来訪者達 10
『監視カメラに一瞬、それらしき奴が映っていた。検証の結果、フラウアで間違いないだろう。その彼の証言を疑っていた訳ではないんだが……。ただ、毛色が以前と比べて随分と違っているな』
康太の話を聞いた千咲がオペレータールームに問い合わせたところ、雪村から返ってきた答えがそれだった。そしてその情報はすぐさま全ての兵士に伝達された。その内容は。
『白髪だが容姿は二十代後半から三十代なかば程。身長は一八○前半。だが何よりも度重なる殺戮により大量の返り血を浴びている為判別は容易かと思われる。非常に素早く、鋭い殺傷能力を持つ。総合的な戦闘能力は高い。目撃・遭遇した場合は無暗に攻撃を仕掛けず、距離を取り、速やかに報告せよ。そしてスワロウ特殊能力部隊の隊員の応援を待ち、必ず一定の距離を保つこと』
こうして、市街地を戦場とするスワロウの隊員五名の任務は、街にはびこるマシンヘッドの駆逐から、再び現れたフラウアの撃退へと重点がシフトする。
しかし一言で街と言ってもその範囲は広い。
吉村部隊襲撃の場所からすでにフラウアは移動しているようで、捜索のための情報がない。足がかりにするのなら、『フラウアは宗助を狙っている』という情報が一番有力なくらい。
殺戮の動機もわからない。殺戮の動機など理解しようとしたくはないものなのだが……。
その話を聞いて腹を煮えたぎらせているのは他でもない生方宗助だった。吉村部隊とはつい先程までやり取りを交わしていたという事もあるし、フラウアのその鬱陶しいまでのしぶとさにも苛立ちを感じる。
しかし何よりも、宗助の怒りの炎に油を注いでいるのは、他ならぬ自分自身への『とある感情』だった。
宗助は次々と生まれる怒りをやり過ごすため、ただその場で立ちつくし両方の拳を握りしめた。
冷静さは武器だ。宗助が今までの度重なる戦闘から学んだことの一つがこれである。それを、先程桜庭にいさめられたことにより思い出した。感情に任せて行き当たりばったりの戦いを挑んで、良い結果を生んだためしがなかったからだ。力任せに押し通せるのは、本当に力のある者だけ。
(冷静に、冷静に……)
宗助は自分に言い聞かせる。アーセナルは全力でフラウアの捜索を行っているとのことだった。そして向こうがこちらを探している以上、近いうちに必ずもう一度戦う時が来るだろうと、確信に近い予感がある。
*
フラウアが出現したという報告を聞いて、かなり驚いていたのが隊長である稲葉だ。ブラックボックスにて彼を見たときは、既に宗助の手によって右足は切断され左腕はズタズタに切り裂かれていた。
あの事件から二か月ほど経過する訳だが……言い方を少し変えると、たった二か月しか経過していないのにも関わらず、あの重傷、いや重体から復活してきたのだ。前回出現したときは無骨な機械の腕を取り付けていたが、今回はいったいどういう処置を施したのか。
そこで稲葉がふと空を見上げた時、遠くの空にまたしても飛行物体を視界にとらえた。
「……航空か? 少し低いな。……」
とにかくゴマ粒のように映るほど遠くなので、航空部隊の機体が飛び回っている可能性も無きにしも非ずと考えるが、新手がやってきた可能性とも考えられる。
「海嶋、聞こえるか。稲葉だ。南東の空に未確認の飛行物体が飛んでいる。調査してほしい」
『南東の空ですか?』
「俺の居る位置からはかなり遠くだ。航空部隊の機体なら問題ないんだが、こちらに向かっているし、単独で飛んでいるので少し気になる」
『了解です。……特に、航空部隊が範囲内で作戦を行った記録などは残っていませんね』
その返答を聞いて稲葉は舌打ちをした。導かれる答えは……。
「新手か」
『飛行体の映像捉えました。やはり敵のようです。最初の飛空艇とデザインがそっくりです。増援でしょうか?』
「…………ああ、だが……増援だとしても、妙だ。奴らがお互いどれほど情報を連絡し合っているのかは知らんが、既に市街地には奴らが狙うような人間は殆ど残っていない。居るのは俺達と守備の部隊だけだ。当初はマシンヘッドどもがシェルターまで追ってくるかと予想していたが、それもない。わざわざ空路を取っているのに、あんな地点で随分と高度を下げている。何か、他に目的があるのか……?」
『確かに……』
「しかしこちらに近づいているというのなら何らかの対策を打たなければならないな。このままじゃあジリ貧だろう。総数もつかみきれん」
『この飛空艇に関しては航空部隊と連携してこちらで対策を練ります。撃ち落とすという事に関してはかなり及び腰なのですが……。何にせよそれまでは現状維持を』
「……了解」
そんなやりとりをしている間にも、その飛空艇はゴマ粒程の大きさから豆粒程の大きさまで大きくなっていた。速度は思っているよりもかなり速い。
*
同時刻。シェルターのふもとに設置されたカメラが一つの影を捉えていた。
「フラウア……! フラウアです!」
その映像を見たオペレータールームの職員が声をあげると、室内がざわつき始める。
「いつの間に……既にこんなところまで!」
「何番のカメラだ、騒ぐ前に位置を特定して報告しろ! 秋月、シェルターに連絡して一文字に繋げ!」
「はい!」
追うようにして現れた飛空艇に、シェルターに近づいているフラウア。それ以外にも大量の情報が集結するオペレータールームは混乱を極めていた。己の地域の事だけで手一杯で、ほかのエリアからの報告は二の次。
『こちら一文字』
「雪村だ、フラウアがシェルター付近に姿を現した。もしかしたらそちらに行くかもしれん」
『フラウアが? ……外に出て迎撃しろと言うことですか?』
「……いや、お前はシェルターの保守任務に専念してくれ。フラウアに関しては、市街地にいる隊員の状況次第だが複数名に追跡させるつもりでいる。シェルターの避難はほぼ終わったと報告が来ている。完全に収容できたのなら、内部の混乱もあるだろうが、ロックをかけてくれ」
『了解です』
「重要な任務だ。避難した人々の命と安全はお前にかかっていると思ってくれ」
そう伝えて連絡を切り、そして他の隊員たちにも同じように連絡を取ろうとしたとき、逆に稲葉と不破から同時に連絡が入った。
『こちら稲葉。先ほどの飛空艇から、大量の何かが投下されているようだ。微かに見える。またマシンヘッドだろうか』
不破からの報告も、まったく同じもの。そして極めつけが、今まで沈黙していた宍戸からの報告だった。
『こちら宍戸。ミラルヴァが現れた。少し手が掛かりそうだ』
「ミラルヴァまで……! なぜ奴らはこのエリアにこれ程偏って戦力をつぎ込んでいる!?」
厳しい現状に雪村は一層強く歯ぎしりをして、つい愚痴っぽい言葉を漏らしてしまう。
『俺が合流する。宍戸の現在位置を教えてくれ』
「……司令、どうしますか」
稲葉の提案を受けた海嶋は、そのまま雪村に指示を仰ぐ。
「くそ、任せる以外手は無いか……。稲葉を向かわせてくれ……」
「了解です。隊長、宍戸副隊長に合流してください。ポイントは――」
*
海嶋が稲葉に指示を出している傍ら、不破は六車線が真っ直ぐ続く国道の先を見つめていた。そこに有るのは、まるでマラソンのスタートの瞬間のように機械の兵達がうじゃうじゃとこちらへと行進している光景だった。
「おいおい……」
それを目の当たりにして不破は苦笑いを浮かべる事しかできない。すさまじい行進速度で、少しよそに気をやるだけでもう随分とこちらへと近づいていた。
「標識見えねぇのかよ……」
機械兵軍勢の行進は地鳴りと地響きを起こし、不破の腹の底に不快な振動を届けていた。
「……桜庭、不破だ、まずいことになった。大群が押し寄せてきている」
『た、大群って、マシンヘッドの!?』
「あぁ。国道三号線の、東方面からだ。こいつらの通行を許したら、……ヤバいだろうな、うん。なんとか食い止めてはみるが、さすがに多勢に無勢ってやつで、どうにもならんかもしれん。一応退路の確保よろしく」
『どうにもならないって、ちょっと、え?!』
不破は会話をやめて、マシンヘッドの大行進に対して仁王立ち。よく目を凝らせば個々の姿かたちが見えてきた。先ほどまで街を荒らしまわっていたシンプルなものと違い、流線型の、なにやら機動力と攻撃力を備えていそうなものだった。車で例えるならば、先ほどまでのが一般乗用車で、今押し寄せているのがレーシングマシンやスポーツカーという感じだろうか。
不破が床に触れるとアスファルトに変化を加えて、一瞬で厚さ五メートル高さ十メートル程の城壁のような壁を創り出した。まるでドイツの有名な壁のように道はすべて行き止まりとなり、マシンヘッド達の行く手を阻む。
「さぁ、こっからどうするか……」
壁の上に立った不破は押し寄せる機械の大群を見下ろし呟いた。
*
一方、シェルターへ続く山道。
幾つもの杉が天に向かってまっすぐと伸び、正午を少し回った晩夏の日差しも地面まで届かぬ山の林の中の道。その山道を独り往くフラウアの背を、一人の男の目が捉えていた。
男の名は白神弥太郎。
追跡の指示を受けてから、宗助よりも先にフラウアへと接近していた。そしてフラウアの取っている進路方角を見ると、間違いなく避難用シェルターに向かって進んでいる事がわかる。今、シェルターには数十万人規模の人間が収容されている。だがそれよりも白神の頭にあったのは同僚の女性の姿。
(絶対に、こいつをあそこへ辿り着かせる訳にはいかない)
シェルターは封鎖されたという連絡はあったが、それでも何をしでかすかわからないのがフラウアという男だ。だが白神が一つ懸念していることがある。
(シリングは、いないのか?)
白神をはじめスワロウの隊員たちは、経験上フラウアとシリングはセットで考えている。尾行しているつもりが尾行されていた、なんて冗談でも笑えない結果は、時折本当に起こったりもする。白神は周囲を伺うが、それらしい気配は五感にもドライブ能力にも引っかからない。
(ブラックボックスの時は酷い怪我だったが、そのまま再起不能にでもなったか……?)
白神は幾つか考察しつつもフラウアへと距離を詰める。わざわざ自身の接近を敵に知らせてやる手は無いので、気配を消して、慎重に近づく。
狙いはひとつ。奇襲をかける。
緩やかで曲がりくねった砂利坂道の林道をフラウアは淡々と歩いていく。白神は傾斜や木や岩の影を利用して少しずつ距離を詰めていく。
フラウアに近づけば近づくほど、白神は妙な違和感を覚えていた。
まず視覚から。
右腕が機械のそれではない。そもそもフラウアの右腕は宗助に斬られてしまい、それからは無骨な機械の腕を装着していたのだがそれがない。シルエットが人間本来のものに戻っている。
そして白神の持つ能力・エレメンタルドライブでの感知。
それが一番白神に気味の悪さを感じさせている。感覚を白神が言葉で伝えるとしたら、『人間的な温度が感じられない』と言ったところ。
白神がそう感じるのは何もおかしくはない。フラウアは既に命を落としていて、ガニエの遺した技術によって、意思を持った機械に成り下がってしまっているのだ。
奇襲をかけるタイミングを見計らい、さらに数メートル距離を縮めたとき。白神はその正体を肌で感じ理解した。
(……なんて事を……、そこまでしてお前は……)
白神は険しい表情でフラウアの斜め後ろからその姿を見る。その、生物としての命を失ってしまった男の背中を。
(だが機械化のお陰で、お前の動きや弱点が手に取るようにわかる……!)
急所は殆ど人間と同じ、首と、胸部と、頭。気付かれていない。まったくと言っていいほど周囲に警戒心がない。白神はまた少しフラウアとの距離を静かに詰めて……そして、奇襲を狙える射程距離に入った。




