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machine head  作者: 伊勢 周
20章 隊長・稲葉鉄兵
219/286

ふつうの痛み

 街の様子は殺伐としたもので、破壊された自宅の前で呆然とする者がいたり、ボコボコに破壊された家に入りたくましく瓦礫や残骸の中から必要なものを探し出して回収し、恐らく親戚の家など無事な土地から助けに来たのだろう、迎えに来た車に乗り込んでいく姿があったり、それらのどこを見渡しても笑顔は無い。

 正確な情報を求めて路上でラジオを流して耳をこらしている人々もいたり、無事な街頭テレビに群がったり。だが、いろんな憶測や予測が飛び交うばかりで、それらから核心は何も見えてこない。生きているテレビ局が流すニュース番組では、真実の究明を求める声は大きくなっているとだけは、はっきりと告げた。

 レポーターが破壊された街を歩き、そしてその町中に崩れ落ちているマシンヘッドの残骸に近づく。武装した兵隊達が周囲で警戒し、立入禁止のテープを張り巡らせているそのぎりぎりまで。ワイドショーの司会が「大丈夫ですか?」とか「近づかない方が……」と言う。レポーターが恐れずに凛々しい表情で『このロボットの右手についている大きな針が、人間を突き刺し、そして瞬く間に身体を消してしまったのです』と紹介した。


『現在、残された機械部品を専門機関が回収し調査中とのことですが、結果が出るのに数日は少なくともかかるだろうとの見通しです。一体誰が作ったものなのか、何が目的なのか、犯行声明も出されておらず、今は何もわかっていない状態です』


 と言って、レポートを締めた。

 再び襲ってくることは有るのか、どんな目的なのか、それがわからなければ人々はずっと恐怖に支配されたままだ。



          *



 不破が言っていた通り、いつもの病院へと移送された宗助は一応許可があれば外出できる程度には体の状態は良くて、車いすに乗ったり松葉づえをついたりで、不破にも助けられて自室に置いてあった身の回り品を適当にかき集めて病室にまとめて持ち込んでベッドの上で整理していた。というのも、私用携帯電話が一番の目的で、この二日間の事でずっと心につっかえていた周囲の人の安否を確かめたいと思っていたのだ。携帯電話を起動させると、そこには見たこともないような件数の不在着信が表示された。中身を見てみると、その大半が妹と父親から。


 昨日も着信があるという事は、あの襲撃があった一日を無事生き延びたのだろうと察して安堵した。メールも数件届いていて、最新のものを見ると『私とお父さんは無事です、無事なら連絡をください』と。しかし一体何と返事をするべきか。だが何にしろ、まずは無事を伝えなければ心配させてしまうだろう。怒られることは覚悟で妹に電話をかける。


『もしもしっ、お兄ちゃんっ!?』


 ワンコールで、怒鳴り声のような応答が受話器から流れた。少し耳を離してその大音量に耐えてから、マイクに話しかける。


「あ、あぁ。ごめん、心配かけちゃったみたいで……でも無事みたいで良かった」

『良かったじゃないし! なんで連絡してこないわけ!? 私もお父さんも心配したんだからっ!』


 こんな剣幕で乱暴な声を妹が放つのは初めてで、宗助は少々気圧されてしまう。


「い、いや、携帯を置きっぱなしで部屋をでたから、避難してて、さっき戻ってこれたんだよ」

『じゃあ無事なの!? 怪我はしてない!?』

「いや、その、ちょっと……大丈夫、かすり傷くらい……」

『…………そう。今どこに住んでるの? さっさと引き払ってこっち戻ってきて!』

「えっと、それは、ちょっと……、そ、そうだ、引越し屋さんも動けないと思うし、まだしばらくはこっちに居るから、ごめんっ」

『はぁ!?』

「じゃあ、今ちょっとバタバタしてて、そういうことでっ」


 宗助は慌てて電話を切った。これ以上追求されたら、いろいろとまずいことになりそうだと思ったからだ。宗助は嘘をつくのが下手なのである。大声が折れた骨に響いて少し痛かったのも有るが……これからまだしなくてはならないことが多くある。だが、とりあえず。


「良かった、無事で……」


 多くの悲しみの中で、一つの安心を見つけられたことは宗助にとって大きなエネルギーになったのだった。



 その一時間後。


「精密検査の結果が出たよ」


 怖い顔の医者が宗助の病室にやってきて、顔をさらに強張らせながら手元の書類を見て言う。宗助は寝かされたまま黙って続きを告げられるのを待った。


「まずはろっ骨だな。どんな力で殴られたらこんな折れ方をするかね……ま、幸い場所がややこしいところを外れてる。これ以上の手術は必要なさそうだ。呼吸はできるんだろう? 普通に喋っているしな」

「はぁ……」

「あとは背骨、こっちもヒビが少し入ってる。コルセット巻いてるから、暑いからってそれを勝手に外したりして動き回ったらだめだから。まぁ、少しの間はそんな事やろうと思わないくらい痛みがあるだろう。ちゃんと薬を忘れずに飲みなさい」


 さらに次々と自身の肉体についての診断を並べられ、全治にいくらかかるとか、薬はこれだけ飲みなさいとか、事細かに指示を出された。宗助は耳にそれらを入れつつも、これからの怪我との共同生活を思い描き少し憂鬱になった。今までの人生の中で一番ひどい惨状だ。

 それに、今までは大きな怪我をしても――。


「……先生、岬……いや、瀬間さんは無事だったって聞いたんですが……」


 宗助にそう言われると、先生の顔はさらに曇る。


「生方さん。その質問は、おそらく彼女なら自分の怪我を治せるんじゃないかという気持ちが籠っての物だろうがね」

「……そんなことは」


 無い、と言おうとして、それは強がりでしかないと自分がよくわかっていた。このタイミングで彼女の名前を挙げるなど、それ以外何物でもないではないかと。


「君がここに初めて来た時、言った筈だ。芯のしっかりしていない物に頼りすぎるな、と」


 医者はそこまで言ってから、はぁ、と小さくため息。


「彼女の芯がしっかりしていない、という話を君にしているわけじゃなく、彼女の力はそれだけ……嫌な言い方にはなるが、得体の知れない物だった。ほんの小さな切っ掛けで揺らいでしまうかもしれない、ね。そして『ドライブという力だから』で全て片づけていたのだろう。今までが『異常』で、君が今感じている痛みが『普通』なんだ。君が行ったことや与えられたダメージに対しての当たり前の事が返ってきただけ。わかったのなら、暫くは絶対安静だよ。身体は大事に使いなさい。この世に一つだけだ」


 医者はそう言って部屋を後にした。

 思考の殆どの部分では正論だとは思いながらも、なぜ自分だけがこんな説教を受けなければならないのかと少し子供じみた感想も抱いていた。岬の事を考えて、そして彼女は今、一体どこで何をしているのだろうと考えた。千咲や平山先生も一緒なのだろうか。


 そんな風に岬をはじめ、仲間達や家族を気遣う気持ちはあるのだが、それでも宗助は頭の中がぐちゃぐちゃすぎて、何を考えてよいか未だに混乱していた。

 自分の身体の事。周囲の事。

 稲葉隊長のこと。

 仲間の事。

 ブルームやミラルヴァ、フラウア達の事。

 これからの隊の事。

 エミィとロディの二人。

 リルとジィーナ。

 そして。


「あの変な夢……」


 ハッキリと夢の事を覚えているのはこれが初めてだった。目覚めた後にはまるで本当に声を聴いたかのように彼女たちの声が耳に残っていたし、髪を撫でた感触は掌をくすぐっていた。他の人間の体験をそのままなぞっていた。その、他の人間というのは……。


(コウスケと、そう呼ばれていた)


 間違いなくあれは単なる夢ではないと感覚で理解していた。誰かが何らかの方法で、自分に対して情報を発信している。幾つものドライブ能力を見てきた宗助にとって、そんな事を頭の中で正当化するのもそう難しい事ではなかった。

 宗助の頭を走り抜けた一つの憶測。

 これまでのエミィやロディの話だとか天屋前隊長の経歴、そして何よりエアロドライブという共通項から、『天屋公助』と『コウスケ・レッドウェイ』が同一人物と見るのは、かなり現実味を帯びている気がする、と。そしてその『コウスケ』が、今もどこかで生きていて、そしてなんらかの理由で自分と思考がリンクしているのではないか? 意図的に、そして必死に自分に何かを伝えようとしているのでは?


(……飛躍しすぎかな……だいたい、二人の『コウスケ』の能力はエアロドライブだ。記憶を他人に飛ばすような能力ではないが……)


 とにかく、その夢の登場人物であるリルとジィーナに話を訊いてみようと決意した。ブルーム達とそこに関係があるのかは不明だが……、落ち込んでばかりもいられない現状、足を動かし続ければきっとどこかに糸口があると信じて進むしかない。

 だが。いまこの時に思うように動いてくれない身体が恨めしかった。頭がもやもやした時には体を動かして吹き飛ばすタイプなだけに尚更。もどかしさにやきもきしていると、病室の扉がノックされた。


「はい」


胸が少し痛み、かすれた声で返事をする。


「情報部の黒岩です。入室してよろしいでしょうか」

「え、あ、はい。どうぞ」


 意外な来訪者の名前に少し驚きながらも入室を促した。扉が開き、パンツスーツ姿で黒縁メガネをかけた妙齢の女性が入ってきた。忙しいだろうに髪型や服装は頭頂からつま先まで隙なく整っており、一つ一つの所作も乱れがない。宗助の目の前に立つと、黒岩はペコリと頭を下げた。


「生方さん、この度のご生還、大変嬉しく思います」

「……ありがとうございます。何の御用でしょうか」

「はい。今回の一件についてのレポートを作成いたしましたので、こちらに入院されているスワロウの隊員の方々にお配りしています」

「レポート?」

「こちらです」


 黒岩が胸元に抱えていた紺色のファイルを宗助に差し出す。宗助はそれを受け取りゆっくりと開く。『部隊外秘』という注意書きから一枚めくり、一ページから目を覆いたくなるような現実が飛び込んできた。

 現在明らかになっている民間人の被害者数だとか、何処の部隊の誰が消息不明だとか、死亡しただとか、街の破壊状況の写真などが記載されている。宗助は唇を噛んでページをめくる。スワロウの項目もあった。


 隊長  稲葉 鉄兵 : 死亡


 もうしばらくは悪い夢だと思っていたかったが、現実が突きつけられる。他の隊員達の生存が確認できただけ、現実はまだ優しいと考えるべきか。少し下に目を滑らせると、こんな詳細が書いてあった。

『瀬間岬は精神的ダメージが強く、ドライブが使用できない状態に陥っている為、暫くは回復を目指しながら通常の医療部隊として任務にあたる』

 と。


「……岬の、ドライブが……」


 そして先程医者が言っていた事の意味を理解した。


「……それでは、私はこれで失礼します。お大事になさってください」


 黒岩はそう言って踵を返し病室を後にした。

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