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machine head  作者: 伊勢 周
2章 特殊能力部隊・スワロウ
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撤退


 警備員の背中に、血まみれの左腕が迫り、掴まえようかというその時。


「おーおー。人の部下をボロボロにしてくれやがって。妙な反応の正体はお前か?」


 警備員の背後に立つフラウアの、さらに三メートルほど背後に、不破要が立っていた。軽い口調とは裏腹に、醸し出す雰囲気には、緊迫感と怒気が多分に含まれている。

 フラウアは振り返らず、僅かに首を捻り、視線だけを背後に回す。


「不破か。遅かったな。そいつはまだ、お前の部下じゃあないんだろ? 妙な教育をされる前に僕が教育してやっていたんだよ」

「いいや、もう俺の部下だよ。困るな、勝手に余計な事してくれちゃあ」


 不機嫌さを前面に出して、右手で頭をぼりぼりとかきながら不破は言葉を継いでいく。


「それにしても、その右肩。えらく面白い格好になってるな。階段で転んだって感じじゃあなさそうだが。まさか、そこに倒れている奴にやられたか?」

「君には関係の無いことだ」

「関係大アリさ。毎回好き勝手やってくれやがって。いい加減お前には罰が必要だと思っていたとこさ。渡りに船ってのはこの事だな」

「ひどい思い上がりだな。何様のつもりなのか知らんが、今君とやり合っている程暇ではないんだ」

「見逃してくださいって言ってるように聞こえるな」

「好きに解釈すれば良い」

「答えは決まってる。見逃さねぇよ」


 不破が屈んで地面に触れると、フラウアの足下から突如無数の鋭い剣山が隆起し、彼を突き上げた。フラウアは素早く反応し、間一髪で空高く跳ねて串刺しを回避する。


 月を背後に、中空から不破を一瞥し、不破もフラウアを睨みあげる。


 フラウアは守衛室の屋根に着地、片腕がなくバランス感覚が崩れているようで少々よろめきながら、一言、「シリング」と呟いた。

 すると突然一人の男がフラウアのすぐ横に現れた。なんの気配も前触れもなく……まるでテレポートのようであった。そしてどうやら、現れたその彼の名前がシリングというようだ。


「すまない、手を煩わせる」

「いいえ、これしきで礼など。そしてフラウア、伝える事があります。ブルームはこの現状を確認し、『生方宗助の回収は放棄し、帰還しろ』と」

「……このまま右腕を失っただけで帰れと言うのか」

「あなたの治療が先です。スワロウの増援がこれ以上来れば流石に対処しきれない可能性もある。我慢してください」


 シリングが一瞬でその高さ五メートル超の建造物にどのように登ったのかは不明だが、息ひとつ乱しておらず、フラウアの切り落とされた右腕も彼の手中にあった。

 警備員はというと、地面にしりもちをついたままポカンとした顔でその様子を見守っている。


「……尻尾を巻いて逃げるのか」


 不破は彼らを見上げ、鋭い眼光を放ち不敵な笑みを浮かべ挑発的な言葉を浴びせる。


「不破さん、とりあえず三体破壊しましたけど、他に奴ら――……!」


 そこに、一文字千咲が刀を片手に駆けつけた。状況報告をしようとした彼女だったが、現場に広がる血みどろの壮絶な光景に驚きを隠せず、言葉が途切れてしまう。

 血まみれで倒れる宗助と、赤黒く染まった地面。見上げれば、シリングと片腕を失ったフラウアが居て、不破と睨み合っている。


「相変わらず、面倒くさそうな能力だな、不破……。個人的にはここで戦っても良いが、生方宗助の回収は優先事項ではない」

「回収……? お前ら、こいつを殺しに来たんじゃあ――」


 不破が意外そうに言うが、フラウアはそれを遮るように、表情から苛つきを隠さずに言う。


「これ以上話すことはない。じゃあな。この右腕の借りは、必ず返そう」


 その言葉を最後に、フラウアとシリングは一瞬で姿を消した。千咲と不破が周囲をぐるりと睨み付けて警戒するが、その姿はどこにも見えない。


「……逃げたんでしょうか」


 千咲が問うと「だろうな」と不破が投げやりに答えた。


「……しかしこの状況。流石にすべて隠し切るってのは難しいかもしれないな。俺達だけじゃ処理しきれん」


 警備員が相変わらず腰を抜かしてぽかんとしているのを見ながら、不破がぽつりと呟いた。


「千咲。アレ、持ってるか?」

「ええ、ありますよ」

「そこの警備員よろしく。俺は宗助を見る」

「了解」


 千咲は「はいはい、怖くないからね」などと言いながら腰を抜かしたままの警備員に近寄り、数秒後には生方あおいの時と同様の「ぽんっ」という音が、夜のキャンパスに響いた。一方で不破は、宗助の傷を確認しつつイヤホンを装着して通信を始めた。


「もしもーし、小春ちゃん。聞こえてるか、こちら不破だ」

『聞こえてます。けど! 緊張感っ!』

「……はいはい。現場にマシンヘッドが三体居たが、これを一文字が全機破壊。現場にはフラウアとシリングがいたが、これを撃退……つーか逃げられた。生方宗助が傷だらけで倒れているため、追わずにそちらの保護を優先する。おおまかな報告は以上だ」

『はい。引き続き救助作業を行って下さい』


 警備員の記憶を弄り終えた千咲が不破のもとに駆け寄り、宗助を心配そうに見つめている。


「ここは俺が見ている。千咲、お前は周囲の警戒と、回収班の後処理サポートを頼む」


 千咲は「了解」と短く答えて、その場から駆けていった。


『生方さんの詳しい様子をお願いします』

「頭部と腹部を何度も攻撃されている。頭は出血が酷いし、恐らく肋骨が折れて内臓を痛めているのかもしれん、吐血もある。今は気絶している。殺さない程度にやっているのかもしれんが、ひどいもんだ」

『頭を打っているなら、下手に揺すったり動かさないでください。そっちに既に医療部隊が向かっているから、もう少し傍にいててあげて下さい』

「了解。あと、未確認だが、開けた場所だ、民間人に目撃されている可能性がある」

『少しばかりは仕方ありません。一人二人ならうわさ程度で済むでしょう。情報操作は担当部門に任せましょう』

「……楽観的でよろしい。しかし噂話もバカにはできんからな」

『痕跡の抹消は処理班に任せてください。千咲ちゃんの破壊したマシンヘッドの回収が終わり次第そちらに向かいます』

「その処理だけどよ、もっと人員割けないもんかね。同時に素早くやれば、見つかるリスクも減るだろうに」

『確かに作業は早く終わるかもしれませんが、多人数で目立つ行動はしにくいですし、人員が限られているので。……あ、いや、少数精鋭なので』

「……まぁ、すまん、今更な話だったな。まったく、正義の味方がなんでこんな夜中にコソコソと……」


 そんなやり取りをしているうちに、夜間迷彩を身に纏った救急医療部隊が到着した。岬が慌てて宗助に駆け寄り地面にひざをついて、ズタボロの彼をつま先から頭の上までじろりと見る。


「ひどい……。頭の大きな傷は消毒して、すぐに治しますっ。残りは移動しながら手当しましょう」

「お願いします」


 彼女の両手には触れたものを傷つく前の状態に再生する『治癒の力』が備わっている。死なない限り、彼女の手に治せない怪我はない。

 ただ、重症であればある程治療に時間がかかるし、病気による不調は治せない場合が多い。消毒液で手を消毒して、頭部から治療を開始する。治療と言っても、彼女が傷に手を近づけるだけで傷口は徐々に閉じていき、すぐに出血も止まった。


「頭部の傷はひとまず大丈夫です。傷もまだ浅かったみたい」

「回収と後始末終わりました。応急手当が済んだなら場所を移しましょう」


 その時、事後処理を終えた千咲が再合流した。心配そうに宗助の顔を覗き込む。


「傷の方は?」

「もう傷は大丈夫。でも頭のダメージは怖いから……見た目だけでは判別できない異常があったりするかもしれないし、なるべく揺らさずに基地で精密検査を」

「運ぼう。担架だ」


 宗助は目を閉じて、先程よりかは幾分か楽そうに呼吸をしている。担架に乗せ、彼らはその場からの撤退を始めた。

 血汚れだとか周囲の破損や地形の変化だとか、それらすべて殆どが気を付けなければわからないほど復元されており、そこにあるのは平時の閑静な夜のキャンパスであった。


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