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machine head  作者: 伊勢 周
20章 隊長・稲葉鉄兵
212/286

オーバードライブ 1

 市街地の宍戸とミラルヴァは、両者共に勢いを落とすことなく、かれこれもう三十分以上同じテンションで殺し合いを行っていた。お互いが致命傷を避けてはいるが、その傷だらけでなお闘う様相はまるでゾンビ映画のようだった。

 宍戸の上半身に纏っていた服は破れ去り、内に着込んでいた強化アーマーと、ぼろぼろになった上着とインナーシャツのみ。そしてそのシャツも、邪魔くさく感じたのか右手でつかむとびりびりと引っ張りちぎって身体から無理やり引き離した。ホルスターも同様。汗が浮かぶ、生傷だらけの鍛え上げられた腕と、強化アーマーの外からでもわかる屈強な体幹が露わになった。

 一方のミラルヴァは既に上半身は脱ぎ捨てており、先ほどの爆発によりズボンもあちこちが焦げてもう衣服の用途を為しておらず。

 二人はまた無言のままぶつかりあい、顎、みぞおち、心臓部、額、目、鼻、それぞれめがけて……容赦なく一撃必殺の攻撃が応酬される。宍戸はもはや銃撃を行わず、ミラルヴァはドライブパワーに任せた攻撃ではなく純粋な戦闘技術で応戦する。

 手を抜いているわけでは無い。お互いの肉弾戦闘能力を最大限に発揮し、ルールなど存在しない殺し合いの中の筈なのに、そこにはお互いへの妙な一体感が存在していた。

 ミラルヴァが拳を宍戸のわき腹めがけてフック気味に繰り出すと、瞬時に反応して回避するも避けきれず掠った。それだけでも衝撃が凄まじく、宍戸の身体と意識は一瞬揺らめいた。よろけて、一歩引いたところにミラルヴァがその距離を保つために一歩前に出た。

 その瞬間、待ってましたと言わんばかりに宍戸の両腕がバネのように後方にしなり、一気に前方へ撃ちだされ、両掌がミラルヴァの両頬骨に激突。ガチンと音がして、今度はミラルヴァがよろける。

 宍戸は逃さじと左足を踏み込んで素早い右足突きを鳩尾に撃ちこむ。


「っぐ!」


 ミラルヴァは呻き、そして宍戸はさらに足をそのまま地面に下ろさず、それどころか地面と平行に足をテイクバックし、ミラルヴァの首めがけて脚刀を振る。

 左手の甲で即座にガードされ、代わりに反動で宍戸の体がほんの僅かに浮わつく。ミラルヴァは今度は深追いせずそこで止まり、半歩引いて間合いをとり。

 お互いが、同時にふぅー、と息を吐いた。


「……どうしたミラルヴァ。まだまだバテるような時間じゃあないだろう」

「……ふふ……、普段涼しい顔をしているが……なかなか食わせ者じゃないか、宍戸」


 その時、ビビビ、と宍戸の耳につけてあるイヤホンが震える。無線連絡だ。


「……ん」


 同時にミラルヴァも何やら右耳に右手で触れている。


「何か動きがあったらしいな、お互い」


 ミラルヴァは宍戸に通信が入っている事に何故か気づいており、そしてどうやらミラルヴァのもとにも仲間からの連絡が入っているようだ。


『ミラルヴァ、ラフターだが……』

『宍戸副隊長、海嶋です!』


『ブルームが、稲葉との戦闘に入った。そろそろ、次の動きを考えねばな』

『稲葉隊長が、ブルームとの戦闘に入りましたッ!』



          *



 磁力を操る。この一言に含まれる恐ろしさが、どれほどの物か……。エミィとロディがブルームに相対していたその状態から稲葉が推察した通り、周囲の物を全て磁力の支配下に置き、さらには、普通の人間ならばその磁力を以って強制的に行動不能に陥らせる。吸引と反発の力を使い分け、利用し、物体を超スピードで射出する。または引き寄せる

 それはまた、その気になれば自分自身をも超スピードで移動させたり、空中へと浮遊することも可能なのだろう。

 そして何より恐ろしいのが、この世には鉛を始め磁力を遮断する物体が幾つか存在するが、それらでさえブルームは無関係に強力な磁力を強制的に与える事ができ、自身の能力支配下に置いてしまう。桜庭の言う『銃火器が通用しない』というのは、そういった特性もあるのだろうと推察する。

 もしも直接肉体に触られようものなら、支配下に置かれるどころでは済まないだろう。

 だがここで稲葉が少しだけ「マシだ」と考えたのは、人間の血液にももちろん鉄分が含まれているのだが、それらの磁力を操ってどうのこうのと出来るほどの精密動作性はないようだという事だった。血の流れを逆流させられたとしたら、それだけで人間の身体は耐えることは出来ない。

 そして次に、「ブルームは、自身のドライブ能力の正体を間違いなく把握しているのが当然だ」と考えている。

 冷静な見解として、戦闘が長引けば長引くほど――つまり、ブルームが積極的に近寄る事をせずに一定の距離を保ったまま、そんな戦法をされれば、それだけでも稲葉に不利になっていく。だから、このブルームという敵は短期決戦で仕留めたい。それは稲葉がはっきりと目標に立てている事なのだが、しかし、焦りは禁物である。不意打ちで近づいた時とはわけが違う。よく観察して、見極めなければならない。

 勝つために、どこまで自分を捨てるべきなのかを。

 稲葉は様子見としてブルームに徐々にジリジリと近づいているのだが、やはり近づけば近づくほどブルームが恒常的に放つ磁力は強力で、もはや全身痛みや痺れがない部分がないほど彼の身体には負担が跳ね返って来ている。


 それを受けて、稲葉は自身の身体を心配するというよりはますます「この力にここで屈してはならない」と強く感じるのだった。


 稲葉は「メガネでもかけろ」と強がって返したものの、ついにそのダメージは隠しきれず左頬が大きく裂けて血が小さく吹きだした。そしてブルームはそれを確認しつつ稲葉が近づいた分だけジリジリと後退する。決して威圧されただとか逃げただとかそういう態度ではなく、『戦略的な余裕』のある一歩の後退という様子。

 稲葉が近づいているのを察すると一定の距離を保つ。近づかず、しかし離れず。


「……どうした。俺を排除するんじゃなかったのか。随分と悠長な戦法だ」

「最短の戦い方をしているだけだ、私にとってな」


 一層憎たらしく感じるくらい、この期に及んでブルームは冷静だった。この戦闘においてブルームのはっきりとした目的について稲葉は把握出来ていないのだが、その何かの目的を果たそうと積極的に攻撃を畳み掛けようとしてくれた方が、厳しい戦いになるだろうが、稲葉の得意とする近接戦闘に持ち込めるというものだ。

 稲葉は今度は大胆に大きく二歩、三歩と近づくと、ブルームはやはり後方へ下がり稲葉との距離を取る。稲葉は更に近づく。走り近づく。ブルームのバックステップよりも稲葉の走りの方が圧倒的に速い。距離がぐんぐん詰まっていくが、とある距離に達した所で稲葉の肩部分が突然赤く染まる。


「うぐっ!」


 思わず顔を顰めて、反射的に突進力が弱まった。


(焦りは禁物、しかし……!)


 稲葉は歯を食いしばり、緩んだ足の回転を再び加速させ、ブルームとの距離をほんの二メートルまでに近づけた。身体に返ってくる衝撃と痛みは再び加速する。


(長期戦は不利だッ!)


 そして、体中に溜めに溜めたエネルギーをブルームに叩きつけようとした、ほんの三十センチ手前まで拳を近づけたその時。今までとは比にならないほどの激痛が稲葉の全身を襲い、そして頬や拳のあちこちが大きく張り裂け、血液が吹きだした。


「ぬぅっ!」


 思わず稲葉は攻撃の手を引っ込めて、それ以上踏み込むのを躊躇してしまう。

 ブルームはそんな稲葉を見て冷たい微笑を浮かべると、その時には既に人差し指と中指、中指と薬指の間にそれぞれボルトのような鉄部品を挟んでいた。稲葉はそれに気づき流血しながらもそのボルトの意味を察して身構える。

 それとほぼ同時に、二つのボルトがブルームの指から離れ稲葉の顔面をめがけて高速で飛翔した。直線上に向かってくるそれらに対して、至近距離だったが頭を傾けて難なく回避した。……が。


「避けたな」


 ブルームが呟いた。受け止めずに避けた、と。


「……浅い底が見えたぞ、スワロウの隊長。自分ならばこの私を止められるとでも思ったのだろうが…………くだらん幻想だったな」


 稲葉は、その吹き出て拳のあちこちに塗れている血液に対して内包していたエネルギーを解き放った。弾き飛ばされた血は、ジィーナのものほどとはいかないが、刺すような血しぶきとなり稲葉の両こぶしから迸った。だが、まるで二人の間にアクリル板が挟まれているかのように、ブルームの数センチ手前ですべての血が宙に『張り付いている』不気味な光景が出来上がった。

 パシパシパシ、と血しぶきがはじける音が二人の間に小さく響く。そこがブルームの最後の磁力境界線なのだろう。稲葉が越えなければならない壁。そこにたどり着く手前ですらこの様相なのに、馬鹿正直にまっすぐ辿り着こうとすれば、大気圏で燃え尽きる隕石のごとく散ってしまう事は容易に予想できる。

ぼたぼたと稲葉から流れ落ちた血が地面の砂にシミをつくる。ブルームが稲葉に手を伸ばすと、稲葉は一旦大きく後退し、自身に触れられるという事を阻止した。


「『止められる』……? 違う、お前は今、ここで止めなければならない。止めるのだ、絶対に……!」

「敗北を認めて、邪魔をやめろ。貴様らの抵抗など、朝飯前のほんのちっぽけな試練でしかない。私がここまで歩んできたことに比べればな」

「歩んできた事? 無差別の人殺しの事か……!」

「どう思われようが結構」


 ブルームはそう言って、今度は稲葉に向かって一歩進む。それは、「もうお前の能力を見切った」とでも言うように。


「強力な磁力というのは、生身の人間に破ることは出来ない。お前はもう、私に触れることはない。最初の一撃で私を殺せなかった時点で、お前の、お前達の敗北は決していたのだ」


 ブルームを中心にして、またしても黒い砂鉄や砂、石、細かい機械部品などが蠢き、円を描き始める。稲葉のドライブが磁力を吸収しきれず、その分ブルームの磁力操作に余力が生まれ始めたのだ。


「ブルーム、お前の目的はなんなんだ……なぜこんな無差別な殺害を……!」

「ここに居るんだろう。わかっている」

「何?」

「リル。私の娘だ。ずっと探していた」

「……リ――、……あの子が? お前の……?」


 突然のセリフに稲葉が少々あっけにとられていると、ブルームは稲葉に向かって大きく一歩、二歩と踏み込んだ。


「お前の能力の限界は見えた。一気に終わらせる」


 あとほんの数十センチの距離を縮めれば、稲葉は耐えられず自滅してしまう程のダメージであるとブルームは把握したのだ。もう距離を置く必要もなく、稲葉に対してのみ強力な磁力を浴びせ続け、もしくは指先で軽く触れれば、それで稲葉の肉体は耐え切ることは出来ないであろうと。もしくは、稲葉自身が強力な磁力を持った個体となり、周囲の全てを引き付けて、押しつぶされ破滅すると。

 そしてその予想はほぼ外れておらず、その大きな二歩だけで、稲葉はもう幾つ目なのかわからない傷を負い、衣服に血を染ませた。

 稲葉は思わず同じ分後退する。

 どこかに思い切りエネルギーを放出すれば、稲葉の身体への跳ね返りは一旦リセットされるだろう。だがそれをしない。する隙と相手が無いのだ。地面は粉々に砕け、木はそれほど多くなくまばらで、今、稲葉が抱え込んでいるパワーを使い切る物が周囲になく、そしてもし周囲のものに無暗にぶつけたとして、無駄な破壊の残存物はブルームの磁力支配下に置かれる事になる。

 辺りはもう薄暗く、視界の確保も難しい中、ブルームの周囲の物を細かく砕くという行為は総合して考えると不利になるように思えた。


『何か、戦車だとか、簡単には粉々に砕けない鉄の塊だとか大きな物体があれば……』


 だから、そう考えていた。

 たまりにたまったエネルギーを開放しつつ、ニュートラルな状態でブルームに近づくことができれば、磁力の壁をギリギリ超えられると。

 だが、アーセナルの車庫はそこからでは少し遠い。この場を離れることは出来ないし、させてももらえないだろう。その時ふと、自身が街からここまで乗ってきて、そして正門近くに乱暴に停車させた装甲車があることを思い出した。ブルームの磁力の影響か、計器類が狂った表示を見せ始めたため乗り捨てたのだ。

 少し遠いが、それでも車庫より近い。


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