表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
machine head  作者: 伊勢 周
19章 理屈じゃない
208/286

傷だらけのつばめ 前編


「ん、医務室からだ」


 届いた信号の反応を見て海嶋が呟きながら慣れた手つきでつなぎ、応答する。


「はい、こちらオペレータールーム海嶋『あぁ!! 一体何事!? 全く通信もつながらないわ、パソコンやら機械類は全部ダメになるわ、扉開かずに閉じ込められるわ、めちゃくちゃだよ! けが人たくさん抱えてんだよこっちは!』


 大声が耳元ではじけて、海嶋は顔を顰めイヤホンを一旦外す。そして若干耳から遠ざけつつ、マイクに向かって恐る恐る話しかける。


「お、落ち着いてください、平山先生」

『私のどこが熱くなってるって!? 冷静も冷静、そのうえでさらに抑えて言ってんだよこのバカ!!』

「バッ……、いや、こちらも原因を今探っていますが、不明な点が多過ぎて……」

『悠長な事言って……』

「とにかく、通信も一時的に回復しましたし、情報がまとまり次第すぐに連絡しますからっ! 扉も直っているはずです!」

『……わかったよ、私もこっちのスタッフも今てんやわんやだ。余計なことに気を回せない、よろしく頼むよ』


 平山はそう告げて一方的に通信を切った。海島は自身の右耳を掌でやさしく撫でて爆音に耐えた鼓膜を労った。そして、今しがた受けていたシェルターの……と言うよりは千咲と岬の状況報告を平山に伝えなければならないことにとても気が重たくなって、小さくため息を吐いた。




 ひと通り怒鳴り終えて通信機を置いた平山はため息をひとつ吐いてから席を立ち、運び込まれていたけが人達が寝かされているスペースへと向かう。本部であるこの場所でこれだけけが人が運び込まれるという事態が意味するところはなにか。

 そして、自分の娘達のような存在である二人の安否が気がかりだった。この状況下、岬が道中で襲撃される危険をおかしてシェルターに移ったのは彼女の安全面では正解だったのかもしれないと思ったが、やはり自分の目が届く場所にいてくれるのが一番心配せずに済むものだ、ともう一度ため息を吐いた。


「…………さっ、頭より身体を動かさないとね……!」


 平山は、ここではない場所へと馳せそうになる想いを断ち切って、治療活動に集中するために気持ちを切り替える。



          *



 宍戸とミラルヴァが交戦している市街地では……。


「……あの連中が、リルの記憶を狙っているだと?」


 怪訝な表情のままミラルヴァのセリフをそのまま復唱する宍戸に対してミラルヴァは短く「そうだ」と答える。


「あの子供が、隠し財宝のありかを知っているとでも?」

「そんな良いものじゃあない」

「ならば何だと言うんだ、大金を得られる記憶とやらの正体は」

「ヤバい記憶さ。人に知られてはならない記憶」

「…………。成程、合点がいった。あのガキを口封じしたがっている奴が居て、自分の手を汚すことは嫌い、チンピラどもを大金でけしかけている」

「ま、そんなところだ」

「……。ならば今回の件が片付いたら、ご本人様にもよく話を聴いてみる事にする。まだ繋がらない点が多いもんでね」

「残念だがそれは不可能だ」


 言った次の瞬間ミラルヴァの姿は宍戸の視界から一瞬で消えて、そして次の瞬間宍戸の身体は後方へ吹き飛んでいた。


「――っ!」

「あの子は我々が連れ帰ると決まったらしいからな」


 そしてミラルヴァはその吹き飛んでいく宍戸に、抑揚のない声で言った。宍戸はビルの壁にたたきつけられる寸前に空中で減速しぐるりと後方向に一回転、壁に『着地』した。


「……。ふん、随分と柔らかい鎧だな。自身の衣服繊維を操って……。破けてしまってはもう同じことは出来ないだろうが」


 ミラルヴァの指摘通り、宍戸は自身が着ている服をドライブの支配下に置くことによって外部からの攻撃に対して素材を選ばずに防御力を高めているのだが……ミラルヴァの一撃によって着用していたスワロウの濃い藍色の制服はズタボロに破け、中に仕込んでいた強化アーマーが表に出てしまっている。そのアーマーでさえ表面が傷んでちぎれかけている。


「実に。実に攻守に渡って隙のない能力だ。稲葉や生方もそうだが……お前のそれは数段上を行くだろう」


 宍戸は壁から地面に飛び移ると、距離が離れたことにより無言でリボルバーのリロードを素早く行った。空薬莢がカラカラと音を立てて床に落ちる。それらすらも宍戸の武器である可能性もある。床に散らばる瓦礫も、壁に突き刺さった銃弾も、周囲のもの全てが宍戸のコントロール下に置かれている可能性がある。そして宍戸がコントロールするそれらはパワーもスピードも短銃のそれらを遥かに超えるのだ。宍戸を相手にすれば、迂闊な行動は取れないし、一秒たりとも周囲三六○度への警戒を怠ってはならない。

 ミラルヴァはこの能力の強力さを感じ、そしてそこまで能力を制御できる宍戸という男に対して敬意を持ち、同時に疑問を持っていた。


「なぜ、それほどの能力がありながらわざわざシングルアクションを使う? 大きなメリットが無いばかりか、デメリットのほうが多いだろう」


 その質問を受けた宍戸は、ふぅと小さくため息を吐いた。


「ヒトの趣味にいちいちケチを付けるなよ」


 真顔でそう言って、グリップを握りハンマーをおろし、銃口をミラルヴァに向ける。当のミラルヴァは、はじめは珍しくぽかんとした表情と様子だったが、次第にうっすらと笑みを浮かべ、そして銃弾を受け止めてやると言わんばかりに右の掌を前方へと突き出してみせた。



          *



 どんな場所に行っても正義感や義務感が人一倍強い人間は居るもので、フラウアから逃げる事に必死だった人々はそれぞれが思い思いに山を駆け下りたり林に入ったりしたのだが、中にはシェルター内で隣の居住区へと向かい危険が接近していることを伝えに走る者も居た。

 そして人から人へ言葉は伝わり、居住区の隅々まで大まかな情報だけが伝わった。それらの行為が正しいか誤りかをすぐに判断するには、あまりにこの局面は混沌とし過ぎていた。

 当然人々は混乱・恐怖し、警備の兵士達にもそれらは伝播し、そしてシェルターを抜け出すために走った。情報が錯綜し、それは何万もの人々を混乱に陥れて……それらを統制できる力は今その場の何者も持っては居なかったのだ。


 シェルター内、居住区。しんと静まり返ったその空間に立つ、二つの人影。宗助とフラウア。二人にとってこれが三度目の邂逅。

 一度目は、何も知らない宗助が死の一歩手前まで追い詰められた末、土壇場でフラウアの腕を切り落としなんとか撃退した。引き分けた形だが、フラウアはそれを引き分けとは解釈しなかった。

 二度目は、真っ向からぶつかり、お互いが全てをぶつけ宗助が勝利を手にした。だが宗助が思うのは、それは勝利でも何でもなかったということだった。

 フラウアの言うとおり、腕を落とそうが足を潰そうが、どちらかが死ぬまで戦いは終わっていなかった。

 そして現実は言葉を超えて、フラウアは死してなお宗助の前に立ちはだかる。共にした時間は短くとも、強い因縁が二人を縛り付けていた。

 宗助が改めてフラウアの様相を見るとそれはもう酷い有様だった。生身の人間だった頃と比べて体の節々に鉄部品パーツが埋め込まれている点はもちろんだが、ボロボロに切り刻まれた服と、胴体に無数につけられた斬撃の傷跡、そして手足や腕をはじめ体中を染める赤色とそれらが生み出す生臭いにおいに、宗助は吐き気と悪寒を感じざるをえなかった。返り血なのか、自身の血なのか、もう本人でさえ区別がつかないだろう。人工的な毛髪なのだろうか、白い髪の毛にもところどころ赤色がまだらに付着している。

 そして宗助が次に感じたことは。


(……呼吸が読めない)


 フラウアは、呼吸をしていなかった。

 人間と闘う時、宗助は常に呼吸や心音など、生物が必ず生み出す気配や音を聴き、それを頼りに闘ってきた。だがフラウアにはそれがない。身体を動かした時のきしむ音くらいだ。

少しずつ冷静さを取り戻してきた宗助は、白神をアレほどまでにズタボロにしたフラウアに接近戦を挑まれれば不利になると考えていた。そしてもともと宗助はつかず離れずの中距離戦法で、必要な時だけ距離を詰める闘い方を身に着けつつあって、それは今のフラウアには有効な戦法だろうと計算する。


《サァ、僕を壊しテみろ。そホでな##&ケレば殺すゾ。君も、君¥#の周りも、全て》


 フラウアは発声がいよいよ聞き取ることが辛いレベルにまでなっていたが、自身ではそれを気にすることはせずに、さらにはあちこちから赤い液体をしたたらせながらもずかずかと宗助へと踏み込んでいった。まるで反撃など恐れていない、それどころか笑顔を浮かべながら距離を詰める。


「……っ!」


 近寄らせまいと右掌をフラウアに素早くかざし、激しい空気の渦を前方に放つ。無理やり押し戻すような強い向かい風にフラウアの髪の毛は逆立ちボロボロの服がはためき、そして歩調は弱まった。その隙にすかさず密度の高い空気弾を二発フラウアに向けて撃つ。パン、と乾いた音が二つ鳴ってフラウアの上半身がよろけた。しかし下半身にはまるで影響が見られず、相変わらず大股で一直線だ。

 よろけてはいても怯むということはない。

 上半身を後方によろけさせながら足は前方に変わらず動く、まるで上半身と下半身が別の生き物であるかのようだった。人間から逸脱したその動きに改めて不気味さを感じながらも、これ以上の接近を許さず、防衛攻撃を行わなければならない。宗助は大きく後ろに跳び、そして今度は脛めがけて、叩くというよりは斬るような空気弾を撃つ。

 フラウアの履いていたズボンの脛部分がずたずたに引き裂かれ肉も幾つか削げ落ち、流石にバランスを崩す。

 笑顔のまま。

 体勢を崩しながらも右腕を振り上げ、雪崩れ込むように宗助に向かって爪を立てる。それほどの無駄の有るモーションでの攻撃では、空気を読まずとも避けるのは造作のないことだった。そして反射的に掌底を風に乗せてフラウアの左頬目掛けて放つ。

 呆気無く感じるほどに宗助の攻撃は直撃し、フラウアは打撃を受けた方角へ飛ばされ、まるで赤ん坊のように無抵抗で受け身もとらず顔面から地面に激突し、ゴッと鈍い音を響かせながら床を滑り倒れる。

 あまりに単純で中身の無い攻防に宗助は逆に撒き餌か何かかと警戒し、攻撃したにも関わらず深追いせず後方に二歩下がり再びフラウアと距離を取る。

 すると……。


《ギギギギギギビビビビギギギギギギギギギ、ギギギビビギギギギッギギギギギギギギギ》


 フラウアは倒れたまま、突然そんな抑揚のない声、というよりは傷ついたCDを再生したような雑音声を鳴らし始めた。その様子の異様さに宗助は身構える。

 確かに機械と化してから、どれだけのダメージにも痛みも感じずリアクションも見せず、ただゾンビのように白神や千咲に襲いかかってきていた。そしてそれは確かにフラウアに勝利をもたらした。だが、機械だから攻撃を受けても平気という訳は全くなく、また、急所への攻撃は守られていても……しっかりと受けてきたダメージは蓄積され、その機能に影響を及ぼしていた。

 それらが宗助の攻撃で許容量を超え、ついにフラウアの内部の機械に重大な異常をきたしてしまったのだ。


《バババッッバッババババッババッバババオオオオオオバッババッッバッッババッバ》


 フラウアはうつ伏せに倒れたまま顔だけは宗助の方に向けて、そして笑顔で、ノイズを放ち続けている。

 その余りに憐れで悲惨な一人の人間の末路に……宗助は素直に勝利したという気分になれず、フラウアが巻き起こしてきた全ての殺戮と破壊にただただ無念さを感じていた。宗助は唇を真一文字に引き締め、そしてフラウアに近寄る。


「とどめを、刺す……! コイツに同情の余地なんか無い……!」


 自分に言い聞かせるように呟き、倒れるフラウアにゆっくりと近寄っていく。白神はまだ生きてくれているだろうかと考えた。途中、千咲が落としていった刀を拾い、両手で柄を握る。そこに未だ僅かに残っている熱を感じ、千咲と岬の安否にも思いを馳せる。


「……借りるぞ」


 その刀でトドメを刺せば、彼女の無念もほんの少しは晴れる気がしたから。そして静かに、フラウアの横に立つ。


《うぶかうぶかうぶかたたたたたたたたあザザあああそうすけザザがががががっぎぎぎぎぎぎ……ブツッ…………》


 何かを話そうとしているのかもしれないが、相変わらず気味の悪いノイズ音しか放たない。フラウアのうなじ部分に照準を合わせ、宗助は刀を振り上げる。

 そう。フラウアの、首。

 うなじの部分を凝視した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ