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machine head  作者: 伊勢 周
17章 言葉と記憶
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彼らの故郷

 アーセナル、情報部前。


「海嶋さん、ありがとうございました」

「いいえ、大したこと出来なかったけどね。今から稲葉隊長のところに行くの?」

「……そうですね、隊長の都合が良ければ、夜にでも」

「すごいな、フットワーク軽いね、生方くん。そんなに天屋さんの事が知りたいの?」


 海嶋に尋ねられ「まぁ、わりと」と愛想笑いで返す。海嶋は「ま、同じドライブ持っていた人ってだけで、何か縁を感じるよね」と言ってから「じゃあ、僕はオペレータールームに戻るから失礼するよ」と言って廊下を歩き始めた。


「あ、何か面白いことがわかったら、また教えてね!」


 と言い残して。宗助が腕時計を見ると、時刻は午後六時を回っていた。


(……先に、もう一度岬の所に行こうかな)


 先程の医務室での腹立たしいやりとりを思い出して唇を少し噛んだ。さすがに今なら治療とやらも済んでいるだろうし、何よりも、早く彼女と話をしたかった。宗助の足の行く先は決まり、足早に医務室へと向かう。


 十分ほど基地内を歩き医務室前へと到着する。立ち止まり、一つ深呼吸をして、そして医務室の扉へと向かおうとしたその時。プシュと音が鳴って扉が開き、岬が出てきた。目と目が合う。


「あっ……」


 同時に小さく声をあげて、そして二人は黙りこんでしまう。しかし宗助は予め心を決めてそこへ来ていた。躊躇いや不安を振り払って声を出す。


「あのさ、岬。俺――」


 宗助が彼女の名前を呼び、話しかけたその瞬間。ビィ――と、緊急用の携帯電話の呼び出しコールが鳴った。けたたましいコール音に言葉を遮られ、宗助と岬は再び無言で視線を合わせる。宗助は仕方無く電話を取り出すと通話を開始する。


「はい、生方です」

『宗助、稲葉だ。今どこに居る』

「た、隊長っ! ええっと、今は、基地の中です。…………医務室の近くに」

『そうか、良かった。なら、至急ブリーフィングルームに来てくれ。報告したい事がある』

「了解しました」


 通話を切るとポケットに携帯を仕舞う。心配そうに様子を伺っている岬に再び向き直り、宗助はこう言った。


「岬、ゴメン、その、緊急の呼び出しがあった。でも、岬に、話したいことが有るんだ。結構、沢山。だから……」

「私も」

「え?」

「私も、宗助くんに話したいことが有るの。……その、結構、いっぱい。だから、えっと……待ってるね」


 不安げに言う岬に「うん、絶対に話すし、絶対に聴くから!」と言い残して、彼女に背を向け、ブリーフィングルームへと駆けた。その足は、朝に比べて随分と軽やかだった。



 宗助が私服姿のままブリーフィングルームに駆けつけると、既に篠崎副長と稲葉・宍戸・不破・白神・一文字の六名は揃っており、全員が席についていた。


「おお、宗助。非番の日にすまないな」

「いえ……すいません、お待たせしました……」


 稲葉に声をかけられて若干恐縮しつつ……緊急で招集されたにも関わらずそれほど緊迫した雰囲気でないことに宗助は拍子抜けしていたが、空いている席に座る。


「さて……全員揃ったところで話を始めようか。緊急で集まってもらったが、今回はリルさんとジィーナさんについての事だ」

(リルの事……?)


 稲葉が話を切り出すと、宗助は突然出てきたその名前に疑問を感じる。いや、彼女達の事についてはいつ議題に上ってもおかしくはないと感じていたが、緊急招集してまでする話とはなんなのだろうかという疑問だった。


「彼女らの事というよりは……彼女たちを追っている奴らの事だな」


 稲葉の台詞に宍戸が注釈を入れる。


「あぁそうだ。ついさっき情報が入った。前に二人が住んでいたアパートで変死体が見つかった。今現場の検証が地元警察によって行われている」

「変死体?」

「あぁ。首の骨がへし折られていた男の死体がな」


 不破が尋ね、稲葉が答える。


「我々は警察ではなくあくまで国連所属の軍隊であり、言ってしまえば兵器だ。基本的にそういった事件の現場検証に参加できない」

「そうなりますね、確かに」

「だが情報はまだある。被害者の男は身元不明・推定三十代の男性。首がへし折られたと行っても、尋常じゃないみたいだな」

「尋常じゃないとは?」

「まるで『握りつぶされたかのような』折れ方だそうだ。右に折れてるだとか左に折れてるだとかじゃなくて、『握りつぶされている』」

「……相当手が大きく力も半端がない。それか、未知のドライブ能力か……」


 能力だとしたらかなり残酷な人間が能力の持ち主であるという事だ。その部屋にいる全員の表情が少しばかりこわばった。


「室内もさほど荒れておらず、外傷が他に無かったらしい。死因は首の骨折に因るもの。抵抗する間もなく一瞬で殺られたって事だ。……俺の知る中に限れば、『こういうこと』ができる奴を、一人知っている」

「ミラルヴァか」


 宍戸が間髪入れずにその名前を挙げた。


「そうだ。……だが、奴がこんなところまで来て、この男を殺す理由というのが、想像がつかん。俺は、同士討ちの可能性も有ると見ている」


 「同士討ち?」白神が復唱する。


「ああ。理由はまだ判明していないが、リルにはかなりの額の賞金が懸けられていると言う話はレスターのものだが……それが本当なのだとしたら、ライバルは少ないに越したことはない」

「確かにな。ソッチの方が妥当な線だ。そしてそうだとすれば、そいつはこの辺りにまだ潜伏中って事になる」


 まだまだ情報が少ない中で憶測が飛び交うが、最年長の篠崎が「ごほん」と大きな咳払い。


「とりあえず、君たちは指示があるまでここで待機だ。あまり憶測ばかり立てていると、本来見つけられるものも見つけられなくなることも有る。続報を待て。私は会議の方の様子を見てくるよ」


 篠崎副長がそう言って立ち上がり退室すると、一同はほんの少し体の力を抜きリラックスした。リラックスとはいっても、誰もそれ以上私語はしないが。そこで、宗助が難しい数学の問題にぶち当たったような苦い表情をしているのに対面の不破が気づいた。


「どうした宗助。腹でも痛いのか」

「違います」


 渋い顔のまま言い返す。実際、それほどの渋い表情をしても仕方がないほど、今の宗助には考えることが多すぎた。昼間に起きた事を言うべきか、言わぬべきか。妙な事件が起きてただでさえ少し動揺がある今、さらに妙な情報を飛ばしてしまって良いものなのか。宗助は悩んでいた。


「……何か言いにくい事でもあるのか? 遠慮せずに言ってくれ」


 そのやり取りを見ていた稲葉が言う。すると宗助はその言葉に背中を押され、口を開いた。


「…………。…………幾つか、報告したいことがあります。不必要に皆を混乱させてしまうかもしれませんが……」


 しばらくは黙り込んでいた宗助だったが、意を決した表情で言った。『自分が思うほどこの人たちは決して脆くはない』と踏んで。


「話してみてくれ」

「わかりました。なるべく簡単に、説明できるよう努力します」


 宗助は一度こくりと頷いて、そして語り始める。


「今日の昼間、町で二人組の男女に出会いました。彼らはエミィとロディと名乗っていました。二人共二十二歳です。色々あって、彼らは『失踪した自分達の尊敬する人物を追って、パラレル・ワールドからこちらの世界に来た』と俺に教えてくれました」


 本当に唐突な話で、その部屋に居る全員の眼が少し見開いた。


「お、おいおい。色々ってなんだよ、なんで突然そんな奴らと出会ったんだ?」


 不破が困惑気味に尋ねる。


「その辺りは、追々話しますが……出会ったのは本当に偶然です。そして話を聴かせてもらいました。だけど彼らの話は俺達の常識からは全く違う所にあって……、それでも、彼らが嘘をついているようには俺は感じませんでした。どうするべきか判断しきれず彼らとは一旦別れてしまったし、フラウアやゼプロとの関係も聴けなかった。だけど、……ここからは、俺の予測になりますが」


 宗助はちらりと稲葉を見る。すると稲葉は「構わない、話してくれ」と言った。


「はい。……彼らの言うとおりのパラレル・ワールドが存在すると信じた上での話ですが、彼らと話してそして情報を整理していた時に、皆が薄々と感じていた事だと思いますが、それが俺の中で確信に変わりつつあります」

「私達が感じていたことって?」


 千咲が尋ねた。


「彼らの話を信じるならば、パラレル・ワールドの持っている文化は、ここの文化とかなり違う。貨幣の種類とか、教育の制度とか、法律とかITとか。でも、一番、この世界と目に見えて違う『パラレル・ワールドから来た』と言う人間達の共通点……断定するにはまだ早いかもしれないけど……。……」


 宗助はそこで言葉を続けることを一瞬躊躇った。全員が不思議に思い宗助に視線を集める。


「…………日本人のような顔つきで、流暢に日本語を話す。だけど、名前は、カタカナ表記の外国人のような名前ばかり。全員そうだ。自己申告した五人……ゼプロ・イヤンク、フラウア、シリング、エミィとロディ……。ブルームやミラルヴァやセス・ガニエ、捕まえたレスターやナイトウォーカーだってそう。今挙げた名前は、世界中のどの戸籍データベースにも載っていない。そして、まだ居る。……すごく身近に」

「身近にって」

「……リル・ノイマンとジィーナ・ノイマン」


 宗助が二人の名前を告げると、全員が驚いたような、しかしどこか納得しているような、微妙な表情になった。


「多分ですが……。今名前を挙げた彼らの故郷は、この地球の……何処にも存在しないんじゃないでしょうか」


 宗助の立てた仮説に室内は静まり返るが……まるでタイミングを見計らったかのようにPrrrrrr…と、部屋の備え付けの電話が鳴り響いた。


「……千咲、出てくれ」

「あっ、はい!」


 稲葉に言われ千咲は椅子から立ち上がり受話器を取った。




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