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machine head  作者: 伊勢 周
20章 隊長・稲葉鉄兵
221/286

これからのこと

「不破さん」

「なんだ」

「事情聴取っていうのは、やっぱり、このレポートに書いてあった件でしょうか」

「ほぼそれだ」

「なぜ、今こんな時に、こんな情報が?」

「こんな時だから、だよ。ブルームが発言したらしい。『リルは私の娘だ』ってな。『リルを迎えに来た』と」

「……そんなことが……」


 宗助は情報を整理しきれていない様子で、目線をキョロキョロさせ、岬も少し表情を暗くしていた。大きく息をひとつ吐く。


「ま、だからって、リルが敵だって訳でもねぇだろう。今ん所逃げ出したりする素振りなんてないし、小春が少しずつ話を聞いているみたいだが、知っていることは全部話すって自分で言ってるようだ」

「そうですか……」


 そこで岬が口を挟む。


「でも、不破さん、これからリルちゃんは……どうなってしまうんでしょうか。スワロウは、どういう判断を?」

「……そのあたりは……。今後の、動向次第だろうな……」


 不破の返答は当り障りのないものとなり、「そうですよね」とだけ答えるにとどまった。


「えっと、あとですね、白神さんは、どこの病室に?」

「アイツなら同じフロアの307号室だよ。俺は二回行ってどっちも眠っていたが」

「307号室ですね。わかりました。後で俺も行ってみます」

「あぁ、そうすると良い。さて、俺の用事は済んだしアーセナルに戻る。タイムスケジュールはその紙に書いてある通りだが、変更があればまた連絡する。なるべく早く治せよ。やばいくらい人手不足だ」

「頑張ります」


 不破は言い残して、病室を後にした。

 そしてそれはまた、岬と宗助は二人きりになったということで、先ほどまで勢いでお互い密着していた事が急に気恥ずかしくなって、二人とも気まずそうに黙り込んでしまった。岬に至ってはかなり大胆な事を口走った事を思い出してその場から逃げ出したいくらいの気持ちに見舞われていた。だが、彼女には逃げずにはっきりと伝えたい事もあった。


「あの。さっきは、話を聴いてくれてありがとう。本当に、すごく安心というか……気持ちが楽になった」

「……それなら、良かった。俺も、安心したよ」


 お互いそう言って、見つめ合い、小さく笑いあった。頬は少し赤くしたまま。


「私、頑張るね。今はまだ治せないけど、きっとすぐ力も元に戻るから。ううん、戻すから。そしたら一番に治しに来る」

「あぁ。そうだな。俺も……これから、どういう方向に向かって行けばいいのか、まだ今はわからないけど……今出来る事をしっかり頑張るよ」

「うんっ」



・・・



 岬が部屋を退出し、再び一人きりになった宗助はぼんやりとこれからの事を考えていた。

 岬のドライブ能力が使えなくなってしまったことに、少しの罪悪感があった。というのは、あのすべての怪我を治してしまう能力に頼り切っていた考えがあったことがだ。

 個人的な彼女との今後の関係についても、少し考えたりしていた。彼女の事はいつも心のどこかで思い浮かべている気がするし、女性としての彼女に惹かれているのはもう偽りようがない事実。こんなことを考えて、そして、斜に構えた思春期ももうとっくに過ぎて、自分の気持ちにも正直になろうと感じていた。彼女も自分の事を、きっと他の男性よりも大事に思ってくれている筈だ、と希望的観測を巡らせて僅かに表情が緩みそうになるが、その瞬間、あの血まみれの光景がフラッシュバックして一瞬で宗助の心の浮ついた部分をはるか底に沈めてしまった。

 宗助は、岬と自分が今後一体どんな関係になるか、その想いをいったん胸の奥にしまわざるをえなかった。

 今回の件に思考を戻す。

 衝撃だったのはリルがブルームの娘であるという情報。その真偽は関心事だ。ジィーナと初めて出会った時に二人の関係を尋ねた際のあの曖昧な表現や態度が、今になってやけに怪しく感じられる。


(だけど……、あの二人は敵じゃない。不破さんも言っていた通り、それだけは絶対にはっきりしてる)


 それどころか、ジィーナはブルームと戦闘し、その結果足に重傷を負ったという。


(その辺りは、事情聴取とやらをしっかりと行わないと何とも言えないか……)


 ヴー、ヴー、という振動音がサイドテーブルの上で響く。宗助の私用携帯電話が着信によって震える音だった。携帯を拾い上げると、一文字千咲からの着信だと表示されている。


「はい、もしもし?」

『お、出た。どう? 身体の調子は。私もあんまり出歩くなって言われてるから、こっちで大人しくしているんだけどさ』

「あぁ、調子はまずまずというか、痛いのに慣れてきたかも。気分はやたらと重たいし、全く慣れそうにないけど……」

『……それは同感。岬はもう帰った?』

「あぁ、さっき戻った。そろそろそっちに着くんじゃないかな」

『……。岬さ、どうだった?』


 千咲の質問に、なぜか宗助は真っ先に彼女の抱き心地を思い出してしまい、


「な、っな、どっ、どうだったって、何が?」


 明らかに態度に出た。


『……何どもってんの。なんかさ、私と話してる時は無理してるみたいだったから。記憶が戻ったよ、全然平気だよって。それがなんだか、私、これ以上追求したら余計に気を使わせちゃう気がして、何も言えなかったんだよね』

「あぁ、そのことなら、全く大丈夫……ではないと思うけど、なんていうのかな、話を聞いている限りでは、うん…………。岬もこれから更に、自分の人生と闘って行かないといけないんだなと、思ったかな」

『うん。私も一緒に居て、少しでも辛いのとかを和らげてあげられればいいんだけど……』

「……そうだよな」

『……話は変わるけどさ、明日は合同のお葬式で、その後リルとジィーナさんに話を聴くって、もう言われた?』

「あぁ、不破さんから聴いたよ」

『これから……どうなるんだろうね』

「……わからないけど、これよりも悪い方向に転がることは、きっと無い」

『……そう、だよね。うん……。私達、本当にしっかりしないと』

「そうだよ。しっかりしないとな」


 宗助にも千咲にも、「しっかりする」という言葉がやけにぼんやりと感じられていた。

 ただ、このぐちゃぐちゃにかき回された現状で……。これから先、岬のことも、家族や、千咲や白神も、さらには不破や宍戸だって、周囲の全てを支えていけるくらいに只々強くなりたいと思うのは、高望みだろうかと宗助は思って、そして窓の外を見た。

 遠くに見えるのは、大きく高い入道雲。



          *



 世間の関心は今、当然自分達を無差別に襲ったマシンヘッド達に向いているのだが、それと同時に、被害者達は一体、自分達の抱える悲しみや怒りを誰に向けるべきなのか、という事にしばしば焦点があてられることがあった。


 直接の犯人は命も人格も持たない機械である。壊れた機械を憎んだ所で虚しさだけが募り、だからと言ってそれらを操った者や創りだした者の手がかりも無い。

 そして彼らの矛先は……スワロウをはじめ守るために闘った人々に対して向けられ始めた。なぜ私の大切な人を守ってくれなかった? なぜあなたは生きていて、私の家族は死んでしまったの? 理不尽な攻撃の矛先を向けられても、彼らには言い返す言葉はあってはならない。公報担当や責任者達は槍玉に挙げられ、日々その「対応」という名の被害者遺族らからの負の感情を、時に直接的に、時には間接的に浴び続けていた。

そしてその裏で、眠らずの調査の甲斐があって、全世界それぞれの被害状況の実体がだんだんと見え始めた頃。



・・・



「生方が連れて帰ってきたとかいう二人組は何処にいる」


 アーセナル情報部の部屋から出た宍戸が早足で廊下を歩きながら、その後ろを付いて歩く女性職員に尋ねる。


「それぞれ隊員寮の空き部屋に泊まってもらっていますが、女性の方は両足に大きな負傷が有った為、治療のため仮設医務室に」

「負傷だと。迅速に避難させたんじゃなかったのか」

「はい。ブルームに攻め込まれそうになった時、あの二人が応戦し、その結果両足をはじめ幾つかの負傷を」

「……応戦? 動機は何だ。そいつらにアーセナルを守る義理など無い筈」

「不明です。そこまで聴取が出来ていないのが正直なところなので」

「まぁ良い、それも含めて俺が聴く。怪我をしていない方の奴の部屋番号を教えてくれ」

「男子寮の411号室ですが、ただ……」

「なんだ」

「夜間以外は部屋も利用されておらず、その女性の方の病室を訪れているようなので、そちらに行った方が出会いやすいかと」

「わかった。それで、リル・ノイマンの方は?」

「そちらも、ジィーナさんの病室に連日寝泊りしていますが……ジィーナさんの方は、身体の具合もまだよくないようで、しっかりと話せる状態ではないかと……」

「何千何万と人が死んでいるんだ、そんな呑気な事を言っている場合じゃないだろう」

「ですが……」

「優先度を考えれば、やはり生方の連れてきた二人よりもそちらを先にするべきだ」


 宍戸は呟いた後、立ち止まる。


「不破は病院に行くと訊いているが」

「はい、生方さんや白神さんの様子を見に行くと聞いています」

 それを聴き、宍戸はポケットから携帯電話を取り出し、不破に通話を始めた。


「……俺だ。あぁ、わかってる。ついでに生方に、明日の葬儀後の聴取、同席しろと伝えておいてくれ。一文字にもな。時間はスケジュール通り。それだけだ」


 ほぼ一方的に言いつけて携帯電話の通話を切った。


「あの」

「なんだ」

「お身体の方は、大丈夫でしょうか。少しお休みになられた方が……。あまり睡眠も摂られていないようですし」

「今は、何としても一刻も早く奴らの正体を暴く。そしてブルームの野郎が生きているかどうかは判らんが、奴らの隠れ場所を見つけ出す。それまではもう、立ち止まる時間はない。お前達も命令を聞くだけじゃなく、何を優先すべきか考えながら効率的に動け」

「……仰る通りです。それでは、引き続き本日の事後処理もよろしくお願いします、『宍戸隊長』」

「……」


 宍戸はそれ以降無言のまま、『事後処理』……つまり、街に残された残骸の処理に助力するために歩き始めた。



          *



 一方で宗助は、千咲との通話を終え、白神の病室を訪れていた。ノックをしても返事は聞こえなかったが、室内の空気が僅かに動くのを感じた。そっと扉を開き中に入る。室中では、体中包帯だらけの白神がベッドに寝そべっていた。横になった白神を見下ろす形で立つ。


「……生方さん。どうも。すいません、あまり大きな声が出せなくて。……返事、聞こえましたか」

「白神さん、お見舞いが遅くなりました。ちゃんと聞こえましたよ」


 白神は風邪で喉をつぶしたかのような籠った声で応えた。蛍光灯に照らされた白神の顔は、いつもより血色が悪いように感じた。大けがをしているのだから、当たり前なのだが。


「わざわざご足労いただいて、すいません」

「いえ、俺の病室も近くなんです。それより生きていてくれて本当に良かったです。正直、白神さんをあの森の中で見た時は、もうダメなんじゃないかって、死んじゃうんじゃないかって、思ってました」

「僕もそう思いました。流石にダメかもしれないと。生方さんの発煙筒のおかげで、不破さんがすんでのところで見つけてくれたみたいです。……生方さんは、僕の命の恩人です」

「……役に立つ事が出来て、良かったです」

「当面は治療と、ある程度治ればリハビリです。怪我で除隊って事は無さそうなので、そこに関しては少し安心していますが」


 白神は頭をかいた。


「生方さん。突然ですが、今から僕はあなたに真実の話をお願いしたい」

「真実の、話……?」

「はい。僕があの時逃したフラウアは……、あの後どれだけの人を、殺したのですか……?」


 白神に問われ、宗助は言葉を発することが出来なかった。あのシェルターの凄惨な光景を思い出す。白神はあの光景の原因が自分にあると考えているようだった。だからそんな事を訊くのだ。現実を直視しようと。


「教えてください。僕は、自分の無力さが、どれだけの人を守れなかったのか向き合わなければならないと、そう思うんです」

「白神さん。……白神さんが気に病む必要なんてありません……!」


 宗助はそう絞り出すのが精いっぱいだった。


「だって、そうでしょ……! 悪いのは、ブルームやミラルヴァ、フラウア達なんです! 白神さんが、そんな辛そうな顔をする必要なんて無いですよ! 命を懸けて闘ったんですから……!」

「『一所懸命やりました』で許されるんじゃあ……僕達の日々の努力や存在意義は無いに等しい。その悪い奴らを追い返すために、僕はあそこに居たんです。だけどそれが出来なかった。僕の無力さで、人が死んだ。生方さん、あなたに追ってくれとお願いして、そんな大きな傷を体中に負わせた。千咲さんに、ひどい傷を負わせてしまった」

「白神さん、そんな風に思わないでください。一人で背負いこまないでください……! 守れなかったのは、皆同じですっ! 白神さんのせいでみんなが死んだ、なんて言う人が居たら、俺がその人をひっぱたきますっ!」


 宗助がやや興奮気味にまくしたてると、白神はそこで初めて、ほんの少しだけ口角を上げて、いつもの微笑みを僅かに感じさせる表情を見せた。


「生方さんは、優しいですね。……もしかしたら、生方さんにそう言ってもらいたくて、僕はここで懺悔をしたのかもしれません。どこまでも、自分に甘いなぁ」

「当たり前だと思った事を、言っただけです……」

「……生方さん。どれだけの人がフラウアの手にかかったのか、……言いたくないとおっしゃるなら、無理には訊きません。すいませんでした。だけど僕はこれから、その事と、そして隊長の事とを胸に、闘って行きます」

「はい」

「どうか、これからも、僕と一緒に闘ってください」


 白神は弱々しい動きで右手を持ち上げ宗助にかざす。


「もちろんです」


 宗助はその手を自身の右手でつかみ、はっきりと言い返した。最後に勝利するのは、自分達であると信じて。




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