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machine head  作者: 伊勢 周
20章 隊長・稲葉鉄兵
215/286

View of silence 1

 宍戸は自身の能力を使い時に空を飛び建物を飛び越え、時に地面を滑るように走り、懸命に基地へと移動していた。

 不破は荒らされたシェルターの内部を、息を切らしながら駆け抜けていた。

白神は康太によって、命からがら医務室に搬入された。

 千咲は鎮痛剤の効果で意識を朦朧とさせながら天井を見つめていた。

宗助は硬い金属製の床の上でうつ伏せになり、目を閉じて僅かに胸を上下させていた。

稲葉の背後に、戦える者は誰も居ない。

 ここでブルームを逃せば、また同じことの繰り返し。機械を引き連れて、殺戮を行う。稲葉の目に焼きついたいくつもの凄惨な光景が、彼をより野性的に、攻撃的に駆り立てる。

 夕闇のアーセナル正門。凄まじい打撃音が一定間隔でこだまする。攻撃する側も、攻撃される側も血を流し……。


「さぁ、ブルーム……。俺の心配なんてしなくていい、お前はもう、自分の犯した罪だけを、後悔し続けろっ……!」

「……こんな、とこ、ろで……、私が、……リ、ル……私は、会う、……」


 うわ言のようにつぶやきだしたブルーム。その顔面に稲葉が問答無用で一撃を与えると、ボギッという音とともにブルームの顎が割れ、顔面が歪み、そして気を失った。白眼をむいて、口からは血反吐を垂らして、両腕両足は関節が分からない程にぐねぐねと折れ曲がり、それはもう酷い有様だった。

 一発。

一発。

 稲葉の拳が血を吐きながら。


「ブルーム……。お前はもう、ここで終わるべきだ……。俺が、終わらせてやる……」


 意識を失ったブルームを見てようやく稲葉の拳の連弾は止まり……、稲葉は最後に右掌と左手のひらを彼の鳩尾に付けて、そしてありったけの力を撃ちこんだ。その度に形容しがたい鈍く重たい音が鳴り、ブルームの身体はついに稲葉から離れ宙に浮きあがった。そして闇夜の空に放物線を描き、ぐしゃっという音と共に地面に激突した。

 ブルームはもう、ピクリともしない。その様子を見て、そこで初めて稲葉は地面に膝をつき、続いて両腕をついた。


「ハッ、ハァッ、ハァッ……! くっ……」


 荒い呼吸を整えようとするが、次から次へと疲労感と激痛が襲い来る。稲葉自身ここまで身体とドライブを酷使したのは初めてだった。

 だが稲葉は、最後の一撃で自分自身の身体はもう保たないだろうと、半身不随だとか最悪では死を想像していたのだが、まだなんとか意識もあるし身体も動かせる。それは良い方の誤算だった。



          *



 ブルームが完全に沈黙したのを確認すると、雪村は慌てて本部に待機している衛生兵に連絡を取り、正門に稲葉を救助しに行くように指示を出す。


「ミラルヴァがこちらに向かったとの情報がある! 迅速に稲葉を救助しろ!」


 マイクに向かって叫ぶと、次に宍戸に通信をつなぐ。


「宍戸か、稲葉がブルームを打ち破ったが、肉体の状態がかなりまずい、急いでくれ」

『了解っ……!』


 余裕のない様子の返答が短く返ってくる。全速力で足を飛ばしているのだろう。雪村は自身の机に指を何度も苛立たしげに叩きつける。とん、とん、とん、と忙しない音が響く。

 稲葉が勝利したというのに、その場に居る者達はひとりとして笑わない。それは勝利があまりに局所的すぎるというのも有るのだろうが、勝利した稲葉の状態は、傍から見るにあまりに凄惨だった。岬の力にも頼れない現状が、そして彼女に頼りきっていたそのアーセナルの医療チームの弱い芯が、それに拍車をかける。

 不破から入った途中経過でも、白神は瀕死状態。シェルターから入った連絡でも千咲も相当な重傷。街には人の抜け殻が至る所に散らばり、そしてそもそもの『街』としての形もほぼ失おうとしている。


「やっと、終わるのか……。もう滅茶苦茶だ。……何もかも」


 海嶋は苦々しげにつぶやいた。


「ま、まだだよっ……まだ、終わってない……!」


 桜庭が俯きながらだが、そう言った。


「本当に、これ以上、これ以上は……、私達に出来ること、何があるかな? これ以上の被害は、食い止めなきゃ……! まだ、終わってない……!」


 乱れきった髪の毛に隠されて彼女の表情をはっきりと見ることはできないが、その言葉を発した唇が震え続けているのは見てとれた。



          *



 救護班が専用車に乗り込み正門に向けて走る。


「稲葉隊長! 今行きます!」


 正門に到着した救急隊員が名前を呼びながら駆け寄ったその時、突然上から巨大な物体が落下してきて、彼らの行く手を阻む。暗く視界が悪いため一瞬何が起こったのか隊員たちは狼狽し目の前にライトを当てる。そこに居たのは……。


「ミ、ミラルヴァ……!」


 体のあちこちが大小沢山の傷だらけで、衣服はボロボロ。宍戸との戦闘がいかに激しいものであったかを物語る凄まじい出で立ち。普段ではなかなか見られない姿だったが、その顔だけはアーセナル所属の者なら忘れようもない。

 少し遅れて小型の飛行機のようなものが少し離れた場所に無人で静かに着地した。隊員たちはたじろいで半歩後ずさるが、隊員の一人がミラルヴァに向かってこう言った。


「たっ、頼む、そこをどいてくれ……! 我々はブルームに危害を加えるつもりは全くない……! そんな力もない!」


 ミラルヴァはそれに対して一言も発さず、じろりとその隊員を見下ろしていた。その時。


「やめ……ろ、ミラルヴァ……。俺が、相手だ……」


 稲葉がよろよろと起き上がりながら掠れた声で言うと、ミラルヴァは振り返る。


「ふん」


 ミラルヴァはつまらなさそうに息を大げさに吐いて、その稲葉の方へと歩きはじめる。


「どうやら宍戸はまだらしいな。当然か」

「稲葉隊長っ!」


 救助隊員達は彼の身を案じて名前を呼ぶが、ミラルヴァの迫力に足がすくんで走り出すことができない。非戦闘員なのだから無理はないだろう。


「死にぞこないが、自分の相手を出来ると? 舐められたものだ」


 ミラルヴァはずんずんと稲葉へと近づいていく。稲葉はよろけつつも立ち上がりファイティングポーズをとるが、誰がどう見ても、もう戦える状態ではない。ミラルヴァは少し眉間に皺を寄せて不機嫌そうに距離を着実に減らす。

 そして稲葉の目の前にたどり着いた。


「くっ……」


 稲葉が決死の覚悟で身構える。

 たが。


「……?」


 まるで小石だとか雑草だとかと同じ風にしか見ていないのかという程、ミラルヴァはそのまま稲葉の横を何食わぬ顔で通り過ぎて行き、そして倒れたブルームのもとに行きついた。


「生きているか? お前にとってはどちらでもかまわないんだろうが……」


 そして乱暴にブルームの首を掴んで持ち上げた。ブルームが微かにうめき声を出す。ブルームが一応生きてはいる事に対しても特に何の反応も見せず、ミラルヴァはブルームを引き摺って、今度はここまでミラルヴァが乗って来たらしい小型飛行機のようなものへと向かう。


「……」


 ふと、ミラルヴァは突然立ち止まった。


「せっかく見逃してやったのに、よほど早く死にたいらしいな」


 ぽつりとつぶやく。彼らの背後に、稲葉が迫っていたためだ。


「……悪を黙って、見過ごせないだけさ……」


 稲葉はそう言って、傷だらけの笑顔を作る。


「戦えない人間が吐くには惜しいセリフだ」


 ミラルヴァはブルームの首から手を離し、正面から稲葉へ突進し右腕で素早い突きを放つと、稲葉は何とかそれを両手で受け止める。しかしその瞬間、稲葉の体中の傷が開きますます出血が激しくなる。いつ失血死してもおかしくない。


「く……」


 稲葉はダメージと衝撃に耐えられず片膝をついた。


「精神がどれだけ強靭だろうと、肉体がそれでは意味もあるまい。大人しく寝ていろ。今の貴様に勝とうが、自分にとって何の意義もない」


 ミラルヴァは言葉を吐き捨てて、稲葉から目を離し再びブルームの首を掴み歩み始める。


「心配せずとも、今日はもう終わりだ。こいつがこのザマではな。リルは、後日また迎えに来る」


 ずりずり、という音と共にブルームの両足だけが地面に平行線を描いていく。稲葉の視界は突然白く霞んで殆ど何も見えなくなり、吐き気と眩暈に襲われ、平衡感覚が狂いきって、倒れたという自覚がないまま地面に伏していた。


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