来訪者達 3
アーセナル、多目的室。
ジィーナは基地内に流れたアナウンス通りに割り振られた避難場所でリルとともに待機していた。周囲を見回せば不安そうな職場の同僚達の顔が並んでいる。
室内にある大きな壁掛けのテレビには基地内外のカメラの映像が代わる代わる映し出されている。
『現在、世界中各都市に大量のロボットが出現し人間を襲っています。これはドラマや訓練などではありません。繰り返します、これはドラマや訓練などではありません。以下に挙げる地域の方は、最小限の荷物だけを持ち、それぞれ現場の案内に従って避難して下さい。東京都二十三区全域、狛江市、調布市、神奈川県川崎市、横浜市――……』
少し離れた所で携帯電話のラジオを聞いている人が居て、そんな情報が耳に入ってくる。
「一体、何がどうなってるのかなぁ……」
ジィーナが呟きながらリルを見ると、リルの顔色が悪くなんとも思いつめた表情をしていて驚いた。十年来の長い付き合いでもそんな表情は今まで見たことがない、と断言できるほどにリルは何かに怯え、そして何かに迷わされている表情。ジィーナには、そう見えた。
「……リル?」
彼女の名前を呼ぶ。応えない。
「リル」
もう一度、少し強めに呼ぶ。応えない。
「リルったら」
今度は肩に手を置き名前を呼ぶ。するとリルは身体をびくっと震わせ、まるで夢から突然醒めたような表情でジィーナの顔を見上げる。
「あ、えっと、何?」
「怖いの?」
「え?」
「随分、思いつめた顔してたから。名前呼んでも返事しないし」
「……ごめん」
「別に、謝らなくていいけどさ。気分悪いなら座ってな。ほら、そこの椅子空いてるから」
「気分が悪いわけじゃ……無いけど……」
「ウソだ」
「ほんとだよ」
「じゃあ、無い『けど』、何なのさ」
「…………えっと……」
リルは俯いて少し黙りこむ。やはり思いつめた表情の彼女は、何かを決意したのか唇を真一文字に結び小さく頷くと、再び顔をあげてジィーナの顔を見つめる。
「ジィ。あのね」
「うん?」
「わたし、昨日ね。……変な人に会ったんだ」
「変な人?」
「その人は突然現れて……私に言ったの。『お前の父親を知っている』って」
「っ……」
ジィーナはその言葉を聞くと表情を強張らせた。リルは続きを語る。
「わたしの、……わたしの前の名前も知っていた。その人はこうも言ったんだ。お父さんとここの人達は殺し合っていて……それで、お父さんは、近い内に総攻撃を仕掛けるはずだって」
「そん、な……」
今度はジィーナが悲壮な表情になる番だった。リルは今にも泣きそうな顔で更にジィーナに語りかける。
「ねぇ、あれは、夢だったのかな。それとも、現実なのかな……。今、みんなが不安そうな顔をしているのは――」
わたしの、お父さんのせいなのかな。
そう言った彼女の唇はかたかたと震えていた。
*
指示された配置ポイントに到着した宗助は輸送車から降りて周囲を見回す。だだっぴろい、何百台と車を停められそうな駐車場。床はアスファルトで固められており、周囲はがけ崩れ防止用の舗装が行われていて、谷底のような形になっていた。奥には更に道が続いていて、そこがシェルターへの道になっているのだ。
それとは別の入り口に繋がる道路は装甲車などの特殊車両で固められており、アサルトライフルと市街地用迷彩服を装備した兵士が何人も周囲に視線を張り巡らせてピリピリと緊張を走らせている。機械に迷彩が通用するのかは不明だが。
「生方です。配置ポイントに到着しました」
とりあえず不破を見習ってポイントに到着したことを報告した。すると。
『こちら桜庭です。不破さんと生方くんをサポートさせてもらいます。よろしくね』
「はい、お願いします」
『それでは早速。生方くん、一旦先行部隊と合流して』
「先行部隊って言うと……」
漠然と合流と言われてもその辺りの詳細は伝えられていなかった宗助はあてを探して再度辺りを見回す。すると。
「おい生方」
名を呼ばれ振り返ると、目付きの鋭い白髪交じりの中年男性が居た。他の兵士達よりもいささか大きめで派手な色の襟章が付けられている。宗助はとっさに敬礼のポーズを取り、記憶力をフル回転させて名前を思い出そうとする。目の前の男性がいつぞやに参加した演習で指揮官を務めていた事は覚えていたのだが、名前が出てこない。
『生方くん、その方が吉村部隊長。今回の生方くんの担当エリアの責任者よ』
桜庭のフォローが入り、記憶と一致し名前を完全に思い出す。
「お久しぶりです、吉村部隊長」
「まさかお前みたいなガキがこっちに配置されるとはな。配置指示を聴いた時は頭痛がしたぜ。どうりでここいらの装備が手厚いはずだ。……で、少しは使えるようになったんだろうな、おい」
「が、頑張ります!」
「……あのな、部活動じゃねぇんだよアホ。『頑張ります』とか、『頑張りました』っていうの? 二度と言うな。クソ不愉快だ、イライラする」
その言葉を聴いて、(そういえば、気難しいというか、かなり頑固で我が強い人物だったな)と、彼の人物像も思い出す。
「っ、必ず役に立って見せます」
「ああそうしろ。三十点だ。せいぜい足引っ張るなよ……。ったく、同じガキなら一文字の方がまだ頼りになるぜ。使えねぇ事には変わりないがな」
吉村部隊長はブツクサと辛辣な独り言を呟きながらため息を吐く。同僚と比べられて、宗助もかなりむっとしたのだが奥歯を噛んで我慢した。こんなところで精神力をすり減らしている場合ではないと考えてぐっと堪える。
「説明するぞ、一回しか言わないから、ちゃんと聞けよ。もう数分で、民間人を乗せた車がひとまず四十五台こっちにやってくると輸送部隊から連絡が来ている。民間人はここで車を降りて、三〇〇メートルほど先のシェルターまで徒歩で移動する部分を、万が一奴らがなだれ込んできた場合に撃退するって簡単な作戦だ。ま、ここに避難しに来る人間もそれほど多くないが、俺達の相手はあの機械どもより、ルールや列を破ろうとする人間達だろうな」
部隊長が話し終えると同時に、部下の人間が大声で装甲車の到着を告げた。その場の兵士達全員が姿勢を正し、車がやって来る方向へと視線を向ける。そこには、武装した車に守られつつ、一般人を多く載せた装甲車が何台も連なってゆっくりと走ってきている光景があった。
「おい生方。お前は俺の部下じゃないからな。よって、ああしろ、こうしろといちいち指示を出さない。お前のやりたいようにやればいい。それがスワロウのやり方なんだろう? さっきも言ったが、俺達の足は引っ張るなよ。それが唯一の命令だ」
宗助を邪険に扱いつつ、部隊長はやってきた車を出迎えに歩き始める。どうやら言葉の節々から察するに、スワロウに対して何らかの、かなり悪い感情を持っているようだった。そして宗助の事を完全に舐めきっている。こんな時に私情を挟んでつんけんしている場合じゃあないだろうと呆れつつも、「やりたいようにやれ」という言葉には「よく言ってくれた」という感じで、宗助はとにかく、今は民間人の護衛に最善を尽くそうと思うのだった。
『生方くん、腹が立つかもしれないけれど、いちいち気にしていたら身がもたないわ。平常心、平常心』
「わかってますよ」
『っていうか、私が滅茶苦茶腹が立ってるんだけどね……! 何あの言い草……! 生方くんはあんたらの思ってる何百倍も頼りになんのよ……!』
「ま、まぁまぁ……」
何故か宗助が桜庭をたしなめていると、やってきた車から沢山の人が降り始めた。皆一様に不安そうな表情で、兵士達に案内されるがままに歩いている。
どうやら女性・子供・老人が優先的に避難されているようで、先行隊はそういった人間ばかりだった。宗助は、避難区域に居るであろう自身の父と妹の事が気がかりだったが、任務中に私的な事を行うわけにもいかず、避難していく人々に気をやりつつも周囲を警戒していた。歩く人々は俯いてばかりで顔が見にくいこともあって、何人か見知った顔が居た気がしたが、宗助が探している人物は見つからない。
その間に、続々と後続車が到着する。
そしてインカムからも次々とマシンヘッドの情報が流れてくる。
不破の予測通り、前線の兵士達による町に降り立ったマシンヘッド殲滅作戦の状況はあまり芳しくないようだった。震える声で救援を求めるチームや、撤退を余儀なくされたチーム、既に連絡が途絶えたチーム……そんな報告が大半で、隙間を縫うように『地域の安全をひとまず確保した』との報告が有ったり……。
苦しい戦況を耳に入れながらも、この場で立って見守ることしか出来ない事が、宗助には辛かった。
(くそ……無事で居てくれ……)
不透明な避難状況に対して苛ついていると、イヤホンからまたしても桜庭の声が届く。
『生方くん、およそ一・三キロメートル南西に、マシンヘッドの反応が二体あります。不破さんからは六キロメートルです。少し離れているので積極的に迎撃はせず、動きに警戒して下さい。動きがあればこちらもすぐに報告します』
『了解』
「了解です」
その情報は他の兵士達皆に伝えられているようで、周囲の空気の緊張がさらに高まったように感じた。
『っ、生方くん、今の二体がそっちにまっすぐ移動している! 距離が七〇〇……六〇〇……、速い! これ以上近づけるのは危険です、迎撃して!』
桜庭が早口で新たな情報を伝える。宗助が言われた方角を見ると、遠くに微かに動く物が見えた。確かにこちらにかなりの速度で突進してきている。
「了解、迎撃します」
宗助が小声で言うと、試し打ちのように右手の周囲にほんの少し風を巻き上げて自身の調子を見る。ふわりと髪が風に揺れる。
(うん、問題ない)
幸い避難している人間達はマシンヘッドの接近に誰も気づいていないようで、パニックにもならずにゆっくりと歩いている。それを好都合と感じた宗助は、マシンヘッドが向かってくる方角へと静かに走り始める。ところが。
「総員、迎撃隊形C12だ! もたもたするなッ!」
吉村部隊長が大声で叫ぶと、周囲の兵士達もそれぞれ迎撃体制で位置につく。銃を構える者と、民間人の盾になる者と、そして民間人をそのまま誘導する者。装甲車に乗り込む者。
「攻撃部隊! いいか、奴らを絶対にここに近づけるな! 守備部隊! 命に変えても、一般市民を守り抜け!」
マシンヘッド二体の接近くらいで前時代的な号令をあげるものだから、避難中の一般市民達も、嫌でもマシンヘッドの存在に気づいてしまう。人々はざわつき始め、そして次第に走り来るマシンヘッドの存在に気づき目視してしまった。そこからは大混乱で、人々はルール無用、言葉にならない言葉を叫びつつ我先にと逃げ惑う。
『お、落ち着いて! 押さないで下さい! 順番に! 大丈夫ですから!』
整備の隊員たちが必死に押しとどめようとするが多勢に無勢、逆に押し返されて、列は既に列ではなくなってしまっていた。
宗助は舌打ちをしながら部隊長を睨むが、吉村は既に宗助に背を向けて攻撃部隊の方へと進んでいた。
「構えろ!」「まだ射程距離外だ!」「まだだ、ひきつけろ!」
一列横隊で銃を構える兵士達に、吉村が命令を叫ぶ。
「………っ、撃て!!」
吉村の叫び声と同時に、一列にならんだアサルトライフルから同時に弾丸が幾つも放たれ、それらの殆どはマシンヘッドの装甲に傷をつけていく。しかし攻撃としての成果はあまり得られず、二体のマシンヘッドは速度を緩めること無くどんどんと距離を詰めてくる。
「撃て、撃てーッ!」
吉村は攻撃を強めるよう兵士達を鼓舞するが、その攻撃も鼓舞もマシンヘッド相手には全くと言っていいほど通用していない。その光景を見た宗助は慌てて攻撃部隊に駆け寄り、一瞬躊躇った後、
「撃つのをやめて下さい! こいつらは闇雲に攻撃しても倒せない!」
と、大声で叫ぶ。吉村は鬱陶しそうな顔で宗助を睨んだが、それもほんの数秒で、無視して敵に視線を向ける。兵士達もまた、宗助の命令に従う義務は無い為構わず銃撃を続ける。
けたたましい銃撃音が山あいに響き渡り続ける。マシンヘッドは倒れない。背後では人々の混乱、悲鳴と叫び声。
「くそっ、桜庭さん! 奴らのコアの位置は判っていますか!?」
宗助がそう尋ねると
『今のところ、ほぼ一〇〇%頭部の裏側に外付けされてるのが確認されているわ。いかにも量産型の手抜きマシンね、壊せる?』
「そんな質問ありですか?」
『そうね。二体とも破壊して、生方くん! く・れ・ぐ・れ・も、先行部隊の足を引っ張らないようにしないとねっ!』
「了解っ」
桜庭が自虐的な皮肉を言うと、宗助は少し眉をしかめつつ、始動する。




