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machine head  作者: 伊勢 周
2章 特殊能力部隊・スワロウ
20/286

情けなくなんてないよ

「そうかそうか。三体もいたか。そりゃご苦労様だったなぁ、千咲」

「……いいえ、これくらい。一分もかかりませんでしたから」


 不破のねぎらいの言葉に、千咲はつっけんどんに返す。


「何を拗ねてんだよ。頼りにしてるぜ」

「別に拗ねてません」


 隊員たちと宗助を乗せたワゴン車は基地への道を滞りなく走行していた。

 車中でも引き続き治療は行われ、折れた肋骨も元通りつなぎ合わさった。不破は助手席で携帯電話を操作している。それは不破のものではなく宗助のものである。しばらく操作した後に、宗助の鞄に直した。『ちょっと大学でできた友達の家に泊まってくる』という、送った覚えの無いメールに宗助が気づくのはずっと後の話である。


「なぁ千咲。こいつ。あの曲者の腕をぶっちぎりやがった」

「はい。病院の時といい今回といい。とても素人だと思えません……」

「だが、こいつが嘘をついているようには思えん」

「私も。だから、余計に謎です」


 三人が未知のものを見る目で宗助の寝顔を見ていると、その時。


「う……ん……?」


 宗助がうめき声をあげた。三人は素早く顔を覗きこむ。


「……こ、こは……車の中……? なんで……」

「おっす、目が覚めたか」


 開ききらない目で周囲を見回す宗助に、不破が声をかけた。


「あなたは、えっと……不破さん……?」

「正解。頭は大丈夫そうだな。お前、またまたこっぴどくやられてたんだぞ。昨日の今日で災難だったな。身体の調子はどうだ?」


 宗助の目が開ききって、改めて感じる、自分を心配して覗き込む六つの瞳。そして、宗助は気を失う直前、自分の身に起きたことを思い出した。


「……こっぴどく……。あっ、そうだっ、あいつ、あいつを止めないと、この町が……!」

「フラウアの事か? 安心しろ。機械は千咲が全部壊したし、フラウアも右腕をぶっちぎられて逃げてったよ。お前がやったんだろ。立派なもんだよ、全く」


 やったような、やっていないような。曖昧な記憶に宗助は確証が持てず、肯定も否定も出来ず言葉を濁す。


「というか、まず自分の身体の心配をしなさい。血まみれ傷だらけでヤバかったよ、全く。今日も岬に一万回くらい感謝しときな」


 千咲に言われて思い返せば、かなり手ひどくやられていた筈が、またしても痛みが無くなっている。ただ、一つ難を言うなら、身体に力が全く入らない。


「たくさん血がでたから、しばらく体を動かしにくいかも。基地に戻って精密検査したら、点滴打ってもらうね」


 それぞれの言葉を受けて、宗助はしばらくの間黙っていた。というよりは、言葉が出てこなかった。少しして、安心だとか情けなさだとか、幾つもの感情が同時に押し寄せて、とにかく思いきり泣きたくなった。男としてのプライドが、その涙をぎりぎり押しとどめていたのだが……。


「どうした、情けねぇ顔して」


 不破が尋ねる。


「……自分が、情けない……。偉そうに文句言ってたのに……いざアイツが目の前に現れても何も、出来なかったって……」


 独り言なのか、それとも質問への返答なのか。ぼそりと、車の走行音にかき消されてしまいそうな声量で呟いた。千咲は首をかしげて言う。


「そんなことない。むしろ、こっちからすればロクな訓練も受けてないのに、アンタ何なのって感じ」

「……俺は何もしていない。出来なかった。怖くて……あいつから逃げたんだ。もう痛い目に会いたくなかったから。必死で逃げて、すぐに追いつかれて、追い詰められて、怖くて叫ぶしかできなかった……。追い詰められてもまだ、みっともなく逃げようとしてた」

「それが今のお前に出来る最善の選択だ。もしそうしなかったら、お前は今頃死んでたかもな。ここまですんなり奴らを追い返すことは出来ていなかったかもしれない。生きてりゃ何度だって戦えるさ。悪いことじゃねぇ。今のこの状況は、間違いなく『いい結果』だ」

「……。一文字が言ってくれた言葉が無かったら……きっとそのまま最後まで……逃げようとしたんだろうな……」


 不破の励ましの言葉も耳に入れず、自虐は続く。宗助が紡ぐその言葉たちが、徐々に震えていく。力の入らない身体で、それでも弱々しく拳を握り締める。彼の目には、今にもこぼれんばかりの涙が溜まっていた。


「こんな風にただ傷つけられて、大事なものを奪われるばかりなんて、絶対に嫌だ……。弱いままでいたくない……そう思ったんだ。俺には……俺にだって、他人事なんかじゃなかったんだ、何かヤバイ奴らが居て、確実に何かを壊そうとしていて……あの時、あの男にやられそうになった時、俺だって闘うんだ、逃げずに、闘って、守りだいんだってっ、……そう、すごく思ったんだ……!」


 宗助が吐き出した弱音と、その後に立てられた決意を聴いて、三人は少し驚いた様子で顔を見合わせてから、小さく微笑んだ。

 それらは今の宗助が紡いだ精一杯の言葉で、嗚咽が混じり声は裏返っていたが、彼に芽生えた、ちょっとやそっとでは到底曲がることのなさそうな、頑強な意思だった。


「大丈夫だよ。情けなくなんてない。これから一緒に、強くなろう」


 千咲が宗助にそう語りかけると同時に、彼の顔に白いタオルがふわりと覆いかぶさった。


「今更だが、お前の顔泥だらけだぞ、ちゃんと拭いとけ」


 宗助の顔面を見かねた不破から投げられたタオルで、泣き顔を隠しつつ遠慮なく顔の泥やら、あとは目鼻から流れ出たアレコレをゴシゴシと拭う。「顔ならさっき拭いたんだけどな」とはてな顔でつぶやく岬のわき腹を、空気読めと千咲が人差し指をぐにっと彼女のわき腹に突き刺した。


「うひゃあ! な、なに!!」

「あはは。ごめんごめん、油断してたからつい。いやーそれにしても岬は毎回いい反応をしてくれる」

「もう。……、…………てぇい!」


 岬はお返しとばかりに、隙を見て千咲のわき腹に指を突き刺す。


「うわっひゃ! ……ふ、ふふふ……やるじゃない、戦闘訓練を受けてない割にはね……!」

「ふふん……。先にやったのは千咲ちゃんだもん。私だってたまには反撃するんだからっ」

「問答無用!」

「うっ、きゃあああっははは!」

「おい急に何をやってんだ! 暴れんな!」


 つい先程まで重傷だった元怪我人が横にいるのもお構いなしで二人は激しくわき腹の小突きあいを始め……不破にたしなめられるとすぐにじゃれあうのをやめた。


「ったく……。宗助。何度だって言うが、逃げる事は悪じゃないし、負けでもない。時には退く勇気も必要だ。生きてなんぼの人生だからな。だが、逃げるだけじゃあ勝つことは出来ない。逃げれば大抵『次』が来る。今お前が、悔しくて情けないと自分を許せないなら、『次』が来たその時は乗り越えてやれ。強くなるんだ、何度でも」


 宗助は顔を拭っていたタオルをきゅっと握りしめた。


「……不破さん。俺は、強くなれるかな」

「そりゃあお前次第だ」

「あいつらに勝てるかな」

「そりゃあ勝つさ。みんなでな」


 車窓の向こうには、雲ひとつ無い夜空。

 星は見えないが、月が真南の位置で輝いている。




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