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machine head  作者: 伊勢 周
20章 隊長・稲葉鉄兵
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師弟の回想 後編

 この世にどれだけドライブを操る人間が居るか。そんな漠然とした質問に正確に答えられるとは質問した稲葉自身も思ってはいないだろう。

 しかし、そう訊きたくなる気持ちは天屋にも理解できた。なぜなら。


「それは難しい質問だな。俺が知りたいくらいだよ」

「……俺は」

「ん?」

「俺は、偶然あなたに会って、そして自分の力の正体を知りました。そして使い方と心得を教えてもらった。だけど、知れば知る程この底の見えない力は恐ろしいとも感じるようにもなった」

「…………その感想が、正常だ」

「天屋さん。質問の内容を少し変えます。……あなたほど力を使いこなせる人はこの世界にどれだけ居るのでしょうか」

「なるほど。その質問ならば、……控えめに考えても片手で数えられる程度にしか居ないだろう。……この世界では、な。それが?」

「『使いこなせる』。操る技術や技量、という意味でもそうですが、『道徳的な制御』という意味でお訊きしたい」

「……」


 つまり、ドライブの能力に目覚めた人間が、その力の強さに善悪の意識を支配されてしまわないか、という危惧が稲葉にはあった。強い力を持つということの表と裏は人間の心の強さによってオセロのようにくるくると回る。


「力の使い方は、力を持つ人間の心次第。あなたにこの力を教えてもらう時、何度もそう言われました。もしかしたらすぐ傍にいる人間が、顔は笑顔のまま心の中でナイフを鋭く研いでいるのかもしれないと思うと、それが怖い。一〇〇人の能力者が居たとして、全員があなたのような道徳を持ち合わせている可能性なんて、ゼロだと言い切ってもいいでしょう」


 何か心あたりがあるのか、天屋はあごに手をあて渋い顔で稲葉の話を聴いていた。


「ドライブを悪用する、頭のどこかがイカれたヤバイ奴は、間違いなく居る。今は居なくても、この先必ずきっと現れる。それを悪用しようとする第三者も現れるかも。もしも周囲に害をなす強烈な悪が操るドライブがあったとして。電流を決して通さない絶縁体だとか、炎に対する水だとかのように……それが俺のこの力でしか抑え込めない力だったら。その時に、このドライブを鍛えていなかった事を後悔したくない」

 稲葉は言いきると手と手を組んであぐらをかいた足にぽとりと乗せ、ふぅと息を吐いた。天屋は言葉を吟味するように少し目を閉じて立ち尽くしていたが、それも数秒でやめると、「よし」と小さくつぶやいて稲葉の前に向い合いあぐらをかいた。


「いいか鉄兵。『力の強さ』ってものは、目には見えない」


 そして突然、はっきりとした口調で稲葉にそう語りかけた。


「力の、強さですか……」

「数字で測る事は出来る。世の中には数え切れない程の『力』の単位が有るからな。代表的なものでは速さだとか重さだとか、気圧や水圧、電圧もそうだな。力は目には見えている物もあるが、その強さは決して見えることがない。見えているのは細い目盛りだとか小さな指針、周囲との比較、結果であり過程ではない。力の強さは過程にのみ存在する。結果で判断してはいけない」

「……えっと、何の話を」

「いいから聴け」


 かなり真面目な決意を打ち明けたつもりだった稲葉は、突然妙な話を始める天屋に困惑し、もし何か勘違いされているのなら話の方向性を正したいと思い話そうとしたが、天屋の目は鋭く光り、稲葉はただそれだけで気圧されてしまった。


「お前のドライブを向上させる心構えの話であるし、お前が打ち明けてくれた事にも通ずる話でも有る」

「は、はい」

「目には見えないが、お前にはそれを、五感を超えた感覚で感じ取ることが出来るはずだ。そこに何気なく落ちている小石も、重力や磁力、気圧、他にもいくつかの力がぶつかり合ってバランスを保ってそして、結果『何気なく』落ちている。俺達がこうして地面に座っていられるのも、あの木がそこで立っていられるのも、声を放つのも、声を聴きとるのも、あの遠くに見えるビルが何百人もの人間を支えていて、車が時速一〇〇キロ近くで走っていて、飛行機が大空を飛び……、この世の全てが太陽の光と熱を浴びて、気圧は移り変わり生まれた風に吹かれている。何もかもが、今も幾つもの力に晒されていたり内包したり、せめぎ合っている。それを意識しろ」


 稲葉は落ちている小石を拾い上げる。

 考えてみたことがあっただろうか、いいや、言われなければ考えもしなかった。これまでは、自分に向かってくると感じる力の事しか頭になかったように思えた。想像できるのは、自分の能力の無限の可能性。


「それら全てを、自分の力に……? 成程、それらを捌けたなら想像出来ないほどのパワーを手に入れることが出来る」

「いいや。それを『するな』」

「……え?」


 だが、天屋から返ってきた言葉は、稲葉の想像の腰を折るようなものだった。拍子抜けした様子で稲葉は天屋の真意を伺う。


「さっき挙げたような力の種類、強さ。気圧や重力や磁力……果ては地球そのものの動きだとか。そんなものを取り込もうとしてみろ。一秒保つかどうか。ちっぽけな一人の人間が、そんな力を扱いきれると思うなという事だ」


 稲葉はてっきり、『自身の物に出来る力は周囲にいくらでも広がっている』という話なのかと思っていたのだが、見当違いだったらしい。天屋はさらに続きを話す。


「だからこそ、意識しなければならない。ドライブは時に本人の意思を超え暴走する。お前のドライブが暴走してこの世の全ての力を奪い取ろうとしたならば、お前の身体は間違いなく破滅する。俺はそんな結果を見たくはない」


 天屋の話す言葉の量は出会ってから今までのどんな会話と比べてもあまりに多く、飲み込むのに時間がかかったが、稲葉は自身の能力は一歩間違えれば他人を守るどころか自身の破滅を招きかねないものだと言うことははっきりと理解できた。

 右の掌を開いて見る。見慣れた、普通の人よりかは少しだけごつごつした自分の手。


「生物もエネルギーの塊だ。肺は酸素を身体に取り込み、心臓が体中へと血液を送る。脳は電気信号を全身に絶えず放ち、瞳は光で空間の位置を把握する」

 天屋は左手握りこぶしを稲葉の前に差し出した。

 稲葉が何の意図が有るのか理解しあぐねて、ただじっとそのこぶしを見ていると、天屋は催促するようにぐいっとそのこぶしを更に稲葉に近づけた。稲葉は思わず自身の右拳を天屋の左拳にゆっくりぶつける。


「例えばお前が今、俺の筋肉や心臓、血流のパワーを意識できたとして……それを全て奪い取れば、俺は死んでしまうかもしれないな」


 天屋にそんなことを言われ、稲葉は慌てて拳を離した。もしそんなことをしてしまえば、とんでもない。稲葉のその様子を見て天屋はおかしそうに小さく笑った。


「ちょっとした想像だ。本当にそんなこと出来たらお前は死神になっちまうな。恐らくそこまでは無理じゃないかな。出来たとして金縛りのような状態にするくらいだろう。俺の経験上で考えれば」

 稲葉は一体目の前の男にどんな体験があったのか根掘り葉掘り聞きたい衝動にかられたが、尋ねる前に天屋の話が続いた。


「これまでの話を踏まえて、今以上ドライブを磨くとお前が言うのならば尚更、焦りは禁物だ。お前のドライブは、特に注意が必要だと思う。……だが、それらを恐れすぎて消極的になってしまえば、お前の成長は見込めない。焦らず、弛まず、地道な努力。だな」

「はいっ!」

「しかし俺は、お前がそこまでしっかりとドライブ能力について考えているとは思っていなかった。正直な話、てっきり喧嘩でもして、ぶちのめしたい奴でも出来たのか、位に思っていたよ。失礼した」

「誤解が解けて良かったです」

「この話を聴いてもまだドライブを磨くつもりか? と訊こうと思っていたが……どうやらそんな確認は必要ないらしい」

 天屋は稲葉の強すぎる眼差しを見て、そう言って嬉しそうに笑った。


「それじゃあ、今日はまだまだ、ドライブの訓練に付き合うよ、忍には内緒にしておけよ。あいつには先生の手伝いを任せっきりだからな」

「それこそ、確認は必要ありませんよ」

「まぁ、そりゃそうか」


 天屋は、今度は少し崩れたニヤケ笑いでそう言った。


「さぁ、お話はこれで切り上げて、早速実践していこう」


 天屋と稲葉は、こうしてドライブの力を通して親交を深めていったのだった。



 彼らの目の前に初めてマシンヘッドがその姿を現したのは、その数日後のことだった。



・・・


 そして現在、ブルーム・クロムシルバーという男と、その男が操る磁力を目の前にして稲葉は思う。

 ブルームのこの限りの見えない強力な磁力は、天屋さんの教えを守るのなら『相手にしてはいけないパワー』だ、と。稲葉はまた身体のどこかで、新しい痛みが生まれたような気がした。しかしブルームのそれはまた、『自分でなければ抑える事が出来ないパワー』だと、稲葉はそう考えていた。

 稲葉は天屋に、その教えと忠告を破る事を心の中で謝罪した。




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