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machine head  作者: 伊勢 周
21章 Ran away from……
224/286

Ran away from… 2

 とある日の昼下がり。学校の授業を終えたジィーナが友人と別れ一人帰路についているとき。


「……あれ、リル?」


 一人でとぼとぼと町を歩いていたリルを、ジィーナが見つけて声をかけた。


「ジィ?」

「どうしたの、一人でこんな所歩いて。もうすぐ夕方だよ。帰んないと怒られるよ」

「えっと、おとうさんとおかあさんが、レナをむかえにいくっていっていうからわたしもいくの」

「……うーん。じゃあ、今、お父さんとお母さんは一緒なの?」


 ジィーナが尋ねると、リルは左右に首を振る。はぐれてしまったんだろうな、と察したジィーナは、リルに手持ちの端末を見せるよう言った。


「リル。今キャリートーク持ってる? こんなの」


 そう言ってジィーナは自分の端末を例として見せた。リルは「うん」とうなずき、たすき掛けでぶら下げていた可愛らしいくまのポーチから薄い板状の電子機器を取り出す。キャリートークとは、この世界で当たり前に流通している携帯通信端末である。


「お父さんとお母さんに電話はしてみた?」


 リルはまた首を左右に振る。


「ちょっと貸してね」


 リルから端末を受け取ったジィーナは、すぐさま電話帳から母親の名前を表示させて電話する。が、繋がらない。父親も同様。


「うーん。困ったな……」


 ジィーナはそう言いながらもリルの端末を続けてすらすらと操作し、目的の機能を見つけ出し起動させる。もともと子供用の端末のため簡単に操作できるよう設定されているのだ。


『お母さんは、こっちにいるよ!』


 端末が光り、画面に地図が表示されるとともに優しい女性の案内音声が流れる。リル達の世界では親子間が位置情報を教えあうナノマシンで登録され、幼少の間は、いざという時キャリートークの一機能を使えばすぐに親子がお互いの位置を把握出来るようになっている。


「これ使えば、すぐにお母さんとも会えるよ。でも近頃物騒だし、私も付いていくね」

「うん、ありがとう」


 ジィーナは知り合いの小さな子供を独りでそのまま放置するのも何か起きた時大変だと思い、自分の母親に連絡を入れてから、リルと共に彼女の母親の追跡を始めた。端末画面が指し示す場所は『ケネス製作所 ファーロ工場』。


「これって、確かブルームさんの勤務先の……。ま、いっか。とにかく行ってみよ」


 端末に案内されるままに目的地に着いた二人は、その工場の巨大な佇まいに圧倒された。大きなアーチのようなゲートと、車が六台同時に通れそうなほどの幅が広い門。そして門からまっすぐ伸びた道の先に前面ガラス張りの近代的な建造物。


「ここ、入っていいのかな……」


 恐る恐るゲートをくぐるとピピピピッと音が鳴り、どこからともなく声が聞こえてきた。


『ようこそケネス製作所へ。身元確認を行いますので、その場でしばらくお待ち下さい』


 優しい女性の声が二人にそう言った。きょろきょろと二人が周囲を見渡すと、カメラレンズが二台自分達の姿を捉えているのが見えた。


『…………どうぞ、お入りください。直進した先に事務所棟がございます。エントランスにて案内を設置しておりますので、そちらにて御用命ください』


 担当している警備会社が適当なのか、少女二人組が会いに来ただけだと判断したのか、もしくはコンピューターでの簡単な手続きなのか、二人はすんなりと中に通された。

 直進し工場事務所のエントランスに入ると、人型のロボットが静かに二人のもとへと歩み出た。まるで本物の人間の、それも若い女性の容姿だが、歩き方から機械っぽさは抜き取れ切れず、さらには瞳の奥が緑色に点灯しているので人間ではなくロボットだと判別できる。


『いらっしゃいませ、こんにちは。ご用件をどうぞ』


 ブルームも勤務しているこのケネス製作所は、機械義手義足や、こうした受付用・警備用の人型ロボットや介護ロボットなどを作成している会社で、工場の案内も会社の商品である案内ロボットが務めている。ロボットと言うよりはアンドロイドという言葉の方が適切なのかもしれないが。


「おとうさんとおかあさんがここにきてるの」

『お父さんとお母さんという従業員はこちらには在籍しておりません』


 工場案内の機械の為そういった類の融通は利かないらしい。リルの問いに対して、子供のとんちのような回答。


「あの、こちらにこの子の父親と母親が来ていると思うんですけど……どなたか人間の方とお話しできませんか?」

『……………………問い合わせましたが、ただいま担当者が不在です』

「そうですか……じゃあ、工場内を歩きたいのですが、ここの地図とかってありますか?」

『向かって左側のラックにご用意しております』


 案内ロボットは不自然な歩き方で壁際のラックへと歩み寄り、パンフレット兼地図を一枚手に取りジィーナに手渡した。


『他に私にお手伝いできることはございますか?』

「あ、いえ、大丈夫です」

『承知いたしました。各地に案内表示と、私どもが居ますので、何なりとお申し付けください。安全上、必ず一般見学者の進入可能区域をご確認のうえご見学ください』

「はい、わかりました。リル、行こう。もう一回キャリー貸して」


 ジィーナは再度リルの端末を操作して母親のさらに詳しい位置を確認する。


「どうも、……ここより下って、地下に居るみたいだけど、地下、地下……ここって地下はあるのかな」

『この工場に地下フロアはございません』

「わぁっ」


 敷地内地図を広げようとしたジィーナの背後に、いつの間にか案内ロボットが立っており彼女にそう告げた。気配もなく突然耳元で話しかけられて驚いたジィーナは振り返りながら二、三歩後ずさる。


『この工場に地下フロアはございません』


 再度受付ロボットは言う。手元の地図を確認すると確かに地下フロアの記載は無かった。


「ほんとだ……。じゃあなんで……?」


 再度リルの端末の情報を見るが、確かに母親の位置は今自分達が居る場所よりも下を示している。


「とりあえず、示されてる方向には行ってみよう」


 ジィーナは横目で案内ロボットを警戒しつつ、リルの手を取って廊下を歩きはじめる。案内ロボットの緑色の視線はじっと二人の背中を見続けていた。



 エントランスから自動扉を挟んで一本の通路が伸びており、事務所や会議室や応接室などあるのだが、ジィーナとリルはただ一人の生身の人間と出会わなかった。あまりにも静かなその工場事務所内ジィーナとリルはただただ心細さを感じた。しかしここで引き返してもどうにもならない。

 更衣室や給湯室を覗き込んでも誰もいない。

 やがて事務所棟の終わりが見え、作業場への連絡口が二人の前に立ちはだかった。


「道路じゃない私有地の敷地内じゃこれも道案内してくれないからなぁ、こっちであってるのかな」


 ジィーナは小声で呟いたが、当たり前だが返事をしてくれる人はおらず。誰もいない廊下に声が響きわたる。


「あってるとは思うんだけど……」

「じゃあいってみようよ」


 リルはどうやらこの頃から無鉄砲のようだった。というよりも彼女にとってゴール地点は母親と父親と双子の姉であって、ここで立ち止まっていても何も解決しないという単純な考えが頭にあったのかもしれない。


「……そうだね」


 ジィーナはジィーナで、リルを両親のもとに送り届けるだけのつもりがえらく遠い所に来てしまったような気持ちに襲われていたが、やはりここで彼女を一人置いていく選択肢など絶対に在ってはならないという責任感から足を前に進める。開き戸を開くと、長い渡り廊下が続いていて、そこから各作業場へと通じる通路がいくつも左右へ枝分かれしている。あまりの道の多さに少し圧倒されていると、またも案内ロボットが彼女達のもとへと歩み寄ってきた。今度のロボットは作業着を着たスキンヘッドの男性だ。


『こちらはBF棟です。ご安全に』


 エントランスの案内ロボットと違い、従業員向けの部分が強いロボットらしい。


「あの、どなたか人間の方はいらっしゃいますか……?」


 ジィーナが尋ねると、『少々お待ちください』と言い残しその場から回れ右して去って行った。


「……」


 ロボットに言われた通りに待っていると、通路の先の角から一人の男が現れこちらに向かって走ってきた。あのロボットが従業員の人間を連れて来たのかと思ったが、遠目で見てもその男は身なりがボロボロで、両手には機械の錠前をかけられており、肉体も不健康そうな体格である。息を切らしながら半泣きの顔で駆けてくる。


「っ、そこをどいてくれ!」


 男は登場するなりジィーナに向かって叫んだが、次にリルの顔を見て、慌てて立ち止まり顔を青ざめさせた。


「……っ、ひ、ひぃ、レナ! なんでっ……! くそっ!」


 その男はリルの双子の姉の名前を叫んだかと思ったら、リルの姿に恐怖し、後ずさる。大の男がたった四歳の少女に対してそんな態度を取る。がりがりの男は肩で息をしながら汗を振りまいて、リルとジィーナから一目散に逃げ出した。


「あ、ちょっと……」


 初めて人間に会ったということもあってジィーナは色々と訪ねたくて引き止めるが、そんな制止など聞かずに必死に通路を走る。一体何が恐ろしいというのか。


「わたし、レナじゃないよ?」


 リルは不思議そうに言ったが、そんな声も男には届かずあっという間に何十メートルも離されてしまった。


「リル、あの人追いかけよう」


 ジィーナはそう言ってリルの手を握って走り始めるが、十四歳の少女と四歳の女の子が手をつないで走っても成人男性の全力疾走についていけるわけがなく、距離を離されるばかり。すると、通路の先の曲がり角で、男は受付ロボットに衝突して尻もちをつく。男の足が止まった事をチャンスと思い、そこで待ってもらうよう声をかけようとしたその時。


『逃亡したイレギュラーを発見しました。直ちに沈静化を行います』


 受付ロボットは両目を赤く光らせ両腕で男の首を掴むと、ぎりぎりと締め上げながら持ち上げる。その突然の暴力的な光景にジィーナは思わず立ち止まった。足がすくむ。前を走っていたジィーナが止まったことによりリルは彼女のおしりに思い切り額をぶつけて尻もちをついてしまう。


「いたいよー、ジィ」


 リルが不満の声を上げるが、ジィーナはそれどころではない。


『抵抗を止めて、落ち着いてください』

「っ、ぅあ……! や、めろっ、俺は、ここから、帰るんだ……! 家族が、待ってるっ」


 男は首を絞められ吊るされながらもロボットの頭を両手でガンガンと殴るが、ロボットはびくともしない。


『落ち着いてください』


 ロボットは言いながら、男の首を掴んだまま乱暴に壁にたたきつけた。二度、三度、叩きつける。ジィーナは本能的に通路の陰に隠れて、暴力的なシーンを見せないためにリルの目を両手で抑える。


「……なに、なんなの……!?」


 ジィーナは恐怖に身体を震わせながら、気配を消してしゃがみ込むが、次にどういう行動に移れば良いのかわからず金縛りにあったように動けない。鈍い打撃音だけが通路に響き渡る。


『今すぐ抵抗をやめてください』


 相変わらず抑揚のない声で言いながら、今度は男を壁に向けて強く投げ飛ばす。投げられた男は壁に激突して全身を強く打ち、気絶したのかそのまま床に崩れ落ちて無抵抗となった。にも関わらずそんな男にロボットは歩み寄ってまたがり、何度も何度も両拳で交互に殴りつけた。その度に辺りに血しぶきが舞う。


『イレギュラーの沈静化に成功しました。連行します』


 ロボットは男の首を再度掴み、ずるずると引きずってジィーナ達の方へと歩き始めた。


「えっ……」

(……こっちに、こっちに来るっ……!)


 ジィーナはリルを強く抱きしめて、姿勢を低くして、出来る限り縮こまった。

 このロボットに見つかってはいけないと、本能が告げていた。


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