青年時代
某所にて。
ミラルヴァはブルームと向かい合っていた。双方無言で、互いの様子を伺っており、動きの癖や仕草の一つも見せないでいる。
「……一体何処に行っていた、と尋ねたんだ、ミラルヴァ」
ブルームがミラルヴァに尋ねる。
「スワロウの本部」
質問に対してこともなげに言うミラルヴァにブルームは眉間をピクリと動かす。
「何をしていた。そこで」
「リルを見つけた。だから会って話をしてきた」
「……何だと?」
ミラルヴァの発言にブルームが間髪を入れず反応する。ブルームの言葉に感情的なものが混じるのを久しく感じながらもミラルヴァは冷静に再度こう言った。
「リルを見つけたと言ったんだ。先日入った情報を辿っていくと、なぜだか知らんがスワロウの本部に居たからな」
「なぜ連れて帰って来ていない」
「あの子があそこに残ると言ったからだ」
「あの子には時間が無い事を知っているだろう」
しばらく二人は睨みあい。沈黙が続いたが、ミラルヴァは一つため息を吐いてこう続けた。
「あれ以上自分があそこに居ればスワロウの連中と交戦になる可能性があった。奴らが束になろうが負ける気はしないが、下手に騒ぎ立ててお前の邪魔をしてしまったとしたら、フラウアのやった事とそう変わりはあるまい」
そう言って、そしてこう付け加えた。
「自分の娘なら、自分で迎えに行け。お前の言う通り時間は無いだろうな……あの子はもう、俺の事など覚えていなかった。古い順から消えているのかもな」
ミラルヴァはブルームの横を通り抜けて通路へと進む。
「言われなくとも」
ブルームは振り返りも目で追いもせず、背中越しに言い返した。
*
宗助は医務室を出た足で直接隊長室を訪ねていた。宗助と稲葉は応接用のソファに向い合って腰掛けている。
「すいません、突然こんな時間に」
「構わんさ。夕方の話も消化不良だったからな。俺個人としてもあの話の続きは気になっていた。それで、どこまで話してもらったか……」
「パラレル・ワールドから来たと思しき人達について、話したかと」
「そう。それだ」
「隊長、俺は、あの話の続きというより、隊長に訊きたいことがあってここに来ました」
「訊きたいこと?」
宗助の物言いに、稲葉は少し不思議そうに復唱する。
「はい。スワロウの前の隊長、天屋公助さんについて」
「天屋さん? なぜだ」
「エミィとロディは、初めて会った時俺をコウスケ・レッドウェイという人物と間違えて接してきたんです。見た目がそっくりだって。彼らは、そのコウスケ・レッドウェイを追ってこちらの世界に来たから」
「聞かん名前だな……。天屋さんも名前は公助だったし、容姿もお前に似ていたのは間違いないが……」
「情報はそれだけじゃありません。そのレッドウェイという人物はドライブを持っていて……それも、エアロドライブという話です。しかも、かなりの使い手」
「なに?」
「そしてそのレッドウェイが彼らの前から姿を消して失踪したのが十二年前。隊長……海嶋さんの話では、隊長達と天屋さんが出会ったのは十二年前の話だと聞きました」
「確かにそうだが…………それじゃあお前は、そのレッドウェイと天屋さんが同一人物だ、と言いたいのか? 天屋さんがパラレル・ワールドから来た人間であると」
「まさにその通りです。隊長、天屋さんとは、どこで、どのようにして出会ったのか、教えていただけませんか。そこに、何かヒントが有る気がするんです」
宗助が真剣な目で稲葉に訴えると、稲葉は少し黙り込んだ。情報を頭の中で整理して次に喋る事を練っているのだろう、僅かに瞳だけ上に向けたり、指でこめかみを押さえたりという仕草をみせた。
「天屋さんか……。ううむ。あの人は、どこか独特の雰囲気がある人だった。プライベートの事はあまり話してくれなかったし、いつもここではないどこかを見つめているようで……」
稲葉は言いながら当時を思い出して懐かしんでいるようだった。
「……それほど長い話じゃないが……そうだな。以前俺の家に来た時に話した、俺と宍戸と実乃梨が施設で育ったっていう話は覚えてるか?」
「ええ」
「俺達が天屋さんに出会ったのは、その施設だったんだ」
*
十二年前。児童養護施設『一葉学院』
稲葉鉄兵が二十歳になった頃。宍戸忍も上崎実乃梨(現・稲葉実乃梨)も、その頃はそれぞれ大学に通い勉学に勤しんでいた。身寄りのない彼らを大学にまで通わせていたのは施設の先生で、学費以外でもかなりの額の資金援助を行っていた。
その先生はなかなかの変わり者で、一体何をしてそれほどの資産を手に入れたのか稲葉達は知らなかったが、まるでそれが趣味だと言わんばかりに見返りを求めずに子どもたちを保護していた。その保護する絶対数は少なかったが……。
先生曰く「大学でしっかり勉強して、しっかり懐も心も豊かにして、立派な面構えになって挨拶に返ってきた姿を見るのが一番の見返りだ」という事だった。
三人はそれを非常に恩義に感じていて、「先生はそう言うが、何か少しずつでもお返しができないだろうか」と話し合い、そしてその結果をすぐに行動に移した。休日に施設にてボランティアで手伝いをしたいと申し出たのだ。先生は最初渋ったが、稲葉達がどうしてもやらせて欲しいと懇願すると結局折れて、『プライベートを優先させるなら』、という条件付きでOKを出した。
そしてアルバイトなんかもしつつ日曜の朝に施設に顔を出して手伝いに励んでいた時、それは起こった。
その日は、園に先生が見当たらなかった。
稲葉が施設の子どもに「先生は何処にいるのかな」と尋ねた所、「男の人担いで帰ってきたよ」と、少し食い違った返事をされた。「帰ってきて、それからどこに行ったかわかる?」と実乃梨が優しく尋ねると、男の子は、「先生の家」と言った。先生の家は施設のすぐ隣。子供に礼を言って、三人は先生の家へと向かった。「男の人を担いで」と言っていたのは何事かとは思っていたが、兎に角先生に会う事から始めなければと考えた。
稲葉たちは先生の家を訪ね、インターホンを鳴らす。
「はい」
「稲葉です、おはようございます、先生」
「あぁ、忍と実乃梨も一緒か。入って来なさい。鍵はかかっていないから」
「わかりました」
稲葉達が玄関から家の中へと入ると、先生の娘が三人を出迎えた。
「おはようございます。お父さんなら、こちらですよ」
三人は靴を脱ぎ家の中へとあがると、娘に案内されて家の中の廊下を進む。
「お邪魔します」
そして扉をあけると、そこには初老の男性が椅子に座っていた。その初老の男性こそが稲葉達が先生と慕う人物だ。そしてその横のベッドには見知らぬ男性が身体のあちこち包帯でぐるぐる巻きの姿で静かな寝息を立てて眠っている。
その光景に稲葉達が驚きとどまっていると、「入っていいよ」と先生に声をかけられる。
「……この方は?」
「どんな奴だと思う?」
稲葉が尋ねると、逆に質問が返ってきた。
「……どんなって……」
全く見覚えもないし声も聞いたことがない人物に対して「どんな奴」かを形容できるほど稲葉も人生経験は積まれておらず答えに困って隣の宍戸を見る。宍戸はじろりと『俺に振るなよ』と言いたげな目で稲葉を見返す。
実乃梨は口を手で抑えながらも興味深そうにその眠っている男をまじまじ見ている。
「日本人ですか?」
稲葉の頭にはそんな単語しか出てこなかった。そしてその言葉に対する先生の言葉はもっと酷かった。
「知らん」
それを聞いて三人共言葉を失くした。先生は彼らの様子を見ても特に何かを気にする様子もなく言葉を続ける、
「海辺で倒れていたところを、担いできたんだ」
「海辺で?」
「あぁ。傷だらけで気絶していた。身体はびしょ濡れだったから、海から流れてきたんじゃないだろうか。お前の、『日本人かどうか』という質問は、案外この男の真に迫っている物かもしれないな」
先生はそう言って稲葉を見て年季の入った笑顔を浮かべる。
「もし凶悪な犯罪者だとか脱獄囚だったらどうするんですか?」
今度は宍戸が尋ねる。だがしかし。
「こいつがすごく良い人間だったらどうする? 例えば、世界の英雄になるような男だったら」
またしても先生が逆に質問をする。
「しかし、実にお前らしい質問だよ、忍」
先生に言われ、宍戸は少し眉間に皺を寄せて視線をずらす。
「……まぁ、私の感性だよ」
「え?」
「この男には、何か妙に惹かれる物がある。私の感性ではね。もしかしたら危ない男かも、という思考に至ったのは、ついさっきだったな」
先生はそう言って相変わらず静かに眠る男に視線を移す。
「あの、病院に連れて行かなくていいんですか……?」
「呼吸はしとるし、大丈夫だろう。微熱程度だし、何より娘が看護師だからな」
「……はぁ」
三人は力のない返事をして、訝しげな表情でお互いを見合わせた。
それから三人は釈然としないまま施設に戻り手伝いをしていたのだが、なんとも集中できないまま昼過ぎになった。先生に「この男が目を覚ますまではここで見ているつもりだから、今日は来てくれて助かったよ。子供たちの面倒を見てやってくれ」と言われ家から送り出されたのだが、どうも危ない気がしてならないのだ。
というのも先生が保護した男は見るからに鍛え抜かれた屈強な肉体の持ち主だったし、ケガをしているとはいえ家に居るのは初老の先生と妙齢の娘だけ。宍戸の言う通りその男が犯罪者だとか危険人物だった場合どうなるか想像に難くない。
「……やっぱり、俺が見て来るよ」
稲葉は突然そう言って、持っていたダンボールを端に置いてその場から離れ先生の家へと向かい走り始めた。
「待って、私も行く」
すると実乃梨も稲葉の背中を追って駈け出した。
「あ、忍ちゃん。悪いけど、留守番お願いね!」
実乃梨が振り返って言う。その先には、施設の名前がプリントされた黄色い腰エプロンを付けた宍戸が仏頂面で立ち尽くしていた。そんな宍戸が返事をする前に、既に稲葉と実乃梨は遠くへと走り去ってしまっていた。




