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machine head  作者: 伊勢 周
14章 二つの指輪
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微かな意思

 額に一撃を食らった不破は、そのまま後方へと勢い良く吹き飛ばされる。背中から地面に落下して、そのまま数メートル滑り、そして止まる。


「うぐ……くっそ」


 とっさに後ろに跳んだのが幸いし、額に攻撃を食らったにもかかわらず致命的な傷は負わず、ダメージも半分以下に押さえることができた。それでも額は切れて傷口から血が流れ落ち、床にいくつかの赤い模様を作る。

 しかし傷を気にしている間も与えず、ファウストは怒り狂ったヒグマのように突進して不破との間合いを再び詰め始めていた。走り方には知性の欠片もない。


「ファウストって……趣味の悪い名前だぜ」


 不破が忌々しげに呟いている間に、すぐ目の前までそいつは迫ってきていた。不破は倒れたまま床に触れ、自分の真下の部分の床をドライブで変化させて一気に上昇させると、同時に起き上がって鉄の棚の上に飛び移った。

 ファウストの攻撃は不破の作ったそのコンクリートのリフトに直撃し、それはいともたやすく粉砕された。


「つっこんでパンチしかできねぇのか」


 吐き捨て棚の上を駆け出した。ファウストは不破が立っている棚をも殴り破壊するが、不破はその前に軽快なステップで棚の上を走り抜けて、そしてファウストが居る場所と一筋違う通路へと飛び降りた。そのままファウストとは反対方向へと走リ続ける。

 少し後ろの棚がまた爆裂して、その部分からファウストが不破の走る通路へと侵入してきた。不破はちらりと背後のその状況を確認して舌打ちをして、すぐに前を向き走る。

 ドシドシドシ、と重厚な走行音が迫ってくる。

 額から流れてくる血を腕で拭ってから再度床に触れて、今度は床をトランポリンのようにして自分を上空へ弾き飛ばし、再度棚の上へと登りまた一本隣の筋へと入る。そして棚の一つに手をあてて、無理やり横に圧縮したような形に変えて、すぐさま更に隣の筋へ。

 ファウストはやはり猪突猛進で、棚を破壊して不破の一本隣の筋へと突入した。しかし不破の姿を見つけることが出来ず周囲をキョロキョロと見回していた。三メートル近くある巨人のその仕草は少し滑稽である。

 ファウストが自分を見失っているうちにと、不破は止血用の軟膏を取り出して大雑把に額に塗り、そして次にあのデカブツをどうしたものかと考える。ガニエの言う通りなら直接ドライブを叩きこむのは有効ではないようだが、生きた肉体を使用しているということはその分防御力も高くないはずと予想する。しかし。


(防御力低かったら、あんな威力のパンチをコンクリートや鉄にかました時点で、自分にモロに跳ね返ってくるだろうに……人為的に筋肉を異常強化しているのか?人間の骨格や筋肉を弄って、その結果があの巨体か)


 そう来ると、殴ったり潰したりする攻撃よりは、突き刺すような攻撃がよさそうなものだが……。あいにく不破の能力は緻密な変化が苦手で、――それなりに鋭利なものは作ろうと思えば作れるだろうが――殺傷力はそれほど期待できない。それこそ、あの巨人の活動を停止させるほどのものとなると難しい。


(……やるだけやってみて、ダメだったらまた考えるか……)


 結局そんな行き当たりばったりな結論を出した、その瞬間。不破を見失ったファウストは虱潰しの作戦に出たようで、激しく物が破壊され散らばる音が断続的に部屋を賑わせ始めた。


(やっぱ、頭は悪いな……。そんな音を立てれば、どこに居るか丸わかり――)


 そんな風に考えていると、音はどんどん不破の方へ一直線に近づいてきていて。


「……っ!マジか!」


 音の動きからくる気配に不破が慌てて横っ飛びしてその場から離脱すると、同時に不破の前にあった棚が派手に爆裂し、そこからファウストが飛び出てくる。

 巻き上がる砂煙、飛び散る細かい棚の破片に不破は目を細める。そして、ファウストの眼が再び不破を捉えた。


「……ったく」


 不破の頬に一筋の汗が流れる。


「しょうがねぇなぁ」


 呟くと、不破の顔つきが一層険しくなった。針や剣で刺す攻撃……不破が目の前の巨人を倒すにはそれが必要だ。床を変化させて、出来るだけ鋭い針を作ろうと考えた、その瞬間だった。あまりにも予想外の出来事が起きた。

 静かだった。それは全く音もせず、気配もなく。

 ファウストの腹部を、巨大な“つらら”が貫いていた。


「――!?」


 ファウストの動きが鈍くなるが、それでも動作自体は停止せず、つららに構わず目の前の不破に対して右の拳を大きく振り上げる。


「不破、くんっ! 触って!!」


 不破の耳に、自分の名を呼ぶ掠れた叫び声が、巨人の向こう側から飛んできた。


(――なるほど!!)


 不破はほぼ反射的にそのつららに触れ、そして変化を与える。

 腹部を貫いていたつららは、そこを拠点として、不破の能力によってファウストの体内を四方八方に削り進む。普通の氷よりも明らかに強固なそれは、あっという間にファウストの体を隅々までを蹂躙し、ついには頭や肩や首、臀部や太ももや背中からも、まるでもぐらが地上に顔を出すように氷の針が皮膚を突き破る。

 そして、ファウストの動きは完全に止まった。彫刻のように、拳を振り上げたまま動かない。


「……止まった、か……?」


 不破が少し警戒しつつファウストの股下を潜って反対側に顔を出すと、やはりというか、そこには中川美雪の姿があった。先ほどの掠れた声は美雪のもので、ファウストに突然突き刺さったつららも彼女のドライブの仕業だ。

 彼女の顔はやはり青白く、立っているのがやっとという様子ではあったが、しかしそれでもファウストの腹部を貫くほどのつららを作ることが出来たのは、ひとえに彼女の精神力の賜物である。

 美雪はそのままふらふらと不破の方へと歩み寄っていったかと思えば、辿り着くこと無く突然その場にへたり込んでしまった。慌てて不破が駆け寄る。

 背後で氷の砕ける音がしたのが聞こえた。


「…………美雪、ありがとう。助かった」

「……こっちの、台詞……」

「立てるか? 肩を貸すよ」


 美雪の返答を待たずに、不破は強引に彼女の腕を自分の肩に回して、腕で彼女の腰を支え立ち上がる。


「行こう。……決着をつけなくちゃあな」

「……うん」


 そして不破は、ガニエの居る場所へ、美雪と共に一歩ずつ進み始めた。





「よぉ、帰ってきたぜ」


 そう言って歩み寄ってくる不破の顔を見て、ガニエはぎょっとした。目立った外傷は額の傷くらい。自分の創りだした人造人間は、この男に通じなかったという事をすぐに理解した。

 そして。

 こんな絶体絶命な状況であるにも関わらず、彼はファウストの破壊現場を見て、そしてそこから更に自分の“創作”を進化させるタネを見つけ出したい、などと呑気に考えていた。

 それは、ある種の現実逃避であったのかもしれない。

 不破は美雪をガニエの目の前に優しく床に座らせると、ガニエにつかつかと歩み寄る。そして拘束されているガニエの後頭部をつかみ、床にぐりぐりと額を押し付けさせた。

 その体勢を無理やり言葉で形容するのなら、『土下寝』である。


「……美雪。殴るか?気の済むまで」


 床に座り込んでいる美雪に、不破が言った。


「気の済むまで殴って、張り倒して、立てるなら蹴れ。重要参考人だから殺すのはまずいが、どうしてもと言うなら……殺しても、目はつぶる」


 「お前が人殺しするところなんて、出来れば見たくないがな」と言って寂しそうに笑う。


 美雪は、ただじっと、不破によって地面に顔面を押し付けられているガニエを見ていた。彼女の目には、さっきまでと違い敵意や憎悪が宿っていない。ただただ、静かな景色を見るような、無感情な目。冷たい表情。

 少しの間、沈黙する。

 ガニエのうめき声だけが時折空気を揺らすくらいだった。


「……わからない……」


 美雪は突然つぶやいた。


「私は、わからない。大祐くんが殺されてから、何年も悲しみは消えなくて……悔しくて。どうすれば、私は、この苦しみから解放されるのだろうって……考えていた。復讐すれば、その答えが待っている筈だって思った。でも、今こうしてこの男を目の前にして、殴って、殺したとしても……何も変わる気が、しないの……。なんでだろう、わからない……こんなにも悲しくて、この男が憎いのに」


 淡々とそう語る美雪を見て、不破は、少しだけ考える素振りを見せて、次にこう言った。


「なぁ、美雪」

「……?」

「俺は気の済むまで好きにしろって言ったが……気が済む事なんて、きっと無いんだ。済ませちゃいけない。その悲しみも、出来るだけ、忘れちゃいけないんだ」

「……辛いよ、そんなの。私は、不破くんみたいになれない。いつだって、胸が張り裂けそうで――、な、何っ!?不破くん!?」


 美雪が喋っている最中、不破はガニエの頭から手を離して立ち上がり、突然美雪を抱き上げて更に走る。美雪が驚きの声をあげて、何事かと不破を見る。


「!!」


 美雪は目を丸めた。その不破の背後――自分が先程まで座り込んでいた場所のすぐ後ろに、なんと内部を破壊して動きを止めていた筈のファウストが、拳を振り上げて立っていたのだ。完全には破壊されていなかったらしい。

 壊しただろうと考えていたのと、不破との会話と考えごとで、すぐ後ろに居たのに気配に全く気付けなかった。


「よ、よくぞ戻ってきたファウスト! 戦え! こいつらを殺してしまえ!」


 しおらしい態度だったガニエが、反撃のチャンスと見て強気に叫んだ。美雪は不破の腕の中、再度つららを打ち込もうと精神を集中させる。が、しかし。

 ファウストは、回避した不破と美雪を追いかけたりはしなかった。目で追いかけることもしなかった。拳は持ち上げたまま。視線の先は、その拳の延長線上にあるのは、床に拘束されたガニエの頭部。


「え……? お、おい……!」


 困惑気味に、ガニエは目の前のファウストを見上げる。そんな声に、何事かと不破が足を止めて振り返る。


「おい、まさか、思考パターンが狂って……! お前、や、やめ――!」


 拳は、そのまま真っすぐに振り下ろされた。

 生々しい、肉と骨が砕かれる音が、静かな部屋に響き渡った。


・・・


 ファウストが振り下ろした丸太のような腕と岩のような拳は完全にガニエの頭部を破壊していた。そして、そのファウストも不破と美雪の攻撃による内部損傷が激しく、自身の攻撃による衝撃がトドメとなったのか、それ以降は完全に停止してピクリとも動くことはなかった。


 不破は美雪を抱えたまま、仲間の応援が来るまでずっと立ち尽くしていた。

 そして、複雑そうな表情でその光景を眺めていた。

 ガニエの無惨な最期を。

 この四年間にも渡る闘いの意外な幕切れを。

 ガニエが二神大祐を始め、多くの犠牲者の上に創りあげた人造人間ファウスト。そしてそのファウストによって命を絶たれたガニエ。

 それは。


 犠牲になった人々の、せめてもの抵抗だったのかもしれない。



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