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machine head  作者: 伊勢 周
19章 理屈じゃない
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ただ無事を祈る


「ブルームよ。ラフターだ。状況報告をする」


 燃料切れか弾丸切れか、それとも作戦が変更になったのか、飛空艇に付いて飛んでいた戦闘機はUターンを決めて戻っていった。ラフターはそれを見送りつつ、ブルームに通信を取る。


『ああ』

「この辺りの人間だが、もう街には残っていないぞ。どうやらツバメの基地近くに逃げ込んでいるようだ。街にいるのは、シーカー達を駆逐する為の兵隊だけだな。そいつらも、フラウアの奴が殺してしまっているようだがね。あぁ、あと、ミラルヴァも降りたようだ」

『大方食い尽くしたか……。まぁ、そこは後だ。次の段階に移る。この船は引き続き任せた』

「……了解。…………フラウアはこのままでいいのか?」

『充分私の役に立ってくれている』

「何をおっ始めるかわかったもんじゃないが」

『奴が何をしようと、この期に及んで私のマイナスになることは無い。大切な実験体だ。見届けてやれ。私に関しては後で信号を送る。その時はここいらのシーカー達の回収を頼む』

「…………わかったよ、ブルーム。私は上から、じっと見物させてもらうことにする。ヘマをこくなよ」

『難しい事を成し遂げるわけではない。ただ、娘を迎えに行くだけだ』



          *



 宍戸は今、自身の銃を両手で持ち上げ右手人差し指を引鉄にかけて、銃口をピタリと止めて対面に照準を合わせている。その視線の先には、ミラルヴァが居た。

 両者は沈黙したまま、二十メートル程の距離で睨み合う。

 突然の出没だった。

 そしてそのミラルヴァは一言も言葉を発さない。

 ブラック・ボックスで遭遇した時を思い出せば、かなり疲弊していた状態とはいえ、ほぼ三対一でようやく互角に闘えていた相手だ。

 じりじりと照りつける太陽の下、じっと立ち、睨み合いを続けている。流石の無表情宍戸も自身の汗を止める事はできず、額から流れた汗が目にかかる。そして宍戸の瞼がほんの僅かに彼の視界を妨げた瞬間。にらみ合いから一転、ミラルヴァは一足飛びで宍戸の懐に潜り込み、低い姿勢から宍戸の顎めがけて左拳を突き上げる。

 宍戸は上半身を反りつつ後ろへ一歩跳んで避け、そこですかさず飛んできた右、左の拳の突きを交互に体をひねりつつさらに後方へ下がりつつかわす。

 攻撃一つ一つに無駄がなく、空振りの後にも体勢や体の軸がブレることがない。ミラルヴァが強いとされる理由はただの怪力だけという訳ではなく、こういった戦闘の基本的な部分が寸分すら乱れ無い事だ。

 流れるように繰り出される連撃に対して宍戸は、避けながら引き金に指をかけて適当に弾丸を撃ちまくる。そしてそれは奇妙な光景を生み出した。銃口から飛び出した鉛玉は全てその場で停止していて、まるで発砲した直後に弾丸のみ時間が止められているかのような状態だった。

 ミラルヴァは宍戸の持つ能力を把握しており、その攻撃態勢を察知しすぐさま後退した。六発の弾丸が宙に浮かんだままだが、それは攻撃と防御を兼ね備えた分厚い壁に同じ。

 宍戸は懐からもう一丁の拳銃を取り出して横に投げ自身の傍の空中に浮かべると、たった今全弾出し尽くしたリボルバーに弾丸を詰めなおす。

 リロードが完了すると、宍戸は宙に浮かばせていた二丁目の拳銃を掴み、それぞれのハンマーを同時に起こし再度銃口をミラルヴァに向ける。


「わざわざお前が、こんな場所に何の用だ。火事場泥棒でもしに来たか?」


 宍戸はミラルヴァに問いかける。


「……お前と一度、一対一で勝負してみたかった」


 ミラルヴァはそう言って口角だけで笑顔を作る。


「気色の悪い冗談に付き合っている暇は無いんだがな」


 宍戸は表情を一ミリも変えること無く言い返した。



          *



 戦闘機が三機、轟音を鳴らして白神の頭上を飛びぬけて行った。ざわざわと音を立てて木々が揺れて、野鳥が飛び……そして同時に、その音に紛れて白神はフラウアの背後へと猛然と飛びかかっていた。


(――狙うは、首!)


 白神が感知した、フラウアの三つの急所。頭と首と胸。

 胸部より背後から狙いやすく、そして髪でおおわれている頭部よりも露出している弱点である首。一番衝撃を伝えやすい掌底で、照準をつける。そして素早く正確な一撃が、音もなくフラウアの首筋に叩き込まれた。


「……え?」


 しかしフラウアの姿は白神の目の前から消え去っていた。確かに感触がしたのに、目の前にフラウアが倒れているはずなのに、居ない。わずか数秒白神は混乱し、そしてすぐにその自分が立っている場所があまりに危険だという事を感知する。脅威は自身の背後から迫っていた。


「ッ!」


 白神は姿勢を低く屈めて地面を強く蹴り前方へと駆け出すが、それでも背中に鋭い痛みがズキリと走る。白神の背中は大きく切り裂かれ、制服の背中は破けて赤くにじんでいた。

 白神はバランスを崩しながらもなんとか踏ん張り体を翻すと、戦闘態勢を取る。背後にいたのはやはり、フラウアだった。


《誰かと思えば、シリングに手も足も出なかった白神か》


 フラウアは薄い笑みを浮かべると一歩白神へと近づく。


《さすがにそこまでは読めなかったかな? それとも仕留めたい気持ちが先走って、詰めを甘くしたか……残念だったな。僕の体の状態や弱点を感知しているようだが。それだけではこの僕は殺せない。いや、壊せないと言うべきかな》


 白神は痛みに顔を少し歪めながらも立ち向かい睨みつける。返り血で赤く染まった悪魔は表情一つ変えず白神を見下している。


「ここで止まれ……。この道の、お前が進む先には、お前の求めているものなんて何もない」

《それは僕のこの体への皮肉のつもりか。あるだろう? 立派な避難シェルターが》

「お前の目的は生方さんなんだろう! 生方さんはそこにはいない! 今、お前を追って街からこちらへと向かっている!」

《敵である君の話を素直に聞いてやる必要はどこにもないな。罠かもしれない。ましてやスワロウの隊員の一人だ。下で銃を持っただけのボンクラ共とは少し話が違う……。君は自分の言葉が真実と証明できるか? 出来ないだろう。ならば、行って確かめてみるしかあるまい。非常に面倒では有るがな、ハハハ》

「シェルターに行って何をするつもりだ……!」

《さぁ、な。ま、人間達の怯える顔を見て満足しました、とはいかないだろうけど。そうだ、皆殺しにでもすれば、少しは生方も楽しんでくれるだろうか?》

「馬鹿な理由で無意味な殺戮をするのはもうやめろ! そんな事をしても何にもならないぞ」

《ふ、ふふ。理由、意味、か。……僕にはもう、意味など考える価値観自体が無い。ガニエにこんな身体にされ、研究室の奥に大量の鎖で繋がれている間。ぎりぎりの意識の中で僕は考えていた。この瞬間でさえ、ボタン一つで僕の体は動き、そして停止する。哀れな実験体なんだ。今となってはこの身体も、記憶も、思考も、果たして自分の所有物なのかわからない。創られたものなのかな。「している」のか「させられている」のか。考えれば考えるほど、空虚だ》


 穏やかな表情で語るフラウア。機械の体では当然汗もかかないし、余計な身震いもない。生きているのか死んでいるのかわからない一対の冷たい瞳がただ白神を捉えている。

 フラウアは更に一歩白神に近寄ると、こう言った。


《まぁ、それもどうでもいい事さ。なるようにしかならない。さしずめ生方宗助に会う前の、準備運動ってところかな……。少し相手をしてもらうぞ、白神》


 持ち上げたフラウアの右手の指は赤黒く濡れている。



          *



 シェルター内救護室。シェルターの出入口を全て封鎖し終えた千咲は連絡室に行きその旨を雪村に報告した。その際に「シェルターの構造上、核ミサイルだろうがミラルヴァの拳だろうが容易に貫くことは出来ない」と伝えられ、人間の拳と核ミサイルを並列する事に妙な気分を覚えつつも、千咲は再び岬のところへと戻ろうと連絡室から廊下に出ていた。

 彼女は外のことも心配だったが、岬が先程、「頭が痛い」と言っていたことが気がかりだった。ただの緊張によるストレスだとか体調不良なのか、それとももっと重たい何かがあるのか……。


「あ、一文字さん!」


 考え事に気を取られていると背後から名前を呼ばれる。振り返ると、千咲が出てきた連絡室の扉から連絡用員が半身乗り出して千咲を呼び止めていた。


「はい?」

「アーセナルの雪村司令から再度連絡です」

「……? わかりました」


 千咲が再度戻り、受信機を手に取り応答する。


「はい、一文字ですが」

『あぁ、何度もすまない』

「いえ」

『たった今追加報告事項が入った。白神がフラウアと接触し、奇襲作戦をとったが失敗。そのまま戦闘に入っている』

「!! ……そう、ですか……」

『追加の報告は以上だ。持ち場に戻ってくれ』

「了解です……」


 千咲は受信機を静かに置いてその場を離れ、再度部屋を出た。

 普段は姿勢よく胸を張って歩く彼女も、この時は少しだけ背を丸めて歩き始めていた。擬音をつけるのなら、とぼとぼという言葉が似合いそうな、悲しそうな雰囲気を背負っている。

 仲間たちが皆、外で命がけの闘いを繰り広げているのに、自分は安全な殻に閉じこもって、その上手助けすることも応援の言葉を贈ることすらできない。そういう今の状況が千咲にはもどかしく、歯がゆくて、そして怖い。

 千咲は、祈ること待つことしか出来ないのがこれほど辛いとは思っていなかった。


(無事で……いいや、とにかく死なないで……これ以上……誰も)


 だが、もし祈り届かず仲間が全滅したのなら――。

 残された自分は、一人ぼっちでも戦わなければならない。

 最悪の未来を想い、そして備えるために、千咲は覚悟と決意を強めるのだった。



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