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machine head  作者: 伊勢 周
15章 僕に欠けているもの
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僕に欠けているもの 4 (白神弥太郎スピンオフ)

『街の北の方の駐車場崩れの空き地によく居るって聞くけど……あいつらは、かなりヤバイんスよ。下手に刺激すると何されるかわかんないって! リーダーが特にエグくて、悪口言った奴を吊るしあげてサンドバック代わりに皆でずっと殴り続けたり、一晩中バイクで引きずり回された奴とかも居るって噂だ! 俺らなんて下っ端にインネン付けられてるだけで、まだ優しい方だよ!』


 そんな浩太郎少年の忠告に「わかりました」とだけ告げて通話を切り、出かける支度を始める。通話を切る瞬間、「わかってないでしょ」と微かに聞こえた。

 五十人いるか百人いるかなんて知ったことではないし、早朝からタムロしているかなんて更に知ったことではないが、とりあえずは言われた場所へ向かおうと決意する。

 下っ端のチンピラでは話にならない。キッチリとリーダーに筋を通して、スッパリとこの姉弟の件をチャラにしていただこう。


 白神はそう考えた。


 病院を抜け出したという兄がもしその連中の集合場所に向かったとしたのならば、探して連れ戻す手間も省ける。


(こんな休日の午前も、たまには良いだろう)


 入念に顔を洗い、比較的動きやすい服に着替えて自室を出た。そのたたずまいは柳のようで、表情は穏やかな微笑。それでも、普段の自分からは考えられないような自身の行動に、白神の心は妙に高揚していた。



          *



 郊外の空き地に隣接された、もともと何かの事務所だったらしき建物の一室。広めの応接間のようなその部屋に、スクエア型の大きく黒いサングラスをかけた、長身銀短髪の男が、部屋の再奥にある少し年季の入った黒レザーのソファに浅く腰掛けて、足を投げ出してダルそうに上を見上げていた。

「あっちぃなぁ……くそ、クーラーかかれば、ここ最高に良いんだけどな……」


 独り言を本当にダルそうに呟く。その部屋には他にも数人の男が居て、それぞれぼんやりタバコをふかしていたり、地べたでごろ寝していたり、週刊誌を読んでいたり。


「ファミレスでも行きますか? 朝飯がてら」


 その独り言を聴いていたタバコをふかしていた男が提案した、その時だった。部屋の扉が開く。


「佐久間さん、変なガキが突っかかって来たんで、とりあえず捻って連れて来ました」


 金髪長髪の青年が、顔にいくつかの生傷を作った少年を引きずって部屋に入ってきて、床にその少年を投げ捨てる。ちょうどそのリーダーと呼ばれた男の前に倒れこんだ。金髪丸刈りがそのまま少年の右腕を掴みとったりをかける。少年の顔が苦痛に歪んだ。

 その少年とは、浩太郎の兄貴だった。


「…………おうおうおうおう、こんな朝っぱらから何の用だよ、ボウズ。俺はオマエみたいな奴知らねぇぞ」


 リーダーは少年の敵意に満ちた顔と眼を見て、鼻で笑う。少年は顔をしかめて叫ぶ。


「下っ端じゃ話にならないから、ここに来た……! バイクの塗装の修理代、金ならちゃんと払う、弟の写真を消すように言ってくれ!」

「……弟の写真……? …………まさかオマエ、ヤスが言ってたガキか?」


 いいおもちゃを見つけた、と言うような表情。見つけた、というよりは、オモチャの方から飛び込んできた、というような、そんな表情である。


「いや、ヤスってのは、弟分の一人だ。そいつがバカなことで騒いでると思ってよ、最初はそんなガキに構うのはやめろっつったんだ。だっせえし、どうせすぐ飽きるぞって。でもなぁ……」


 足を組み、冷たいほほ笑みを浮かべるリーダーの佐久間。地面に抑えつけられている少年を見下ろして言い放つ。


「オマエさぁ……自分が事態を余計にややこしくしてるって自覚有る? ねぇんだろうなぁ、今もこうしてややこしくしてんだから」


 周囲の取り巻き達がクスクスと笑う。


「話聞いてりゃ、俺らは最初、バイクに傷つけられたから弁償しろって言っただけだよなぁ? そしたらオマエんとこの弟が金はねぇなんて言うもんだから、そりゃ誰だってキレるだろ。なぁ? そんでちょっとばかし説得して、そらから金持ってくると思ったら、今度は兄貴が顔真っ赤にして掴みかかってきたって言うじゃねぇか。そんでウチのもん見るたびに、写真消せだの、リーダーに会わせろだの、突っかかってんだってな」


 佐久間は少年の髪の毛を無造作に掴み顔ごと持ち上げ、先程までとは一変したドスの利いた声でこう言った。


「恐いもん知らずは、今日でオシマイだ。表出ろや。社会のルールってのを教えてやるよ。俺らのやり方でな」


 少年が周りを見回すが、そこには当然、味方なんて居ない。ニヤニヤといやらしい笑顔を浮かべるチンピラが彼を囲んでいた。



         *



 夏の日差しが照りつける、外。相変わらず少年は地面に身体を押し付けられていた。

 少年が彼らの集合場所に乗り込んだ時には精々十人いるかいないかだったのだが、リーダーが呼んだのかはたまた取り巻きの仕業か、みるみるうちに彼らの仲間が集い、少年を取り囲み始めた。その数は、五十以上か。


「そうだ。オマエに、一応選択肢をやるよ。二つだけな」


 佐久間は屈みこんで、右手の人差し指と中指を立てて、少年の目の前にその手を持っていく。厚手のシルバーの指輪がそれぞれに装着されていた。


「一つは、今から俺らに寄ってたかってボコボコにされて惨めにおうちに帰る」


 左手で丁寧に人差し指を下ろす。


「そして、二つ目は……。……オマエ、姉貴居るだろ」


 取り巻き達が少年に対して下品な笑いを浴びせ始める。リーダーは立ち上がり、携帯電話を取り出すと慣れた手つきで画面を操作しつつ少年の方へと歩く。


「調べさせたぜ。ホラ、これだろ」


 そして携帯電話の画面を少年に見せる。そこにはなんと、ファミレスでアルバイトする姉が表示されていた。こんな所まで嗅ぎ回っているということに気味の悪さと強い嫌悪感を感じる。


「俺はこんな野暮ったい女好みじゃねぇんだけどな。髪真っ黒じゃん。メイクもヘッタクソだなぁおい。素材はワルかねぇけど」


 言って、苦笑いをしつつ携帯をポケットに仕舞う。


「ところでよ。百人以上も率いてると、中には女の手も握ったことありませんっていう初心なやつとかも何人か居るわけよ。そんなんじゃ示しがつかねえよなぁ。だから、そういう奴集めて、女と一晩遊ばせてやるってのも、リーダーとしての優しさじゃねぇかな? って最近思ってさ」


 佐久間はニッコリと笑う。エセ爽やかを極めたような笑顔である。


「オマエの姉貴、一晩貸せよ。それで弟の件とオマエは見逃してやるよ」


 少年の顔は、憤怒で真っ赤に燃えた。


「何、ここに連れてくるだけでいい。簡単だろ? 一晩したらちゃんと返すって。そしたらチャラ。安心しろって、マジで約束は守る漢って有名だからな、俺は。まぁ、姉貴は多少汗臭くなって帰ってくるかもしれないけどよ、ハハハ」


 佐久間がそう言った所で、少年はリーダーにつばを吐きかけた。


「……はい、貸しますとでも言うとでも思ったのかよ、このゲス野郎」

「佐久間さん! このクソガキッ!」


 少年のその行為に、周囲が色めき立つ。だが当の佐久間は大したリアクションは見せず、ゆっくりと立ち上がる。


「……アララ。やっぱり断られちまった。しょうがねぇなぁ、この件は、俺の女を回すのでなんとか考えてみるか。後のケアが面倒なんだよなぁ」


 棒読みでぶつくさとそんな事を言った。部下がタオルで佐久間の頬についたつばを拭う。


「まぁ、いい。俺はオマエの事、割りと気に入ってんだよ。長続きしそうだからな。今日も、ギリギリ壊れないくらいで、済ましてやるよ」


 リーダーはグローブを取り出し両手にはめ始めた。


「おい、持ち上げろ」

「はい」


 少年が、佐久間の部下二人に肩を担ぎ上げられる。佐久間がニッと笑い、ボクサーのようなファイティングポーズをとる。少年は、痛みに備え、目蓋をギュッと閉じる。

 とその時。


「あのー、すいません」


 佐久間の目の前に、突然にこやか顔のヤサ男が現れた。


「ああ?」


 闖入者に佐久間はマヌケな声を漏らす。そして目の前に現れたヤサ男に一歩近寄り、サングラスを外し至近距離で睨みつける。周囲がざわつき始める。その男の風貌がどうとかよりも、誰もが彼の接近に気が付かなかった事に不気味さを感じている。まるで気配が無かったのだ。


「んだよ、あんた。ひょろひょろな顔しやがって……仲間にでも入れて欲しいのか」

「はい。その通りなんですけど」


 佐久間の冗談にも、ヤサ男はニッコリと笑ったままそう応える。だが。


「あなた方の、ではなくて、この子の」


 肩越しに、右手人差し指で背後の少年を指さした。


「一緒にボコられたいってか? ハハ、おもしれえ奴だな。暑さで脳みそバグってんのか?」

「ご心配なく」

「アンタ、名前は?」

「白神弥太郎です。覚えてもらわなくて結構ですけど」

「はは。白神クンね。おい修二、こいつ相手してやれや」

「うス」


 佐久間が顎でくいっと白神を示すと、白神よりも一回り大きな筋肉質の男が、取り囲む人垣の中からずいっと出てきた。どうやら彼が修二という名前の持ち主のようだ。一方で、白神という名前を聞いた少年は驚きの目で白神の背中を見ていた。


芳樹(よしき)くん」


 名乗ったことがない、(少年からすれば)初対面の白神に自身の名を呼ばれ、少年は瞳を揺らす。


「ここに来て、この状況を見て、僕は改めてすごく考えさせられました。君のその行動が理解できなかった。家族の為とはいえ、策も計画性も無く、勝算なんて考えずに、ただ目的を果たすために、勢いだけ突進していく。僕とは正反対だ。だけど―」


 だけど、そこに何かがうっすらと見えてきた。


 ―僕に欠けているもの。


 能力が故に、闘う相手の攻撃威力がわかってしまう。その威力が強大であればあるほどまざまざと、自分との差を思い知らされる。その攻撃が自分に当たれば『どう』なるかという事が、普通の人間よりもわかってしまう。どれくらいのダメージが自分を襲うかを。


 だから、当たらないようにする。

 安全な場所に移動する。

 相手の攻撃が届かないところに退避する。

 そして、確実に自分の攻撃だけが当たる時と場所を待ち続ける。

 冷静に、自身の能力を最大限活用して。


 言葉にすれば、確かにそれはすごくスマートな戦法のように感じる。だが、時には強大な敵の、強力な攻撃に、真正面から向かって行かなければならないことも有る。

 ヤケになった、無謀な捨て身なんかではない。受け流してばかりではなく、時に立ち向かう事がまた違った活路を生み出すのだ。だが実際に、どんどんと積極的に行けば強くなれるかというと、それはわからない。

だがそういう姿勢が、時に爆発的な勢いと強さを手に入れる事を手助けしてくれる。


―それがきっと、僕に欠けているもの。


 そしてそれは、この二日間自分を見つめ続けてきて、一番しっくりと来る答えだった。


「お礼を言いたい。この答えに気付かせてくれたのは……、伝え聞いていた生方さんの言葉と、君のあまりに無謀な行動のお陰ですから」


「極端すぎますけどね」と付け加えて、振り返り芳樹少年に微笑んでみせた。


「オマエさ、急にやってきて何一人でブツクサ言ってんの? やっぱり、頭オカシイのか? 囲まれてんのわかってる?」


 無視されている修二は面白いはずもなく、その見るからに頑強な右腕を振りかぶり、白神に照準を合わせ


「頭ドついて、治してやるよォ!」


 叫びつつ白神へと踏み込み、思い切り振り下ろした。

 ……それはまるで、自動ドアのボタンに触れるかのような、はたまたICカードで駅の改札に触れるかのような、すごく何気ないものだった。振り下ろされてくる拳と腕の内側を、白神は右掌で優しく触れて、ほんの少しだけ外側へと押す。

 するとみるみる修二の身体のバランスが崩れ、足をもつれさせる。白神は右側に半歩避けるとすれ違いざまに修二の腰のあたりを左手でまたもや優しく触れると、彼は足をもつれさせドタドタと勢い良く人垣の中へと飛び込むように転び込んだ。五、六人が巻き込まれてボーリングのように倒れ、修二の巨体の下敷きになっている。


「あらら……」


 白神はその一連のドタバタを見送って、


「でも、僕はほんの少し優しく触っただけなので……、後になって『優しく触られた弾みで怪我した!』とか言って来ないでくださいよ?」


 そんな軽口を叩いて、自分を取り囲む強面の青年たちを見回しつつ不敵な笑みを浮かべた。




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