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machine head  作者: 伊勢 周
18章 来訪者達
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来訪者達 7

 不破は目の前に横たわる惨殺死体に対して顔をしかめながらも、この事態の中ではそれに対していちいち感情的な感想を抱いている隙など無いことを理解していた。

 なぜなら、その床や壁に飛び散っている血は空気に触れているにも関わらず変色していない。流れて間もない新鮮な血なのだ。つまり、殺されたのはついさっきという事になる。

 すぐに自身の身を守るためにも周囲への警戒を強める。


「桜庭。こちら不破だ。エリア四七の国道沿い、市街地路地裏にて胸部をえぐられた惨殺死体を発見。軍服を着ているが、遺体の損傷が激しいな……どこの部隊所属かは判別不能だ。識別のタグも見当たらない……」


 目にした光景をそのまま桜庭へと報告する。


『胸部をえぐられている? マシンヘッドがただ単に人を殺した、ということですか? フラウアの言う『魂を奪う』という事をせずに……?』

「わからん。これは本当に、マシンヘッドの仕業なのか……? 殺し方が、ムゴすぎる。いや、機械だからこそ、ヒトへの攻撃の制御がないのか……」

『ムゴいというのは、その、胸部のえぐられ方ですか?』

「それもそうだし、それ以外にも……顔面は叩き潰されて顔もわからんし、右腕と右足が無理やり切断されいてる。ぶっちぎったって感じだ。この大混乱の末に気が狂った奴が一人や二人現れてもおかしくはないかもしれんが、こんな『殺し』をやる奴がこの街に居たなんて考えたくねぇな。それに――」

『何でしょう』

「名前は知らんが、被害者も軍人だ。強化アーマーも自動小銃も装備していたんだぜ。そこらの一般人が狂った程度で、ここまで一方的にやられるとは思えん」

『確かに……』

「敵は返り血を浴びているようだ、床に血の足跡がずっと残っている。『誰』か『何』かの仕業かは知らねぇが、こんな奴に近辺をうろつかれるのは危険だ。俺が追跡する。許可をくれ」

『了解です。……問題ありません。不破さん、追跡を開始してください。くれぐれも、注意して下さい』

「よし……」


 不破は、太陽の光が届かない薄暗い路地の先に続いている血痕を視線で辿り、その先を見据えながら、そして自身もその血を辿り始める。進んだその路地の先には、まるで地獄の一端のような光景が待っていた。数メートルごとに打ち捨てられている死体。どれも最初に発見したものを同じ制服を着ていて、そして同様の殺され方をしていた。

 すべてが胸をえぐられている。まるでヒトの心臓が憎いと言わんばかりに。歩いただけでブーツに血が付着し黒ずむ。内臓らしきものが散らばり血にまみれたその道を、流石の不破もかなり躊躇しつつ歩く。その惨たらしい光景と、その匂い、その緊張感に、胃の中の物をすべて吐き出しそうなほど気分が落ち込む。まるでコンビニのゴミが散らばっているかのごとく、ヒトの死が転がっている。


(悪い夢なんじゃないのか、これは)


 小さく吹く風さえ僅かに赤黒い。

 血の跡を辿り路地を抜けると、大きめの道路に出た。

 そこにも、無残に転がる四人分の死体。そしてすぐ近くに、横倒しになった装甲車があって、運転席の男は喉から大量に血を流し息絶えている。あちこちの壁に銃痕。

 全員が同じ軍服を着ていることから、恐らくその場所で部隊がまるごと襲撃され、慌てて応戦したのだろう。だが。


(あまりの敵の強さに退避したか、……救援を呼ぶ余裕もなく敗走したか……)


 その場所で起こった事を幾つか想像して、そして一つ、予測できたことがあった。


(俺が最初に見つけた奴が、最後の生き残りだったのか……)


 恐らく、数人の兵士達は退避したが、一人ずつ狩られていったのだ。

 不破は血の跡を追っていると思っていたが、その敵が襲撃していったルートを逆走していた事になる。つまり、これをしでかした犯人からは、遠ざかってしまった可能性が高い。かといって、この血のルート以外に手がかりはなく……。

 不破がどう追跡すべきかと今歩いてきた道を振り返り思案顔。


「桜庭、やはり近くに反応は無いか?」

『はい、今のところ……半径三十メートルに反応ありません』

「そうか……レーダーが全てじゃないだろうが……。……ん?」

「……ぁ………ぅ………」


 微かなうめき声を不破の耳が拾った。慌てて周囲を見回し、声の出処を探す。

声の主はすぐに見つかった。沿道のしげみとそれに沿って停めてある車の隙間に、血だらけの人間が倒れていた。


「お、おい! 大丈夫か!」


 不破は慌てて車に両手で触れて怪力でごり押し、その男に駆け寄る。


「ぅ……ぅぅ……」


 男は呼吸をするのも辛そうで、不破の問いかけにも応じることが出来ずただ痛みと苦しみに表情を歪めて小さく呻いている。


「出血がひどいな……! ……しっかりしろ、今救急部隊を呼ぶからな! 死ぬなよ! くそっ、応急手当は苦手なんだよ……!」


 不破は言いながらバックパックをごそごそと漁り始めた。



          *



 エミィとロディは保安部の黒服に案内されるがまま、アーセナルのとある部屋に来ていた。

 その部屋には、二十数名の人々が居た。それぞれ不安そうな顔でその場で特に喋ったり動いたりすること無く……エミィとロディが入室した時に彼らの方へと少しだけ顔を向けたが、すぐに興味を失って顔の向きをもどしていた。当たり前な話だが、二人は歓迎されていない。だからといって排除されそうな空気でも全く無いのだが……。


(……なんか、重いね、空気が)


 エミィがひそひそ声で隣のロディに言うとロディも


(仕方ないな。なんだかわからないけど、危ない事件が起きてるようだし……)


 二人は同時に、宗助が別れる間際に浮かべていた深刻な表情を思い出していた。あんな顔で「心配しないで」と言われても、説得力が無いというものだ。


「まぁ、……今はじっと様子見するしか無さそうだね。ここから出たところで室長関係の話が聴けるとも思えないし……」


 そしてエミィとロディがなんとなく室内を再度見回すと、ロディは、一人の少女に眼がいった。非常に心配そうな表情でモニターを見つめている紺色の髪の少女。しばらくその姿を見ていて、ふとロディがこう呟いた。


「あの子……」

「ん?」


 その呟きにエミィが反応して、その視線の先をたどる。エミィもその少女の姿を確認して、そしてじろりと非難する目でロディを見る。


「……ちょっと、マジでやめてよね……ただでさえ重っ苦しい雰囲気なんだから、こんなとこでナンパとか……しかもあの子、見たところ中学生から高校生くらいだし。超ヒく……」

「お、おいおい、待て、待てよ、待ってくれ、何勝手な勘違いしてるんだよ、違うって」


 エミィに疑念の目を向けられて、ロディは慌てて身の潔白を示そうと必死に弁解する。


「大したことじゃないんだけどさ……あの子の、なんていうか、髪の色がさ」

「髪の色?」

「ほら、思い出さない? 室長の姪っ子さん。コウスケさんも顔緩めてかわいいかわいいって、何回か映像見せてもらっただろ? 確か、三歳か四歳くらいの時の……」

「室長の姪っ子さんって……ええっと……。ああ、うん、思い出した。そうそう、あんな感じの紺色の髪で、確か、双子の女の子だったよね」

「そうそう。二人とも見た目そっくりでさ。眼がくりくりっとして……名前はなんていったかな……確か……」


 一瞬の間を置き。


「リルちゃんとレナちゃん」


 エミィとロディはお互い顔を見合わせて、声をユニゾンさせた。


「確かにあれから十二年だから、順調に成長していればあれくらいかな……」


 そして二人はその少女へと視線を戻す。彼女は相変わらず、外の景色を映すモニターに視線を釘付けにしている。二人の会話の内容など聞いているはずもなく。


「まぁ、でも、あの子が室長の姪っ子なんて、そんな偶然あるわけないよなぁ」

「でしょうねぇ。あぁ、この事態が早く収まって、生方さん達に話が聞けたらいいんだけど」


 二人が見ていた彼女の名前はまさにその『リル』だという事は、知る由もない。



          *



 地域の住民のほとんどが保護されている『シェルター』は、もともとこういった事態を想定してアーセナルの麓に建設されていたものである。

 ドームとか地下とかではなくて山肌にトンネル形式で作られており、出入口は八つ。

 全ての出入口からのトンネル通路は内側の待機スペースに繋がっており、更に奥には広大な空間が広がっている。最低限の電力と空気は常に供給されており、空調や排気の問題も高い水準でクリアしている。食料も味気のない軍用食ではあるがかなりの量が備えられている。そこに収容された人間全員がしっかりとお互いに敬意を払い規律さえ守れば、入り口を封鎖して外部から無援助になっても一週間弱くらいならば全員が衣食住には困らぬような備えはあるのだ。

 ただ、仙石町やその周辺に住んでいる人間全員をそのシェルターに収容するとなると、どれほど備えが有るといえども、一人あたりに与えられるスペースは小さなものになる。ただでさえ不安や恐怖が渦巻く中、近すぎる隣人同士でピリピリと言い合いをしたり軋轢を生んだりしているのがちらほらと目についた。

 そして。

 同僚達が前線へと進撃を命じられる中、千咲は雪村の指令通りにシェルターの護衛任務に就いていた。岬と千咲は、内部に収容された人々のその様子と、パーテーションの隙間から見える簡易救護スペースにて顔色を悪くして倒れているけが人達を目の当たりにして顔を曇らせていた。と、そこで。


「千咲ちゃん、岬ちゃん!」


 横から名前を呼ばれた。そちらへ振り返ると、稲葉の奥さんである実乃梨が立っていた。


「実乃梨さん、よかった、無事だったんですね」

「それはこっちのセリフ、無事で本当に良かった」


 三人でお互い手を握り合って無事再会できたことをささやかに喜び合った。実乃梨の背中には娘である楓がリュックサック式のだっこひもで窮屈そうに小さくぐずっていた。

 シェルターの中にも避難の過程で家族や友人・恋人とはぐれ、いまだ再会できずに右往左往している人間が山ほどいるのだ。一般人ならともかく、あまり再会をおおっぴらに喜び合うのは、周囲のそういった人間を余計に辛くしてしまうだろう。

 千咲とてもちろん、海外を飛び回っている両親のことは気がかりだったし、鶴屋の二人もしっかりと避難できているか心配だったが、とにかくどこもかしこも混乱中で、「自分だけが」という行動をとることは自重しなければならない。

 岬は背中にいる楓に「いないいないばぁー」とあやしていたが、救急隊員の「瀬間さん、お願いします!」という呼びかけで、本来の目的である救護スペースへと足早に歩いて行った。


「千咲ちゃん、他の隊員の皆は? ここには来ていないの?」

「……はい。私以外の戦闘員は、みんな市街地のほうに。私は、ここのシェルターに万が一敵が押し寄せてきた時のために居ます……」

「そっか……。でも、みんな無事なのよね? 途中で不破君は見かけたけれど」

「ええ。全員かすり傷一つないみたいで」

「そう……。みんな強いものね……」

「はい、本当に」

「ねぇ、千咲ちゃん」

「はい?」

「鉄兵さんは仕事のことあまり話してくれないから、何が起こっているのか私には到底わからないけれど……鉄兵さんと話す機会があれば、伝えて。あなたを信じて、帰ってきてくれるのを待っているって」


 実乃梨はしたたかな笑みを見せながら、楓の頭を後ろ手で優しく撫でた。




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