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machine head  作者: 伊勢 周
16章 午後八時半に空を見上げて
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大馬鹿野郎

 その男は、荒い息を落ち着かせるように胸を手で押さえながら、後ろを何度も何度も振り返りながら夜道を早足で歩く。その姿は、何かから必死で逃げていたらしい。

 あまり体力が無いようで、収まりきらない激しい動悸と息切れに顔をしかめながら、暗闇の夜道をこそこそと歩く。蒸し暑い熱帯夜で、汗が吹き出てシャツに汗ジミができている。

 男は再度、背後へ振り返った。


(撒いたか……)


 誰の姿も見えないことに安堵の溜息を漏らし、男は、こんどは堂々と歩き始める。


(……しかし、僕の顔、見られたか……?いや、あの男もなかなか遠かったからな……一瞬だったし、暗かったし、見えていないはずだ……)


 シャツの袖で額から流れる汗を拭う。


(それにしても、あのクソ女、生意気に抵抗しやがって、まだ脇腹がズキズキする……)


 苦しそうな顔から、呼吸が整うにつれ憎悪の表情を見せるようになり、眉間に皺を寄せ自分が逃走してきた夜道を振り返る。


(追いかけてきたのは彼氏か何かか?……うぜぇ……正義の味方ぶりやがって……。女も女でチャラチャラした格好しやがって、あれで襲われたら文句言うのか? こんな真夜中にあの格好で出歩くのがバカだろ……理不尽なんだよバカ女が)


 ぶつぶつと独り言を小声で呟きながら、男は夜道を歩く。


(クソ、むしゃくしゃする……。最近気づいた僕の、この能力。発散してやるぞ、このストレス。僕がこんなにつらい目に遭っているのに、ノンキしてふらふらしやがって。どいつもこいつも、僕に恐怖しろ……!)


 含み笑いをしながら、男は闇夜の先へと消えていった。





 男が逃げていった方向へと注意深く周囲を伺いながら進む宗助と千咲。二人は小声で先ほど起こった一連の攻防に対しての情報を共有していた。


「あんたはさっきからぼんやりした違和感があったって言ってるけど、私は本当に何も感じられなかった。気づいたら首しめられてたって感じ。そんで、締めているはずの腕も見えなかったし……やっぱり、レスターと同じ透明になるドライブかな」


 とは千咲の弁。それに対して宗助は、顎に手を当て考えこむような仕草で、こう答えた。


「俺から見ても、『ほぼ』透明だったのは事実だ。だけど、思い返せば気になった点がある。奴が透明になれるというのは間違いないのかもしれないが……レスターとは決定的に違う点が」

「何?その点って」

「音が聞こえなかったんだ。全くと言っていいほど」


 そう。宗助はスカイガーデンで、触れたものを透明にする能力インビジブル・ドライブを持ったレスターと闘った時、『透明になろうとも音や気配、つまり存在自体は完全には消せない』という弱点を突いて勝利を手にした。もし先程千咲を襲った男の能力がレスターと同じく『物を透明にする』だとか、『自分自身が透明になる』という能力ならば、当然同じ弱点をついていく事になるのだが……。


「気のせいとかじゃなくて?」

「あぁ。足音どころか、呼吸音や、心臓の音、関節のきしみとか……普通の人より圧倒的に小さかった」

「っていうか、あんたって普段そこまで聞こえてんの?」

「すごく意識すれば」

「……あ、そう」


 千咲はそっけなく言いながらも、表情は少し恥ずかしそうというか、複雑そう。


「全て、『透明になっている間』は聞こえなかった。一瞬だけ姿を表した時、突然一気に聞こえたんだ。だから、すごくよく分かる」

「じゃあ、こういうことかな。『自分の情報を周囲から遮断する能力』」

「……そういうことだと思う。これだけ派手に色々やらかして捕まらなかったのも納得がいく」

「…………せっこいドライブねぇ……」

「侮れないぞ。レスターと違って完全に隠しきれていないし、『全てを遮断しようとしていること』が逆に俺の感知にひっかかって違和感として感じ取れているが……意識できなければ本当に見過ごしてしまいそうなほどだ」


 不安そうに言う宗助に対し、被害にあった千咲の方が何故かそういった不安要素に頭を悩ませず、強い敵愾心で持って犯人確保に心を燃やしていた。


「絶対に負けない。あんな適当な肘打ち一発で能力解除するような奴……」



「花火は、例年通り絶対に打ち上げてもらうから!」





 その後、一時間弱周囲をパトロールして回ったが、やはり警戒されてしまったのだろう、犯人を見つけることは出来なかった。囮作戦は失敗に終わったということ。ニ日連続囮作戦を行ったところで釣れる可能性は更に低くなるだろう。

 しかし、この作戦によって千咲達にとって有利に働いたことも有る。その犯人は十中八九、『ドライブ能力を使って悪事を働いている』ということだ。

 マシンヘッドやブルーム一派との闘いが主な任務だが、そういった民間人のドライブ能力に関するトラブルや事件もスワロウ特殊能力部隊の管轄なのである(目には目をということだ)。

 つまりこれでわざわざ勤務時間外に外出許可をとって、という手続きの必要がなくなり、任務として堂々と犯人追跡を行うことが出来るのだ(雪村司令に報告する際囮捜査をしただとかは報告せず、ただドライブ能力を悪用している可能性が高いと報告した)。

 そして翌日。時は夕暮れ前。

 犯人探しに千咲と宗助(強制)が名乗りでて、現在隊公認で町へと下りて来て犯人調査に動いている。だが、犯行ポイントが集まっているというだけでこれといっためぼしい情報も無く。千咲がかがされた薬品の仕入先を洗い出させてはいるが、あまりにも調査の幅が広すぎるためすぐには特定というわけにもいかないだろう。

 二人は何らかの手がかりを求め、昨晩千咲が襲われたポイントにやってきていた。他の人間からすれば『できるだけ早く捕まえて欲しい』程度の認識なのだろうが、千咲は違う。「絶対に今日、遅くとも明日には捕まえたい」のだ。

 本当の祖母のように慕ってきた千代子が何十年と見上げ続けてきた午後八時半に打ち上がる花火を、最後になるかもしれない久善の手紙を、こんなゲスな犯人の為に邪魔されるのが心の底から我慢ならないのだ。

 当たり前だが、そこには何も手がかりらしい手がかりはなかった。何の変哲もない、住宅街の車線のない道路。二人がその光景に閉塞感を感じ無言で立ち尽くしていると。


「あら、千咲ちゃんに、宗助君」


 背後から自分たちの名前を呼ぶ声。同時に振り返ると、そこには千代子の姿があった。杖をついていて、肩にはポーチが掛けられている。


「おばあちゃん……」

「二人でお出かけ?」

「……まぁ、そんなとこ。おばあちゃんこそ、どこかに行くの?」

「本当に仲がいいんだねぇ。私は、こないだ千咲ちゃんと宗助君に花火の話をしたら、懐かしくなって……あのかんざしを持って、あの小屋に行こうと思って」


 千代子はそう言って、ポーチを撫でる。中には、久善がプロポーズに使用したかんざしが入っているようだ。


「あの小屋って、今から行って帰ってきたら、日もくれちゃうじゃない」

「大丈夫よ。今日は足の調子もそこそこ良いの」

「大丈夫じゃないよ、最近物騒なの、知ってるでしょ!」

「知っているよ。そのせいで、花火も、中止になってしまうのだから。あの人も、顔は普段と変わらなかったけど、とても残念そうにしていたわ。私も、残念。だから、気分だけでも味わいたくて、あの小屋に行くの。寂しさを紛らわせに……」


 千代子はそう言って、家々の向こう、小屋のある小さな丘を見つめた。


「…………中止になんか、なりません」


 宗助の言葉に、千代子ははっとした顔で振り返る。


「なんていうか、大丈夫です! 皆楽しみにしているんだから……花火は、絶対に今年も、打ち上げてもらいます」


 彼女を心配させまいと、「自分たちが捕まえます」などとは言わず、ただ明るい可能性を提示したくて、明るい口調でなんとか言葉を紡ぐ。


「ありがとう、宗助君――」


 千代子が宗助の心遣いに礼を言おうとした、その時。千代子のポーチがひとりでに浮き上がった。そして、強引にカバンの紐が引っ張られ、千代子の肩から落ちて、腕を抜けて、そして独りでに浮き上がって、ふっと消えた。千代子はその理解不能な光景に目を丸くして固まったが、宗助と千咲はその現象の意味を一瞬で理解した。

 しかし。


「えっ、ああっ!」


 『透明の何か』に小突かれ千代子は悲鳴をあげつつバランスを崩してこける。千咲は慌てて千代子を抱きとめるが、その隙に犯人は逃亡してしまったようだ。カラカラと杖が床をころがる。


「宗助!!」


 千咲が宗助の名前を呼んだ頃には、既に彼は凄まじい足の回転と腕の振りを見せて道路を駆けていた。


「任せろ!」


 という言葉を残して。

 宗助は目標に向けて一直線に駆ける。他の人間から見れば、宗助がただただ全速力で独り街を駆け抜けているように見えるのだが、実際のところはそうではない。


(わかる、わかるぞ……どれだけ遮断しようと、位置はわかる……!)


 前方に、確かな違和感が存在する。目にはその姿は映らないのだが……。


(レスターとは逆だ! 『音がしない』のが、逆にお前の位置を俺に教えてくれているッ!)





 男はムシャクシャしていた。ニュースなどで「むしゃくしゃしてやった」などと犯行動機を供述する人間が居るが、今彼は、そういう人たちの気持ちがとてもわかった。

 男は、新しく手に入れた自分の能力で、やりたいままにやっていた。誰も邪魔しないどころか、誰も気付かない。そう、誰も彼の存在に気付かない、目もくれない。だが、夜道の女を襲えば、またはひったくりや空き巣をすれば、テレビや新聞がこぞって騒ぎ立て……、


「ざまぁみろ」「僕に気付かないお前たちが悪いんだ」


 そのたびに、男はそれを見ながらそんな風に歪んだ優越感と達成感に浸っていた。ニュースを全て録画して、新聞を盗み、インターネットのニュースをサーフィンして回る。

 だが、昨日それが上手くいかなかった。抵抗されたし、邪魔された。空き巣やひったくりはしなかった。だから、報道は無かった。どこにも自分を非難する言葉が無い事に、自分の存在がこの世から無くなってしまったかのような虚無感に襲われる。


(早く、早く次の“行動”に移らなければ、自分が消えてしまう……)


 そんな何の根拠もない不安に駆られて再び街に繰り出した彼は、たまたま目撃する。


「あの野郎……女も居る……やっぱりグルだったか……」


 昨日、襲いそこなった女と、邪魔をした男。そしてその二人が話しているのは、ターゲットに最適な、足の悪そうな老婆。男はニヤリと笑みを浮かべ、一旦彼らの居る道から離れ、そして心の中の『スイッチ』を入れる。そうするだけで男は自らの姿を消す事ができるのだ。テレビや新聞はどうでもいい。今は、あの二人の悔しがる顔がとにかく見たい。男は透明になり再び表路地に出て、三人の方に向かって歩き始める。話に夢中で、警戒などしていない。


「くく、たまげろ」


 老婆のカバンを掴み、ひったくる。そして小突いて、走り去る。手慣れた作業だが、男は今までよりも充実感を感じていた。


「ざまぁみろ、正義の味方ぶって、いい気になりやがって。僕に気付かないお前たちが――」


 いつもの決め台詞を言ってやるために(相手には聞こえていないが)男が走りながら振り返ると、ぎょっとした。正義の味方ぶったいけ好かないあの男が、一目散に自分めがけて走ってきているのだ。


「な、なんでだッ! 無意識に能力を解除してしまったのか!?」


 しかし周囲にちらほらと居る通行人は自分の姿や声、音に気づいている様子はなく目もくれない。


「なっ、なんでだッ! 僕が見えているのか!!? あいつだけにッ! しかも、速いッ! 速すぎるッ!」


 みるみる距離を詰めてくるその男に恐怖し、彼は前を向いて全速力で逃げ出した。





 普段徹底的に鍛えられている上に、風の抵抗を緩和し更に追い風を自分で作れる宗助の機動力に、ただの一般人に毛の生えたくらいの透明男が敵うはずもなく。

 すぐに追いつかれると判断した男は細い路地に入る。姿ははっきりとは見えないが、宗助ははっきりと感じる違和感を追って、続いてその路地へと入る。

 妨害のつもりなのだろう、周囲にある植木鉢とかダンボールとかとたんだとかをガチャガチャとひっくり返しながら違和感は路地を突き進む。(宗助や一般人から見れば)突然荒れ狂う障害物を器用に避けつつ、殆ど速度を落とさずに更に追う。

 しかし、そんな路地裏逃走劇にもついに終わりが来た。路地を抜けて再び大通りに出て、大きな川にかかる橋へと差し掛かった。違和感はそこに障害物に出来る物がないことに焦ったのか、再び全速力で走りだす。が、そんな違和感の真横を宗助は疾風の如く駆け抜け、そして目の前に回り込む。ズザザザザ、とブーツとアスファルトが擦れる音を残しながら、鋭く目を光らせて橋の上に立ちふさがる。


「もう逃げるな。時間と体力の無駄だ。俺にはお前の能力は通じないからな」


 能力のせいで顔も見えないし息遣いもわからない。何か企んだ顔をしているのか、それとも追い詰められて絶望した顔をなのか。どちらにしても、宗助はするべき事をしっかりと把握していた。


「今すぐ能力を解除して、まずカバンを返せ。そうすりゃあこれ以上あんたに危害は加えない」


 幸い周囲に人は少なく、周りの人から『独り言を言ってる人が居る』と思われる心配もないし、透明人間の存在が派手に公のものとなる心配もない。


「五つ数える内だ。…………五、四……」


 宗助が数を数え始めた時、突然カバンが現れた。千代子の、思い出のかんざしが入ったカバン。それが、橋の外側に。


「え、―――」


 そう。男はポーチを橋から川に投げ捨てたのだ。男の身体から離れたから、姿を現した。カバンの中身が空中で散らばって、それぞれが下方の川へと落下していく。財布だとか、ハンカチだとか、きれいな模様のかんざしだとか。

 呆然とその光景を眺めていると、宗助の目の前に汗だくで勝ち誇った顔をしている小太りの青年男性が姿を現した。


「はぁー、はぁー、どうしたの、君ィ、川に面白いものでも見えた?大きな魚でも居たの?」


 早口でそう言う男に、宗助は歩み寄る。


「お前……!」

「な、な、なんだよ、僕はただの通りすがりだから、あ、もしかして荷物落としちゃったとか? お気の毒だね、それ、ぷぷぷっ! 僕は関係ないけど」

「お前が透明になってひったくった荷物だよ! お前が投げたんだろ、下手な芝居してんじゃないぞ……!」


 宗助が怒気を含ませて言い男に詰め寄ると、男は汗だくの顔でひきつったニヤケ笑いを浮かべてこう言い返す。


「……え、何? 僕が? 透明になって……? 何言ってんの? 人間が透明になんて、なれるワケないじゃん?ぷぷっ、もしかして、君、よく言う『厨二病』って奴……? いい年して、そんなこと言ってまわってたら、かなり恥ずかしいよ?……超能力とか、そういうの、信じてる痛い人なの?いや、そういうの好きなのは気持ちはわかるけどねぇ……ぷぷっ」


 男のその挑発するかのような台詞に対して宗助が額に青筋を立てていると、彼らが走ってきた道を今度は千咲が走ってきた。


「宗助! そいつは、……捕まえたの!?」

「あぁ。だけどこいつ、千代子おばあちゃんの荷物を下に投げ落としやがった」

「……え……?」


 千咲が慌てて橋の手すりから乗り出して川を見下ろす。三十メートル程下に流れている川には、何も浮かんでいなかった。少しばかり広く深い川だから、そのまま流れに流されてしまったのだろう。


「今すぐ拾いに行きたいところだが、とりあえずこいつを捕まえて、全部吐かせて、事件解決を公表させないとな……!」


 宗助がバキバキと指の骨関節を鳴らしながら男を睨みつけると、その威圧感に気圧されたのか、全力疾走した疲れもあったのか、彼はその場にへたり込んでしまった。相変わらず引き攣った笑みを浮かべながら宗助を見上げる。


「だっ、だからさぁ、僕がやったって証拠、何かあるわけ? 証拠もないのに暴力で解決ですか? ええ!?」


 その妙に自信を持った言い方から察するに、今までも、今回も、証拠は残していないという自信が有るのだろう。


「証拠か。確かに、お前がやったという証拠は、俺は何も持っていない。とことん詳しく調べれば何かボロが出るかもしれないが……俺は警察でもなんでもない。そんな事はできないな」

「…………! そうだよ、証拠も何も、僕はやってないんだからな!そ、それを、透明になってひったくっただとか、いかにも厨二病な妄想押し付けて勝手に決め付けやがって、一般人のクセに! 大学生か!? 名誉毀損とか脅迫とかで訴えてやるからな、お前ぇ!!」

「……。はぁー……」


 言われた宗助は、大きくため息を吐いた。


「泣けてくるな。こんなのでも、一応守る対象で、必死こいて毎日訓練してるのかと思うと……」


 宗助が呟いて、ズボンのポケットに両手を突っ込んでため息を吐いたと同時に、パァン、と巨大な風船がはじけたような音が鳴った。へたり込んでいた男は、鳩が豆鉄砲食らったような顔で、自分の左頬を手で押さえる。


「え……?」


 なぜなら男が、その左頬に掌で思い切りひっぱたかれたような衝撃を食らったからだ。だがもちろん、目の前の宗助は彼の頬をひっぱたいてなどいないし、宗助以外に彼に近い人間など居なかった。まるで風船のような大きな空気の塊がぶつかってきてはじけたかのような衝撃。男は一体自分の左頬に何が起こったのかと混乱し、左、右、左と首をぐりんぐりんと回して周囲を伺う。だが、何も無いしだれも居ない。背後に少し離れて千咲が居るくらいだった。その千咲も、川に目を凝らしている。

 バチン!と、今度は右頬に衝撃。


「ぶっ!」


 バチン! と左頬。


「いったえぶッ!」


 バチン! と右頬。


「おお゛っ!」


 バチン! と左頬。


「う゛っ!」


 バチン! と右頬。


「えベッ!」


 しばらくの間わけの分からぬままエア往復ビンタを食らっていた男が再び宗助を見上げると、非常に冷たいニつの瞳が待ち受けていた。その眼を見て男は確信した。『目の前の男は、自分と同じ、何らかの能力を持っていて、それで自分を襲っている』と。



「…………ッ! お、お前! お前何かやってるな!! 僕の頬を何度も叩いただろう!! 見えない何かでっ!」


 男は更に感情的になって宗助に対し叫ぶ。川を見下ろしていた千咲が再び宗助と男に目を向ける。言われた宗助はというと。


「……。はぁ? 何か? 何かって、なんだよ。見えない何か? 見ての通り、両手をポケットに突っ込んでんのに、俺に何が出来るっていうの? さっきから『独りであっち向いてホイ』楽しんでると思ってたら、突然何言いだしちゃってんの?」

「何かって、わからないから訊いてんだよ! 僕の近くにはお前しか居ないだろう! お前が何かして、僕を叩いてる――ッ!?」


 バチン! 喋っている最中に右頬にまた衝撃。左、右、左、右。またしばらく、エア往復ビンタが続く。


「何かって、まさか。……まさか?! 俺が超能力を使って、お前を叩いているとでも!? ……あー、やだやだ、そういうの、厨二病って言うんだろ? まさか、超能力とか魔法とか信じてる人!? そもそも、俺がやったって証拠あんのかよ。妄想押し付けて、勝手に決め付けやがって」


 そして仕上げと言わんばかりにバチーン!と、派手な音が鳴った。男は衝撃に耐え切れず一瞬軽く宙を浮き、涙目になりながら鼻水とよだれを垂らす。両頬は既に真っ赤に腫れあがっている。


「…………ま、お前が今『何か』に襲われてるとしたなら、……正直に自分のしたことを全部俺に話すなら、助けてやらないこともないけど。俺に出来る事なんて何も無いかもしれないけどなぁ」


 宗助が低いトーンで言って睨みを利かせると、最後の一撃がなかなか効いたのか男は小さく「ひっ」と悲鳴を上げる。そしてしばらくの間目と目で無言のやりとりを交わし……。


「……。……す、すびばぜん」

「んん?」

「ぼ、僕が、や、やびました。ひっだぐりも、お、おんなのご襲っだりしだのも……空ぎ巣も……」


 男は、あっさりと白状した。それを聞いた宗助は再び深い溜息を吐く。


「……だと思ったよ。この大馬鹿野郎」

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