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machine head  作者: 伊勢 周
14章 二つの指輪
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復讐への招待状

 『最低の創作』だと自ら言い放ち、しかしそれ以上を語らなかったガニエ。

 そのまま外へと出て行ったが……ラフターはどうしてもその『最低の創作』の中身が気になった。いったい何が『最低』なのか単純に気になるし、一人の設計者としての知的好奇心もくすぐられる。自然と、ラフターの足はガニエの研究室へと向いていた。


 その研究室に一歩踏み入って、ラフターはすぐに驚愕するハメになる。


(ここは本当に、機械技師の研究室なのか?)


 それが、第一の感想。室内にあったのは人間のレントゲン写真のようなものや、解剖図、臓器の模型。機械技師らしいものといえば、机の上に無造作に置いてある人間の手の骨の形の機械くらいか。まるで、医者の診察室のようだ。


(一体、奴は何を……)


 その時、つんとした生臭い匂いがラフターの鼻腔をかすめる。嗅いだことは有るには有るが、それほど経験がない匂い。


(……そこからか……?)


 研究室の奥にさらにある扉。ラフターはまるでその扉に引き寄せられるように、おそるおそる進んでいく。やはりその扉に近付くにつれて、その匂いは強くなっていく。扉の前に立ち扉に触れると、扉が右方向へとスライドする。一気に匂いが強くなる。部屋の内側から溢れてくる強烈な刺激臭にむせ返りながらも、ラフターは中へと足を踏み入れる。


「……ぅ……」


 自分は腑分け場に入ったのでは、と一瞬勘違いする程の、凄惨な光景がそこには広がっていた。血が床や壁にこびりついていたり、何の生き物のものなのか、臓物のようなものが血塗れの台の上に無造作に置かれたままになっていたり……。正気の人間が長時間の時を過ごす場所ではない。


『ヴオオオ…………!!』


 突然どこからか、うめき声が聞こえてきた。ラフターが辺りを見回す。部屋の空気全体を震わす不気味な声。遅れて、鎖を引きずるようなジャラジャラという音。ラフターは身の危険を感じて後ずさり、部屋を後にしようとした。その時。


「感心しないな。他人の研究室に勝手に入るなんて」


 背後から声をかけられる。


「たとえ『元』先生だとしても、だ」

「ガニエ……外に出ていた筈じゃ」


 声の主はガニエだった。


「一回出て行ったら、帰ってきてはいけないのか?」

「…………。お前は……一体ここで何をしているんだ……!」


 怯えたように問うラフターに対してガニエは意味深な笑みを浮かべて、こう言い返した。


「何を? ……ふふふ、身を以て味わってみるか?」


 ラフターが絶句していると、ガニエは「冗談だよ、ワハハハ」と言って、楽しそうに笑っていた。



         *



 アーセナル、オペレータールーム。時刻は日付が変わる五分前。

 マシンヘッドの反応が消えたことを確認した宗助と不破は、事後処理を見届けた後アーセナルに戻り任務の報告を行った。

 あまりの非道に憤り、絶対にこれ以上の被害は出さないと一丸になる隊員たちの中、不破はキョロキョロと「彼女」の姿を探していた。しかし室内のどこにも、彼女……美雪の姿は無かった。


「美雪さんなら、情報部に行ったわよ」


 秋月が言う。不破の心を読み取ったかのような台詞だった。


「別に俺は――」

「『ガニエ』であたってみたけど、候補が多すぎて絞れなかったみたいだから……フルネームがわかった今、もう一度データベースに問い合わせようってところね」


 否定しようとする不破を無視して続けた。


「まさか不破くん、罪悪感とか感じてる? 二神さんとか、一般人を自分のせいで沢山巻き込んじゃって、申し訳ないって」

「……」

「もしそうだとしたら、全くの見当外れだって言っておくわ。だってそうでしょ? 例えばさ、よりおいしい料理を作って欲しくて作った切れ味鋭い包丁を一人のバカが大量殺人に使ったからって、その包丁研いだ鍛冶職人を『悪い奴』だって責める人はいるかしら」

「すげえ喩え話だな」

「同じ話だと思うわ。私達は、襲ってくるマシンヘッドから皆を守る為に戦って、壊しているんだから。それに、頭狂ってる奴の逆恨みにいちいち凹んでるのなんて不破くんらしくないと思うけどなぁ」

「……大丈夫だ、凹んでなんかいない」

「あらそう?」

「そうさ。むしろ闘志ってヤツがモリモリ湧き出てきてるよ。凹んでるように見えるとしたら、それは英気を養ってるんだ」

「じゃあ余計なお世話だったかしら」秋月がクスリと笑って言った。

「いいや、ありがたく受け取っとく」


 不破もつられて小さくふっと笑い、そのまま背を向けて出口へと歩き始める。


「……? どこいくの?」

「コーヒーでも飲んでくるよ。流石に少し、くたびれた」



          *



 不破は通路を歩きながら、ガニエの言っていたことを再度思い出す。


(自分に近づいてくる人間を全て、見た目で判断するな、か……)


 確かにあの少女は、暗さもあったが、見た目だけでは生身の人間と区別が付きそうもなかった。宗助が気付いていなければ、あのまま近づいて爆破されていてもおかしくなかったのだ(お披露目だと言っていたガニエにそのつもりは無かったのかもしれないが)。


 これから先。町中、人混みに紛れて襲ってくるのかもしれない。


 一体、自分はどうするべきか。不破は考える。


 ガニエの標的は自分のようだ。ガニエ自身もそのうち姿を現すと自ら宣言していた。ならば、ある程度のリスクは承知のうえで、自分が囮になって敵が姿を表した時に尻尾をつかむのが一番の近道なのではないかと考えた。

 だが、今回のように、広範囲かつ指向性のない爆発という奇襲をされてしまっては、また無闇に被害者を増やしてしまいかねない。

 ただ、今回の件で全てに適用できそうな要素は、ガニエの作った改造人間もマシンヘッドのレーダーには反応するという事だ。


 休憩所にたどり着く。誰もいないガランとした空間に、不破の足音だけが響き渡る。コーヒーマシンのボタンを手慣れた様子で押して、数秒待ってトレイからブラックコーヒーを取り出す。


(そういえば、初めてブラックコーヒーを飲んだのは、大祐と初めて喫茶店に行った時か)


 そんなことを思い出しつつ、その場でコーヒーを啜る。

 どうにも嫌な感じが拭えない。相手は自分の居場所を知っていて、こちらからは何も見えない。

 突然レーダーに反応するマシンヘッド。

 こちらの情報はどこまで知られているのか。

 今回の件に限らずこれらはずっとだが……。

 色々な考えが巡り、それらはどこにもたどり着かずただ回り続けるだけ。

 少し寒いくらいの冷房。

 コーヒーの湯気。

 ため息。

 ここに来て相手の情報が少しずつ届き始めている。いい傾向だとは思うが、しかし、美雪はこれを機にますます独りで走り続けるだろう。不破にとってはそれが気がかりだ。

 彼女をずっと縛り続けている因縁を、早く断ち切ってしまいたい。その想いだけは、不破の心の芯の部分にたどり着いている。



          *



 翌日、早朝。

 美雪はデータベースによってある程度特定できた情報を元に、今度は外へと足を動かして居た。繁華街、陽炎が揺らめくアスファルトの上を美雪は足早に歩いて行く。あちこちに太陽を恨めしそうに見上げハンドタオルで額の汗を拭う人が歩いているが、美雪はさほど暑さを感じていない涼やかな素振り。


『名前はセス・ガニエ』

『機械技術者』

『中年~壮年の男性』

『日本語習得者』

『現在か過去に日本滞在歴あり、もしくは日本在住』


 これらの条件に当てはまる人間がなんと該当したのだ。それも比較的近場に。

 仮名である可能性も十分ありうるし、年齢層は声でだけ判断しているため確証は無い。が、それでもそこにほんの僅かでも確率があれば足を運ぶ。そうさせるのは、美雪の執念。

 彼女が足を運んだのは、新幹線が停まる駅のすぐ目の前に有る高層ホテル。データベースに載っていた『セス・ガニエ』はここに宿泊している。


 美雪はフロントを通過してエレベーターに乗り込み、『8』のボタンを押すと、数秒の浮遊感の後、八階に到達した。エレベーターを降りて目的の部屋へと歩いて行く。まだ時間は朝の七時過ぎだ。静まり返った廊下を美雪が進む。一歩一歩、覚悟を強めていく。


――これから自分が到達する場所、そこにいる人間が『黒』ならば……、私はもしかしたら、いいや、きっとそいつを殺す。その後は、知らない。


 一瞬、今は亡き婚約者の顔が浮かんだ。そして、目的の扉の前で足を止める。そっと呼び出しボタンに指を添えて、押し込んだ。扉越しに呼び鈴の音が聞こえてくる。数十秒待つが、人が出てくる気配もない。まだ寝ているのだろうかと思いもう一度ボタンを押す。しかし音沙汰が無い。

 出てこないのなら、次の手段。

 美雪は静かにドアノブに手をかける。幸いこのホテルはそれほど最新の設備ではなく、オートロックもない。普通は鍵をかけるだろうが、もしかしたら、もありうる。物は試しだ。

 ノブを下げてゆっくりと押すと、なんと鍵はかかっておらず、すっと扉が開いた。一気に緊張感が増す。もし部屋の中の人物が全くの無関係者だったなら悪いが、疑わしきは全部当たらせてもらう事に決めているのだ。


 扉を開ききり室内に入り、そっと扉を閉める。照明は点灯しておらず薄暗い。玄関にあがり、トイレと浴室の前を通り、客室への引き戸を開けた。大きめのベッドが部屋の真ん中にあって、そしてその上に敷いてある布団には、人一人分の盛り上がりができていた。


 一歩一歩、ベッドへと近づいていく。


 冷静になど居られない。何年も追い求めた仇かもしれないのだ。何度も何度も肩透かしを喰らってきたが、それでも諦めず追いかけてきた犯人が、目の前に居るのかもしれないのだ。

 全身をすっぽり布団に隠していて、頭さえ見えない。美雪は布団に手をかけて、思い切り下方へ引き剥がした。布団の中が露わになった。そして美雪は驚きのあまり一歩後ずさってしまった。


「――なッ!」


 布団の中に居たのは、全身を余さず包帯で巻かれた人間だったのだ。


「……一体、何……?」


 美雪は恐る恐るその包帯人間に目を凝らす。少し冷静になって見ればその包帯男、呼吸をしていない。呼吸をするための胸の上下運動が無いのだ。それどころか、微動だにしない。だが、死んでいるのではないようで……。


「……人形……?」


 そう、ベッドの上に横たわっているのは包帯人形だ。人の型に包帯をぐるぐる巻にしているだけ。だがいったい、何のためにこんなものが? という疑問が浮かぶ。


『ワハハハ! ちょっとは驚いてくれたかね!』


 すると突然包帯人形から声がした。その声を聞いて、美雪の目つきが急激に険しいものへと変わる。慌てて部屋の中を見回すが、人の気配は無かった。


「この声……!」

『私のことを嗅ぎまわっているようだな! あんなことをすれば当然か、ワハハ!』


 ガニエだ。半信半疑でこの場にやってきたが、ついに尻尾を掴んだのだ。だが。


『ある程度調べはついているぞ、中川美雪くん! 恥ずかしながら、女性に追いかけられるというのは人生で初めてなものでね、少し戸惑いはしたが……だが、どうやら君も不破要と親しい人物なようだ』

「……気安く呼ばないで」

『失礼、失礼! 女性の扱いは得意ではなくてね! もっとも、得意になる予定もないがね!』


 言って、ワハハ、と笑う。


『私に会いに来たのなら、残念ながら君の居るその部屋に私は居ない』

「コソコソと小細工をして、人形越しで話してばかり。出て来なさい、腰抜け」

『ならば待ち合わせをしよう。ベッドの横の電話台にメモがある。住所が書いてあるだろう? 一時間後にそこに来たまえ。もちろん君一人でな』


 美雪は言われた通り視線を電話台に向ける。そこには五センチ四方のメモ用紙が置いてあり、拾い上げると裏面に住所が書いてあった。間違いなく罠だ。今まで全く姿を表さなかったのにも関わらずこんなことをして、ガニエが一体何を企んでいるのか見当もつかないが……。


「わかったわ。一時間後、ここに行く」


 美雪は躊躇いなく了承する。


『気風が良いな。待っているよ』


 その言葉を最後に、包帯人形から聞こえる音は途絶えた。


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