来訪者達 6
三機の戦闘機が、大きく旋回しつつ、マシンヘッドを吐き出していた飛空艇の周囲を飛ぶ。在庫が切れたのだろう、マシンヘッドの投下はもう行われていない。
その戦闘機の任務は、その飛空艇の撃墜ではなく撃退。ブラック・ボックスの時と同様、中身が不明な以上町中で墜落させて大爆発でも起こそうものなら、それこそマシンヘッド以上の甚大な被害をもたらしてしまうかもしれない。
なんとも弱腰ではあるが、最悪の場合を想定しそのリスクを考え始めてしまえばその判断も仕方ないのかもしれない。日本のように土地が狭い海洋国家なら尚更。撃墜ではなく撃退と簡単に言うがこれは非常に難しい任務で、機銃での細々とした攻撃を威嚇のようにぶつけるばかり。それだからか、敵からの反応も薄く、効いているのかいないのか……時折鬱陶しそうに高度や進路を僅かに変えるくらいである。地上の避難活動が完全に終われば、作戦変更もあり得るのだろうが……。
三機が飛空艇を追尾していると、飛空艇の底部から一つの影が飛び降りた。まだマシンヘッドの投下があるのかと、三機の戦闘機のうちの一機の操縦士がその影に照準を合わせてミサイルの射出トリガーに指をかける。
「…………ッ!」
その時操縦士は自分の目を疑った。その飛び降りてきた『もの』と確かに目があった。今まで投下されていた機械ではない。それは見るからに生身の人間だ。
だが、何であろうと、この飛空艇から放たれるものは地上に居る人々に害を為すものに間違いはない。それは必ずだ。ミサイルで撃墜しようが、ただの防衛攻撃だ。躊躇してはならない。そんな認識をもって照準を完全に定めついにトリガーにかけていた指を力強く押しこんだ。戦闘機の右翼から煙の糸をひいてミサイルが射出され、一目散にその人影に向けて飛行する。
そしてミサイルが着弾しようとしたその瞬間、信じられない光景を目撃する。その人間は、自由が利かない空中であるにも関わらず、音速を超えるその弾頭が触れる直前に凄まじい速度で右腕を振りぬきミサイルの横っ腹を打ち、薙ぎ払ったのだ。自分の身体よりも一回り、いや、二回りも大きいミサイルをだ。その衝撃でミサイルは爆発するが、その人間は両手を体の前にかざす程度の防御でなんなくその火炎と衝撃をやり過ごし、そのまま何事もなかったかのように地上へと落下していった。
「……なんだ、今のは……」
操縦士はただそう呟くしか無かった。
ラフターはフラウアの地上への落下を確認して、一つ大きなため息をついた。それは付き纏いちびちびと攻撃してくる戦闘機に対して辟易のものだとかではない。今しがた地上に落としたフラウアの事だ。
ラフターとて人から褒められるような事をしている人間ではなく、むしろ、現在世界中で行われている殺戮に大きく加担している犯罪者であるのだが……しかしながら、彼には彼なりのこだわりや倫理観、矜持があって、そしてそのこだわりが、あのフラウアを表の世界に解き放ってしまったことに後悔の念を覚えさせている。
機械は機械、生物は生物。それが当たり前であって、義足だとか義手だとか、あくまで人間に足りない部分を補う物というのが機械の踏み込んで良い領域であると考えていた。
それは彼が若い頃から持っていた常識である。積極的に生物が無機物への変化を望むなど、その先に有るのは進化や進歩ではなく破滅でしかないと、そう考えていた。
フラウアの存在そのものが彼にとってイレギュラーで……だが、そのイレギュラーがレギュラーへとなる過程を助長してしまっている。その状況に対して、ラフターは苦悩している。
「ブルーム。フラウアを地上に落とした……」
『ああ』
「回収する魂の数が減っても知らんからな」
『許容範囲内だろう』
ブルームの返答に、ラフターは再度小さくため息を吐くのだった。
*
市街地までラインを上げた稲葉は、早速街にはびこるマシンヘッドを次々と破壊していた。そこで彼が見たものは、避難が進んでいるとはいえやはり逃げ遅れた人は少なからずいて、その中には負傷して自力歩行もままならぬ人達がいるという状況だった。
『稲葉、状況はどうだ』
「こちら稲葉。今のところ……確か、三十二体のマシンヘッドを破壊した。避難に遅れた市民十三名と先行部隊の生存者を二名保護している」
『了解。その十五名に関して、負傷などは?』
「一般人に関しては重傷者五名、軽傷六名、無傷なのが二名、兵士二名は自力歩行がかろうじて可能。これだけの人数となると行動範囲が狭まってしまうので、なるべく早く救護に来てもらいたい」
『そうか……シェルターにて医務スペースを設けている。瀬間も今、一文字を同行させてそちらに向かうよう手配している。そちらに救護班の輸送車を……三台回せそうだ。重傷者から順にシェルターへと避難させてくれ』
「はい」
『それが済めば、お前は引き続きエリア内の殲滅任務、支援と負傷者や避難に遅れた人間を保護してくれ』
「了解」
まさに獅子奮迅の活躍で、次々と殺人機械兵をなぎ倒していく稲葉を人々はヒーローを見るような尊敬の眼差しでみつめていた。
しかし稲葉も宗助同様、自分の家族についてどうにか安否を確認できないものかと気を揉んでいた。プラスの判断材料としては、自宅はシェルターから殆ど距離がないことで、外出などしていなければ襲撃された地区にも当てはまっていないし、よほどのことがなければ順当に避難できているであろうということ。
稲葉は少し遠くの空に浮かぶ飛空艇を最大限の敵意を持って睨みつけた。
*
不破は遠くの空を眺めていた。彼の担当区域には、宗助が破壊したマシンヘッドが掠めたくらいで、全く何の音沙汰も無い。避難は順調そのもので、不破の力どころか待機部隊から銃弾の一発も発射されること無く、運ばれてくる一般人達もまばらになってきたのだった。
襲ってこなければ襲ってこないでそれが一番良いのだが、「来るぞ、来るぞ」と心と体を緊張させ続け、それでも結局襲撃がずっと無いというのは、その緊張を吐き出すタイミングが見つからずに神経を摩耗させてしまう。
(待ち続けるのは性に合わないが……このままこちらに来ないのが一番か……)
突き刺すような夏の日差しを受けながら、不破は額に浮いた汗を拭う。すると、イヤホンから雪村の声が飛び込んできた。
『スワロウ特殊能力部隊隊員各位に次の作戦を言い渡す。まず現在の状況をそれぞれ確認する。稲葉と宍戸は先行部隊が壊滅状態のため、それぞれ単独で市街地のマシンヘッド駆逐任務にあたっている。不破・白神・生方は一般人避難のサポート中。一文字は瀬間のシェルターへの移動の護衛。以上だ』
「岬と千咲が……? それだけ怪我人が多いって事か」
『避難の状況はかなり進んでいるが、マシンヘッドの動向を見ていても、こちらの予測は当たらず、その殆どが街にとどまっている。当初の予定通り、ラインを市街地まであげ、積極的防衛に移る。つまり――一文字以外の特殊能力部隊隊員はこれより、全員市街地の戦線へと加わることとなる』
*
宗助が自身の作戦に動きがあったことを吉村に伝えると、無愛想に了解とだけ返事をされた。そして吉村は無線機でその事を部隊員全員に伝えている。
「なるほどなぁ。ま、短い共闘だったが……。同じ戦場にいることに変わりねぇ! 宗助、お互い、絶対生き残ろうぜ」
聞き耳を立てていた康太は宗助に歩み寄りそんな言葉を投げかけ敬礼のポーズ。宗助も小さな、しかし勇ましい笑顔を見せ敬礼のポーズで返す。
宗助が直接聞いたところによると、吉村率いる部隊も、このポイントでの避難作業の護衛・整備を八割方引き上げて、残りは市街地へと戦線をあげマシンヘッドの駆逐と先行部隊の支援を行うそうだ。
避難中の護衛作業では用心棒のように付き添っていたスワロウ特殊能力部隊の面々だったが、ただ街にはびこる敵をこちらから能動的に駆逐する場合にまでピッタリと同行する必要性は無いため、担当エリアは近くとも別々の行動となる。
中にはスワロウの支援を必要としている部隊もあるだろうが、吉村のような考え方の人間も居る。
状況によって二転三転する作戦に対応し、反抗せず、粛々と任務を遂行するのが良い兵士であり良い部隊なのだろう。
元凶であるマシンヘッドをばらまいていた飛空艇も今では随分と高度を上げている。その姿は『やりたいことはやった』とでも言いたげだ。周囲に飛ぶ戦闘機も、どうも有効打が無いようで背後をピッタリと付いて飛ぶだけだ。
市街地へ向かう輸送車の中からそれを見た宗助は、ブラック・ボックスの時のようにその中へ乗り込んでひと暴れでもしたいくらいの気持ちだった。
揺られながら、宗助は報告を受けた戦況について、再度頭の中で確認をしていた。
気になるのは、岬はシェルターに向かったということ。彼女とは、気まずい言い合いをしてしまってからちゃんと話せていなかった。宗助は、今思えば何故あんな事を言ったのだろうと過去の自分の発言と行動を苦々しく思っていた。
ふぅ、と大きく息を吐く。
(集中しよう……今は……この事態が収まるまで……)
宗助を乗せた輸送車は市街地の端にさしかかる。
被害を受けているのは市街中心部で、そこらの住宅街では全くマシンヘッドの被害を受けていなかった。だが、避難勧告がしっかりと行き届いているのだろう、人の気配は全くない。鳴り響くのは蝉の鳴き声ばかり。
市街中心部まではまだ十分程度の時間がかかる。遠くに見えるビル群を見据えて、宗助は更に気を引き締める。
スワロウ隊員の作戦変更が告げられてから一時間弱が経過。
ようやく東京近郊の市街地へと到達した不破は、降り立ったその街の景色に強い違和感を覚えつい立ち止まる。
人はおらず、建物の外壁はボロボロに剥がれ、地面のアスファルトは所々めくれ上がっていて、自動車があちこちに乱雑に停められている。壁に激突しているものもあれば中には律儀にハザードを点灯させている車もあって……それだけなら地震なんかの被害でも似たようなものかもしれないが、彼の足を止めたのは、あちこちに残された銃痕、機械の破片が散らばる街の光景。……そして、足元に落ちている小児用の洋服と、そのすぐ横に落ちている大人の女性の洋服。
どちらも貫かれるように大きな穴が空いていて、その周辺には血がべっとりと付着している。不破は唇を噛んで床に跪いてそれを手に取り、心の中で、すまない、と謝罪の言葉を述べる。世界中に広がっているこの無差別で残虐な殺戮を一件でも多く食い止めなければ、と固く決意し立ち上がった。
『不破さん! マシンヘッドの反応が、東の方角から七体、そちらに向かっていますっ!』
桜庭からそんな報告が来て、そして同時に不破の立つ場所周辺に突然ふっと影が差した。不破はとっさにその場から十メートル走りぬけ、そして振り返る。
ズシン、と音がした。
マシンヘッドが一体、隣の建物の屋上から下りて来たらしい。そしてそれに続くように一体、また一体と不破の周囲に降りてくる。ズシン、ズシンと音が鳴り続け……気づけば合計で七体のマシンヘッドが不破の周囲をぞろりと取り込んでいた。すべて同じ型で、身長は三メートルほど。不破を見下ろしながらじりじりとにじり寄るマシンヘッド達に不破はぎろりと視線を左右に走らせる。
「…………よぉ。いい所に来たな。タイミングが良い」
言って不敵に笑う。
「ちょうど、猛烈に不機嫌だったんだよ」
瞬間、不破は前方に正面へと素早く駆け、そして一体のマシンヘッドの胴体に触れる。そのマシンヘッドの身体は一瞬ぐにゃりと揺れ、そして一秒後には左右の腕がそれぞれ鋭く針状に変化して両隣のマシンヘッドの胴体を貫いていた。不破は息を吐きつつ、左足をさらに一歩踏み込み、右足を三体のうちの中央にあたるマシンヘッドの胴体『だった』部分へと、右足のブーツの底で蹴りをぶち込む。
マシンヘッド達は三体まとめてまるでピンポン球のように後方へ吹き飛んだ。
残りの四体のうち不破に近い一体がすかさず殴りかかるが、襲い来るパンチを、まるで軌道を読んでいたかのごとく簡単に右掌で受け止めて握ると、ドライブ能力を加えて、一瞬でマシンヘッドを長さ四メートルはあろうかという棒状の物体に変化させる。それを両手で握り直し振りかぶると、背後に居たマシンヘッド一体の頭部を横薙ぎフルスイングで粉砕した。
不破が手にしている棒状にしたマシンヘッドだった物も当然ひしゃげて、いくつかの部品が飛び散ったが不破はお構いなしに、再度ドライブ能力でまっすぐな棒に戻す。
残り二体。
それぞれが不破に対して距離を詰めてきたが、不破はその『マシンヘッド棒』を今度は上段に振りかぶり、一体の頭部に向けて思い切り振り下ろした。マシンヘッドは避けることも出来ずに頭部をかち割られ、そのまま地面に這いつくばり活動停止。
その間に残り一体が不破へと距離を詰めていた。が、振り下ろされたパンチを難なく右手でパシンと払う。そして最後のマシンヘッドもそのまま変形を加えられ、めちゃくちゃなオブジェと化してその場に崩れ落ちた。
不破は左手一本で持っていたマシンヘッド棒をその場に投げ捨てると、戦闘で少しずれたイヤホンの位置を直す。
「七体破壊した」
『は、はい……完全停止を確認して下さい。コアは首筋にあるはずです』
「了解」
桜庭はマイク越しでも不破の凄みに気圧されていた。不破は指示された通り、今しがた破壊したマシンヘッドのコアを一つ一つ潰している。
不破が七体目のマシンヘッドのコアを潰したところで、視界の端の遠くにとあるモノを見つけた。不破の視力でなければ見えない程の遠く。ビルとビルの間の、狭い路地。影になって見えにくいが、真っ赤に染まった壁と、人間の影のようなもの。
不破が恐る恐る近づいていくと、見えてくる、その影の実体。
「…………っ」
不破は少し小走りで路地へと走る。道路を横切りガードレールを飛び越えた。
そこで生臭い匂いが熱風に巻き上げられ、不破は顔をしかめ腕で鼻を押さえた。そこにあったのは……。
血にまみれた路地裏と、心臓部をえぐり取られ地面に崩れ落ちている人間の死体。




