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machine head  作者: 伊勢 周
19章 理屈じゃない
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私の役割 2

 アーセナルに戦慄が走った。

 ブルームが基地のすぐ傍まで近づいているというのだ。そして確認に向かった三人の武装した兵士は赤子を捻るように殺されてしまい……さらに今も基地の方へ向けて移動している。

いつの間に? 一体どうやって? なぜブルーム自身が単身スワロウ本拠地に乗り込むような真似を? 幾つもの疑問が浮かぶが、来ているものは来ているのだ、それらをうんうん唸って予想するよりもまず対処……つまり迎え討たなければならないのだが……。


「……奴らの狙いは、これだったのか」

 

海嶋が呟く。


「狙いって……?」


 桜庭が不安げに海嶋に問うと、海嶋は少し下唇を噛んで眉間に皺を寄せてから、ゆっくりと話す。


「町中にマシンヘッドを放って人々を襲わせたが、目の前で避難していく人々に対して深追いはしない。フラウアやミラルヴァが不自然に現れたり、戦闘向けのマシンヘッドをばらまいたのも、そうだ。いや、それらに並行した理由や作戦はあるんだろうけど……こちらの戦力をある程度街へと流れさせて、そこへブルームが直接こちらに入り込む……。大規模だが、簡単な囮作戦だったんだな……」

「まんまとやられたな……戦力をこちらに留めなかった、私のミスだ」


 雪村が辛そうに言うと、その場の皆が無念そうに俯いた。というのは、現在アーセナルには最低限の戦力しか残っていない。そしてその最低限の戦力の一部が先ほどいとも簡単に殺された。まともにブルームを迎撃できるような戦力が無いのだ。


「稲葉のチームには今からこちらに向かえそうな人間は居ない。居たとしても、こちらに来るのに早くとも三十分はかかるだろう。通常兵器で総攻撃を仕掛けるしかないな……」


 そうこうしている間に、ブルームの姿がアーセナルの東入り口の前の監視カメラに映し出された。もうすでに目と鼻の先の出来事である。


          *


 アーセナル、東入り口。

 配備されている守衛兵達十一名が銃撃で迎え撃つが、やはりブルームには掠りもしない。兵士の一人がRPGを構え、ブルームに向けて照準を合わせる。対人に使うなど経験どころか想定もしていない事だろう、持つ人間の眼は見開いて顔中汗まみれ、自身の中の躊躇いと闘っているように見えた。「撃て!」という号令が響き、ロケット弾が火を噴き、低い弾道でブルームへと飛び、そして直撃した。轟音と爆炎を巻き上げて、火の粉が舞う。全員が攻撃の手を止めて、固唾をのんでその煙の先を凝視していた。


「……ウソだろ」


 一人が呟いた。

 ロケット弾が命中したかのように見えたのに、それでもブルームには傷一つついていない。不破がやるように壁を作るだとかの能力でもない。表情一つ変えず、迫ってくる。


「バケモノ……!」


 兵士達の膝と手はがくがくと震えはじめ、それでも指揮を執る人間が「撃て」と叫ぶと勇気を振り絞りグリップを握り、引き鉄を引く。



          *



 ブルームの目的が何なのかは未だにハッキリはしないが、彼がマシンヘッドを引き連れていたことから、戦い、殺すことを前提で近づいてきているのは間違いない。

 最後の最後にはシェルターへ総員退避という事態も考えられるが、しかしそちらにはフラウアが居る。白神と宗助が何とかせねば、そのルートも危険だ。


『本部、聞こえるか』


 司令室に、一つの通信が入った。ミラルヴァと戦闘に入ってから連絡が途絶えていた宍戸からだった。


「宍戸さん、無事ですか!? 状況は!?」


 突然の連絡に海嶋が慌てて応える。


『無事とは言えないが、生きている。一連の話は聞いていた。稲葉をそちらに戻せ。こっちは大丈夫だ』

「ですが」

『悔しいがまだ俺は戻れそうにない。手が空いてるのは稲葉だけだろうが』

「司令……」


 海嶋が困惑した表情で雪村を見る。雪村は眉間に皺をよせまぶたを閉じて唇を噛み少しの間沈黙していたが……。


「宍戸。お前には頭が上がらんよ」

『……、そろそろお喋りは終いらしい。また後で連絡する』


 そんなやり取りの直後轟音がスピーカーから流れ、そしてそれ以上宍戸からの言葉は無かった。それと入れ替わりで、稲葉からも通信が入った。


『こちら稲葉。話は聞いていた、既に基地へと戻っている。飛ばすが、二十分はかかる。それまで持ちこたえられるか』

「なんとか、持ちこたえてみせる。急いでくれ」

『了解』


 オペレータールームのモニターに映る光景。既に戦闘は終わっていて……そこに残されていたのは地面に落ちた幾つかの軍服と銃器類。防衛ラインはいとも容易く突破され、そして一人残らず喰い尽くされた。


「第二防衛ラインも突破されました!」


 悲痛な叫び声が部屋中にこだました。オペレータールームの混乱具合は一秒経過する毎に比例して増幅していた。正体不明のドライブ能力を使っている(と思われる)ブルームに成す術もなく殺されていく武装兵達に、街は第二波として現れたマシンヘッドたちに蹂躙されていく。そしてフラウアとミラルヴァの動向もある。

 しかし基地を離れている兵士達にとって、戦況を把握するためにはアーセナルから発せられる情報に頼るほかない。もし総員退避命令を出さねばならなくなったとして、その場合兵士たちは切り離され宙ぶらりんになり、帰る場所を失ってしまう。


(最期の最期、ギリギリまで、この場所を空け渡すわけにはいかない。皆、あきらめず闘っている。我々は一心同体であり一蓮托生だ)


 アーセナルの面々の誰もがその信念を腹に据えて情報を捌き兵士達に指示を出す。だがしかし、この僅か数分間の出来事を目の当たりにして。


(ブルームに対抗しうる戦力は、今のアーセナルにはない。稲葉が全速力で帰ってきたところで、恐らく間に合いはしないだろう)


 心のどこかでそんな悲観的な気持ちが生まれ始め、それが徐々に膨らみ心を支配していくのも自覚していた。




 ブルームは、基地の目の前のだだっ広いアスファルトの広場に姿を現した。少し離れた位置にマシンヘッドも数機侍らしている。

 びっと風切り音が鳴り、ブルームのすぐ目の前をライフル弾が通過し、そしてアスファルトに突き刺さる。スナイパーが狙いを外したのか、外されたのか……彼はそれを意にも介さず、数秒基地の外観を見渡して、「ここか」と呟いた。輪をかけて機械の不調と通信機器のノイズが酷くなる。


「……皆、聞いてくれ」


 雪村が厳かな様子で室内に語りかけ始めた。全員が振り返り雪村を見る。


「この数分間で、我々がどうあがこうがこの男を倒すことは出来ないという事が分かった。諦めるわけでは無い。しかし、これ以上無暗に死人を増やすのは、……馬鹿げている。無駄な作戦だ。だが、稲葉が戻るまでに残り十五分。奴の目的が何かはわからないが、ああしてマシンヘッドを引き連れているのを見ると、おめおめと見逃してはくれんだろう……。そこで、だ。私が出向き、対話を試みようと思う」

「対話……?」

「そうだ。当然、話し合って分かりあえるなどとは思っておらん。稲葉が来るまでの時間稼ぎに過ぎんが、もし僅かでも話を通じ合えることができたのなら、今この状況を切り抜けるチャンスに繋がる筈だ。今から正門に出向く。篠崎。君が引き続き指揮をとってくれ、私に何かあった場合もな」

「……了解」


 篠崎副司令が雪村を強い意思を持った瞳で見返しながら低い声で返事をした。と、その時。


「し、司令!」


 対照的な桜庭の甲高い声が室内に響いた。全員が今度は桜庭の方へと視線を集める。


「どうした」

「メインモニターの映像を、見てください!」


 言われて、今度は全員がメインモニターへと視線を移す。そして桜庭の言う通りにモニターを見た面々は「え?」だとか「誰だ」だとか、口々に感想を述べ、そして室内はざわつき始める。というのも、モニターには、ブルームに対して仁王立ちする、一人の女性の姿があったからだ。丸腰の、軍服など着ていない若い女性。


「あ、秋月さん! 外部のスピーカー、私のマイクと、繋げますかっ!?」


 桜庭が早口で叫ぶと、メインモニターを凝視していた秋月ははっと我に返り「ええ」と返事をして素早くコンピューターをいじり、音声用機器についているいくつかのボタンを押す。


「繋いだわ」


 桜庭は無言でうなずいて、インカムを口の前にセット。小さく息を吸い込んで、マイクに向けて言った。


「ジィーナさん! 何をやってるんですか! 中に戻ってください!」


 彼らが見たのは、基地を背中に背負うようにして立ち、凛とした表情でブルームと向かい合っているジィーナの姿だったのだ。



          *



「驚かせてごめん小春ちゃん。でも、私は戻らない」


 ジィーナは小さく呟いた。彼女の瞳は揺るがず、目の前の男を見つめている。


「この人に、話すことがあるから」


 一方でブルームは今まで無言を貫いていたのだが、ようやく口を開いた。


「…………顔を見て、そして今、ジィーナという名前で思い出した。君はあの時の実習生か」

「……ええ」

「そうか……。君が、リルを守ってきてくれたのだな。この十年余り……」


 ジィーナは、ブルームの次の言葉と行動に意表を突かれ、驚き目を見開いた。ブルームが姿勢を正し、腰を曲げて頭を四十五度下げて、こう言った。


「君にはどれだけ礼を言っても足りることはない。だが、まずは言わせてほしい……本当に苦労を掛けた。ありがとう」


 しばらく呆然とその様子を見ていたジィーナだったが、少しだけ口をパクパクさせて何と言うべきか迷い、そして慌ててこう言った。


「頭を上げてください」


 ブルームはそれからさらに五秒ほど頭を下げていたが、ようやく頭を上げた。


「巻き込んでしまいすまなかったと思っている。言葉にし切れないほどの苦労があっただろう。お詫び、とはならないだろうが……、君のその役割は、今日でもう終わりだ」

「……え、」

「元居た場所に戻るのなら、私は手助け、援助を惜しまない。暫くは追手が煩わしいかもしれないが、それも遠くない内に消す算段がある。このままこちらに住むならそれでも良いだろう」

「どういう事でしょうか、私には、……あなたがおっしゃっている意味がわかりません」

「君はもう自由だ。リルはこれから私が連れて帰り、共に暮す。父と娘が一緒にいることに、理由など必要あるまい。さぁ、あの子のところに、案内して欲しい。その為に、私のもとへ姿を現してくれたのだろう?」



          *



 ブルームとジィーナとの会話音声を辛うじて拾って、傍受していたオペレータールームの面々は、それぞれが自身の耳を疑った。ノイズ交じりの汚い音声ではあったが、確かに聞こえた。ブルームの、「リルは私の娘だ」という意味の言葉が。


「ジィーナさん……。あなたは、いったい、何の話をしているの……?」


 桜庭が困惑しきった表情でぽつりと呟いた。



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