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machine head  作者: 伊勢 周
20章 隊長・稲葉鉄兵
218/286

報告事項

 霧がかかった深い森の中、背後を気にしながら必死に走っている『自分』。そして自分の前を走る黒い髪の少女。『自分』は小さい女の子を胸に抱いていた。


(……これは夢だ。身体が言う事をきかない。勝手に走っている。古ぼけたフィルム映画を見せられているような感覚……いつもの、変な夢……)


「ここだ、ここで止まってくれ」


 自分は言った。森の中の岩場。足元は苔で鬱蒼としていて、周囲には背の高い木々や草がこの場所を護るように生い茂っている。


「ここが、向こうへの入り口だ。この岩清水を五秒間だけ口につける。それが『入り口』。ここはまだどこにも知れ渡っていない情報のはず。いいか、俺も必ず追って行く。念のために向こうに着いたらすぐに何かに身を隠すんだ」

「おじちゃんも一緒に来るんでしょ?」


 青い髪の少女が泣きそうな顔でこちらを見ている。


「おじちゃんはまだやることがある。リル、お前のお父さんやお母さんに、この事を伝えにいかなきゃな。だけど大丈夫だ。向こう側に行けば、奴らも追ってこられない。安全だ」

「あの……」


 黒髪の、隣の青髪の少女よりも二回り大きい少女が、怯えた様子で話しかけてきた。


(もしかして、これって、リルと、……ジィーナさん……?)

「私、未だに何がなんだか、全くわからなくて……おとうさんと、おかあさんがうちで心配していると思うので…………その、家に帰りたいんですが」

「……それは、できない」


 『自分』がそう宣告すると、彼女は表情を悲しみに崩して感情的に訴えかけてきた。


「どうしてですかっ! わたし、何も悪いことしていませんっ! もう家に帰りたい! さっきから、なんで追われているんですか、あの人達は誰!? 私、ただの中学生です! 関係無いです!」

「今はできないんだ。でも、君は悪い事なんて一つもしていない、それは俺が保証する。だけど、それだけじゃあ通じない人間や物事が存在する……。理屈や筋が通っているか? 今はそんな事を考えてはダメだ。とにかく逃げる。今は、それだけが正解なんだ」

「私、私が……! なんでよぉ……! なんで……」


 そう言って黒髪少女はぽろぽろと泣き出してしまう。


(ジィーナさん……。この映像は、俺の夢なんかじゃなくて、もしかして……)

「さぁ。早くしなければ追いつかれてしまう。いいか。さっき俺が言った手順を実行するんだ。そうすれば君達二人は、こことは別の世界に行くことが出来る。必ず迎えに行くから、それまで、頑張れるな?」

「うん。おとうさんもおかあさんも、あとであえるよね?」

「あぁ。大丈夫。だからそれまで、ジィーナさんと、仲良くやるんだぞ。リル」


 そう言って『自分』は、小さい少女――リルの紺色の髪を優しく撫でる。


「コウスケ、さん……。私、……どうしたら……」


 それでも困惑と不安を隠せず震えるジィーナに対して、『自分』は彼女の両肩を優しく持って、そして涙で濡れた赤い目をまっすぐ見つめた。


「ジィーナさん。……危険な事、理不尽な事はどこに潜んでいるかわからないものだが……幸福だって同じように、どこにでも隠れているものだと思う。どうか、何があっても、前向きに生きていてほしい」



          *



――。



「………………うぅ……ん」


 久々に妙な夢を見て目覚めた宗助は、大量の寝汗に気分の悪さを感じ手元にタオルが欲しいと思い見回した。微かに見えるのはうちっぱなしのコンクリートと、むき出しのダクトや電線、簡素な黄色い電灯、少し黄ばんだ布のパーテーション。


「おう、目が覚めたか」


 すぐ隣で声がして、その低くけだるげな声が随分懐かしいもののように感じた。


「……不破、さん? ここは、いや、……俺は……」


 宗助が薄目を開きつつ自身の置かれている状況を見ると、どうやら場所はシェルター内の簡易医務室で、怪我人が運び込まれる部屋だという事をおぼろげながら理解できた。薬品の独特なにおいが鼻をくすぐる。


「シェルターのど真ん中でおねんねとはいい身分だったぜ、まったく」

「……、いや、確か……、っ!? ~~~っ!」


 宗助が何かを思い出し起き上がろうとすると、体中のあちこちで激痛が走り回り、声を上げることも出来ず悶え、ベッドに元通り。


「やれやれ、頭、肩と背骨と肋骨と、腰の筋肉も……あとどこだったか、とにかく全身だな、どれも致命傷を免れてるのは奇跡だってよ。とにかく横になってろ。今のお前なんか、小学生でも相手にならん」

「っ……ふぅ、はぁ、ふぅ……、……。一体、何から、聞けばいいかわかりません……」

「俺もわかんねぇよ」

「……戦いは、終わったんですか……」

「ブルームを退けたって意味ならな」

「…………」


 良いニュースを語っているはずの横目で見た不破の、その暗い表情に、宗助は漠然とした不安を感じ言葉を詰まらせた。


「白神さんや千咲、皆は、大丈夫だったんですか? ……フラウアは、どうなりましたか……」

「俺の着いた時には、奴は居なかった。監視カメラでシェルター中をあらかた探したが、見つからなかったよ。白神は一命をとりとめた……まだ目を覚ましてないが。千咲と岬も、一応は助かったみたいだな。お前のお陰で」

「そうですか……」


 千咲も相当な傷を負っていたのを宗助は見ていたので、その報告に胸をなでおろす。そんな彼の横顔に、不破が表情を変えないまま問いかける。


「お前、負けたのか」

「……多分、そうなんだと思います」

「多分?」

「俺は、こうして生きていますから」

「なるほど。……とどめを刺さなかったのか、刺せなかったのか……、はたまた、お前がまた謎のくそ力で撃退したか」


 宗助は何とも答えることは出来なかった。ただ、どんな過程であろうと撃退できていたならばそれが最善なのだが……。記憶がない。


「生きているから、か……」

「……変なことを言いましたかね」

「いや。生き残ったら負けちゃいないって考え方は嫌いじゃない。嫌いじゃないけどよ」


 不破は拳を握って俯いた。


「不破さん……?」


 気まずそうに視線を外す不破を訝しげに見る宗助。不破は何かに耐えるように唇を一度一文字に結び、そして口を開く。


「お前に、一つ伝えとかないといけない事がある。本部からの連絡だ。俺も、さっき言われたばかりで、……かなり、混乱してるし、信じられん。ゆっくりと聴いてくれ」

「……、本部から?」

「隊長が、負けた。死んじまったんだってよ」

「え……?」

「正確には、殺された。マシンヘッドに」


 沈黙。宗助の脳の中から言葉が失われ、大げさでなく一瞬呼吸の仕方を忘れて、思い出したかのように慌てて息を吸い言葉を放つ。


「う、嘘でしょ……? あの、隊長が……」

「嘘で、こんなことを言うと思うか……!」


 不破は必死に悔しさや怒り・悲しみを内側に押しこめている様子で。さっきから宗助が不破の様子、佇まいに対して感じていた違和感は、きっとそれだったのだろう。


「そんな…………」

「ブルーム、ミラルヴァと連続で闘ったその後、救助隊員を庇ってやられちまったらしい。宍戸さんが駆けつけた頃には」


 宗助は不破が告げる事実を未だに信じられず、言葉を探して視線をうろつかせることしかできなかった。


「俺達はまだまだ経験の浅い、未熟な部隊だ。結成してから時間も浅いし、嫌な言い方にはなるが、個性ばかりの一芸集団っつーか……。こういう時の踏ん張り方次第では、やばい事になっちまう。宗助、白神や千咲もだが……お前達が生きていてくれて本当に良かった。お前に関しては、診察が終わり次第例の病院に移動となると思う。今は休んで、一刻も早く回復してくれ」


 不破は少し早口で言うと、簡易医務室を後にした。宗助はやはり唖然としたままでぼんやりと天井に向かって呟く。


「嘘だろ……。嘘じゃないって、そんなの……」


 ぐるぐると視界が回るような感覚に陥った。まるで体がベッドを突き抜けて深い沼に沈んでいくかのような倦怠感に襲われながら、宗助は何をどう考えていいかわからずただ寝そべっていた。少しだけ後に、無言のまま涙をこぼした。



 シェルターから出た不破は、私用の携帯電話を取り出し、手慣れた様子で電話をかけ始めた。ディスプレイに表示されている名前は『中川美雪』。昨晩から何度も電話をかけたが電波すらつながらず、それどころか、そもそも彼女の居場所すら把握していなかった。

 無事なのかどうか、確かめたいだけ。不破にとって『わからない』が一番嫌だった。そして不破の心の中に少しだけ諦めが漂い始めていた。

 電話をかけて、一瞬間をおいて『お留守番サービスに接続します』のアナウンスをもう何度聞いたか。どうせ今回も電波すらつながらないのだろうと踏んでいたところ。


 Prrrr…

 Prrrr…


 なんと電波が繋がったのだ。不破は驚いた。電話を握る手が汗ばむ。三コール、四コール、五コール……。


『はい。もしもし、どうかしたの?』


 いつもと変わらないトーンでの応答が返ってきた。


「……っ、どうかしたって、お前なぁ、こっちは……っ!」

『ごめんなさい、何か急な用事でもあった? ここ三日間、田舎のお婆ちゃんの家に行っていて。ずっと会ってなかったから……。携帯電話とかラジオもあまり電波が届かない場所で……。さっきちょっと下の町に出たところ。…………不破君?』

「っ…………!」


 言葉が出てこなかった。慕っていた上官は死に、さらに被害は未だ全容が掴めていない状態だが、その中で一つが良い方に判明し、安心してどっと力が抜けた。その場に座り込んで、そのまま何も言葉が出てこない。


『……。泣いてるの?』

「泣いてねぇーよ!」


 誤魔化すために大きな声で言い返した。




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