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machine head  作者: 伊勢 周
19章 理屈じゃない
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忍び寄る過去 2

 頭痛がおさまらない。廊下を進むたびに出会うのは、横たわる死体。転がる空薬莢。立ち向かおうとした者、逃げようとした者、それぞれあるのだろうが……。

 岬は立ち込める血の匂いに対して溢れ出てくる涙をこらえながら足を前に進めていた。血の匂い自体は嗅ぎなれていた。原因ははっきりとは分からないが、涙が次から次へと溢れてくる。


「隊長……千咲ちゃん、宗助君……!」


 次々と襲いくるノイズに近い感情と頭痛でへたり込みそうな心を、仲間の名を呼んで堪えさせた。一歩一歩、歩くたびにその振動さえも頭痛を増幅させる。目に見えているもの以外の景色が、視界にちらつく。大した運動などしていないのに、岬の息は完全にあがっていた。

 すると彼女の耳に、自分以外の何かが発する音が僅かに届いた。


(……足音?)


 小刻みに人が床を踏んでいる音がした。そして同時に、びゅん、と風を切る音。岬にはその音の正体が何なのかすぐに予測がついた。刀が空を斬る音だ。


(千咲ちゃんが、闘ってる!)


 もたつく足に喝を入れ、岬は、音のする方へ。



          *



 接近戦で息詰まる攻防を繰り広げている千咲とフラウア。

 といっても、その殆どは千咲が攻撃を仕掛けてそれをフラウアが避け続けるというのが主だった。だがここで初めてフラウアが積極的に反撃に出た。クマなどの野獣のように爪を立てて彼女の喉めがけて振り払う。

 突然の反撃に千咲は咄嗟に上半身を仰け反らせてかわすが、顎の先を掠めた。それでも怯むことなく強く背後の床を蹴って身体を前に踏み込んで、左から右へ、横一文字に斬撃を放つ。フラウアはまたしても後方に下がり回避するが、斬撃は前髪に僅かに触れて、斬られた人工の白髪が数本宙を舞う。そしてこの体勢、タイミングをチャンスと睨んだ千咲が大きく一歩踏み込んで、斬撃ではなく足蹴をフラウアの脇腹に撃ちこんだ。

 直撃を受けたフラウアは上半身をよろめかせ、一歩、二歩と後退する。千咲は口をすぼめて息を大きく吐きながら刀を振りかぶり、フラウアの左肩口から斜めに振り下ろす。鋒は確かにフラウアの身体を捉え、大きな切り傷が肩から脇腹にかけて斬りつけられた。

 傷口から薄い赤色の液体が噴き出る。

 だが千咲は止まらない。

 フラウアは機械だ。生きている人間そっくりの人形だ。死など無いのだ。動かなくなるまで、完膚なきまでに叩き潰さなければ。

 人間ならば再起不能であろう大傷を追いながらも、フラウアの口角はにやりと持ち上がる。


(やっぱりッ!)


 千咲がトドメの一撃を与えるためにさらに踏み込む。そして、またしても胴体への横薙ぎを放った。それは千咲のまいた布石。

 一撃で決める事はせず、何度も攻撃を放っていった上でフラウアの体勢が崩れることを誘うための半ば当てるつもりのない攻撃。

 戦いの中で相手の癖を見抜き、そしてそのパターンをもとに相手の動きを読む。それを脳ではなく体が行っていた。だから千咲の体は、その攻撃によってフラウアが後ろに飛ぶものだと直感してしまっていた。

 千咲のその攻撃に対してフラウアは屈んだ。その場で、頭を精一杯俯かせて。紙一重で斬撃はフラウアの肩甲骨を掠める。そしてその時には千咲の身体は、足は、次なる攻撃のために前に踏み出そうとしていた。

 フラウアが顔を上げて、千咲を見上げる。口角をあげた、にやついた表情で。


「――っ!」


 目と目が合う。

 同時に千咲の左わき腹にフラウアの右五指がまるで狂犬のように喰らい付いた。内に着込んだ強化アーマーもろとも彼女の皮膚を破り、肉を抉り、ちぎりとらんと蠢いている。服に血が染み、ぽたぽたと床に血痕を作る。


「う、ぐ……! ああぅっ!」


 フラウアは指を突き刺したままその手首を捻じると、千咲が激痛に小さく悲痛なうめき声をあげる。赤が強くなっていた彼女の髪の毛や肌の色が、徐々に通常の状態へと戻っていく。


《動キを見切ったのは#君ダけじゃあナい。この傷は、君ノ、経験の浅さが招#タ結果だ》

「っ……! このっ……!」


 千咲はその強烈なダメージにも刀を手放してはいなかった。刀を振り戻して、柄で思い切りフラウアの左側頭部を殴る。ゴっと鈍い音と、熱が込められてジュウ、と肉の焼けるような音がしたがフラウアの様子はいたって平静で何の反応もない。その間にもフラウアの指は千咲のわき腹の肉を抉り少しずつ侵入していく。千咲の顔には凄まじい量の汗が浮かんでおり、みるみるうちにきつく歯を食いしばって苦痛に耐える表情へと変化していった。


《サァどうスる……このままいけば君の腹の筋肉はズタズタだぞ》


 既にフラウアの指の第二関節付近まで千咲の体内に侵入していた。

 千咲はそれを無理に退けようとはせず、今度は刀の柄でフラウアの肘の内側を叩き無理やり腕をたたませる。当然その衝撃はフラウアの腕、そして噛み付いている指を通して千咲にダイレクトに伝わり、さらなる激痛を彼女が襲う。


「……っ! ……ぅううううううっ、ああああああああああああああ!!」


 しかし千咲は大声をあげてその激痛を振り払い、左腕で自身の脇腹を攻撃しているフラウアの右腕の肘部を掴み、そして刀を握った拳をフラウアの顎にあて、身体を腰から回転させて、右足をフラウアの股下に滑り込ませて蹴り上げ、柔道の腰投げのようにフラウアを一気に無理やり背後へと放り投げた。

 遠心力で彼女の脇腹にめり込んでいた指は抜けたが、指によってせき止められていた大量の血が溢れ出た。

 千咲は投げた反動と痛みに耐え切れず、自身も短い悲鳴と共に床へと倒れこんだ。両者同時に床に身体を激突させ、片方では金属的な音がして片方ではどごっ、と鈍い音がした。

 とにかく、血を止めなければ、と千咲は倒れながら考えた。倒れた状態のまま腰のバックパックに手を伸ばし、蓋を開いて中をまさぐる。大きめの包帯のロールを指で探り当て取り出す。

 視界の端ではフラウアが起き上がり始めていた。

 千咲も何とか両腕を使って身体を起こし、素早く包帯を一メートルほど引っ張りだした。腹部の、しかも複数の傷のため、いちいち止血点を圧迫する間接的な止血は有効ではない。傷の患部を思い切り縛り上げて、直接での止血をする。

 そう思ったのだがフラウアは倒れてからのリカバリーが予想以上に早く、既に千咲に対して動き始めていた。

 千咲は包帯の端を口にくわえて、再び飛びかかってきたフラウアを撃退するために刀を両手で握り直す。

 だが、傷と出血により千咲のパフォーマンスは先程までのそれと程遠く……斬撃を放とうと振りかぶった瞬間には、フラウアの右手の五指は彼女のへそのすぐ右あたりに噛み付いていた。


「うっ……、あ……」


 口にくわえていた包帯がこぼれ落ちる。そしてフラウアは、勝負ありと言わんばかりに今度はすぐにその指を勢い良く引き抜き、二歩後方へ下がる。


「ぁ……」


 千咲の腹部から、更に血が溢れ出て、床に血の海が出来上がる。

 彼女の掠れ始めた視界の端に、放心状態という顔でこちらを見ている岬の姿が見えた。


(みさき……。……あずけられて、ばかりで……ともだちがいなかった……子供の頃の、わたしの……、大事な、……だいじ、な……!)


 激痛と出血に千咲の全身がパニックを起こしていたが、そんな中でも倒れないように足を踏ん張って、そして自分は大丈夫だと見せつけなければ、と千咲は思った。彼女が心配したり不安になったりしないように、と。


(だいじょうぶだよ、みさき、わたしは大丈夫……)


 足に力を込めて。


(だいじょうぶ、だから)


 刀を握って。


(そんな、顔――)


 どちゃ、という音と共に、千咲は血だまりに崩れ落ちた。力なく手放した刀が床にはねてからからと音を立てる。それを冷酷な目で見下ろすフラウアは、ぽつりとこう言った。


《脆いな》


 その光景を見た岬は震えながらその場にへたり込んだ。内またで、おしりをぺたんと床について。歯をかちかちと鳴らし、顔色を真っ青にして。


《破壊力では白神以上なのだロうが、そんな体捌きと戦術デは遥かに劣ル。生方宗助といい白神といい、スワロウの連中は瀕死時ニ爆発的な力を出すが……》


 倒れ、完全に動かなくなった千咲に興味を無くしたのか、それとも新たに現れた闖入者に興味が移ったのか、フラウアは千咲をまたぎ床にへたりこんでいる岬の方へと歩み寄り始める。


 その時。その岬の様子に変化があった。両手で頭を抑え、苦しみ小さくうめき声を上げ始めたのだ。それを見るに、激しい頭痛にでも襲われているようだった。

 だがフラウアにはそんなことどうでも良かった。今更、目の前の人間の痛みや苦しみなど、興味の対象ではない。


《君はコこへ何シに来た?》


 ただ、それだけは興味があった。なんの力もなさそうなこの小柄な少女が、通路の血の海と死体たちを見ただろうに、それでもここへとやってきた。


《……君のソの制服を%見るに、スワロウか……》


 白衣の下に見えた制服を見てそう尋ねるが、岬は頭を抱え呻いている。


《まぁ。なんでもいいさ……出会ったノも何かの縁だ》


 フラウアがゆっくりと右手を振り上げる。彼女の頭部に照準を合わせて。

 気を失っていた千咲が、なんとか意識を取り戻していた。そして思う。


(みさき!)


 千咲は自身の腹部からの出血など気にせず、地面を這いつくばって刀を拾い、フラウアへと這い寄っていく。

 フラウアの振り上げた手が止まった。


「やめ、て……やめ、てよ……! その子だけは……!」


 そんなかすれ声をだすだけで、腹筋が千切れそうな痛みを訴える。


《優しい僕が、苦しみから解放シてやるよ》


 瞬間。

 フラウアは右頬に僅かに風を感じ、そして次の瞬間には体ごと激しい風圧に吹き飛ばされていた。

 吹き飛ばされながらもフラウアが自身を吹き飛ばした原因を探し視線を巡らせると。

 そこには、彼が再会を渇望していた男、生方宗助の姿があった。




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