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machine head  作者: 伊勢 周
19章 理屈じゃない
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私の役割 3


 ジィーナは迷っていた。

 混乱していた、と表現するべきかもしれない。

 彼女がブルームの前に躍り出る少し前……アーセナルの避難部屋で。

 リルのそばにいるべきか、それともこの画面の向こう側に映る現実がどんな真実の下で行われているか確かめに行くべきか。

画面越しからでも伝わってくる、リルの父親から放たれている攻撃性と狂気は何事だ。もしかしたら、とジィーナの考えの中に一つの仮説が生まれる。

 もしかしたら……。生方宗助達が日夜問わず闘っていたのは、彼女の父親なのではないか、と。そんな事今まで予想もしなかった。避難してくださいと伝えられ、こうして彼女の父親が現れ、そしてどこかで顔を見たことがある兵隊が殺された。


(一体なぜ?)


 このアーセナルの人々も、リルの父親も、一体どういう考えの下で、こんな事態を巻き起こしているのか。もう一度テレビを見ると既にブルームはそこから移動していて、ただの風景が映し出されているのみだった。だが、ブルームの冷酷残忍な姿は目に焼き付いて消えることがない。

 リルが言っていた「変な人」との遭遇。そしてその人が語った、彼女の父親とその現状について。それは紛れもない真実だったのだろう。

 リルはその現実に感情の整理がつけられず、顔を手で覆い、嗚咽を漏らし目じりから大粒の涙をいくつも零す。そしてジィーナはいくつかの事を悟り、決意した。


「リル」


 彼女の名前を呼んで、そして震える両肩を左右の手でやさしく包んだ。リルは覆っていた顔を見せて、そして不安げな瞳でジィーナを見上げる。


「……私、外に行ってくる。不安だろうけど、ここでみんなと一緒にいて頂戴。わかった?」


 言われたリルは、心細いのかよりいっそう悲しげな表情でジィーナを見た。


「どうする、つもりなの」

「ちょっと話をしてくるだけよ。大丈夫、すぐに戻ってくるから」


 諭すように言うと、「ちゃんと大人しくしとくのよ」と念を押し、そして避難部屋を静かに後にした。ジィーナは廊下に出ると一目散に駆け出す。


(一体、何が起こっているの……? 何を、起こしているの……!?)


 それが何だろうと、ジィーナの気持ちは一つだけ。たとえ父親だろうがリルに害を為すようであれば、その時は彼女を保護する。



          *



 そうしてブルームの前に姿を現したジィーナは、彼の醸し出す、画面越しとでは比べ物にならない程の異様な雰囲気に呑まれそうになりながらも、ブルームの言葉に対して自分の想いを叩き返す。


「私は、あなたをリルのところへ案内するためにここへ来たわけではありません」


 ブルームの眉がピクリと動く。


「……では、何のために?」

「お言葉ですが、あなたは、自分の今の顔を、目を、鏡で見た方が良いです」

「鏡?」

「そうです。あなたは今、人殺しの顔をしています。周囲を傷つける事しか考えていない異常者の目をしている。私にはわかる。たくさん、そういう人と闘ってきたからっ」


 ブルームの視線が一層強く突き刺さり、異様なオーラも強くなるが、ジィーナはそれを跳ね返し言葉を続ける。


「私は、誰が何と言おうとあの子の保護者です」


 きっぱりと言って、手のひらを自身の胸にそっと添える。


「私は、あの子と十年以上、一緒に暮らしてきました。いろんなことがありました。ご飯を食べさせてあげられない事は何度もあったし、それどころか住む家も見つけられなかったり……、病気になっても病院に連れていけなかったし、学校にも行けない、友達もできない、オシャレもさせてあげられなかった。……見知らぬ人にいきなり連れ去られて殺されそうになったことだって何度もあったけど……、それでも私は、あの子の保護者を名乗ります。血は、繋がっていません。でも、大切な家族なんです」

「家族だと?」

「ここに居る人達もそう。私達をとても優しく受け入れてくれた。あの子に初めて出来た友達です。なのに! あなたは、平気な顔でその娘の友達を傷つけて、殺したっ! ……だから。あの子を怖がらせて泣かせるような人に、たとえ血の繋がった父親だろうが絶対にあの子に近づけさせません」


 頬を赤く染めて言い切ると、そこで少しだけ息を整えて。


「……今日はもう……、帰ってください。そして、自分のしている事を、考えなおして。リルは、今のあなたには会わせない」


 最後にそう付け加えた。しばし二人の間に沈黙が流れる。そして、ブルームがゆっくりと口を開いた。


「君がそう考えているのなら、私はそれを歪めようとは思わない。それは仕方ないことなのだろう」


 ジィーナはその言葉を聞き、ほんの少しだけ安堵の息を吐いた。少しは理解を持ってもらえたか、と思った。だが、ブルームのそれには続きがあった。放たれた低い声が、空気を震わせる。


「邪魔をすると言うのなら、斃し、退けるまで」


 すると突然、ブルームが立つ場所の周辺のアスファルトの床に大きな亀裂が入った。さらには周囲の砂粒や小石が揺れ、風も吹いていないのにそれらが宙に浮き上がる。


「たとえそれが恩人であろうと……『仕方のない事』だ」


 その言葉を聞きそして殺気を浴びたジィーナは素早く懐から無印のペットボトルを取り出してふたを開き、中身の水を自身の左掌に注いだ。そしてその水を操り、近くにあった水やり用の水道管を水圧カッターで容易く切り裂いて破裂させる。溢れ出る大量の水を自身のコントロール下に置き、自身の周囲に糸状にぐるぐると幾重にも張り巡らせる。


「……こうなると、思った。思いたくなかったけれど、でも、思ってた」


 相当辛そうな顔でジィーナは呟く。


「……ごめんね、リル。私は、今、とても勝手なことをしているのかもしれない。余計にあなたを悲しませるのかもしれない」


 彼女の頬に一筋の汗が流れた。


「だけど、……やっと迎えに来た父親がこんなのだなんて、私は、絶対に納得できない!」


 ジィーナは大声で言う。ブルームは目を細め彼女を睨む。


「君の納得など、私には何の意味を持たない。家族の幸せを邪魔しているのだ、君は」

「幸せ……? まわりの幸せを壊して手に入れたものは、幸せなんかじゃない!!」


 ジィーナの水が龍のごとく空を駆けた。



          *



 完全に外界から隔離されたシェルターの内部はある程度落ち着きを取り戻し、この状況下ではなるべく余分なエネルギーを使わずにおこうという意識が充満し始めていた。軍服を着た兵士に対して「いつ出られるの?」だとか「何が起こっているの?」と尋ねる一般市民はなかなか後を絶たなかったが、そちらも諦めか疲労のためか、徐々に沈静化していった。

 そして出入り口を封鎖したため新たにけが人が担ぎ込まれてくることもなくなり、岬をはじめ救護班の人間たちの手にも余裕が生まれ始めた頃だった。千咲は救護室の手伝いをしており、倉庫から薬品やガーゼなどの物資を運んでいて、ちょうど救護室の前に到着した時。


「あ、あのっ、すいません!」


 声をかけられ、振り返ると、千咲はどきりとした。そこに立っていたのは宗助の妹であるあおいだったのだ。そして後ろには宗助の父。


「やっぱり、あなたあの時の」


 宗助の父が千咲の顔を見てそう言った。あおいからすれば千咲は初対面という事になっているが、千咲は彼女の顔を知っている。そして宗助の父親は、彼の家に泊まりに行った時にほんの少しだが顔を合わせているのだ。


「あ、えっと、お久しぶり、です……」


 千咲が気まずそうに言う。生方親子は今にも泣きだしそうな顔で千咲に問いかける。


「宗助の奴を見かけませんでしたか?」

「どこにもいないんです……! ずっと探しているんですけど……携帯にも出ないし……」

「あ、その、えっと……」


 千咲はその問いに何と答えるべきか迷った。今命を懸けて闘っていると答えるべきか、私は知りませんとウソをつくべきか。だが、まさか家族が最前線で闘っているなどとは思いもしていないだろう。それを言えば余計に心配をかけるに違いない。

「すいません、私は、見ていません。ここでは……」


 だから、そんな受け流すような言い方をしてしまった。


「そう、ですか……」


 妹も父親もしょぼくれて、「見かけたら、探していたと伝えて下さい……」とだけ告げて千咲の前から去って行った。千咲もそれをいたたまれない気持ちで見送り……そして救護室に入る。すると、康太とすれちがった。


「あ、ちょっと、あなた、まだ安静にしていないと……」

「もう大丈夫だ。俺は家族を探してくる。それくらい心配いらないだろう?」


 千咲の注意にも聞く耳持たず、精神的にもタフなのだろうか、民間人が収容されているスペースへと走っていった。

 ため息を吐きながら室内へと入り、荷物を部屋の端に置く。岬は相変わらず落ち込んだ雰囲気を隠せない様子で平静を保とうとしているし、隣のスペースでパーテーション越しにけが人がずらりと並んでいる。

 岬の精神的な消耗が激しいのと、全てのけが人を完治させている時間が無いため、骨折だとか大きな裂傷だとか目立った外傷のみを治し、後は普通の手当という形で治療が行われているのだ。千咲がパイプ椅子に腰かけて岬に声をかける。


「今すぐそこで、宗助のお父さんと妹さんに会ったよ」

「宗助君の? 無事だったんだね……良かった……」


 岬は小さく微笑み、それにつられて千咲も微笑んだ。ただ、その二人が何と言っていたかは岬には告げなかったが。


 それから数分が経過した時。廊下から複数の悲鳴と叫び声が聞こえてきた。千咲は慌てて立ち上がり、医務室を飛び出した。


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