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machine head  作者: 伊勢 周
20章 隊長・稲葉鉄兵
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静かな夜

 ここにきて宍戸の身体にもしわ寄せが訪れる。

 強い眩暈を感じてよろけ、膝に手をついてしまう。一日中戦い続けた疲労がここにきて彼の身体を襲っている。


「っ、副隊長!?」


 心配して声をかける隊員を睨みつけ、宍戸は言った。


「少し躓いただけだっ! ……お前ら、ぼさっとしていないで次の指示を仰げ! まだ戦いは終わっていない……!」

「は、はい!」


 一喝された隊員たちはショックを無理矢理振りきって、慌てて次の行動の指示を自分たちの上層部に問い始めた。宍戸は息を切らしながら立ち姿勢に再び戻したが、そうは言ったものの、自身は稲葉の制服をすぐに手放せずにいた。

 救助隊員達が次の指示を受けたようで駆け足で装甲車に戻っていく中、宍戸は片方の手で前髪を乱暴にかきあげて額の汗をぬぐい、立ち尽くしていた。

 リーダーを失い一番頭を混乱させていたのは、他ならぬ宍戸だった。



          *



 オペレータールームにて海嶋は不破からの避難シェルターについての報告連絡を受けていた。


『こちら不破。シェルターの連絡室から繋いでいる。問題の区画に行ったがフラウアの姿はもうなかった。別の居住区とも連絡を取ったが、特に何も騒ぎは起こっていないようだ。撃退したか、逃げ出したかわからないが。そっちの戦況は?』

「……フラウアの件、了解。こちらの戦況は……、何故か、マシンヘッド達は一斉に退去し始めたよ。普段は夜行性の癖にな……。しかし疲弊しきっている今の状況で深追いは出来ない。被害の把握と救助活動に全力を回すことになった。……不破君、生方君は、…………無事か?」


 海嶋がおそるおそる宗助の安否について尋ねた。


『宗助は、部屋のど真ん中で血まみれで倒れていたが、命からがら、なんとか助かったみたいだ。今簡易医務室に、白神もだが、手当されているよ』

「それは良かった……。あと、居住区から逃げ出した人々の詳細はわかるかい?」

『あぁ、居住区から逃げた人間たちは、シェルター付近にとどまるものと、林に逃げ込んだものとが居るようで……すまないが、俺一人じゃ全員の保全は無理だ。とりあえず手が空いたから、シェルターの前の人間を保護する。恐らく一〇〇人以上は居るんじゃないか……』

「了解。そっちにも、人員を割けるよう報告する」

『頼んだ。また報告する』


 そして不破だけではなく、世界各地からの情報もオペレータールームに入ってきていた。書面に書かれていたのはいずれも「マシンヘッドは撤退していった」という趣旨の事。それだけの事なのだが、それらが残していった傷跡はあまりにも惨たらしいものだった。

 被害状況の写真が貼付されている物や被害の事細かな詳細が書かれている物もあり、雪村はそれらに目を通していくにつれて稲葉の顔が浮かび、そして無念の気持ちで押しつぶされそうになった。


 大局だけを見て 勝ち か 負け か、この二択から選ぶとすれば、スワロウは負けたのだ。



          *



「機械どもが帰っていくぞ!」


 展望台で街の様子を眺めていた男が降りてきてこう伝えると、人々の表情には安どの色が漂った。自分の眼で事実を確認したい人間も少なからずいて、展望台へと向かっていく人間もいた。

 展望台からの景色は暗くてはっきりと見えはしなかったが、確かにうじゃうじゃと国道にあふれかえっていたマシンヘッド達は皆一斉に同じ方向へと移動し始めている。

 とはいえ、もう完全に夜が訪れ、明かりと言えば安っぽい街灯と携帯電話のライトくらいで、足元が不安定なため女性や子供は敬遠したが。

 生方あおいは、電池が切れそうな携帯電話を握りしめながら、シェルターの出口の方を見る。中で騒動があってからかなりの時間が経過しているし、兵隊が一人駆け込んでいってからもかなりの時間が経った。


 あきらめそうになった。

 クラスメイトだけでも、無事だと連絡してくれた人もいれば、全く連絡が通じない人もいて……携帯電話での連絡有無だけが安否のすべてではないが、しかし携帯電話だけが彼女と友人知人、家族をつないでいた。

 もう二度と会えないのかな、と思ってしまって、一旦そう考え始めるとキリがなかった。今まで我慢していたのに、突然涙があふれてきて、目じりから静かにこぼれる。

 それを見ていた父の克典は慌てて娘を励まそうと近寄った。


「あおい、大丈夫だって、お父さんたちも、こうしてほとんど危ない目に合わずに、ずっといたじゃないか。宗助だって、おじいちゃんやおばあちゃん、他の連絡がつかない子だって、きっと携帯を持ってくるの忘れたとか、電池が切れたとか……、とにかく、ネガティブになってもしかたないから、ほら……」


 父の言葉にもあおいは小さくうなずく事しかできない。なぜなら。


「わたし……見たかも、しれない……」


 鼻をすすりながらあおいは言う。


「え?」

「お兄ちゃんを、見たかも」

「いつっ、どこでっ!?」


あおいの発言に克典も目の色を変えて問いただす。


「でも、あれは違うって思いたい……! ううん、やっぱり、違うっ」

「なんで違うんだっ」

「わたしたちが、あのシェルターから雪崩れるように出た時、さっきの兵隊さんと同じ服着たお兄ちゃんに似た人が、人をかき分けて中に入っていったように見えたの、でも違うよね、そんなことありえないよね……!? お兄ちゃんが、兵隊で、闘ってるなんて、そんなの……」

「……そんな、こと……」


 克典はなんと答えることもできず、あおいと共に黙り込んでしまった。わかるのは、その手に握る携帯電話には、未だに兄・宗助からの連絡が無いということだけ。


「っ、とにかく、今日は闇雲に動かない方がいい。ネガティブな考えも無し!明日また、日が昇ったら、宗助を探そう。家にも戻りたいしな。今晩は、ここのみんなとはぐれないほうがいいだろう」


 樹の枝を集めて火をくべ始めている人々を見て克典は言う。あおいも涙を拭いて小さく頷いた。

 そしてそれから二時間も経過したころ。自衛隊の救助が訪れ彼らは保護された。

 無言のままに大挙して押し寄せた機械の兵隊たちの壊れた残骸はその有様でも人を寄せ付けず、恐怖を心に植え付け続けているが、街の各地を包んでいた炎はようやく出動した消防により徐々に消し止められていった。

 破壊から逃れた無機質な街灯がぽつりぽつりと浮かび上がるだけで、民家のあたたかい色の光は点らない。


 人々はどこに安全と安心を求めてよいかわからず、救助が来た後も過ぎ去る事のない嵐に怯えるように、静かな夜を、じっと暗闇で身を寄せ合って過ぎ去るのを待っていた。

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