戸惑った。ジィーナ自身は水を操る力を持っているし、友達は触ったものを冷やす力を持っていたりしたが、魂だなんて抽象的なものをどうこうする能力だなんて、想像もつかなかった。魂を奪い取るとどうなるのか、魂を奪われるとどうなるのか……。
「研究を進めていくうちに、わかった事がある。奪い取った魂は瞬く間に分解され身体に馴染むよう変換し肉体に溶け込む。それらは彼女の脳細胞を凄まじい勢いで働きかけ活性化、体内にエネルギーとして再利用し爆発的な力を生み出す事もわかった。このドライブの持ち主は、通常の人間を遥かに超越したパワーと知能が手に入る。話はそれだけではない。彼女がもし成人した後にこの能力を使えば、恐らくだが、死んだ脳細胞を再生させ全身の細胞にも再生エネルギーをくまなく与える。つまり、簡単に言えば若返るのとほぼ同じ現象が肉体に作用するのだ。なんて素晴らしいドライブ能力なのだろうか……」
マオが心底うれしそうに語り続ける。
「ここまでわかったのならもうやることは一つしかあるまい」
「やはりこの施設は、人間を実験に……」
「そう、機械化。人間のドライブを機械にコピーするための研究施設なのだよ。そこにいるレッドウェイ君は、近頃コソコソと野犬のように嗅ぎまわり、この施設の目的について情報を集めていたようだがね。一足遅かったかな?」
「この野郎……」
コウスケがボソリと呟くのをジィーナは隣で恐る恐る見上げていた。
「人間はひどく脆い。何がきっかけで、そう、失踪だとか突然死するだとか、ドライブが使用不可になるかわかったものではない。一刻も早く彼女のドライブを機械化しなければならない。それは私に与えられた使命であると強く感じた。だからその子には、ドライブのデータを記録するのと、作成した機械に能力をアウトプットするために、昼夜問わず『協力』してもらったよ。その為に、多少のお薬は打たせてもらったようだがね。あぁ、あと何十人か適当に人間やらを捕まえて、……犠牲は進歩につきものとは良く言うが、申し訳ない事をしたね。お陰で彼女の肉体や脳は、我々の想像を遥かに超える状態にあるのだろうが、まぁ、もうお役御免だ。いやぁ、良かったよ。人間の進歩は達成されたのだから」
マオはこともなげに言った。むしろその表情やしぐさは誇らしげですらあった。
ブルームがレナの腕を見ると、注射痕がいくつも残っていた。ブルームは唇を噛み、人を殺せるのではないかと言う程の殺気が籠った視線でマオを睨みつける。だが周囲の人間たちはそんなもの意にも介さないという様子。マオは話し続ける。
「そして、流石生体機械研究にて最先端を走るケネス製作所。僅か一週間で物にしてくれるとは、良い意味で非常に驚かされている。本当に素晴らしい働きだった、リンベル君」
「お褒めいただき光栄です。ありがとうございます」
先程まで喋っていた白衣の男――リンベルは、仰々しくマオに向かってお辞儀をする。
「…………そこで出来上がったその素晴らしいドライブマシン。本来なら実際に使用するまでテストにテストを重ねるところなのだろうが……栄誉ある第一歩、他人に譲りたくもないし待ちきれずに、どうしてもと頼み込んで私が被験者になってしまったんだ。ちょうど良い、あなた方にお見せしよう。あなた達は実に運が良い」
マオは右手を持ち上げると手袋を外す。そこには包帯でぐるぐる巻きにされた手があった。そして左手でその包帯をほどき始める。
「何か、まずい……!」
ジィーナは何が何だか殆ど理解できず、ただ目の前の会話を聴いていたのだが、コウスケは何か危機を感じているらしく、そう呟いて、そして次にブルームとアルセラに叫んだ。
「逃げろ、こっちに走れ! アルセラ、ブルームッ!!」
「えっ?」
突然のコウスケの叫びに二人は戸惑い、すぐに行動へと移せずきょろきょろとマオとコウスケを交互に見る。
警備員達も何事かとコウスケを見る。
「早く!」
コウスケが構わずにさらに叫ぶと、アルセラはリルを、ブルームはレナを抱えて出口に向かい走り始めた。だが、そこにロボットが二台立ち塞がる。
「そんなつれない事を言わず、ぜひご覧になっていってください」
リンベルが二人の背後から優しい口調でそう言った。はらりと包帯が床に落ちて、マオの右手が露わになる。外見は特に何の変哲もない右手である。
「…………?」
マオは突然自身の傍に立っていたガードマンの首根っこをその右手で鷲掴みにした。
「なっ! ぐあっ……マオ……様……!?」
突然浴びせられた雇い主からの暴力にガードマンは混乱し、そして残り二人のガードマンも突然の出来事に一体どう行動をとって良いものかわからず硬直してしまう。彼らは今、報酬を対価にして守るべき人間に襲われているのだ。
そして首を掴まれたガードマンの顔からサングラスが床に落ち、からからと音を立てる。靴も脱げ落ち、腕時計やインカム、次々と身に着けている物が床に落ちた。なぜか。ガードマンの肉体がどんどん縮んでいるのだ。
「っ……!??!?」
ブルームもアルセラも、その光景に唖然とし言葉を失った。彼ら二人だけでなく、その場にいる者たちはみな一様に驚愕と恐怖の感情を与えられ、金縛りにあっていた。
ただ一人、リンベルという男だけは、ニヤニヤとその様子を眺めていたのだが。
「くくくくくく……」
男の肉体は跡形もなく消えてなくなり、抜け殻のようなスーツやシャツがひらりと床に落下した。そして。
「フフフ……ハハハハ……、はははははははっ!!」
マオの高笑いが部屋中に響き渡る。彼の顔は先程よりも明らかに赤らんでいる。変化はそれだけではない。彼の頭髪に交じっていた白髪は根元から黒く生え変わり、年季が入っていた首や顔の皺が瞬く間に薄くなっていく。
「はぁーはっはっはっはッ! なんという……なんというパワーだ、素晴らしい、人を一人吸収しただけで、この……こんなエネルギーが、手に入るなんてッ! この高揚感、幸福感……こんなものがっ……! 全てが鮮やかだ!」
マオは叫びながら、自分の腕を掴んでみたり、顔や頭を触ったりしている。体格はスーツの上から見ても明らかに二段も三段も増しており、叫ぶ声も若々しい。
「マ、マオ様……?」
ガードマンの一人が後ずさりしながら彼の名前を呼ぶと、マオは凄まじい機敏さと力強さでその男の頭を鷲掴みにする。
「ぐあッ!」
「お前もよこせ」
「なっ、なんだこれはっ……うっ、うわあああああああああああッ! …………。」
その男も同様に、身ぐるみだけ残して、あまりにあっけなくこの空間から消し去られた。
「さて……」
マオは三人目のガードマンに視線を向ける。するとボディガードは懐から銃を取り出し、普段は雇い主を守るために磨いてきたそれを、今は自らを守るためにと銃口をマオに向ける。二人目を吸収したマオは先程よりもさらに体格や血行の良さが増し、顔は若返り、目が血走っていた。
「ふふ、そのちゃっちいピストルは何のつもりだ?」
「マオ様、止めてください……我々は、あなたの為にこれまで……」
「これまで沢山体を張って仕事をしてきた、とでも? ならば最期の最期まで仕事をさせてやろう。私の力になれる事を光栄に思うと良い。どのみち、この空間から生きて出られるとは思わん事だ……これほど素晴らしい瞬間に立ち会ったのだからな!」
「…………っ!」
マオの興奮はピークに達しており、言っている事はもはや滅茶苦茶である。ボディガードはしばし逡巡したが、マオのその言葉の意味を理解してようやく決心し、引き鉄を引いた。カァン、と乾いた銃声が一つ響き、硝煙が僅かに銃口から立ちのぼる。しかし、マオに銃弾は当たらない。
「驚いた。この眼は銃弾の動きまで見える……。実にゆっくりとな。……素晴らしいぞ!」
「うぅ……くっ……!」
男の構える銃口が恐怖に震えてブレる。マオはニタリと笑いながらゆっくりと男に近づいていく。室内の人間全員が再びマオの挙動に注目していたその時、コウスケが空を舞い、ブルームとアルセラの退路を塞いでいるロボット二体の首を一瞬で切り飛ばした。二体がずしん、と同時に音を立てて床に倒れる。
「おい、お前達はこの子らを連れて早く逃げろ」
「お前達はって、兄さんはどうするつもりなのっ?」
「俺は警察官だ。悪い事をしている奴はしょっぴかないとな」
コウスケは不敵に笑って見せる。
「その為には、お前達がここに居ると仕事がしにくい。だから早く逃げろ。外にミラルヴァを待たせている。あいつなら大丈夫だ、お前達を守ってくれる。幸い、この状況で部屋の全員が混乱しているから、逃げるなら今しかないっ。わかったら早く行け!」
アルセラは泣きそうな顔を見せながら、ブルームと共に、それぞれがリルとレナを胸に抱えて出口へと走り出した。
「あっ、おい、待て!」
警備員の一人がそれに気付いてブルームとアルセラの背中に銃を向けるが、同時に風切り音が通り過ぎ銃のバレル部分が真二つに切り落とされる。順に他の警備員たちの銃も同様に使い物にならなくなった。
「なっ、一体これは……! ……そうか、お前の仕業だな……!」
警備員達が一斉にコウスケを睨みつけ、そして銃を捨てて警棒を腰から取り出し殴り掛かろうとするが、その矢先に突然一人の警備員が顔面に衝撃波を浴びて昏倒する。コウスケのエアロドライブによる見えない空気の打撃を浴びてノックアウトさせられたのだ。
そのコウスケはどこ吹く風という表情。
「逃げる女子供の背中に銃を向けるような奴らに、軽々しくお前呼ばわりされたくないな」
アルセラ・ブルーム・リル・レナ・ジィーナの五名が部屋から脱出できたのを横目で確認すると両手首の関節をパキパキと鳴らす。
「何をぼさっとしている! 逃げた奴らをすぐに追え! この研究所から誰一人逃がすな!」
リンベルが先程までの丁寧で物静かな態度から一変して大声で警備員達に指図すると、警備員達も慌てて出入り口へと向かおうとする。
「させるか!」
コウスケは素早く始動し、あちこちにある機械や柱などを足蹴にまるでムササビのように飛び回り、警備員達の誰よりも早く出入り口の前に着地。振り向いて仁王立ちで彼らを迎えた。警備員達はコウスケのその身のこなしにまず驚かされて、後ずさる。
「どうした、腰抜け警備員共。来ないならこっちから、さっさと片付けにかからせて貰うぞ!」




