表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
machine head  作者: 伊勢 周
20章 隊長・稲葉鉄兵
216/286

View of silence 2

「う……ぅ……」


 ついに、稲葉の肉体に限界の最高点が訪れてしまった。五感はほぼ麻痺していて、自身の心臓が奏でる不規則な鼓動音だけが生きている感覚だった。どちらが上でどちらが下か、留まっているのか流れているのか、それすらもう掴めない。


「み、のり……、かえ、で……みんな……」


 稲葉は無意識に呟いた。

 その時にはミラルヴァはブルームを乗り物に乱暴に乗せて、自身も乗り込むところだった。

 金縛り状態の救助隊員は、なぜミラルヴァが稲葉にとどめを刺さないのか不思議に思いながらも、兎に角早くここから消えてくれと内心で祈っていた。ミラルヴァはそんな彼らを尻目に、ブルームを連れて呆気なくその場から飛び去った。


「……い、行くぞ! 隊長を保護しろ!」


 それを確認できた隊員たちはそう掛け声をあげて稲葉に向かって再び駆け始める。その時、隊員たちと稲葉の間に横から再び大きな物体が割って入り、遮られた。


「うわぁあッ!」


 安心した後のそれに救助隊員たちが悲鳴を上げる。それは一体の大型マシンヘッドだった。

立ちはだかるそれは値踏みをするように隊員たちを無機質なレンズで捉えている。そして一歩、ズシッ、と音を鳴らして隊員たちに近づいた。


「つ、次から次へと……!」


 忌々しげに呟きながら後ずさるが、距離は先ほどより縮まった。


「……ここで、……ここで逃げてどうする!」

「しかし……我々には力がありません……!」


 そんな隊員たちの悲鳴をやけに遠くに感じながら、稲葉は……『シーカーを追加で呼んでいる』と、ブルームが言っていたこの言葉を思い出していた。

 霞んだ視界、目を凝らすと見えた光景。

 稲葉の足が、ピクリと動いた。


・・・



 稲葉鉄兵が十五歳だったある日の事。ただでさえ多感なその時期に両親が居ないという事は、当時の彼に沢山の事を考えさせた。

 自分は何の為に生まれてきたのだろう。

どこに行くのだろう。

どうあるべきなのだろう。

 両親はどんな顔だったのだろうか。

自分の名前には一体どんな願いが込められているのだろうか。

 これから大人になって、誰かと愛し合って、そして誰かの親になるのだろうか。

こんな自分が、ちゃんと親になれるのだろうか。

 そんな事を思いつめていた彼に、育ての親である施設の先生が言った。


「何のために生まれてきたか、何を成し遂げるか、そんなことは死ぬその時までわかるはずもない。考えるだけ時間の無駄だ。まずは毎日を、新鮮に前向きに楽しみなさい、そうすれば、こじつけで無理やりに探さなくとも向こうから必ずやってきてくれる」


 その時はその言葉の意味がわかったような、わからないような、そんな感想だったのだが。

 そして稲葉は年を重ねて大人になり、家族が出来て、父親になった。生まれてきた自分の子供の顔を初めて見た時、立派な正しい親になれるだろうか、とか、自分の人生の意味は何だろうか、とか、そんな悩みは頭のどこにも無かった。ただただたくさんの喜びを感じて、また、自分の進むべき道、するべき事がよりはっきりと示されたと感じたのだ。


・・・


 彼は今、生と死の狭間を彷徨いながら、自分が何の為に生まれてきたか悟ってしまった。

 その場で寝ていれば、マシンヘッドには狙われないかもしれない。 だが稲葉は再び立ち上がり、そして救護隊員達を背に、マシンヘッドの前に立ちふさがった。悪に染まった一方的な暴力を絶対に見過ごせないその性格が、彼にそのドライブを与えたのかもしれない。

 マシンヘッドが右腕に装着された魂を奪い取る巨大な針を振りかぶると、稲葉は盾をかざすように自身の右掌をかざした。マシンヘッドの針はその右掌につきたてられ、そしてそのまま貫いた。

盾を貫かれ、最後に到達したのは――。



          *



「おぉ、戻ったか、ミラルヴァ」


 出迎えたラフターにミラルヴァは特に返事をせず、ラフターもそんな彼の態度に気を悪くする事もなく話を続ける。


「なんだ、珍しく傷だらけだが……、ふむ、それでも暴れたりんという顔だな。体力馬鹿め。私はもう足腰が痛いよ。二度とゴメンだな、こんな過酷な作業は」

「どうでも良い、シーカーの回収は終わったのか。戻るならさっさとしろ」

「いいや、たった今、シーカー共に帰還命令を打ち込んだところだ、あと少しかかるよ。回収ポイントで拾わねば奴らはここまで飛んでも来れんしな」

「ならばさっさとそこへ向かうんだな」

「ブルームはどうだった?」

「……死んではいまい。荷物置きにおいている」


 ミラルヴァは無感情な返答をしてからラフターの前から姿を消した。


「やれやれ……荷物置きとは……」


 ラフターは本当にくたびれた表情を見せて、端に居たレオンという少年に話しかける。


「聞こえただろう、回収ポイントに移動だ。モタモタするなよ」


 レオンは返事をせずに手錠を付けられた腕を重たそうに持ち上げて、目の前の機械端末を触り始めた。



          *



 宍戸は息を荒くさせながら宙を舞い、ようやくその視界に正門を捉えた。そこからは地面に着地し足で駆ける。


「こちら宍戸、基地に帰還した! 現在正門前、どこに向かえばいい、細かいポイントを教えてくれッ」

『宍………長、……ザザ長は、もう……、わた…………ジジジ……』


 機械の調子が悪いのか断片的にしか聞こえない通信に苛立ちを隠さず舌打ちをした。走るその先に救護班員達が立ち尽くしている様子が見えたため、何か知っている筈だと思いそこに駆け寄る。


「おい、稲葉はどこだ、援護に来た!」


 乱暴な口調で話しかけるが、隊員達は皆呆然とした様子で宍戸を見返すのみ。


「おいっ、どうした、何があった! 稲葉はどこだと訊いている」


 宍戸が隊員の一人の肩を掴む。


「稲葉、隊長は……」


 その隊員は声を震わせながら喋る。


「宍戸、副隊長、稲葉隊長は……すいません、最期まで、我々を守ってくれました……!」

「……最、期……?」


 珍しく表情に動揺の色を見せる宍戸は、一度下唇を口に含み、それから息を吐く。


「……何を……」


 宍戸が呟くと、同時に一人の女性隊員がその場にへたり込み、静かにすすり泣き始めた。彼女は「もういや」と消え入りそうな声で言った。


「突然の、……突然のことでした……」


 宍戸が視線を落とすと、そこには血にまみれてボロボロになったスワロウの制服が落ちていて……、彼が無言でそれを拾い上げてひろげると、襟元には隊長という身分を示すための襟章が見えた。


「稲葉隊長は命がけで、ブルームとミラルヴァを退けて……もう大丈夫と思った瞬間、空から一体のマシンヘッドが落ちてきて、我々に襲いかかり……あっという間の、出来事でした。稲葉隊長は、身を挺して我々の前に……っ」


 そこまで話して、その隊員は言葉を詰まらせる。


「…………その、マシンヘッドはどこへ」

「それが、我々を襲わずに、突然何かを思い出したかのように……、あちらへ引き返していきました……だから、我々は、無事だった……」


 宍戸は指で指し示された、完全に紺に染まった夜空の向こうを見据えた。もう、ブルームの船は見えない。


「……そうか」


 視線を手元に戻し、ボロボロの稲葉の制服を数秒眺め……


「……そう、か……」


 再び、それだけを呟いた。

 それ以降その場の誰もが言葉を発する事は出来ず……女性隊員の嗚咽だけが、辺りを包む暗い夕闇に静かな波紋を作っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ