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machine head  作者: 伊勢 周
19章 理屈じゃない
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私の役割 1


「………ぅ、あ…………」


 白神は激痛に顔を顰め、うめき声をあげながらよろよろと後退し、それでも倒れまいと必死に足に力を入れて踏みとどまった。


《……そう来なくては》


 フラウアはにやりと笑う。白神の足元にはいくつもの血だまりができていた。常人なら立っていられない出血量だ。

 呼吸は浅く、身体は小刻みに震え、目の焦点もあったり外れたり…………。強化アーマーのおかげで体の奥深くまで、つまり内臓までは傷つけられなかったが、それでも自身の腹筋を強く抉られるのはかなりの痛手で……白神弥太郎は自身の腹部からあふれ出る血液を手で押さえ、痛みと眩暈と戦いながら、フラウアを睨み戦う意思を見せる。

 このまま負けてなるものか、このまま死んでたまるか。何か味方になりそうなものはないか。自然現象は? 地形は? 白神はチカチカする視界を堪えながら、潜水艦がソナーで音波を探るように周囲を探る。


 無い。全く無い。


 自分自身の力で押し切るしかない。

 フラウアは続けて容赦なく次なる攻撃を浴びせてくる。

 白神は自身のドライブが感じるままに避けて、避けて、痛みをこらえまた避ける。

 しかし体が付いて行かない。連撃に避けきれず、左肩を強打され吹き飛んでしまう。地面に右肩から激しく落ちて、少し急な勾配を転がり、杉の木に激突して止まる。砂埃にまみれながらも右腕を支えに上半身を起き上がらせる。すぐに立ち上がろうとしたが足が震えて力が入らず、すぐに立つことができなかった。

 その白神の様子を坂の上から見ていたフラウアはこう言い放つ。


《白神。存外、なんてコとは無かったな。確かにお前から、以前とは違う、生方宗助と似たもの%$#感じタが……》


 フラウアは先程までの薄ら笑いから一転して真顔になる。


《だが、……この身体でなければ、二発の攻撃どちらも痛手だった…………カもな……》


 そう言い自身の喉を撫でた。


《さぁどうする。もう立てナイか? トドメを刺してやろうか、そのまマそこで干からびて死ヌのか、山を下って助けを求めルか? 他に誰ガ居る?》


 煽られて、白神はよろよろと立ちあがる。


「行かせるか……。行かせてたまるか……!」


 声が震える。右足を前に踏み出す。流れ落ちた血が地面の土と混ざった。


「僕は、どうなってもいい……。刺し違えても………っ!」


 白神は、死力を振り絞って坂を再び駆け上がる。



          *



 非常に劣勢ではあるが、白神のおかげでフラウアの情報が出揃いはじめた頃、秋月はここにきて機械類・計器類が微妙に動作不良をしばしば起こす事に対して苛立ちを覚えていた。普段から整備を怠らずに、大切に扱っているのだが……。どうも妙な数値を叩きだしたり、通信の具合が乱れたりする。

 秋月は不機嫌そうに機械をなでる。そうしたところで治るものではないとわかってはいるのだが……。その乱れた通信から、こんな連絡が来た。


『基地への東B3ルート中腹の監視カメラが、基地方面へと向かう不審な人影を捉えました』

「不審な人影? って、もっと詳しい特徴を言って下さい」

『申し訳ございません、何しろ映像にノイズが入っていて、本当に人影が少し写ったことしか確認できておらず、ハッキリとした特徴は掴めておりません。今、守衛部隊の者に確認に向かわせています』

「やっぱりノイズ……。その映像、一応すぐこちらに回して下さい」

『了解です。すぐに回します』


 通信を終えると、一分も経たずに秋月のもとへ映像データが届いた。パスコードを打ち込み早速中身を見ると、やはり乱れた映像が映るのみで、本当に『人影らしきもの』しか確認することは出来なかった。


「……迷い込んだ人とかだったら、それでいいんだけど……迷惑な話だけど」


 秋月が険しい顔で呟きつつ、画像を解析していく。



 そして、監視カメラが林道で捉えたその謎の人影を調査するために、三人の武装チームが現場へとジープで進んでいた。より鮮明な映像で確認するためにジープには車載カメラを搭載しており、リアルタイムで映像通信が行われている。

 基地を出て五分程走り山を下ると、少し先に人影が見えた。


「あれか? おい、車を停めろ」


 一人が指示を出すと車は土を噛みつつ停まり、三人は車から降りる。人影は木の影などでよく見えないが、シルエットは成人した男性のものだった。兵士の一人が無線機を手に取り報告を行う。


「前方に一体の人影を確認。恐らく成人男性です。こちらに近づいてきていますが……」

『立ち止まらせろ。攻撃はするな』

「了解。……おいそこのお前、止まれ!」


 兵士の一人が叫ぶと、人影は進むのをぴたりとやめた。


「両手を頭の上にゆっくりとあげて、妙な動きをするなよ! ここは進入禁止区域だ! そして現在、緊急避難警報が発令している。すぐに引き返し、案内に沿って避難しろ!」

 兵士の問いかけに対して人影は返事をせず、黙って立っているのみ。そして数秒するとすぐにまた前進を始めた。


「おい、動いて良いと言っていないぞ! 聞こえているのか!?」


 兵士は怒声をあげる。人影も、今度はそれでも立ち止まりはしない。


「この……!」


 この緊急時に不審者に構っている時間は無いと苛ついた兵士が威嚇してやろうと考え首にかけた自動小銃に手をかけた時、もう一人の兵士に無線で引き続き連絡が入っていた。


『姿は見えたか』

「いえ、まだはっきりと影で見えず……」

『映像が見えづらい、少しカメラを動かしてくれ』

「了解」


 そのやり取りの間にも人影はこちらに近づいてきていて、残りの兵士二人は銃を持ち上げ腰の位置で構え威嚇し、近づいてくる影の顔を見るため目を細める。影が近づいてくるたびに、その姿の輪郭が徐々に浮き出て、その人影の正体が露わになり始める。

 そして。

 完全に露わになったその顔、その眼は……アーセナルに所属する者なら大半が穴が開くほど見ていた、知っていたものだった。映像を確認した本部の者も、声を震わせる。


「……ま、まさか……! だがなぜ、こんな所に、いつの間にっ……」

『ブルームだ、ブルームが来ているッ! この基地の麓まで!』


 姿を現した銀髪碧眼の男……ブルームは、無表情のままなおも前進。


『攻撃許可を出す、足止めをしろ! ブルームの正体は不明だが、おそらくドライブ能力を使用する! 接近は許可しない!』


 無線機から早口で命令が飛んだ。



          *



 その頃、エミィロディやリル達が居るアーセナルの避難部屋では。

 最初はテレビに次々と映し出される監視カメラの映像を皆が息をのんで見守っていたが、見慣れた基地周辺の風景が映るだけで何も変化がない。そんな映像がひたすら流れ続けていたので、いつしかテレビ映像を見る者は居なくなり、各々が部屋の隅で不安そうに何人かで身を寄せ合いぼそぼそと会話を交わしていた。


 そんな重苦しい部屋の中、エミィとロディはどうしてもリルとジィーナの方に目が行ってしまう。ただ単純に花のようにかわいらしい少女に目が向くというのもあるのだが、先ほど少し話した通り彼らが探しているコウスケの双子の姪の片割れに似ているからだった。ただ彼らがその姪っ子を見たのが幼少の頃で、しかも写真でしか見たことがなかったので希望的観測も多分に含まれてしまってはいる。

 彼女が元気にしていたとしても偶然ここに居合わせるというのはほぼあり得ない話だが、万が一もある、話しかけてみて人違いだったならそれで済むか、と考えたのだが、部屋の重苦しい空気と沈黙がそれを随分とハードルの高い行為にしてしまっていた。


「なぁ、訊いてみるか?」


 ロディが小声でエミィに尋ねる。


「うーん……なんか凄く辛そうにしてるから話しかけづらいんだけど」

「それはあるけど……名前尋ねるくらいなら……」

「じゃあロディ訊いてきて」

「ええ!?」

「だってロディが訊いてみる? とか言ったし」

「そうだけど……」


 そんな煮え切らない会話をしていると、例の監視カメラの映像を交代で映しているテレビの画面に変化があった。音声はもともとないのだが、映像に砂が入り乱れ始めたのだ。それに目ざとく気付いたのはリルだった。


「ジィ。テレビが……」

「え? あ、ほんとだ、なんか乱れてる」


 言われたジィーナもテレビを見る。ただ、それだけの事だった。だったのだが。何の偶然か、そこにちょうど兵士たちが銃を構えている映像が映し出された。先ほどまでとは違うその映像に、次第に人々の視線が集まり始める。

 映像の中、兵士が銃を向ける先に一つの人影があって……それを見たリルが小さく呟いた。


「おとう、さん……?」


 その人影は、アーセナルへの来訪者は……娘である彼女でさえも疑問符を付けてしまう程久しく見ていなかった父の姿。ジィーナはリルの言葉を聞き逃さず、血相を変えてテレビにかじりつく。テレビには、兵士たちがブルームに銃撃を浴びせている場面が映し出された。

 しかし。映像が荒くてはっきりとはしないが、放たれる銃弾の一撃たりともブルームには命中していない。ブルームは顔色一つ変えずに兵士たちに近づいていく。兵士たちとブルームの距離が三メートルほどになっても、銃撃は彼に届くことはなかった。ただただ周囲の木々等に命中し、木の破片が舞う。

 映像を見ていた避難所の面々も徐々にざわつき始める。そしてエミィとロディもテレビの前へと移動し、流れる映像を目にした。

 テレビの中の兵士たちは銃撃が通じないことを察して慌てて後退し始める。しかし、三人が全く同じタイミングで何かに足を取られて転んでしまう。

 そしてそこからがあまりに奇妙な光景の始まりだった。

 転んだ三人の兵隊はしりもちをついている状態にもかかわらず、地面を滑りずるずると移動していた。それはまるでブルームに吸い寄せられるかのように。兵士たちは慌てて地面にしがみつくが、それでも滑走は止まらず。そして三人がブルームの足元まで引き寄せられたところでようやく止まった。兵士たちは混乱しつつも再び立ち上がりブルームとの距離を取ろうとするが、再び転び、またずるずると引き寄せられた。


 避難室の面々は固唾をのんでその映像を見守っていたが、次の瞬間悲鳴が巻き起こる。

 ブルームが、兵士の一人の足首を踏み砕いたのだ。全くの無表情だった。

 音声は拾えないため、兵士の苦悶の表情だけが映る。音は聞こえなくても痛みに耐え切れず叫んでいることが容易に伝わってきた。リルはその残酷なシーンと、それを作り出しているのが自身の父であるという現実に耐えられず、両手で顔を覆ってテレビからの情報を遮断する。


 中庭で出会った巨漢が告げた事は真実だったのだと、この時ようやく確信となった。


 その間も続けて、二人目、そして三人目の足首も踏み潰され、そしてブルームが右手を小さくあげて、何かを呼び寄せるように手のひらを一度だけ扇ぐと、後方からマシンヘッド達が五体ブルームのもとに駆けつけて、……そして地面で悶える三人を瞬きする間に喰ってしまった。

 そして遮る者が居なくなった道を、ブルームとマシンヘッド達は再び進み始める。


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