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machine head  作者: 伊勢 周
2章 特殊能力部隊・スワロウ
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フラウア

 宗助が大学を出たのは、閉館時刻の午後十時を回った頃だった。すっかり遅くなってしまったと、ため息を吐きながら大学構内を歩く。


「結局ほとんど進まなかった……。はぁ……」


 昼過ぎに大学の授業で課されたレポートを仕上げる作業に入った。パソコンの電源を入れたまでは良かったのだが、昨日に叩きつけられた情報が何度も何度も頭を巡って作業に集中できず、文章作成ソフトには支離滅裂な文章がただ広がるのみであった。

 「こんな文章を自分が書いたのか……」と、その哲学チックな文字の羅列に妙な感動さえ覚えていた。


 急にロボットに襲われて、間一髪で生き延びた直後、知らない場所で目が覚めて。傷は一瞬で治るわ、人間が機械達に消されているなんて話を聞かされるわで、今までごく平凡な一市民として暮らしてきた彼にそれらを全部「なるほど、そうなのか!」と受け入れられる程の余裕は、ある訳がなかった。おまけに、「これから一緒に戦おう!」ときたものだ。


(まったく、冗談じゃない。俺には……そんなのは無理だ)


 宗助はまたひとつため息を吐いた。いったいどんな技術が、どんな恨みが、どんな思考が、どんな性格が、ブルームという男をそうさせているのか。

 機械に襲われ消えてしまった人々はどこにいくのか。

 この日常を守るには自らの手で戦うしかないのか。

 そんな大それた事、自分は歯牙ないただの一学生のはずだったのに。


生物(にんげん)は、生まれた時から既に目を背けちゃいけない事実がそれぞれに有る」


 今朝一文字千咲に言われた言葉が、耳の中に響いた。

 闘わなければならない。あの機械の兵隊と。


(何のため?)


 守るため? それとも生きるため?


(でも、危ない。手も足も出なかった)


 あぁ、危ない。


(次は死ぬかもしれない)


 死ぬのは嫌だ。


(誰かが闘わなければ、誰かが犠牲になる。それは大事な友人や家族かも)


 それも嫌だ。


(じゃあ、どうする。彼女たちに任せておくのか? 知らんフリして)


『……』


 生方宗助という青年は、一度考え出すと深く深く思考の渦に吸い込まれていく性分だ。頭の中で自問自答するその様子は、視線は前を向いているものの、本当に前を見ているか、見えているのか、怪しいものだった。


「……やぁ。見つけたよ、えぇっと。生方、宗助」


 突然自分の名前が呼ばれ、思考の中断を余儀なくされた。背後から肩をぽんとひとつ叩かれ、驚き素早く振り返る。


 そこには見知らぬ男が立っていた。


 夜の闇に包まれた大学の構内で、飢えた狼のような少しこけた頬とぎらついた目が浮かび上がっていた。彼のその声は低くもなく高くもなく、やけに聞き取りやすい声だった。


「そんなに驚いた顔をするなよ。名前を呼ばれ慣れていなかったか?」


 不審、の一言であった。とてもじゃないが同級生という風貌ではないし、そもそも記憶をいくら攫ってみても知り合いにこんな男は居なかった。


「……。どちらさま? どこかで会った事が」

「いいや、僕たちはこれが記念すべき初対面だ。はじめまして」

「……?」


 宗助はますますその男の意図がさっぱりわからなかった。別段有名人ではないので、初対面の人間に突然名前を呼ばれ挨拶される理由は無い。

 キャンパス内とはいえ深夜にさしかかる時間帯、辺りに人の姿は見当たらない。気味の悪さが体中をどろどろと満たしていった。


「……っ。急いでいるんで、失礼します」


 宗助は適当に理由をつけてその男から離れ、大学正門へと向かう事にした。帰る家を持たない変質者が、大学を寝床にでもするために潜り込んだのかもしれない。名前を呼ばれたのもきっと聞き間違えだと決めつけた。


「急いでいる、か」


 無視だ、無視、こういう妙な輩に構うとなにをされるかわかったものじゃあない、と宗助は足早に出口へと向かう。


「初対面の怪しい男に声をかけられたと、ツバメの巣におめおめ逃げ込むのか。未熟な少年」


 宗助がその言葉にはっとなり振り返ると、男は邪悪に顔を歪めこちらを見据えていた。宗助はその一言ですぐに理解した。ブルーム・クロムシルバーと、人間を消し去るマシンヘッド。この目の前の男はその仲間であると。

 既に一度命の危機に瀕したし、稲葉や千咲、不破の話を疑っていた訳ではないが、こんなにも短期間で二度も出会う事になるとは思いもよらなかった。


 後ずさりして男との間合いを取る。外見で武器を持っている気配もないが……武器だとかそれ以前の、危険で暴力的で……禍々しい雰囲気をぎらぎらと漂わせている。


「……何なんですかあなた。人違いじゃないですか。俺はそんな名前じゃない。これ以上しつこく絡んでくるなら警察に通報して――」

「しらばっくれなくていい。しっかりと調べはついているからな、認めるまで何度でも名前を呼んでやるよ、生方宗助」

「……っ」


 低い声で名前を呼ばれると、身体は恐怖と不安で動きを封じられる。もうしらばっくれて言い逃れは出来ない。

 そんな精神状態すら逐一見透かしているかのように、男は妖しく嗤う。


「こっちも自己紹介しておこう。僕の名前はフラウア。稲葉に僕の名前を聞かなかったか? 彼とは一応顔見知りだ」

「……、……知ら、ない……」

「なんだ、つまらん。まぁいいさ、知っていても知らなくてもな。僕に課された目標は二つだけ。一つは生方宗助、お前を半殺しにして回収すること。二つ目はついでにこの近辺の人間をいくつか狩る。抵抗しても無駄だから、おとなしくしておいてくれ」

「か、……回収……?」


 そこで一度、宗助の頭は、恐怖と困惑から僅かに冷静さを取り戻していた。


(だめだ、こいつの会話に乗るな。とにかく離れないと……)


 踵を返し、距離を取る、……つもりだった。

 だが、宗助の意思とは真逆に、彼の足はフラウアへ向かって歩いていた。


「!? っ……!? ……かっ?!」


 何か喋ろうとするが、それどころか逆に呼吸さえ自身のコントロールを失った。息を吐こうとすればするほど、その意志に逆らい空気をますます吸い込んでしまうのだ。


(なんだ、これ……!)


 肺が破裂する、と思う寸前まで息を吸い込んだところで、ようやく呼吸を取り戻し、息を吐くことが許された。


「ゴホッゴホッ、…、ハァッ、ハァッ、ハァ、ゴホッ……」


 宗助はその場に跪き、激しく咽た。地面を見つめていたら、視界の端に靴のつま先が現れた。頭を上げると、フラウアが眼前まで迫っており、相変わらず愉快そうに口角を上げて宗助を見下ろしていた。


「ははは、どうした、苦しそうだな」

(……くそ、何をされたか、わからないけど……、間違いなくこいつの仕業だ……!)


 しかし思い返しても、特別何かをされたという様子はなかった。強いてあげるなら、肩を叩かれたくらいだろうか。

 呼吸も肉体の動作も自分の支配下に戻り、慌ててもう一度男から地面を転がるように間合いを取る。

 宗助は、自分に『空気を生み出す能力』が身についているというのは理解している。だけど普通の人間は、ヒトが自分の意思で自在に空気を生み出し操る、などと信じないだろう。鉄を真っ二つにするなどもっての他だ。

 だが、それと同じく、このフラウアという男が常軌を逸脱する何らかの能力を持っていても全く不思議ではないという事だ。


(だけど……一体どういう能力なのか想像もつかない……)


 宗助は、この超能力に関してより多くの情報を得ておくべきだったと後悔した。襲ってくるのは機械だけだと思っていが、首謀者を名乗る相手は人間で、彼らもまた特殊な力を持っている可能性は大いにある。そこを聞いておけば、何かしら対策を練れたかもしれない。


「ふむ、十秒程度か。面白い能力だと思ったんだが……」

「……な、に……?」

「まぁ、いいか。遊びは終わりだ。直に僕の部下がここに降りてくる。それまで、君を連れて帰るにしろ、いちいち逃げたり無駄な反撃されるのも面倒くさい。宣言通り、抵抗できないように半殺しにするが覚悟はいいか? ま、出来ていなくてもヤるが」


 フラウアは再び宗助へと歩み始める。彼の履いているブーツの底が石畳を叩き砂利を踏みしめる音が、やけに威圧的に、静かなキャンパスにこだまする。

 昨日、宗助は病院で、得体の知れない相手の懐に飛び込むのは自殺行為だと思い知った。マシンヘッドに対するあの立ち回りは、突然のことで混乱していたとはいえ、全くもって賢くなかったと反省している。

 正体不明の敵意が近づいてくるのをじっと待つなんて愚策にも程があったのだ。人間は成長する生き物だ。こんな時、どうすればいいのか宗助は学んでいる。それは――


「逃げる!」


 今度こそ、宗助は一目散に逃げ出した。





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