Ran away from… 1
それから、街でのマシンヘッド達の残骸処理に駆り出される不破や、病院で怪我人の看護に従事する岬に見送られ、三人はジィーナの病室前に辿り着いた。宍戸はノックをして、返事を待たずにゆっくりと扉を開く。出入り口から、リルが口を真一文字に結んで姿勢よく座っている姿が見えた。その表情は、緊張と悲壮感が張りつめている。
「邪魔をする」
宍戸が低い声で言ってから部屋の中へと進むと、宗助と千咲も後に続く。宗助がいったいどんな話が飛び出すのかどれだけ予想し準備してみても、それを軽く飛び越されそうな、そんな独特の空気があった。
奥へ進むと、当然だがジィーナがベッドに伏していたが、目はしっかりと開いていて、表情やしぐさも怪我をする前と変わらずだ。ジィーナの足にはこれでもかと言う程の包帯とギプスが巻かれていたが。
ジィーナとリル、スワロウの三人、お互いがお互いを無言で見つめ合う。リルに会うのに、これほど緊張感を持った事はあっただろうかと宗助は自問するも、すぐに無いという答えに行きついた。
「あの、座ってください。椅子あるので……」
リルに言われ、部屋の隅に積まれている丸椅子をそれぞれが持ち、床に置いて腰かける。リルはジィーナの傍に、そしてそのリルを囲むように三人が等間隔で腰かける。
「……ジィーナさん。ケガの具合はどうですか?」
千咲が一番に彼女に声をかける。
「……これね、ちょっと大げさだよね……。今のところなんとか大丈夫、これからは私の回復力次第って感じみたいだけど……」
「そうですか……、ちゃんと、よくなると良いんですが……」
雑談はそれだけで終わり、宍戸が相変わらず鋭い目つきでリルとジィーナを見て、そして低い声でこう言った。
「早速だが本題に移る」
「はい……」
「今から話すことは全て録音の上、今後の調査資料にさせてもらう」
「はい、大丈夫です」
「まずは、リル。つい三日ほど前ここに攻め込んできたあの銀髪の男、名前はブルーム・クロムシルバー。アイツは自分でお前の父親だと名乗ったようだが、これは事実かどうか、はっきりさせておきたい」
「……事実、だと思います」
「だと思う? ハッキリしてくれ。重要な事だ」
「っ、あの、わたしも、おと――、父の顔を見るのは、十年ぶりくらいで……覚えているのは、あんな風じゃなかった。だけど、間違いないと思います……」
改めてそのリルの持っていた事実を知らされ、宗助と千咲はお互いに顔をちらりと見合わせ、そして眉間に皺を寄せたいかにも複雑な心境だという表情を見せる。宍戸は小さくため息を吐いた。
「……やれやれ、こんな身近に手がかりがあるとはな。やはり素性は明かさせるべきだったか」
「あのっ、でも、わたしっ、お父さんとみんなが戦ってるなんて、ついこの前まで全然知らなくてっ……だからっ」
「リル、それはちゃんとわかってるし、ブルームが父親だとわかったからって今日からお前達も敵だ、なんて言わないから安心して」
焦って身を乗り出し話すリルを宗助がたしなめると、リルは姿勢をもとに戻し椅子に落ち着いた。
「ならば、次の質問だ。お前達の出身について聴かせてもらいたい」
「え――」
「生まれた土地を覚えていないのなら、お前がその十年前に父親と暮らしていた土地でも良い。それがどこか知りたい」
そう問われ、リルは少し困惑の表情を見せてから、ジィーナの方をちらりと見た。
「えっと、それは――」
「それは、私が説明します」
リルが何かを言おうとした時、それに被せるようにジィーナが返答者に名乗り出た。
「私とリルは、……およそ十年前。こことは別の、並行する世界からやってきました」
ジィーナの告白は、以前に宗助が予想したものが当たった形になった。
「……並行する世界、か。では、その世界からどうやってこちらの世界に?」
「あまり、驚かれないのですね」
「それなりに調査は進んでいる。それで、質問への返答を願う」
「どうやって来たかは、なんと言えば良いのか説明がしづらいのですが……私たちが居た世界とこちらの世界の扉は、いくつかの条件のもとで開かれるんです」
その言葉を聴いて、宗助はエミィとロディが『一定の条件下でのルーティンでパラレルワールドへの扉が開く』と言っていた事を思い出し、それは彼らの証言と一致している。そして。
「その、『扉』を開く前に、私達はあの時、何かから逃げていました。追いかけてくる、何か……」
「……何に追いかけられていたのですか? なぜ?」
千咲が尋ねる。
「何に追いかけられていたかは、わからない……。私はその時十四歳でこの子も五歳に満たなくて、戦う力もなくて、逃げることだけに必死だった。そんな中、コウスケさんという方が、……この子の、伯父さんなんだけど、私達と一緒に逃げて、そして追ってくる奴らから守ってくれていた」
「コウスケ……?」
前の……さらに前の隊長と同じ名前に、宍戸は素早く反応する。
「はい。ですが、その逃げている途中……そのコウスケさんが、私達に確か、『ここが入り口だ』みたいな事を言って、それで……気づいたら、こちらの世界のえっと、知らない場所に」
「えっと、ジィーナさんっ」
宗助が早口で名前を呼んだ。話の途中だったが、呼ばずにいられなかった。
「何? 生方君」
「それはもしかして、その、なんていうか、鬱蒼とした森の中で、苔のびっしり生えた岩場のようなところ、でしたか?」
「え……? そ、そうだけど……」
見事言い当てた宗助に、ジィーナは戸惑いを隠せない様子である。不思議に思ったのはジィーナだけでなく、当然隣にいた千咲と宍戸も『なぜ?』と不審に思って彼に目を向ける。宗助はそんな周囲の様子をよそに、続きが知りたくて仕方がないような早口でさらに問うた。
「そのコウスケさんは、こう言いませんでしたか?『この石清水に五秒くちを付けろ』と」
「……っ、なんで……。リル、あなた、生方君にあの時の事を話したの?」
ジィーナはリルに問う。だが、リルは首を大きく横に二度振った。
「い、言ってないよ? それに、私も、あの時の事はあまり覚えていないから……」
「じゃあ、なんで……」
「合ってるんですね……?」
宗助はそう確かめて、そして自分自身に舞い降りているこの不思議な現象に、誰よりも愕然としていた。つまり、コウスケの記憶を夢で見ている事になる。それは一体なぜ? 誰かの仕業なら、どうやって、そして何より、何のために……?
「おい、生方」
宍戸の呼びかけで、思考の渦の中心に落ち込んでいた宗助ははっと我に返った。宍戸が疑いの眼差しを向ける。
「お前、一体何を知っている」
「あ、えっと……その。この話は、後にしましょう。自分自身でも、良くわかってなくて。後で必ず言いますので……」
宗助は一旦頭の整理をしたくて、自身に起きている現象を説明するのを後回しにすることを提案した。宍戸はあまり納得がいっていない様子だったが、訊きたいことが山積みのため、宗助の事については本人が言う通り後回しにすることに決めたようで、リルとジィーナに向き直る。
「で、だ。そのお前達を逃がした伯父のコウスケという人物も気になるところだが、お前達は一体、そのパラレルワールドで何をやらかした。何が原因で『こちらの世界』に追いやられたのか……」
「私達自身も、正直、未だにはっきりとはわかっていなくて。ただ……事実だけをお伝えするとなると……何から話せば良いか……」
ジィーナは眉間に皺をよせ唇を噛み、顎に手を当てる。
「どれだけ長くなっても途中で怒ったりはしない、話してくれ」
「わかりました……まず。リルは、今はノイマンと名乗っていますが、……生方君と千咲ちゃんには言ったよね。もともと血がつながった家族じゃない。私とリルが出会った頃、私は十四歳で、この子は四歳でした。私は、学校の授業の一環の職業体験で、たまたまそれなりに興味があった幼稚園の先生で申し込んで、たまたまこの子のいる幼稚園にあてがわれた。そこでこの子と初めて会ったんです」
宗助達は、予想外に普通な彼女達の馴れ初めに対して少し拍子抜けさせられた。ジィーナは回想を続ける。
「そしてこの子には、双子のお姉ちゃんがいた。名前はレナちゃん。でも、リルとレナは別々の幼稚園に通っていた。その理由は――」
ドライブ能力の有無。
リルにはドライブ能力の芽生えは見られず、レナにはそれがあった。
ジィーナもリルも、レナのドライブ能力の正体は知らなかったが……ただ、レナのドライブ能力はとてつもなく珍しい、今までにないものだったそうだ。
リルとジィーナの生まれ故郷である(宗助達からすれば)パラレルワールドでは、ドライブ能力は広く世間に認知された才能の一つであり、そして能力が芽生えた時点で、芽生えていない人間とは別の教育カリキュラムを受ける必要があった。
レナの能力はあまりに特殊で、最先端の研究施設が整っている研究所で預かるという事になった。『しっかりと研究をしなければ、家族や友人、周囲に危害を及ぼす可能性は低くない』と。
だから、リルとレナは離れ離れになった。
「――と、この子のお母さんから聴きました」
「その母親の名前は?」
「お母さんの名前は、……アルセラ・クロムシルバー」
「……アルセラ……」
リルが答えると、宍戸と宗助が同時にその名前を呟いた。
「心当たりが?」
千咲が尋ねると宗助は「いや、気のせいか、どこかで聞いたような」と曖昧な返事。宍戸は答えなかった。
「続きを、良いですか?」
「あぁ、話してくれ」
「この子と知り合ってから、三ヶ月くらい経った頃かな。私の家がこの子の家と偶然近所で、仲良くなって、それで学校の研修が終わった後も時々おうちに招待してもらうことがあって――」
だけどジィーナは一度もレナと出会ったことが無かった。何故ならその時彼女は既に研究所に入っていたから。幸いその研究所はリルの家からそう遠くはなく、ブルームは時間を作って家族全員でレナに会いに行っていた。
当たり前の話だが、慣れない環境に長時間拘束され知らない大人達に囲まれるという状態は四歳の少女にとっては相当なストレスだった。同じ境遇の子も数人は彼女の周囲に居たのかもしれないが……心細さは拭えない。レナは家族が会いに来るといつも喜んで出迎えていた。
しかし、ある日を境にその団欒が実現しなくなった。
「――今日は会えない日です、って言われたの。覚えてる。すごく残念だったから。お父さんもお母さんも、私も、なんとかならないのかって言ったんだけど、ダメ、ダメ、だけで……。最初は仕方ないってなったんだけど、次も、その次もダメって言われて、それで、お父さんとお母さんがすごく怒ってたのを覚えてる」
「私も、レナちゃんになかなか会えないって言ってるブルームさんとアルセラさんに話を聴いた時、大変だなとしか思ってなかったんですが……」
何をして追われることになったのか? という質問をしたはずなのになかなか本題に辿り着かないジィーナとリルの話に宗助は少しはてなと思いながらも、ジィーナの話自体に興味がそそられる。
「あの日、何が起こったのか、ブルームさん達が何をしていたのか、私には調べるすべは無かったのですが……。この子を家に置いて、夫婦で家を飛び出したみたいなんです。そして――」
ブルームとアルセラは家を飛び出す際、リルにこう言ったという。
「レナを迎えに行ってくるから、家で大人しくお留守番しておいてね」
これに対しリルは「わたしもいきたい」とすぐさま答えたが、それは受け入れられなかった。同行の願いはかなわず家で言いつけ通り留守番をしていたが、リルは寂しさを我慢しきれずに家を飛び出した。
この行動が、彼女にとって正しいものであったのか間違いだったのかはハッキリと断言できるものでは到底ないが……それでも彼女の人生を大きく左右する分岐点となるのであった。




