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machine head  作者: 伊勢 周
18章 来訪者達
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来訪者達 5


「なぁ、さっきのアンタの動き見てたよ、すげーな。あんな銃も効かないようなやばいロボットに生身で一人で立ち向かって、その上勝っちまうなんてさ」

「……、あぁ、えっと。どうも」


 宗助が複雑な心境で次々とやってくる避難民達や運ばれてくるゲガ人を見送っている最中、こそこそと一人の兵士が近づいてきて、小声で話しかけてきた。突然話しかけてきた彼に対して宗助は値踏みするようにじろじろ上から下まで視線を走らせてしまう。肌は日に焼けていて妙に澄んだ目をしている、男性という点で見ると少し小柄な青年。


「うわ、そんなに引かないでくれよ、俺、岩崎康太っていうんだ。康太って呼んでくれよ。年齢だってそう変わらないからさ。敬語だって抜きだ」

「何か用?」

「いや、用ってほどの話じゃないけどさ。さっきあんたの事、本当にすげーって思ったんだよ。だから、話してみたくなった」


 康太はそう言ってくしゃっとした笑顔を見せた。


「あんた、じゃなくて、生方宗助って名前だから。呼び方は好きにしてくれていいけど」

「じゃあ、宗助って呼ばせてもらうよ。良い名前だな」


 いい意味で人懐っこい、少し馴れ馴れしい印象も受けたが、宗助は視線を避難民を中心とした周囲に戻すと、そのままなんとなく会話を続ける。


「宗助、さっきの奴を倒したのは、どういう技なんだ? 技名とか、やっぱつけてるのか?」

「そういうのは付けてないけど」

「勿体無いなぁ、俺がそんな力持ってたら、絶対に格好いい必殺技の名前つけるのにさ」

「……実際に闘っていたら、そんなの決めたり叫ぶ隙がないのは最近よくわかったよ」

「ま、そうだろうね。漫画なんか読んでたらさ、よくあるだろ? だらだら喋ってる間に攻撃しちまえよってね。愛だの平和だのって言ってさ」


 なんとなく彼の言葉に乗せられて、宗助もぼちぼちと返答をし始める。


「俺さ、特に将来やりたい事とか無くて、高校出てぶらぶらしてて、もともと銃とか戦車とか、そういうのが好きでさ。体力にはそこそこ自信があったからなんとなく志願して……。でも、今日、初めて命を懸けた戦場に出てきたんだ。……すげぇ怖いし、緊張してるし、それこそまだマンガや映画の中に居るみたいな気分だ。そこで宗助が闘うところを見て、何度も言うよ、本当にすげぇなぁって思ったよ。ガキみたいな感想だけど……。あ、そうだ。師匠って呼んでも良いか? 今度あの体術とか教えてくれよ」

「宗助って呼ぶんじゃなかったのか」


 宗助は突っ込みつつ苦笑いを浮かべる。


「だいたい、俺もそんな立派なもんじゃない。まだ入隊して半年も経ってないし、わからないことだらけで。師匠だなんてとんでもない。俺より凄い人なんて沢山居る」

「へぇ……」

「それより、いいのか、俺と私語なんかしてて。あの部隊長にどやされるんじゃないのか」

「それなんだけどさ。……あんまり、吉村隊長のこと、悪く思わないであげて欲しいんだ」


 康太の物言いに宗助は少し意外に思い横目で彼を見る。


「そりゃあ、ちょっと口は悪いし、暴力的だし、なんていうか、気に入らない人間にはとことん食って掛かる人で……宗助にこんな事言うのもどうかと思うけど、あの人、スワロウって部隊のことあんまり好きじゃないみたいで、『給料はバカ高いくせに自由にフラフラしてばっかりだ。規律なんてありゃしない』って言ってて……」


 そこまで聞いて宗助は顔をしかめる。確かに、そこに所属する宗助にとっては聴いていて気分の良い話ではない。


「あはは、そんな顔しないでくれよ、って言っても、無理もないよな……。だけど、それが全部本心かって言うとそうじゃない。言っちゃえば真面目で負けず嫌いなんだよ。それで、信念が強いんだ。本当に悪いって思ったら誰にだって食って掛かるからな。……それに、宗助達は俺達に無いすごい才能を持ってるけど……それがなくたって戦えるんだって証明したいんだろうな。でも、そう思うのは、きっと心の何処かでスワロウの特殊部隊の人達を『すごい』って認めているからさ」

「……随分とあの隊長の事を理解しているんだな」

「あんな感じだけど、慣れてくると結構わかりやすいんだ、吉村隊長」

「へぇ……」


 宗助が吉村の居る方向に目を向けると、ぎろりとこちらの方を睨む彼の視線とぶつかった。康太もそれに気付き。


「や、やべー。じゃあ、またな、師匠!」


 そう言ってそそくさと宗助のもとを去って、彼の所定の位置へと戻っていった。宗助はやれやれと思いつつ、再度気を引き締める。不思議と心細さは少しだけ薄まっていた。

 最初のマシンヘッドの襲撃からおよそ二時間が経過した頃だった。



          *



 アーセナル、オペレータールームでは、とあることが話し合われていた。

 殺されることを免れ、幸いにも怪我だけで済んだ一般市民や兵士達は、避難民と同じくシェルターへと運び込まれていた。各部隊の衛生班や救護班が協力しあって野営医務室を作り、そこで応急手当が行われているのだが……人員に対して担ぎ込まれてくるけが人の数が多い。

 その情報はもちろんスワロウにも届いていて……。


「私、行きます。行かせて下さい」


 凛とした女性の声がやけに大きく室内に響き渡った。


「……確かに岬ちゃんが行けば百人力だろうけど……兵士達は皆出てる。基地の守衛任務についている兵士もここを離れて帯同することは出来ないから……シェルターまで十分程度とはいえ、移動中のあなたを守ることは出来ない。もしあなたに何かあったら、ドライブの面でも、それ以外の面でも、マイナスが大きすぎる」


 決意の表情で自分が出向くことを宣言した岬に対して、秋月は複雑そうな表情で言う。岬の隣に居る平山もなんとも言えないといった様子である。


「大丈夫です、とは言えないのが現実です、けど! ……私も部隊の一員です。少しでも役に立てる場所があるのなら、そこで力を使いたい」

「……気持ちは理解できるが、落ち着け」

「司令」


 雪村も岬の言葉を聴いていたようで、渋い表情で岬を見ていた。


「私の判断ミスだな。はじめから稲葉達と共に瀬間をシェルターに送り出しておけば、比較的安全に即席の医務室を設置できたんだが、被害の規模を正確に把握できていなかった」

「司令、行かせて下さい! このまま被害報告をここで聞き続けるなんて、いやです!」

「………………」


 雪村は渋い表情のまま数秒間沈黙すると、手元のマイクに向かって幾つかあるボタンの一つを押しながら話す。


「一文字。状況報告だ」

『はい。異常はなく、マシンヘッドの襲撃も一件もありません。避難の進捗状況もおよそ九割といったところで……』

「……よし、一文字、お前は一旦基地に戻れ」

『は、はい?』

「現在シェルターには多くの負傷者が担ぎ込まれているのはわかっていると思うが、それについて瀬間をシェルターに派遣する。だが、彼女は救護の要であり非戦闘員だ。移動中に襲撃されれば勝ち目はないだろう。よってお前に護衛についてもらう」

『了解、すぐ帰投します』

「頼む。そして白神」

『はい』

「聞いていた通りだ。有事の際は一文字の抜ける分のカバーを頼む」

『了解です』



          *



 東京の上空に現れた謎の飛行物体。

 当然それはブルームが仕向けたマシンヘッド輸送機であるのだが、その中は当然、完全に無人というわけではなかった。マシンヘッド製作の、言うなれば責任者のラフターはその飛空艇に乗り込み一部始終を見下ろしながら、過去のブルームとの会話を思い出していた。腑分け場のようなガニエの研究室にて……ガニエが死んだと告げられ、そしてガニエの引き継ぎをして欲しいとブルームに言われた時のことだ。


「ラフター、例えば君は神に『何か一つ好きなものを好きなだけ与える』と言われたら、何を願う?」


 ブルームにそう問われ、その時ラフターは少し考えた末「時間を願う」と答えた。ブルームはそれに対して満足そうな笑みを浮かべていたが、その後、彼はこう言った。


「気分を悪くしないで欲しい。しかし、言わせてもらう。……君が欲しいといった『時間』に、もともと限りなど無い。好きなだけ与えられている」

「…………」


 ラフターがなんと答えるべきか逡巡していると、ブルームは言葉を続ける。


「人間の命に、限りがあるだけだ。たとえ私が死のうが、お前が死のうが……人類が滅びようが、この世界が滅びようが……時間という概念は、微動だにせずそこに横たわっている。圧倒的なその存在には、どんなパワーであろうと抗うことは出来ない。『与えられる事』に抵抗することは出来ない」

「私の答えは気に入らなかったか」

「いいや、満足している。根底にある考えは理解できるからだ」

「なんだと?」

「与えられ続ける時間を、半永久的に消化し続ける方法。私はそれを追い求めていた。ガニエと共にな」

「…………まさか、生きた人間の準機械化だなどと言わんだろうな。アレは生物の倫理を破壊する。いくら我々が手段を選ばんと言っても手を出すことは禁じられた領域だ。第一そんな方法で――」


 ラフターはその時、自分で「まさか」と言っておきながら、その腑分け場のような『機械作業場』で何が行われているか……容易に想像ができていた。彼らが行ってきた事と、これから自分に引き継がせようとしている事が。


「今更な話だよラフター。ガニエと私は、その領域に足を踏み入れた。幾つもの実験を経て……成功を掴みかけている。ちょうどいい実験体がいてね、……君に見てもらいたい」

「実験体……?」


 その後、ブルームはガニエの研究室のさらに奥の部屋へと招かれて、ラフターは見た。

 ある男のあまりにむごい末路を。




《僕はいつまでこうしていればいいんだ、ラフター。戦うために連れてこられたんじゃあないのかい?》


 ラフターが過去に思いを馳せていると、背後からボイスチェンジャーでいじくったかのような電子的な音が混じった声に名前を呼ばれた。


「……お前は戦闘がどうこうより、自分の身体がどうなったかをまず理解する必要がある」


 ラフターは振り返らずに言う。


《理解しろ? ふふふ、なかなか残酷なジョークを言うようになったじゃないか》


 するとそんな風に返されて、そこで振り返る。ラフターが今会話していたのは、フラウアだった。彼は椅子に座っており、天井からぶら下げられた黒く太いコードが首や手首や腕、足に繋がれている。

 以前宗助が対峙した時のような無骨な機械の右腕は付いておらず、人間らしい細さの腕に戻っていた。しかし。こめかみや顎、首筋等、身体の様々な部分に機械的な部品が取り付けられていて、よく見ると両方の瞳の奥にはレーザーポインターのような小さく青い光が灯っている。髪の毛は不自然なつやのある白に染まっていた。

 彼が腕を動かすたびに電子的な音が小さく鳴っている。


「整備不良と充電不足で死にたいか? まだ少し大人しくしておけ」

《おかしなことを言うな。もう死んだ人間に対して》


 言われてラフターは顔をしかめる。


《不自然だが、もう慣れたよ。自分の心臓の鼓動の音が聞こえないのはな。聞こえてくるのは耳鳴りのような機械音だけ……フラウアという人間はもう死んだ。このまま惨めに機械として半永久的にこの世に存在しなければならないのならば、そんな終わり方もいいさ》


 そう言ったフラウアの顔は不自然に笑っていた。


《それに、ブルームは僕のこの身体のテストをしたいんだろう? だからここに連れてこられたんだ。そして僕は今、生命の音に飢えている。いくつでも奪い取ってやりたい。それが宿敵のものなら尚更》

「フラウア……」

《殺されたくなければ、僕を地上に降ろせ。今すぐにだ》




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