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machine head  作者: 伊勢 周
15章 僕に欠けているもの
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僕に欠けているもの 1 (白神弥太郎スピンオフ)

普段あまりスポットライトの当たることのない、白神弥太郎のお話です。

読まなくてもストーリーの理解にはそれほど支障は無いはずですが、読んでいただければより一層、物語の奥行を感じて頂けるのではないかと思います。よろしくお願いします。

 ガニエが美雪と対峙した廃工場では、数十人の調査班が訪れ様々な捜査が行われていた。


 ガニエが『ファウスト』と名付けた人造人間の調査解析はアーセナルに持ち帰り行われることになったが、それとはまた別に、ガニエやその人造生物達のルーツを調査する事が目的だ。

ブラックボックスの逃げた先も並行して調査が行われているが、そちらは進展が見られないため、あからさまに足跡が残っているガニエの調査の方に人員が割かれているのだ。

 調査が少し進んですぐにわかったことは、その廃工場は特にガニエのアジトだとかそういう物ではないようだということ。秘密の地下研究所でも作っているのであればまた別だが、そういった影は今のところ全く無い。

そうなると、今度はガニエはなぜこの廃工場を人さらいの場所に選んだのかという疑問が浮かんでくるわけだが……。『人が居なくて犯行を進め易かったから』で済ますのは余りに短絡的だろう。


「宍戸副隊長、運搬用のトラックが到着しました」

「あぁ、すぐ積み込んでくれ。俺も付き添う」

「わかりました」

「あのでくのぼうは、一旦アーセナルに保管だ。福知山の研究所に出しに行きたいところだが……再度妨害が入る危険性もあると言えばあるからな。慎重に事を運ぼう」


 こういった面倒な仕事はだいたい宍戸が先頭に立つ事によって進められるのだが、今回もそれに漏れずに現場で四方八方に指示を飛ばしている。


「宍戸副隊長」


 別の調査員が宍戸の元へ駆け寄り声をかける。その手には何かが握られていた。


「ガニエの上着のポケットから、こんなものが」


 その調査員はビール缶程の真っ黒の円筒形の物体を差し出す。不破が拘束した時のショックが原因か、一部破損してしまっているが、まだ原型をとどめている。手袋をはめて宍戸がそれを手に取ると、見た目からくる想像よりも少し重たく、中身が詰まっている事がわかった。


「何の機械だ……?」


 手首を回して物体をくるくる回転させ、その筒型の物体をしげしげと眺める。


「爆弾か?」

「えっ!」


 宍戸の台詞に周囲はぎょっとして後ずさる。


「まぁ、その線は無いな。そんなもんを白衣の上着に固定せずに入れてたら、誤爆させたいですと言っているような物だ」

「……で、ですよね……」


 宍戸のおちゃめ? な台詞に、周囲は冷や汗をかきつつ作業を進めていく。



          *



 アーセナル・格闘訓練室。

 そこで白神弥太郎は仰向けに倒れて、今日何度目かわからぬ天井を眺めていた。呼吸もままならない。気温の暑さと自身の身体の熱で止めどなく吹き出す汗。身体のあちこちが痛み、起き上がれない。当たり前だが彼は、好きで倒れて、好きであちこち痛めつけている訳ではない。


「どうした。もう終わりか? 白神。お前の方から、格闘訓練に付き合ってくれと言ってきたのだろう」


 そんな白神を見下ろして、稲葉は厳しい口調でそう言った。稲葉は白神とは対称的に呼吸も乱れておらず、少しの汗が額に浮かぶ程度である。


「はぁっはぁっ、はぁっ! ……はぁっ、まだ、いけっ、ます!」


 白神が床に手を付こうと腕を持ち上げた瞬間、稲葉は白神の右手首を左手でひっつかみ持ち上げて天に向かって伸ばし立ち上がることをさせず、そして左肩を右足で踏み固定し、素早く右拳を喉元に突き付ける。


「『まだ行ける』……?『もう一度お願いします』だろう。甘えるなよ。何度も負けて這いつくばる事ができるのは訓練だけだ」

「っ……もう一度、お願いします……!」

「立て」


 稲葉はすぐに腕を解き白神から離れると、白神に立ち上がるよう促す。すると白神はよろよろと立ち上がり、それでも稲葉に向けて近接戦闘の構えを取る。もし外から見ている人間が居れば、タオルでもなんでも投げ込んで白神に『もう休め、降参しろ』と言いたくなるような様相だったが、生憎止める者はそこに誰ひとり居ない。


「……白神。お前は、俺に完膚なきまでに打ち負かされれば、ただそれだけで強くなれると、そんな勘違いをしていないか?」


 白神にはその問いに思い当たるフシがあった。ほんの僅かだが、『自分は今、強い相手と厳しい訓練をしている』という実感がそんな錯覚を生んでいる。


「先の任務で何か思う所があったのだろうが……。本当に強くなりたいのなら、もっと考えなくてはならない事が山ほどある」


 フラフラと足元が覚束ない白神に、稲葉は諭すように言う。


「格闘技術も、身体能力も、少し前と比べても随分と成長した。そしてもちろん、まだまだ成長する余地はある。これは断言しよう」

「……」

「しかし、どれだけそれらを伸ばしたとしても、お前には一つ決定的に足りていないものが有る。それを補えなければ、お前はきっとこれ以上強くはなれない。俺が思うにな」

「足りて……いないもの……」


 息絶え絶えの様子で、白神は稲葉の言葉を反芻する。


「教えてやるのは簡単だが、自分でも一日考えてみるといい。今日はもう休め。オーバーワークだ」


 稲葉はそう言うと、白神に背を向けて出口へと歩き始める。


「……あっ、ありがとうございましたっ!」


 白神は汗だくのまま、稲葉の背に向かって大声で礼を言い、頭を大きく下げた。



          *



 アーセナル・医務室。

 岬はひとり机に向かって勉学に勤しんでいた。開いているのは、数学のテキスト。部屋の主である平山は留守にしているようだった(他の医療スタッフは医務室には常駐していない)。静かな室内に、シャープペンシルが紙の上を走るカリカリという音が断続的に響いていた。


「………………できたっ」


 独り言の後、机にかじりついていた上半身を起き上がらせて、ぐっと伸びをする。と、医務室の扉が開く音がした。曇りガラスのついたパーテーションから顔だけ出して出入り口の方へと目をやると、そこにはあざや擦り傷だらけの白神が申し訳なさそうに立っていた。


「あぁ、岬さん、こんにちは。おじゃまします……そして、すいません、手当をさせてもらって良いですか? 氷嚢とか、包帯とか、持ってなくて……」

「ど、どうしたんですかっ、手当って、手当なら私がしますから!」


 岬は慌てて立ち上がると白神に歩み寄る。


「あぁ、いや、ちょっと格闘訓練でこっぴどくやられてしまって。そこまでひどい怪我じゃあないから、わざわざ岬さんに手当してもらわなくても自分でしますから……汗くさいかもしれませんし」

「とにかく、そこに座って下さい!」

「は、はい……」


 一喝され、白神はおとなしく岬の言われた通りの椅子に座った。


「じゃあ、怪我した所、『ぜんぶ』遠慮せずに言って下さい。治しますから」


 「ぜんぶ」の部分を強調して言い、岬は腕をまくる。普段はおとなしい彼女のその凄まじい勢いと剣幕に押され白神は観念する。


「じゃあ、よろしくおねがいします」

「はい」


 頭から順に治療している最中、白神は再度、「すいません、岬さん。お手間をかけます」と詫びた。すると岬はニコッと笑ってこう答えた。


「謝らないで下さい。私、こうして隊の皆の役に立てることが、とっても嬉しいんです。謝られたら、そっちの方がなんだかちょっと困ってしまいます」

「……そう、ですか……」

「それに、これくらいの傷ならすぐ治せます。宗助君なんて、毎日もっとひどい状態で転がり込んできて――」


 岬はそう言って、その当時のことを思い出したのかクスリと笑う。


「それでね、意地はってるのか、遠慮してるのか、『普通の手当で良いから』って、すごく痛そうな顔で言うんです……ふふっ。私の方が年下なのに、なんだか私、お姉さんか、お母さんみたいな感じになってしまって」


 そして「泥だらけになって帰ってきた子供を迎えるお母さんって、こういう感じなのかもしれませんね」と言ってまた微笑む。治療を受けながら彼女の話を聴いていた白神も「そうかもしれませんね」と同調し、つられてふっと笑う。


「ほんと、無茶ばっかりして……、目が、離せないんですよね」


 今度は独り言のように、少し小さい声で呟いた。


「……岬さんは……」

「はい?」

「生方さんのことが好きなんですね」

「っ!? すっ、……! なんで、そう思うんですか……?」


 言われて、治療する手は硬直し、顔を紅潮させつつたずねる。


「えっと。本当に楽しそうに、彼の話をしているから」


 岬は赤い顔のままフリーズしたが、手が止まっていることに気づき再起動して白神の治療を再開する。顔はまだ赤みがかったままだが。


「別に、からかおうと思って言った訳じゃありませんよ。ちょっと気になったというか、そうなんだろうなぁと思って。気を悪くしたのなら、すいません」

「……いえ」


 白神の謝罪に消え入りそうな声で岬が答えると、それからは少しの間無言で治療が進められる。そして、岬は少し思いつめたような顔でうつむきながら、こんなことを言い出した。


「私、たまにわからなくなるんです」

「え……?」

「その、白神さんが言う『好き』って言うのは、恋してるとか、愛しているの『好き』ですよね」

「はい」

「きっと、そうなんだと思うんです。もっと一緒に居たいって思ったり、もっといろんなことを喋って、宗助君の事を知りたいって思うし、私の事を知ってほしいとも思います。……他の女の人と仲良くしてるのを見ると、その、ちょっと嫌な気持ちになったり……」


 そこまで言って、「でも」と否定語を付け加える。


「私は十二歳の頃からここにいて、隊の人達はみんな、家族のように私に接してくれて、仲良くしてくれて……。なんていうか、言葉にするのが難しいんですけど……。そんなみんなと、宗助君と、……どう違うのかなって……」


 白神は、なんとなく彼女の言わんとする事が理解できた。ずっと共に過ごしてきた家族や仲間に対する愛情と、異性に対する愛情。宗助に対して自分が、家族に向けるような愛情を向けているのか、異性に対するような愛情を向けているのか、自分でもごちゃごちゃになって区別がつけられず飲み込みきれない時が有るのだろう。これは恋だとわかっていても確信が持てない。

 赤の他人がそれを聞いたら、十八歳にもなってそれくらいの区別もつかないのか、と変に思われるかもしれないが、なにせ彼女は――


「こういうのは、覚えている限り、初めてなんで……」


 少し寂しげな表情でそう呟いた後、また手が止まっていた事に気付き、はっと顔をあげて「治療でしたね! ごめんなさい!」と詫びを入れて、治療を続ける。


「不思議ですね、白神さんと喋ってると、なんだかいろいろ喋っちゃいます」

「そうですか? 言いふらしたりしないのでご心配なく」

「ふふ、お願いします。……あ、それで、さっきの話の続きなんですけどね」

「さっきの話?」

「皆の役に立つのが嬉しいっていう話です」

「ああ」

「私は、自分で戦って周りのみんなを守る力が無いから、皆が傷つくのを見ていることしか出来ないって思っていて……宗助君が新人なのにすごく頑張ってて、活躍してて……なんだか嬉しいのと同時に、なんていうのかな……うん、寂しくなっちゃって。つい、言っちゃったんです。思っていたことをそのまま」

「生方さんに?」

「はい。……そしたら、私の力があるから、大事な一歩を強く踏み込んでいけたんだよ。戦う力になってくれているんだよ。って言ってくれて。……本当に、嬉しかったです」

「大事な、一歩……」


 白神は宗助が言ったというその言葉を呟いてみた。


 生方宗助の成長は著しい。肉体的にはもちろん、精神的にも大きく飛躍している。スワロウに所属してからたったの三ヶ月とは思えぬ力を身に着けている。新人だからとか、自分より年下だからとか、そのようなつまらない理由で彼の成長の仕方を参考にしないという手は無い。

 白神は、ブラックボックスの一件以降、純粋により強くなりたいと感じていた。ブラックボックスで起きた幾つもの攻防の中で難しい判断が幾つもあった。責める者など一人も居ないのだが、それでも白神は『自分がもっとしっかりしていれば』と自分を責め続けた。


 もっと強ければ、ミラルヴァの脅しに屈することもなかった。

 もっとしっかりしていれば、宗助と千咲にあのようなパラシュート無しのスカイダイビングをさせるような事にはならなかった。


 もっと、もっと、もっと……!


 態度にこそ見せていないが、白神はあの日以来ずっとそんな『たら』『れば』の妄想に苛まれている。そしてそれは白神の気持ちに焦りを生み、強くなるための明確な道筋も手探り状態のまま稲葉に向かっていき、こうして得るものも少ないまま傷つき、医務室で岬の手を借りている。


 白神弥太郎は今、どこにも進むべき道を見つけ出すことが出来ずただただ彷徨っていた。


(強くなりたい。今よりも、もっと、もっと……!)


 そんな漠然とした、まるでぼやけた夕日を追いかけるような途方も無い目標だけを頼りに。少しだけ輪郭をもって見えるものといえば、稲葉の言葉だけ。


(欠けているもの、か……)

「……あの、ごめんなさい。私の話ばっかりしちゃって」


 考えに耽っていると、岬が申し訳なさそうに白神にそう言った。機嫌を伺うように、白神の顔を覗き込んでいる。


「いえ、気にしないでください。岬さんとこんなに話すことも少ないですし、楽しかったですよ」

「そうですか? でも、私の話ばっかりだと悪いので、白神さんの話もしてください! 私が聴きますから!」

「え? ……いや、別に僕にはそんな話―」


 岬の提案に、やんわり断りを入れようとする白神だったが。


「千咲ちゃんですよね!」

「ゑ」


 前触れもなく図星を突かれ、アルカイクスマイルが一瞬で凍りついた。


「わかりますよ! 私、千咲ちゃんといつも一緒にいますから! 白神さん、千咲ちゃんを見る目がなんだか、すっごく優しいなぁっていつも思ってたんです!」

「あ、あはは……」


 普段は弱気というか控えめの岬がそんなふうに興奮気味に押してくるものだから、白神はますます適切であろう答えが浮かんでこず、ただただ冷や汗を流しながら引き攣った笑いを浮かべるのだった。


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