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machine head  作者: 伊勢 周
14章 二つの指輪
155/286

俺に任せろ

「随分と早い到着だな。もっと時間がかかると思ったが」

「たまたま、そう、たまたま近くに居たのさ。そしたらマシンヘッドの反応があったって言われて、現場に来たら、どっかで見た、怪しい煙がわいてたもんだからよ……」


 不破は低い声で言いながら、ガニエと美雪が居る方へと近づいていく。右手首の関節をひねり、ぱきっと一度だけ鳴らした。


「すぐにお前だってわかったぜ」


 異様な殺気を放ちながら近づいてくる不破に対して流石に身の危険を感じたのか、ガニエは美雪を盾にするように持ち上げた。


「そこで止まった方がいい。この女がどうなってもいいのならな」

「……いいねぇ、そういう、悪役ド直球な台詞。こっちも本気でブチのめしてやんなきゃあな。……だが、殺しはしねぇ。いろいろと喋ってもらわなきゃいけないからな」


 不破の前進は止まらない。


「……止まれ。この女を殺すぞ」


 ガニエはぐったりとした美雪を強く揺らして存在を強調させる。そしてハッキリと警告と脅しを入れる。不破はようやくそこで立ち止まり、そして、不敵に笑ってこう言った。


「やってみるか?」


 その不破の態度と言葉にガニエは若干ペースを崩され、続きの言葉が出てこず、表情には焦りと動揺の色が浮かび始める。想定外の敵の出現。この事態をどう乗り切るか、ガニエは頭をフル回転させるが……。


「なぁガニエ。俺は、今この瞬間でも……おまえがそいつに触れているってだけでクソムカついてるんだぜ。これはマジで、正直な気持ちだ。今、俺は冷静じゃあない。冷静になれなんて、今後一切人には言えねぇくらいな」


 不破はそう続けて、自嘲気味に笑う。だがやはり目は笑っていない。そしてまた一歩、ガニエの方向へと足を踏み出し始めた。


「殺すだと? やってみろ。ただしその瞬間、俺は自分でも何をしでかすかわからねぇぞ」


 さらに一歩。

 殺気にあてられて、ガニエは全身鳥肌をたてた。背中が薄ら寒い。ほんの一瞬、『喧嘩を売る相手を間違えた』、と後悔してしまった程に。

 だが、ガニエとて相手が強くて恐いから投降する、なんて生易しい覚悟でこんなことをしているわけではない。退くという選択肢はどこにも無いのだ。

 ガニエはポケットに右手を突っ込んでもぞもぞと動かす。すると突然天井から、何かが四体降りてきて、不破の進路を阻んだ。

 それは虎だった。四匹の虎。だがそれらは、不破がこれまでの出来事から推測するに、ガニエが創りだした生物の仮面を被った機械なのだろう。こんな場所に、こんな獣など居るはずが無いのだから。

 四体が揃って不破に牙を剥く。


「そいつらは、私が野生の虎を改造したシーカーだ!! お前のドライブはこいつらには通じんぞ! 計画は崩れたが仕方あるまい、腹をかっさばかれて死ね!」

「…………お前は、一つ思い違いをしている」


 不破がため息を小さく吐いてから、思い切り床を殴った。すると不破の目の前に高さ四メートル、幅五メートルはあろうかというコンクリートの津波が一瞬で発生し、それはトラ四匹をあっという間に覆い、圧迫して破壊し、まるで巨大な人間の口が一飲みしてしまったかのように残骸を床下へと飲み込んでいった。

 そして何事もなかったかのように、その部屋は数秒前までの様相を取り戻す。


「あ…………う…………」

「どうでもいいんだよ、ぶっ壊し方なんか」


 不破は、更に一歩前へ。ガニエは、ついに一歩後ろへ後ずさる。


「そして、俺自身も認識を変えた。正直、もしまた人間の肉体を使用したマシンヘッドが現れたら……その時にそれらを攻撃できるだろうかと恐れていた。……だがよく考えりゃあ。お前みたいな奴に、死んでもなお好き勝手にされちまうくらいなら……俺に全部ぶっ壊された方が多少はマシだって思うだろうよ」


 ブツブツと、大量の汗がガニエの身体のあちこちから吹き出す。暑さのせいではない。完全に、不破の放つ殺気に心が負けてしまっているのだ。死線を何度もくぐり抜けた戦士から自分へと放たれるそれは、想像していたものを遥かに超えていた。


「うぐ……っ!」


 ガニエは美雪を手放し、思い切りその背中を蹴る。美雪はやられるがままこけて顔から地面に滑りこみ、小さくうめき声をあげてうつ伏せのまま身を捩る。

 不破がそれに一瞬気を取られた間に、ガニエは全速力で逆方向へと駆けていった。


「っ、くそ!」


 追いかけるか美雪を保護するか一瞬迷い、そして美雪の方へと駆け寄った。美雪を丁寧に仰向けに寝かせて上半身を抱き上げる。片手でバックパックから携帯用の酸素ボンベを取り出し美雪の口にあてがった。


「例のクスリを吸わされたな。これをずっと吸えば多少マシになるはずだ。自分で持てるか? 少ししたら、援護が来るから、安心しろ」


 不破が美雪の右手を取って酸素ボンベに沿わせる。が、しかし。彼女の薄く開いた目は、不破に対して何かを強く訴えていた。そして不破の持ち上げた彼女の右手は、弱々しくも人差し指が立てられており、ガニエの逃げた方向を指し示していた。


「……ぃ、……け、て……! ……は……、く……!」

(追いかけて、早く!)


 美雪の気持ちが、不破に確かに伝わった。ガニエの背中はもう見えないが、まだ、追いかければ必ず間に合う。


「……わかった、大祐の事は俺に任せろ」


 美雪をゆっくりと寝かせて、不破はガニエの走っていった方向へ全速力で駆けていく。美雪の頬を汚した土埃を、一筋の涙が流し落とした。



          *



・・・



『なぁ要。ありがとう。……それで、ごめん。いや、やっぱり、ありがとうだな』

「なんだよ。なんの事かわからん、はっきり言え大祐。お前らしくもない」

『けじめを付けておきたいんだ。しらばっくれるのはやめてくれ。美雪の事。うすうす気付いてた。でも、気付かないふりをしていた。お前がずっと側で俺達のことを応援してくれているのが、心地よくて、嬉しくてさ。だけど、お前だって美雪を――』

「……やめてくれよ、けじめも何も、美雪はお前のことが好きで、お前は美雪のことが好き。プロポーズした。OKと返事を貰った。シンプルだ。それ以外何も無いだろ。俺に何かするってんなら間違ってる」

『…………』

「……いいや、そうだな。やっぱり、あれだ。じゃあ、一言、俺が納得いくように、何かガツンと言ってもらおうか。美雪との結婚に誓いを立ててくれ」

『お、おう! ……よし、じゃあ言うぞ』

「あぁ、言ってみろ」

『俺は、俺は美雪を絶対に幸せにする! 要、お前よりも、絶対にだ! 俺が美雪を、生涯かけて守っていく!』

「…………。お、おお…………」

『どうだ!』

「いや、……なんつーか、男にプロポーズされるのはどうも……なんか背中がむず痒いと言うか。しかも電話だから耳元で」

『お前が言えと言ったんだろ!』


 ……これは、プロポーズが成功した日の夜の、不破要と二神大祐の電話での、何でもないやりとり。


――。


・・・



 ガニエが走っていった方向をトレースして不破が走る。足元を見れば、ガニエが走った関係で埃がはけて足跡が僅かに残っており、追跡はそう難しいことではなかった。足跡は建物外へと続いており、出口から外を見ると、そこにはガニエが肩で呼吸をしながら隣の建物へと駆け込んでいくのが見えた。


「一体どこへ逃げるつもりだ……?」


 七月の初夏の熱気の中、部屋の中にこもって研究ばかりしていたガニエと、日々訓練している上にドライブの訓練を高いレベルで受けている不破とでは体力が雲泥の差だ。不破というと、こめかみに少し汗が浮いているくらいで呼吸は全く乱れていなかった。


 臆すること無くガニエを追ってその建物へと飛び込んだ。そこは倉庫だったようで鉄製で背の高い棚が幾つも並べられており死角が多い。太陽の光もあまり届いておらず薄暗い。床にはあちこちにヘルメットや長靴などが無造作に転がっていた。


 そして呼吸が苦しくなったのか、先程までガニエがつけていたガスマスクが捨てられていた。ガニエの姿は見えないが、移動する足音だけは微かに聞こえる。


「俺を倒すんじゃなかったのか? 逃げるのはもうやめて、出てきたらどうだ!」


 足音のする方へと大声で言うと、足音がパタリと止まった。


「出てこないなら、俺の方からそっちへ行くぜ」


 不破が棚で作られた通路の一つを進んでいこうとした瞬間、その通路の先にガニエが走る姿が垣間見えた。そしてまた足音はパタリと止まる。周囲を警戒しつつもガニエの姿を追って棚群の中へと進んでいく。

 不破は、大抵の物理的な攻撃や罠ならなんとか出来る自信は有るのだが、有毒ガスによる攻撃は厄介であると考え、そしてそれを最も警戒しながら進んでいく。

 だが、そんなゆっくりとした歩きでは、ある程度近づくとガニエはまた逃げる。追いかける、逃げる。それの繰り返しになってしまっていた。

 不破が舌打ちをして鉄棚を殴ると一瞬でぐちゃぐちゃに形が歪み、ちり紙のように丸まり、巨大でいびつな球になった。そして不破がガニエの逃げた方向へと思い切りそれを蹴り飛ばすと、その向こうにあった棚と、更にもう一列となりの鉄棚をなぎ倒す。砂埃がわさわさと舞い上がり視界が白む。

 不破が少し咳き込みながらも、その煙の先へと目を凝らす。その先に、ガニエは居た。

 突然の棚の派手な崩壊に驚いたらしく、両腕で顔を保護しながら周囲をきょろきょろと伺っている。


「よぉ。ようやく顔を見せてくれたな」


 声をかけられるとガニエはびくりと体を震わせた。


「……ふ、ふふ……こんな中年の顔を見て楽しいか?」

「楽しい訳あるかよ。嬉しいのさ。今から、その顔面をボコボコに出来るのがな」


 不破はそう言って、自らがなぎ倒した棚を跨ぎ進む。


「ならば、チンタラしていないで、さっさとこっちに来たらどうだ」

「さっきまで逃げまわっていた癖に、言ってくれるぜ」


 ここまであからさまな罠への誘惑は有るだろうか。『罠があるからこっちに突っ込んでこい』と聞こえてもおかしくない。だが不破は止まれない。美雪と変わらない、正面突破が思考の大部分を占めている。そして、そのことをガニエは知っているのだ。


「ただ逃げ回っていた訳ではないさ……」

「逃げながら俺を罠に嵌める準備でもしていましたってか?」

「フフ……まぁ、そんなところだ」

「そうかよ」


 走り回っていた影響で未だに肩で息をするガニエを見つつ不破は床を軽く殴る。するとガニエの真下の床から細い柱が飛び出し、彼の鳩尾を思い切り突いた。


「うげっ」


 不意打ちにマヌケな声を出してガニエは悶絶し、その場にへたり込む。不破は更に床を変化させて、まるで植物のツタのように床のコンクリートを変化させ、ガニエの身体にそれらを絡みつかせて、そのまま床へと引っ張りこんで、腕手足胴体を完全に床に拘束した。


「ぐっ!」


 ガニエはうつ伏せで拘束された状態となった。もぞもぞと身体を捩るが、その程度ではどうにもならない。布や縄ではなく、コンクリートで拘束されているのだから。


「おいおい、えらく簡単に捕まったな。まさか、またダミーって事は無いだろうな」

「ゴホッ……わはッハハ、そうだ……もっと、寄って来い……! もっと、こっちへ……!」

「それは、俺に対して、『こっちに来ないでくれ』って言ってんのか? 罠がありますって、ハッタリかましてよ」


 不破が更にガニエへと近づいたその時だった。彼の背後で凄まじい轟音。振り返ると同時に、すぐ後ろにあった棚が爆裂した。まるで反対側から重機か何かが激突したかのように鉄の棚は激しくひしゃげ、折れちぎれて破損して、破片が幾つも不破に襲いかかる。


「っ!」


 とっさに両腕を喉の前でクロスさせて鉄の飛沫から急所を守り耐えていると、更に破損した棚の向こう側から身長三メートルはあろうかという巨人が飛び込んできた。その巨人は、ボロボロの深緑色した軍服のようなものを身にまとっていて、肌の色は青白く、額や手の甲に不自然に血管が浮き出ている。大きな二つの黒目で、ぎろりと不破の姿を捉えた。


「なんだこいつは……!?」

「不破、こいつこそがお前を倒すために作り上げた戦闘用の人造人間サイボーグだ! 名は『ファウスト』! こいつは、人間と機械との完全なる融合の、偉大な第一歩なのだ、ワハハハ!」


 ガニエが床に拘束された状態のままにも関わらず自慢げに叫ぶ。不破がそれに言い返す間もなく、そいつは、不破に対してその巨大な拳を振り上げた。それだけで凄まじい圧迫感が不破を包む。


「くっ……!」


 腕っ節にはそれなりに自信がある不破だが、なにぶん体躯の差がありすぎる。真っ向から受け止める事は避け、後方へ跳び避ける。次の瞬間、不破が居た場所にその拳が思い切り振り下ろされて、そして床に激突する。床のコンクリートは粉砕され、その周囲……半径一メートルの床は盤状にめくれあがった。すかさずファウストはそのまま重心を低くして、拳を腰に溜める。


(……突きか!)


 不破はファウストの次の攻撃の型を瞬時に察知する。

 突進系の技は避ける事さえ出来ればその後に出来る隙が大きいので、反撃のチャンスではあるのだが……しかし今不破とファウストがいる場所は狭い通路内。回避に使えるスペースが余りに少ない。避けることはほぼ不可能だ。確率の問題だが……。

 苦肉の策で、不破は地面に触れて厚さ三十センチ程のコンクリートの壁を目の前に創るが、ファウストはお構いなしでそのまま正拳突きを放つ。不破の作った壁など一撃で粉砕し、勢いそのままに突っ込んでくる。気づけば、目と鼻の先まで、拳が迫っていた。


「くそッ!」


 再度腕を交差させて急所を守り、そして後ろに思い切り跳ぶ。しかし、ファウストの重たい拳撃が不破の額に直撃した。



          *



 ずずぅん、と鈍い振動が地面を通して美雪の身体に伝わってきた。ここではない、少し離れた場所で、何かが起きている。きっと不破がガニエと戦闘をしているのだろう。少しずつしびれがとれてきた体をよじりながら、不破が走っていった先へと目を向ける。

 酸素ボンベのお陰なのか、吸い込んだ毒ガスの量が大したことがなかったのか、あるいはその両方か。既に意識はハッキリしていて、指先と足のつま先に気持ちの悪いしびれは残っているが、体の自由はそこそこ取り戻せたようだった。


「うぅっ……くっ……!」


 床に手をついて、次に膝をつき、四つん這いになると、次に震える足をなんとか地面に突き立てて、よろよろと立ち上がる。目蓋はまだ少し重かったが、意識はしっかりとしていた。土埃で汚れた顔や腕を厭わずに、そのまま、少しおぼつかない足取りで前へと進み始める。


「……い、か、……なきゃ……」


 この先がどんな結果になろうとも、この四年間に渡る闘いの決着を、自分の目で見るために。



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