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machine head  作者: 伊勢 周
2章 特殊能力部隊・スワロウ
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痛み分け

「止める? 僕を? ははは、……それはすごいな」

「親父やあおいが……お前らに何したっつんだよ……! ぐッ…………はぁ、はぁ……」


 そこでようやく、フラウアは振り返る。


「……あぁ、見るからに辛そうだ。見苦しいからもう立つな。その豚みたいにはぁはぁ言ってる口も閉じてくれ。その状態で立つ根性は認めてやるが、勝手に死なれちゃあ少しばかり困るんだよ。そう、少々待て。直に迎えが到着する」


 宗助自身、自身がどんな状態かも判っておらず、前後不覚になる程意識も薄く、それでも気合と根性でどうにか足に力を込め踏ん張り立ちはだかっている状態。

 だがそれも長くは続かない。立ち上がった足も、すぐに力が抜けて両膝ががくりと崩れて同時に地面についた。


「う、うおおああっ、ああぁああぁあっ……!」


 それでも腹の底から敵意と闘志を込めたうなり声を上げる。気合の雄叫び。


「叫んで何とかなるのなら誰も苦労はしないんだよ、少年」


 ――私達の能力っていうのは、肉体的な面も勿論あるんだけど、根っこの部分は精神力に依存している。簡単に言えば、自分の能力は強い、負けたくない、勝ちたい、生き残りたいって思えば思える程強くなる。


 昨晩聞いた千咲の言葉が頭の中に浮かんだ。精神力。生きたいと、勝ちたいと思う心。

 もし自分にそんな力があるのなら、周りに居てくれる大事な人達を迫り来る危険から守りたい。

 人が失踪するとか、マシンヘッドだとか……それらはまるで、海の向こうで起きている戦争をテレビ越しで見ているような、自分とは無関係の他人事だと思っていて……そして自分じゃないどこかの誰かがどうにかしてくれるだろうと考えていた。


 でも、他人事なんかじゃなかった。秘密を知ってしまった。真実に触れて、自分達に迫っている危機を知ってしまったのだ。


(あぁ、そうだ。一文字。俺は確かに、逃げていた……!)


 生きるということは、何かと闘う事だ。自分には闘う力があるのなら――。


「見てみぬフリして、被害者ぶって逃げ出して、闘おうとしなかった」


 宗助の目に、一筋の光が宿る。


「そんな奴は、どうしようもなく情けない、負け犬のクソ野郎だ……!」


 フラウアは相変わらずつまらなさそうな顔で宗助を見下ろしたまま「ふぅん」と鼻を鳴らした。


「闘志が湧いてきた……。やりたい放題してくれやがって……。闘ってやる……、絶対に、皆に手は出させない……!」


 諦めていない心で瞳がギラつき、集中力も高まっていく。まだまだ鈍い思考を集中して、イメージする。敵の身体をぶった切れるような空気の刃を。思い出す。あの真っ二つに割れた機械を。

 その時、痛みは感じていなかった。ただただなにか清々しいものが体の奥底から湧き上がり、勝利への道を思い描いていく。


(……殺人なんてしたことも無いし、するつもりも無かった。が、こいつは敵だ。敵なんだ。放っておけば、皆殺される。やらなきゃ、やられる。俺が、俺が……)

「俺が、止めてみせる……!」

「一人でぶつぶつと……、そこまで強く打ち付けたつもりは無かったんだがな。もう一発くれてやろうか? 思考回路が戻るかもしれんぞ」


 フラウアが膝立ちになっている宗助にすばやく近づき、首根っこを鷲掴みにして持ち上げ左脇腹にもう一撃加える。


「が――っ!」


 幾つかあばら骨が折れる音が宗助の体内に響き渡る。声にならない声を上げ、宗助の顔が苦痛に歪む。しかし、それでもその瞳は揺るがない。


「俺は、闘う……! 誰も、死なせるものか……!」


 ぼたぼた、と血が地面に滴る。宗助は自分の首を掴む右腕を掴み返した。フラウアはその掴んできた手を、まるで虫けらか何か、下らない物を見るかのような目で見た。


「もう、いい加減に寝ろ。お前は負けて……何が起きるかは、次に起きた時のお楽しみだ」


 フラウアの左の拳がもう一度、今度は宗助の腹にぶつかる。と、同時に。

 びゅうっ、と空気が疾走する笛のような音が鳴った。周囲の草木がざわめき、土埃が僅かに巻き上がって……続いて、ぶちり、と肉の千切れる音がした。


 そして。


 宗助の首を掴むフラウアの右手は力を失い、ついには宗助の首から離れた。何故ならその右手の根本……肩と腕が、分断されていたから。


「なっ!? ぐっ、がああ!」


 今度はフラウアが悲痛な叫びを上げる番だった。切断面から鮮血が噴出し、周囲を次々と赤黒く染めていく。


「この、野郎ォ、な、何をっ、何をしやがったァ!」


 フラウアが叫び睨んだが、宗助は既に意識を失いうつ伏せで倒れている。

 そこに、叫びを聞きつけた中年小太りの警備員が大声を聞いて大慌てで駆けつけてきた。そして隻腕のフラウアと血塗れで倒れている宗助の姿を目の前にして、口をぽかんと開けたまま絶句している。


「ななっ、ななな、なななぁぁぁっ!?」


 警備員は言葉にならない言葉を発して混乱している。それとは対照的に、フラウアは少々落ち着きを取り戻していた。


「くそ……、僕としたことが、みっともなく大声を出してわめいてしまった……! まぁいい、生方宗助は落とした。そうだな、まず、そこのお前の命を貰ってやるよ……。予定は……くっ、少し狂ったが……問題ない」


 時折顔を歪めつつ反省の言葉を呟きながら、しかし右肩から噴水のごとく血を流しているにも関わらずニヤリと笑みを浮かべたその男に、警備員は改めて戦慄を覚えた。


「な、なんだ君は! そこの倒れている人もどうしたんだ!? 救急車を呼ぶからとにかく、じっとしていなさい!」

「あぁ、必要ない。じゃれあっていただけだ。なんでもないから、君も犠牲になってくれ」


 フラウアはゆらりと警備員に近づいていく。警備員はこの場所に蔓延する異様な雰囲気と血の匂いに圧倒されて、回れ右して元にいた守衛室に駆け出した。


「け、けいさつっ……!」


 警察に連絡しようと守衛室に入ろうとしているが、ひどく混乱しているようで扉が開けられず、ドアノブをひたすらガチャガチャと押したり引いたりしている。

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