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machine head  作者: 伊勢 周
19章 理屈じゃない
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私の役割 4

千咲は背後を付いてくる気配に気づき、はっと振り返る。すぐ後ろに岬が付いてきていた。


「あんたはここに居なさい」


 千咲は立ち止まって厳しい口調で言うと、しかりつけられた犬のような表情で立ち止まる。


「…………大丈夫、人同士の喧嘩か何かでしょ。……一応見てくるわ」


 千咲はそう言いながら医務室を出る。その言葉とは裏腹に自身の得物である刀は手に持って。

 廊下に出るとますます悲鳴やら叫び声は大きく聞こえた。いったい何事が起きたのかと、居住スペースの入り口の一つへと向かう。一番近い出入り口へと辿り着いた千咲は、そこで目にした光景にぎょっとした。出口から人々が次から次へと飛び出しているのだ。口々にわけのわからないことを叫びながら押し合いへし合い、我先にと。


「ちょっ」


 一体中で何が起きているというのだろうか。逃げる人間の一人を引き留めて話を聞こうとしたが、てんで話にならなかった。千咲は流石にその逃げ惑う群衆を止めることができないので、彼らにそうさせる原因を探るために中に入ろうと考えた。だが出入り口は狭いため出てくる人波だけで埋まっていて簡単に入れそうにない。

 それでも無理やり人の波をかき分けて進み、徐々に部屋の中へと潜り込んでいく。

 何度か手で押しのけられたり頭をはたかれたりしながらもなんとか密集地帯を抜けて部屋の中へと入る。千咲も女性としては背が高い部類に入るのだが、それでも人垣のせいで奥まで見通しが利かなかった。

 さらに人と人の隙間を縫って奥へと進む。悲鳴は続いているからだ。ここに居るすべての人間がこうして逃げ惑っているのを見るとただの喧嘩なんかではないという事はすぐにわかった。

 まず千咲が考えたのは、避難に際して一人一人安全な人間かをチェックしている時間などなかったから、過激な思考の人間が何かまずい事態を引き起こしているという事態。そして最悪の事を考えるならば、ガニエの作っていた人造人間が既に紛れ込んでいたという可能性。なんにしろ、原因を突き止めてこの閉鎖空間での混乱を鎮めなければならない。


 千咲は奥へ奥へと進んでいき、そしてそこでさらなる異変を見た。床に、血による足跡がついている。足跡の形は不均一である。逃げ惑う人もまばらになり、不安は膨らむばかりで、千咲は刀を握る力を強める。

 少し進んで、最低限のプライバシーを守るために設置されているパーテーションで区切られた角を曲がると、飛び込んできたその光景に一瞬呼吸を忘れた。

 そこには身体のあちこちを不自然に抉られ息絶えた人間がいくつも横たわっていた。軍服を着て銃を持った人や、年老いた人も。

 地獄のような光景に、その最悪の事を思い浮かべた。

 これはつまり、敵の侵入を許してしまっている。


「っ……!!」


 こんな非道をする奴は誰であろうと絶対に許さない。千咲は怒りと正義心を燃やして唇を噛み真一文字にして、血塗られた道を進む。彼女のブーツも血に汚れ、足音に不快な水音が交じる。

ゴチュ、ゴチュ、と、音を立てて、慎重に進みながら、ついに刀を抜く。黒っぽい刀身が赤く光る。

 そして彼女の視界の中に、一人の男が入った。少し距離は有る。

 シェルター内の不自然な明るさに照らされたその男も、千咲の存在に気づき視線を顔ごと向けてくる。


「……っ、フラウア…………!」


 千咲は、その男の名前も顔も、知っていた。

 フラウアの左手は一人の人間の首を掴んでおり、掴まれている人間はだらりと四肢を脱力させてぶら下げている。


「その人を離せ」


 千咲は刀を下段に構えながらフラウアとの距離を詰めていく。


《いいトも》


 フラウアが手の力をゆるめると、掴まれていた人は解放され、ゴッと鈍い音を立てて頭から地面に激突する。だが、ピクリとも動かずただ床に横たわっていた。


《もう死んデいるガね》


 千咲は怒りの余り言葉が出てこず、肩を震わせた。その様子を見たフラウアは《ハハハ。いイ反応だな》と言って、そしてこう続ける。


《本当はもっと沢山殺るツもりだったが……逃げ足の速さは少し計算外だった》

「なに……?」

《だが、この閉ざされたカゴのような場所カら、一体どこへ逃げるつもりなのか……。どこにも安全な場所なんて無いというのに》

「……ッ!! そうさせてるのは! お前らだろッ!!」


 千咲は怒りに任せた言葉づかいで叫ぶ。


《怒りに身を任$#い方が良いぞ、……白神を見習ったらどうだ》


 フラウアの口からその名前が出た時、千咲ははっと息を呑んだ。そう、報告では、フラウアと白神は戦闘に入っていた筈なのだ。


《彼は冷静だった。もちろん僕に対する殺意は漲っていたが……そレを整えた上で、ただ僕の急所を打ち抜くことだけを考エていたよ》

「……白神さん、は、……」


 千咲はそれ以上を言葉にできなかった。それ以上言葉にして、聞いてしまえばきっと余計に冷静では居られない。フラウアが目の前に居るという事実が、すでにその答えのようなものだ。


《白神ナら、もうこの世に居まい》


 そんな彼女を突き放すようにフラウアが言った。


《まぁ、なかナか面白い男だったよ》


 千咲は燃えたぎりそうになる思考を抑えつつ考えた。

 目の前のこの男の言葉に惑わされてはならないと。そして倒さなければならない外敵なのだと再認識した。半分は現実逃避のようなものだったが……千咲は右手で刀の柄を持ち、左手を刀身に添えた。熱のエネルギーを体に還元し、爆発的な運動能力を得る裏ワザを初っ端から発動した。

 この技には活動時間とノックバックのリスクがあるが、どちらにせよ長期戦をするつもりなど無い。

 一か八か。

 彼女の髪の毛と瞳は、より一層赤みを帯びる。



          *



 時間は少し遡って千咲と生方家が言葉を交わす、およそ十分程前。

 基地のふもとへと到着した宗助は、白神を追って山道を駆ける。フラウアは何故このような通りにくい山道を選んだのだと頭の中でケチをつけつつも、宗助の心は闘志であふれていた。家族や仲間の安否など細かい心配事は降り積もるばかりだが、身体一つでできる事をただ遂行する。

 五分ばかり駆け上がり少々息が乱れてきたころ、宗助が異変に気付いた。地面や、近くに生えている木々の葉に血痕が付着している。それも、その量が尋常ではない。


(間違いない、ここで、白神さんとフラウアが闘ったんだ)


 宗助は周囲を警戒するが、人間の気配は感じられなかった。そしてここで宗助にとって気がかりなことは。


(この血は、誰の血だ……? まさか……)


 普通の人間のものならば相当な出血量だ。フラウアは機械と化したと聞いた。それでも血液が通っているのなら別だが、そうでないのなら……。


「白神さん……!」


 宗助は耳に着けている通信機に指を当て、通信を試みる。戦況を確かめたかった。だが、うまく繋がらない。先ほどから何故かアーセナルへの通信の具合が悪く、宗助が連絡を飛ばしてもノイズばかりが返ってくる。


(まさか、基地でも何かトラブルがあったのか?)


 険しい表情で続く道を睨む。血痕はけもの道に沿って続いている。宗助は拳を握り、道を進み始めた。

さらに先に進むと急斜面があり、二十メートル程下ると川が流れているのだが……宗助はそこにあってはならない光景を見て驚き、息が止まりそうになった。


「白神さん!」


 なぜなら、その川のほとりにはうつぶせで横たわっている白神の姿があったからだ。宗助は慌てて斜面を滑り下りて、白神のもとへと駆け寄った。


「くそっ、白神さんっ!」


 再度名前を呼ぶが、返事は返ってこない。背中に大きい傷があるが、それ以上に腹部からの出血が凄まじかった。顔は青ざめていて生気がない。宗助の頭に、『死』という文字が浮かび上がってぞくりと寒気がした。


「そんな、くそ、なんでっ、なんでだよっ……!」


 宗助は狼狽しどうするべきかわからずおろおろしていると、白神の瞼がぴくりと動いた。


「白神さん!? 聞こえますか!?」


 宗助が白神の耳元で叫ぶと、白神は宗助ですら微かに聞こえるか聞こえないかという程の声で呻いた。宗助はようやくレスキューを呼ぶべきだと気づき通信機を触るが、それは機能しないままだった。


「くそ、さっきから……! こんな時に……ついさっきまで通じてたのに……!」

「ちが、…………す………」

「っ! ダメだ、動くと傷が……! 今助けを呼びます! えっと、そうだ、発煙筒が、装備品にあった筈……!」


 バックパックをあさる宗助の腕を白神の血だらけの手が掴んだ。


「は、……く……、って…………さい……」

「え……?」


 かすれた声で、白神は何かを宗助に懇願する。宗助は正確に聞き取るために耳を近づける。


「はやく追って下さい」


 白神は、そう言っていた。口の動き、空気の震え、そこから感じ取ればそう聞こえた。さらにそこへ「間に合わなくなる」と付け加えられた。


「……こんな状態の白神さんを置いては行けません……!」

『フラウアを止めなければ、同じことです。奴はシェルターに向かっている。シリングの能力を手に入れていて、シェルターなど意味を成さない』


 言っている意味が所々わからない部分があったが、それでも宗助は自身の息をも殺して耳を傾ける。


『殺戮を行おうとしている。命を奪うことで、自分の存在を確かめている。シェルターにたどり着いてしまえば、その時は……』


 想像したくもない未来が脳裏をかすめ、宗助はつばをごくりと飲み込んだ。


『行って下さい。今、あなたしか、止められる人間は居ません』


 それでもこの場を去ることを躊躇している宗助の様子を見て、白神は力を振り絞って彼の腕をきつく握る。


『はやく行けっ、生方宗助……!』


 白神の気持ちが篭った言葉によって、宗助の瞳に決意が宿った。うなずいて、白神の腕を優しく持ち地面に置くと、すくと立ち上がる。発煙筒を作動させ地面に放った。


「白神さん! 必ず、必ず助けに戻って来ます。どうか、死なないで!」


 そして振り返らず、急斜面をすさまじい速さで駆け上った。白神はそれを見送ると、静かに瞼を閉じた。



 宗助が山道を全速力で駆け上がると、朝方に吉村班と共同で作戦を実行した駐車場へとたどり着く。舗装された道に踏みしめやすさを感じつつも立ち止まらずさらに駆ける。ほぼ一本道だったにも関わらずここまで来てフラウアの背中も見えないという事はつまり、既にシェルターの傍までたどり着いてしまっているという事だ。立ち止まっている時間は無い。

 既に誰もいないシェルターへの道を走り抜けつつ本部に連絡を取る。繋がらない。

 そうこうしている間にシェルターの入り口が見えた。

 そしてシェルターのそばの壁に寄りかかるひとつの人影を見つけ、草むらに隠れ様子をうかがう。宗助の位置からでは木々や草がブラインドになっていてはっきりと姿が見えないが、宗助は確信した。


(あれだな……!)


 この状況でシェルターの外に居る人間など限られているなどという話ではない。人影はシェルターの外周沿いに歩いており、宗助の視界から再度姿を消す。白神の話ではフラウアは準瞬間移動が使えるという事だ。

 普通の戦闘ならば気付かれる前に奇襲暗殺という形を取りたいところではあるが……。


(奴の狙いは俺だ。シェルターに対して何かしでかす前にこちらにひきつけなければ)


 宗助の心は戦闘での有利不利よりも内部の安全に向いた。そして草むらから飛び出し、再び全速力で駆ける。


「フラウアッ!」


 そして走りながら敵の名前を大声で叫んだ。その声量に驚いた野鳥が一斉に木々から飛び立つ。宗助の眼は再びその人影を捉えた。宗助は両手に風を纏い、自身の体を空気で前方に押し出し、凄まじい速度で距離を詰める。

 空気の弾丸を叩き込んでやる、と、さらに体に纏わせる風の圧を大きくさせた時、そいつは宗助の方へ振り返った。

 そしてその顔を見た瞬間、熱くなっていた宗助の頭は急速に冷却された。全力回転だった足をゆるめて、その人影に近づいていく。

 それは何故か。

 宗助が追いかけた『そいつ』が、フラウアではなく吉村部隊の岩崎康太だったから。

 少し前にフラウアに襲われて殺されたと思われていた康太が生きて目の前に居ることにも驚きだったか、そもそもなぜ彼がこんな所に居るのか宗助にはわからなかった。

 宗助は少し混乱気味に彼の名を呼ぶ。


「こ、康太……?」

「…………? そ、宗助か、無事だったのか! 良かった!」


 康太は宗助の顔を見て驚きながらも宗助の無事を喜んでいるが、一方で宗助は肩透かしをくらった形で、そして当然康太が生きていたことは喜ばしい事なのだろうが、フラウアを見失ったことに猛烈な焦りを感じ始める。宗助は康太に詰め寄った。


「えっと、いや、良かったのは良かったけどっ、この辺りに他に人を見なかったか!?」

「人って……? 人はシェルターにわんさかいたが……」

「そうじゃなくてっ、いや、そもそも、なんで一人でこんなところに居るんだ!?」

「それが俺にもわからないんだ。さっきまでこのシェルターの中で家族を探してたんだが……居住スペースをうろうろしていたら突然視界が明るくなって、気付いたらここに居てさ、シェルターは閉められてるから中に入れなくて――」


 そこまで聞いて宗助ははっとした。そして背筋に思わず震え上がるほどの寒気が走る。


「中に……居たのか……さっきまで……!」

「あ、ああ……」


 青ざめていく宗助の顔を、康太は何事かといった様子で見ていた。

 宗助は慌ててシェルターの入り口へと駆け寄ったが、当然封鎖されたままで外からは開けられそうにない。康太は吉村部隊壊滅の時に、一度フラウアに会っていて、そこで触られたのだろう。シリングの能力を得ているのなら、康太は、間違いなくフラウアと入れ替わってここにいるのだ。

 フラウアは今、このシェルターの中にいる。岬や千咲、家族や友人が居るかもしれない、この中に。その事実に打ちひしがれる。


「くそッ……くそッ、くそぉッ! 俺は、俺はここに居るぞッ、ちくしょう! 出てこいッ!」


 宗助は両手でシェルターの扉を一度叩いて、その場にへたり込んだ。だが、中から返事をする者など居るはずもなかった。




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