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machine head  作者: 伊勢 周
19章 理屈じゃない
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破滅への道


 白神には吐き気を覚えるほど感じ取れてしまう。

 目の前に立っている『生物のようなもの』が、いかに禍々しく、倫理からかけ離れたものか。不破の友人を含め、どれほどの人間の犠牲を糧に成り立っている存在であるか……。こうして近くに立っているだけで不快な気分が積み重なっていき、ますますこの先に進ませてはならないという想いが強くなる。

 完全に急所を狙い撃ったと思ったのに一瞬で背後に移動していたことも、ある程度なぜそうなったかは理解できていた。同じような現象と過去に遭遇したことがあったからだ。


「シリングの能力か……」

《そうさ。よく覚えているみたいだな。自分が叩きのめされた能力だ。忘れる筈もないか》

「そのシリングはどうした」

《さて? その辺りに隠れて、お前を倒す機会を窺っているかもな》

「僕にそんなはったりは意味がない」

《つまらん男だ》


 フラウアはそういって、右手指に付着した血を、腕を薙ぎ払って吹き飛ばし、そして白神へ大きく一歩踏み込み、右手を振りかぶる。慌てず僅かに下がると白神の胴体の前を紙一重でフラウアの薙ぎ払いが通過する。

 フラウアが払った右手は、人間では考えられないような風切り音を鳴らし風圧をまき散らす。だがそれを目の当たりにしても白神の表情は冷静そのもので、あくまで様子見という雰囲気。ただ、例の瞬間移動には細心の注意を払っている。


(フラウアはシリングの能力だと言ったし……変に疑うよりかはその線が妥当だが……)


 その通りシリングの能力だとしても、その能力は一度触れた人・物と場所を入れ替える事が出来るというものだったはずで……白神の最初の一撃の時は、何かと入れ替わったというようなことは見受けられなかった。ただ、フラウアだけが白神の背後へ瞬間的に移動したのだ。絶妙なタイミングで消えて、突然背後に現れた。その完全な正体が白神には読めなかった。

 がむしゃらに繰り出してくるフラウアの連続攻撃を避けながら、白神は再度その瞬間移動を使ってくる時を待っていた。だが、使ってこない。

 少し前までの白神ならば正体がわからないものに手を突っ込むようなことはしなかったのだが、今は少し違う。強者を相手に殺し合いをするならば、リスクを潜り抜けなければ勝機は生まれない。

 そしてそれを成し遂げるのは捨て身ではなく勇敢さ。


(黙って見ていても正体を見せないなら……)


 フラウアの右拳突きに対して上半身を低くして躱す、と同時に軸足に力を込めて前に踏み込み、一番的の大きい胴体・腹部へと左の掌底を突き上げる。


(引き摺りだしてやる……!)


 ごつっ、と、硬いような柔らかいようなどちらとも言えない感覚が掌に返ってくる。表面は人間の筋肉と皮膚だが、中身は機械である。


(どうだ……!?)


 カウンターでの瞬間移動をしてこい、と白神は身構えていたのが、期待していた反応は得られず依然としてフラウアの体は目の前にあった。相手の体が僅かに後退したのみ。白神は危険を感じ慌てて左に飛ぶが、フラウアの左手がそれを追ってくる。左手は顔を掠め白神の右頬に赤い線を一筋作り、そこから血が少しだけ流れ出た。

 続いて追ってきた右拳を紙一重でかわし、軽い足さばきで再び距離を取る。


《フン》


 フラウアは鼻で笑う。逆に白神の顔はほんの少し険しさを増していた。動くたびに背中の傷は痛み、リスクを負って踏み込んだが相手は手の内を見せない。そして腹部に一撃は与えたが、機械人間に痛みによる動揺などは無いようだ。


(今の攻撃で確かに内部にダメージは与えている……だが、この機械を機能停止まで追い込むには程遠い……)


 目の前で何事もないようにしているフラウアを見て、そしてドライブによる感覚を受け取って、そう感じていた。


《今の動きは、少し変だったな。僕の知っている君はあんな動きをする人間ではなかった筈》


 フラウアの機械的な声が言う。


《まぁ、取るに足らないことか……》


 言葉とは裏腹に少し納得がいっていなさそうな様子でつぶやいた。


《なぁ。君の考えていることを当ててみようか》

「なに?」

《君は、先ほど僕が「シリングの能力だ」と言った事を疑っている。奴の能力は入れ替える筈だったと。しかし何かと入れ替わった様子は感じ取れなかったと》


 白神は表情を変えず、言葉も返さない。


《その正体が知りたいんだろう……そしてそれを、仲間達に伝えなければと考えている。自分が敗北した時、次に戦う仲間の為。なかなか熱い奴じゃないか。いつも涼しい顔をしていたのにな。生方宗助に影響されたか?》

「……機械になっても、口がよく回るのは変わっていないようだな」

《んん?》

「いったい何を喋るかと思えば、……僕が敗北した時?」


 今度は白神が素早くフラウアとの距離を詰めつつ腰を落とし、フラウアの懐に再度入る。

 フラウアは当然迎え撃つ為に右手を突き出すがその動きは予測済みで、フラウアの左側に回り込むと横膝を自身の右膝で蹴り上げる。機械の男に痛みによる動揺はなくとも衝撃はしっかりと伝わっており、フラウアはバランスを崩しよろける。そしてよろけてきたフラウアに対し白神は左拳をきつく握り、裏拳で再度フラウアの延髄を叩く。似たような条件を整えればフラウアの謎に近づけると考えてのこの攻撃。

 一瞬だけ触れた感触があったが、フラウアは姿を消した。

 そして白神は裏拳を放った回転をそのまま利用して振り返り、やはり背後に移動していたフラウアの喉に右の掌底を打ちこんだ。

 フラウアは不気味な笑顔のまま後方に激しく吹き飛び茂みの中へと消えた。


(……ダメだ。ダメージは有るが、破壊には程遠い)


 白神の呼吸は僅かに乱れている。痛みと失血の影響である。そして茂みに飛び込んだままフラウアは出てこない。


(だが。少し解ったぞ、瞬間移動の正体……)


 白神が茂みに一歩近づき言い放つ。


「出てこいフラウア。今のが大して効いていない事くらいわかっている」


 茂みが少し揺れ、フラウアが再びむくりと姿を現す。その表情からは先程までの余裕ぶった笑みは消えて、神妙な面持ちとなっていた。


《……君はどウやら、僕の知ってイる白神弥太郎とハ随分違うようだ。あそコまで鬼気迫る表情を見せるとは》


 喉を攻撃した際に何か故障が生じたのか、フラウアの声には僅かにノイズが入っていた。


《舐めてカかるのは、治らない僕の悪い癖だ。失礼#$た。準備運動などと言った事を詫びルよ》


 フラウアはそう言って、再び姿を消した。白神は即座に反応して自身の右側へ飛ぶ。一秒前に白神の首のあった部分にフラウアの爪が空振りする。またしても瞬間移動で背後に回りこまれていた。

 そこで両者はまた向かい合う。

 白神からすれば突然消えて突然現れるため、どれだけ相手の動きが読めようが心が読み取れるわけではないので、それこそ文字通り瞬間的な対応が求められる。そしてそのせいで、白神が得意とする『紙一重で攻撃を避けて、相手の隙を見出し即座にカウンターに移る』という戦法が非常に取りづらくなっている。

 そしてそれ以上に厄介なフラウアの特性を白神は先程の攻防で理解していた。


(機械化したフラウアの弱点は、頭部、胸部、そしてうなじ部分……頭部と胸部はまだ未確認だが、恐らく…………その弱点部に少しでも攻撃が入ると、本人の意思は関係なく自動的に『入れ替わる』能力が発動する。攻撃を受けた方向へ、一メートルほど進んだ場所へ)


 何と入れ替わっているか。それも掴んだ。

 それはなんと、ただの砂埃の一粒。あるいは、宙を舞う小さな葉のクズ。目に見えるか見えないか、そんなものとフラウアは入れ替わっていた。

 フラウアが今使っている力は、能力にある程度の制限があったシリングのそれよりも明らかに強化されている。フラウアのコピードライブは、コピー元よりも確実に劣化するというのが前提だったはずなのに、だ。


「……シリングの能力、か……。コピーじゃない本当の能力を、何らかの形で抽出して……お前が身につけている」


 白神が言うと、フラウアはまたしてもニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


《あの時、宍戸とミラルヴァによってボロボロにされたあいつには、もう回復できる見込みは無かった》

「…………なに?」

《シリングの事さ。とあることをすれば回復は出来たはずだった。だがブルームはそレを許さなかった。だがしかし、ブルームはシリングのドライブ能力はある程度買ってイた。だから能力だけヲ抜き取ったんだ。機械とシてね。そしてソれを実験として僕%に移植した》

「ドライブだけを、抜き取る……?」

《機械によって制御されるドライブ能力は、人間の精神的な影響でいちいち揺らぎはしない。爆発的な底力や向上はナいが、安定しタ$%パフォーマンスを発揮する。つまり、人間が#使うソレよりも大幅に精度が上がる場合ガ多々あるのさ》


 フラウアは足元に落ちている小石を拾い、わざとらしく白神の目の前へと投げて見せた。その程度のフェイントには白神は騙されない。フラウアはその動じない白神の態度を見て、フン、と鼻で笑った。


《……だが、抜き出すと言っても出来るものと出来ないものがある。僕の『コピー』は後者だった。そして機械化をするためには膨大ナ・¥ヨ時間と資材と手間が必要になる。大抵の場合。そして、普通の人間ならば、能力を提供したクない筈だ》

「……なぜだ」

《データを得るための、過酷な人体実験が待っているからさ。精神的にも、肉体的にも。鍛えぬイた成人男性が、耐えられるかどうかというレベル¥nな。シリングは既に、それに耐えうる身体じゃあ無かったという訳さ》

「…………!」

《おっと。そういえばお前はさっき、僕の事をおしゃべりな奴だト言ったが。どうか見逃してくれ。思えばこンな身体になる前からそうダったな。話すという行為に何ヨり自分の意思をしっかりと感じ取ることがでキていたんだ。ブルームに不利な事を話せるという事は、ヤツにがんじがらめにされた僕にとってたった一つの確かな事だ》

「なら、今ここですべての真相を話してみろ」


 白神が低い声で唸るように言うと、フラウアは少し笑う。


《すべてお前たちの思い通りにしテや・るのも、それはそれでつまらなイだろう?》

「天邪鬼が」

《……たマ%に言われるよ。さて、おしゃべりはそろそろおシマいだ》


 フラウアはそう言うと、今度は瞬間移動ではなく通常移動で白神へと踏み込んだ。初手と同じような攻撃パターン。白神もやはりギリギリでかわしつつ、その後の攻撃を読みながら展開を考える。

 白神は今、なんとかして市街地だとかとにかくここ以外の場所へと移動させることはできないだろうかと考えていた。

 フラウアの性能は非常に厄介なもので、明確な弱点である頭部・首筋(延髄)・胸部(心臓部)を攻撃すると、本人の意思は関係なく自動的にシリングの能力(いれかわり)が発動するように設定されているというものだ。そしてそのシリングの能力自体もかなり強化されている上、フラウア自身の意志でもその能力を行使することができる。


 非常に厄介だし、一度出会えばもう逃げ切るのはほぼ不可能だ。

 白神はさらに考える。敗北するつもりはさらさらないが、勝つ方法が見つからない。

 白神の腕っぷしはその辺りの鉄くずなら素手で軽くひしゃげさせてしまう程だが、首部分を前から強打しても少し喋る声に乱れが出たくらいで機能自体には支障が出ていない。

 単純に考えると、稲葉のような凄まじいパワーで、弱点など問わない程の圧倒的な破壊を与える必要がある。

 だが白神にはそれ程のパワーはないし、それ程の能力のある武器も持ちあわせていない。

 ならばせめて、この殺戮を行っている化け物をどうにかしてシェルターから遠ざけたい。

 だが場所を移動しようにも、素直に付いて来いと言って付いてくる奴ではないことは確か。白神にとっての道は塞がってはいないが、活路もない。


《考エ事ハ後にしたらどうだ》


 フラウアの手が白神に襲い掛かる。めちゃくちゃに攻撃を繰り出してくるその機械の瞳は魔獣のように獰猛で、目を合わせるだけで金縛りにあいそうだった。

 必死に避けながら、少しでも目の前の魔獣が、シェルターから、千咲から遠ざかるように方角を考えつつ後方へと移動していく。だが、白神が今相手にしている男はそんな余計な事をしながら戦えるほど甘い相手ではなかった。


《なんのつもリだ? その変な動きは》

「ッ!!」


 白神が自身の移動した先があまりに無防備だと気づいたのは……フラウアの右手の指と鋭い爪が弧を描きながら、白神の腹部を強化アーマーごと深くえぐり裂いた後だった。


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