Ran away from… 4
コウスケら三人が部屋の奥隅に進むと、そこには荷物に隠されるように一つのスライド式のドアが鎮座していた。何やら厳重に幾つものセキュリティマシンが設置されているが、コウスケは特にそれらを気にすることなく適当なボタンを一つ押す。すると扉の上の小さなランプにオレンジ色の光が点灯した。
「その、これとか、映画でしか見ないようなセンサーみたいなの、みんな張りぼてなんですか?」
ジィーナが気になってコウスケに質問する。
「まさか。ブルームが全部力技で解除しているようだ。この部屋の入口だってそう。そういう事ができるのがあいつの能力だ」
そんな事を話していると、部屋の入口から大量の足音が聞こえてきた。ジィーナが積み上げられた貨物の隙間から入り口をそっと覗くと、そこには先程の警備ロボットが同じ顔をぶら下げて大量に部屋の中へと進入してきている光景が見えた。ジィーナがぎょっとしてコウスケに尋ねる。
「コウスケさん、この扉、まだ開かないんですかっ?」
「エレベーターだ、上がってくるのに時間がかかるんだろう」
「そんな……!」
ドアが開くのを待っている間にジィーナが再度出入口を覗くと、それらのロボットたちはエリアを分担して異常を見つけ出すために室内をぞろぞろと歩きまわっている。
『攻撃を受けた形跡を発見しました。攻撃者を敵性と判断し捜索します』
「コウスケさん、ロボットが一体こっちに歩いてきます……!」
「落ち着くんだ、ジィーナさん。まだ見つかっていないなら、こちらから奴らに対してどうこうすることはない。攻撃なんかしようものなら、自分の居場所をわざわざ教えるようなものだからな」
「でも! ……っ!!」
ロボットの気配は貨物のすぐ後ろ側まで来ていた。
ジィーナの小さな声に反応していて、三人のいる場所から貨物を挟んだ所で立ち止まってじろじろと異常を探しているらしい。コウスケは冷静な表情でジィーナの目をじっと見つめながら唇に人差し指を立てて当て、声を出さないようにジェスチャーする。
コウスケやジィーナ・リルが居る場所は袋小路になっているから、もしそのロボットが積み上げられた貨物の裏側を調査したなら、三人はそこに追い詰められた形になる。
『周辺を再捜索します』
ロボットは呟きながらその場を移動し、そして貨物の裏側――つまり三人が居るエレベーターの前を調査しに向かう。のしのしと歩き、積まれてある貨物の裏側へ。
『……』
だが。そこにも何も無く、誰もおらず、エレベーターのドアが小さな機械起動音を鳴らすのみだった。
『……周辺を再捜索します』
ロボットは袋小路の隅までをじろじろと見回してからそう言うと、回れ右してまた別の場所を捜索し始めた。
ロボットに見つかる前に間一髪でエレベーターに乗り込んだコウスケら三人。僅かにエレベーターが沈んでいく感覚を足の裏から感じつつ、ジィーナはコウスケに話しかける。
「あの、コウスケさん。一体、ここはどういう場所なんですか? 普通の工場ではないんですか? さっきのロボット達は、なんでわたし達に暴力を……」
「その答えは、……知らない方が良いと思う。だけど大丈夫。ちゃんと解決するさ」
「何か、悪い事がここでされているんですね。あなたがここに居るということは」
「……俺が君達に言える事があるとすれば……俺は全力で君達を守るが、最後の最後に自分自身を守れるのは自分自身でしか無い、という事だけだ。この下りた先に何が待っていようと……」
「おじちゃん……?」
普段接している時には見ることの出来ない、仕事人の顔を見せるコウスケの鋭い気迫にリルも彼に話しかけることを躊躇ってしまう。
「さぁ、そろそろ降下も終わりだ。扉が開く。壁に背中をつけて、できるだけ身を隠せ」
コウスケは二人を壁に背中をつけるように指示し、自身は扉の真横で同じように背中を壁につけ、扉の向こう側に警戒を向ける。
エレベーターの下降速度が減速し、身体全体が重たくなったような感覚を覚えさせられつつ、エレベーターが完全停止する。そして扉がスライドし開いた。三人の目に見えたのは半径五メートルほどのエレベーターホールと、その先にある奥へとまっすぐ続く一本の薄暗い通路だった。鉄製の通路で、足元に等間隔で小さな照明が設置されているが、それらは照明というにはあまりに弱々しく頼りないもので、ぼんやりと緑に光っており、通路の先は視界が悪く不透明だった。
コウスケはエレベーターから降りて通路の先を睨むと、数秒してジィーナとリルに振り返る。
「大丈夫だ。近くに人の気配もロボットも居ない。監視カメラは……無さそうだが、あったとしても大した問題じゃないか」
そして二人にエレベーターから降りるよう催促する。手をつないだまま恐る恐るエレベーターを降りて立つと、背後のエレベーターは静かに扉を閉じた。リルとジィーナはそのお化け屋敷のような薄暗い場所で身体を寄せ合いながら左右をキョロキョロと警戒して、そしてコウスケの背後にピッタリと付く。
「さぁ、行こう。ブルームとアルセラは、すぐ近くに居るはずだ……早く見つけ出さないとな」
*
その通路はそれほど長いものではなく、三分ほど歩くと大きな両開き式の扉に到達した。その扉も普段は厳重にセキュリティロックがかけられているのだろうが、先程までの例に漏れずブルームによってセキュリティシステムは破られており、だらしなく半開きの状態になっている。コウスケは自身のエアロドライブにより、その内部に数十人の人間が居ることを把握していた。そしてその中に、覚えの有る呼吸が二つある事も感知している。
「ここだな……。二人は少し下がって、ここで待ってくれ。中の様子を見てくる」
扉の五メートル程手前でコウスケは二人にそう言うと、そっと半開きの扉に歩み寄りその隙間から中の様子を覗き見ている。リルとジィーナも当然中の様子が気になり、コウスケの背後からちらちらと室中を伺う。
「うーん、あんまりみえないしきこえない……」
心細さから父親と母親の姿を見たくて身を乗り出して中の様子を窺おうとするリルをジィーナが必死に食い止める。
「ダメだって、静かにしてないと。見つかったらさっきみたいにロボットに襲われちゃうかもしれない」
「だって、おとうさんとおかあさんをおいかけてたんだもん」
リルの主観から言えばもっともな反論だが、そういう問題ではない。
「何が起きているか私にもわかってないけど、とにかくだめっ……コウスケさんが大丈夫って言うまで……」
ジィーナが少し強めの口調で言うと、リルは顔をくしゃくしゃにして目に涙を溜め始めた。ジィーナは「しまった」とか「まずい」とかとにかく後悔を感じつつ彼女をなだめようとするが遅かった。
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ、だってぇぇぇぇ!!」
リルは大声で泣き始めた。四歳の少女にはこの状況は厳しく、泣いてしまうのも無理もない。鳴き声を聞いたコウスケがぎょっとした顔で振り返る。当然その大きな泣き声は扉の向こう、部屋の中の人間たちにも届いており、いくつかの足音がどたどたと部屋の中から近づいてくる。
「リル、泣き止んで、お願いっ」
ジィーナがリルの頭を撫でて言うがリルの涙は止まらない。
「そこに居るのは誰だ? 怒らないから、出てきなさい」
泣き声から子供が居ると丸わかりで、室内の人間の忠告する口調にもそれ程とげは無い。だが、それでほいほいと出ていけばどうなる事か、ジィーナには想像もつかないが、従う気にはならなかった。
一方部屋の中では。
「リル!? リルがいるの!?」
母親のアルセラが娘の泣き声を判別できないわけがなく。
「おかあさん!」
「あっ、ちょっと!」
名前を呼ばれたリルは、ジィーナやコウスケの制止をすり抜けて衝動的に駆けていった。
「リル、お留守番してなさいって言ったでしょう!」
「だってぇぇぇ! ◯▲※@□◇だからぁ!!」
母親に抱きつきながら言葉にならない言葉をわめき散らす。
「おやおや、セキュリティはどうなってるんだ? こんな小さい子供が一人で入ってこられるはずは無いが……。まだ居るんだろう、隠れていないで出てきなさい。早くしたほうが良いぞ」
「…………くそ……。仕方ない、ジィーナさん、中に入ろう。下手に隠れるより、君は俺の傍に居てくれ」
コウスケに言われ、ジィーナも不安げな表情のまま一度頷いた。
そしてジィーナとコウスケが続いて室内に入る。彼らの目に飛び込んできたのは、巨大な箱型の室内、沢山の用途不明な機械類、天井や壁を走るダクトや配線、無機質なコンクリート製の壁。人が一人入れそうな縦長のカプセルが壁沿いに並べて設置されており、白衣を着た男が十数人程と、警備員なのだろうか、武装した人間が数人、先ほども見かけたスキンヘッドのロボットが数体。
その中心にはアルセラと、アルセラに抱き着いているリル、そしてその隣には一人の少女を抱きかかえたブルームの姿があった。その抱きかかえられた少女の様子がどうもおかしい。
「レナ……」
隣のコウスケがそう呟いた。
「……あれがレナちゃん? でも……」
彼女の様子はかなりおかしかった。外見こそリルにそっくりだが……ピクリとも手足を動かさず目は見開いたままぐったりとしている。入院患者の衣服のようなものを羽織っているがそれもところどころ妙に汚れている。
「やぁやぁ、これは、これは……確かあなたは警察官のコウスケ・レッドウェイさん。どうしましたか? こんな所で。駐車違反でも取り締まりに?」
ブルームとアルセラから少し離れたところに立ったブラックスーツ姿の男が大声でコウスケに話しかける。その男は五十歳くらいだろうか、白髪交じりの頭髪はきっちりと整髪料でセットされていて、表情の皺は年齢を感じさせるほど深いが、肌の血色はそれなりに良いし襟元にはいくつかのキラキラと輝くバッヂが窮屈そうに装着されている。三人の黒いスーツ姿の男が彼を守るように取り囲んでいた。
コウスケは一歩前に出る。それだけで周囲の黒服がずいっと前に出て懐に手を入れる。
「そちらこそ、こんな埃っぽい工場の地下で一体何をなさっているのですか? マオ財務長官ともあろうお方が」
「……下がれ、お前たち」
マオと呼ばれた男が言うとガードの三人は一歩下がり、そしてマオはコウスケに負けじと一歩前に出た。
「質問に質問で返すとは無礼な男だな。街の人間達にヒーローと持て囃されて勘違いしてしまったのかな? まぁ、それも仕方あるまい。質問の答えは、そうだな……。そんな扉のすぐ前に立っていないで、もっと中に入りなさい。良い物をお見せ出来ると思うよ」
「……行こう」
コウスケが歩いて中へと進み、ジィーナはその背後に隠れるように歩く。会話をすぐ近くで聞いていたジィーナは『マオ財務長官』という名前にニュースや新聞で時折見る名前や顔だと心当たりがあった。
「兄さんっ」
アルセラが叫ぶ。
「アルセラ、俺が来るまで待てと言っただろう」
「……レナがっ、何をされたのかわからないけど、動かないの、瞬きもしない! わたしっ、どうしたら……!」
「落ち着けっ」
少しばかり距離が離れている為大声で会話をする。部屋中にヒステリックな声が響き渡り、リルは怯えた声で母親を見上げる。
「落ち着いてなんかいられないっ!」
「それでも落ち着けと言っているんだ。俺もそう努力してる。お前のドライブは試したのかっ」
「試したけどっ……」
アルセラはぶんぶんと首を横に振った。
「答えろっ、一体この子に何をした!」
ブルームがレナを抱きかかえながら周囲を睨みながら叫ぶ。
「いやいや、ブルーム副所長。そう目くじらを立てないでください。あなたの娘さんは人類にとって……とてつもない恩恵なのです。多少の事は、寛大に受け止めていただきたい」
白衣を着た金髪眼鏡の男が彼に話しかける。
「恩恵だと……!?」
「そう。まさに恩恵。レナさんは、選ばれた人間だったのです」
「何を言っている、だいたい、ドライブの研究所に預けていたこの子が、何故こんなところに居るんだッ!」
「研究所に居たからこそ、ですよ。レナさんのドライブ能力の報告を受けた時、我々は非常に驚かされました。全く前例がない。こんなドライブがあったのか、すごい発見だ、とね。国立の研究所なのだから、当然マオ長官にもお話をさせていただいた」
一拍を置いて、その男は小さく口角をあげてにやりと笑う。
「まさか……生物から魂を奪い取る能力、だなんて」




