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machine head  作者: 伊勢 周
14章 二つの指輪
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邪悪

 不破と美雪が高校生だった時の一幕――。


 不破はその日、一世一代の決心をした。十六年近くの人生で初めて、いわゆる愛の告白というものを行おうと決めたのだ。そのお相手は、同級生の中川美雪。


 一目惚れだった。何故か彼女の自己紹介を聴いた時点で、彼女のことで頭がいっぱいになって、日常生活すらどうにもこうにも行かなくなった。

 毎日勇気を振り絞って話しかけたし、トランペットの一件も彼女はもう気にしていないと言ってくれた。その後もかなり友好的にコミュニケーションを取ってこれたはずだと不破はこれまでの日々を思い返して再確認する。


(少なくとも、マイナスには思われていない筈! 絶対)


 携帯電話でメッセージを彼女に打っている。何度も何度も文面を練り直す。……たったの一行なのに。


 『明日、放課後空いてるか? 話したいことがあるんだけど』


 あとは送信ボタンを押すだけなのだが、なぜかためらってしまう。すると。

 その彼女から図ったかのようにメッセージが送られてきた。一旦作成した文章を下書き保存して、彼女からのメッセージを開く。


 『話したいことが有るんだけど、明日の放課後時間あるかな?』


 不破は驚きの余り仏頂面のまま画面をしばらく眺めて、


 『大丈夫。俺も話したいことが有るんだ』


 そのたった一行を、今度はやけにすんなり返すことが出来た。


――。



「……つまり、放課後に二人きりになって、いざ美雪さんに告白しようとしたら、『二神くんが好きだから仲良くなるのを手伝って』、と先制攻撃で恋愛相談されたと……」


 宗助が気まずそうに、不破の話を要約する。


「笑っちまうだろ。いや、俺も臆病もんというかお人好しというか、二つ返事で『任せろ』って言っちまって……」

「笑えませんよ……聞いてるだけで結構胸にくる物が……。美雪さんも鈍感というか……」


 宗助が苦笑いを浮かべてそう言った。二人共がなんとも言えないぎこちない笑顔。


「……むしろだな、あそこを強行突破できる奴ってのを見てみたいぜ」

「でも、不破さんも『話がある』って美雪さんに言ってたんでしょ? それはどうなったんですか?」

「あぁ……『もう解決した』って言ったらすぐ納得してた。…………でもな。まぁ、しかし不思議と、うまくいって欲しいって思えたもんだよ。逆に、『アイツなら仕方ない』って思った部分もあったんだろう。他の男だったらわからなかった、きっと」


 こんな事になっちまったけどな、と寂しそうに笑ってつぶやく不破に、宗助は返す言葉を見つけることが出来ず、項垂れる。


「ま、そんで俺は目出度く恋のキューピッドってやつになったって訳だ。負け犬と言われれば負け犬だが……いちゃいちゃやって幸せそうな二人を側で見守ってるのも、割り切ればそれなりに居心地が良かったんだ。遠吠えじゃないぞ」

「ははは」


 不破がおどけて言うと、宗助にも笑みがこぼれた。


「あー、なんか色々喋っちまった。もともと何の話してたんだっけか」

「特に決めて無かったじゃないですか。ただの雑談ですよ、雑談」

「そうだったか?」

「そうですよ」


 宗助が笑って言い切った。


「しかし、いつまでもここに居るのもあれだ、俺たちは今待機中だ。そろそろ戻ろう」

「あ、はい」


 不破が立ち上がってぐっと伸びをする。


「まぁ、ちょっとは気が紛れた。ありがとな、宗助」

「いえ、そんな大したことは……」


 宗助が言いかけた所で、ビィーーーー! と二人の懐から携帯の着信がなる。通常の着信と異なるこの呼び出し音は……


「……マシンヘッドか!」


 確認するまでもなく宗助も急いで立ち上がり、二人は屋上の出入り口へとかけ出した。



          *



『反応数は一つ、エリアは東宮町。現在移動はない。郊外のレジャー施設内だ、周囲の一般人に十分気をつけろ。出動する隊員は不破、サポートは生方。迅速に現場に出動せよ』


 作戦指示を受けた不破と宗助は、マシンヘッドの反応があったその郊外の巨大レジャー施設に入り込んでいた。多目的広場からキャンプ場・テニスコートやサッカー場など様々な施設を備えていて、そして現在二人が走り進んでいるのはハイキングコース。夜間は封鎖されているので基本的に灯りなどが無く、通常の歩道に比べて視界が極端に悪い。

 若干身体を緊張させながら、ハイキングコースをゆっくりと進む。作られた道以外は森林のように木々が茂っており、死角だらけだ。


「……―?」


 宗助がいきなり立ち止まる。不破がしばらく先へ進んでから、後ろに付いてこない宗助を不審に思い声をかける。


「おい、どうした、何かあったか」

「……何か、聞こえます。声……?」


 宗助は音を拾う能力に長けている。その事を不破も知っていて、宗助のその言葉を信用して音をたてずに、宗助の次の報告を待つ。


「……やっぱり、声です。人の声……」

「近くに誰か居るってことか……どうすべきか……」

「……! 助けて、って言ってます、行きましょう!」

「……あー、ちょっと待て。だそうですが、その声をとりあえず優先してもいいでしょうか、本部」


 不破がインカムをつまみ司令に対して許可を仰ぐ。この場合マシンヘッドを先に叩いてしまうのが先なのか、宗助が拾ったその声を優先するのか、意見がわかれるところだろう。ただ、『助けて』という言葉は見過ごせないものがある。司令の下した判断は。


『行ってくれ、一般人を巻き込まないことが優先だ。マシンヘッドに襲われているのかもしれん。ただ、細心の注意を払え。どこに潜んでいるか、レーダーにも誤差は充分ありうる』

「了解。宗助、音をたどってくれ」

「了解!」


 そして。一分ほど道なりに進むと、不破の耳にも確かに「誰か、助けて」という言葉が微かに届いた。目の前は高台になっており、屋根付きの休憩スペースが建てられていた。木材で作られた階段を駆け上がり、宗助が当たりを見回す。


 声を頼りに進むと、目の前に崖のような急勾配な坂があって、その下を見下ろすと、女性がうつ伏せに倒れているのが見えた。二人がその坂を滑って降りると、そこに倒れていたのは中学生か高校生ほどの少女だった。


「おい、どうしたんだ。転げ落ちたのか?」


 不破が声をかけながら女性に歩み寄っていく。


「……! あぁ、良かった、一人で散歩していたら、そこの柵が壊れていて転げ落ちてしまって……、両足をくじいてしまったんです……! もう、このまま誰にも助けてもらえないかと……」

「そうか、もう大丈夫だ。病院に連れてって「不破さん!」


 不破がその少女の二メートルほど手前まで歩み寄った時、後ろに居た宗助が突然不破の名を呼んだ。不破が振り返る。


「そこで止まって下さい……!」

「おい、なんだよ。助けに行こうっていったり止まれって言ったり……」

「今から、俺は……訳がわからない事を言います……が、……ただ、冗談やウソは言いません。これが何を示すかも想像がつきませんが……」


 不破は怪訝な顔で宗助の顔を見る。宗助の顔も、不可解なものに出会ったかのようにガチガチにひきつっている。


「その女性は……、呼吸を、息を、していません……!」

「…………なに?」


 不破がその女性に再度目をやる。相手の呼吸や微かな鼓動音さえ読めてしまう宗助の空気感知に反応しない。暗い上にうつ伏せで少女の表情が見えない。

 が――。次の瞬間。


「……下手な芝居もうってみるものだな。まぁここまで近寄られては流石に騙せないか」


 少女がうつ伏せのままつぶやきムクリと起き上がると、恐いほどの無表情で二人と向き合った。


「……思いのほかすぐに出会えたな、不破要。隣にいるのは、フラウアをやった生方宗助か。なかなか見事な戦いぶりだったぞ、敵ながら天晴だ。ワハハハ」


 身体は明らかに女性で、先ほどまで助けを求めていた声も女性のそれだったのに。しかし今彼女が発しているのは、少しばかり年齢のいった男性の低い声だ。


「なんだ、お前は……!」


 そのあべこべさを不気味に感じてか、不破の口からは三流の悪役のようなセリフしか出てこない。


「私か? 私の名はセス・ガニエ。ただの機械技術者さ。付け加えるならば、不破、私は君が大嫌いだ」

「……会っていきなりだな、おい」

「ふふ、会うのはもう少し先さ。今君らが目にしているこの女性は、君らとも私ともなんの関係もない一般人なのだから」

(不破さん、ガニエって……!)

(わかってる、今はしゃべるな)

「この女性は、君たちの言葉で言うならば、サイボーグという奴かな、いや、改造人間か」

「改造、だと……」

「そうさ。彼女は生きている。人間としては死んでいるのだが……肉体は生きている。つまりは、不破、君の力では彼女は変形させることは出来ないはずだ。中身は機械だが、表面上は、人間の生きている肉体を使用しているのだからな!」


 何を言っているのか、二人には到底理解できなかった。死んでいるけど、生きている。目の前の少女は無関係で、死んでいて、生きた肉体を、『使用』している?


「私は悩んだよ。不破、君の破壊はあまりにも醜い。私の作品達を、何の工夫もなく、何の美学も存在させず破壊するその能力が憎かった。そこでだ。君の能力の欠点。定形のないもの、そして生物は変形させることが出来ないという点を突くことにした。決まった形をもたないシーカーをラフターが作っていたが、あれもその一環だったのさ」

「カレイドスコープのことか……」

「だが私は、『生物』の方に目をつけた。当然一朝一夕で開発出来るようなシロモノじゃあなかった。苦労したんだぞ、何年もかけた。このレベルにまで到達するのは。『彼女』は実験に次ぐ実験、山ほどの失敗があって、今こうしてしっかりと立っているのだよ。犠牲になった人々には感謝しなくてはな! ワハハハ!」

「実験……まさか……!」


 宗助の頭にあった数々の言葉が徐々につながり始める。ガニエという名前、ミラルヴァが言っていた実験動物という言葉、ブラックボックスに監禁されていた人々、その人たちと二神大祐の共通点。そして全身を切り裂かれ内臓や肉をえぐり取られた無残過ぎる彼の死に様――。

 失敗というのは、犠牲というのは……。


「生きた肉体と機械の融合……すべては、不破! 君のくそったれな能力に私の素晴らしい技術が討ち勝つ事を証明するためだ! 少々《・・》邪道だが、君の能力自体が理不尽なのだから、それも仕方あるまい!」


 宗助は頭の中がカッと、真っ白に爆発するかのような感覚を覚えた。怒り、怒り、怒り! それだけが頭を埋め尽くしていく。顔がみるみる紅潮していく。


「そんな、そんなことの為に……!」


 二神大祐を殺して山中に捨てたのは、間違いない、このガニエという男だ。宗助は憤怒の形相で睨み、拳を握りしめる。


「そんなもの? 君らには私の気持ちがわからんのだ。だからそんな風に言える。ま、わかってほしいとも思わんがね」


 小馬鹿にするようなその一言を聞いて思わず跳びかかろうとする宗助を不破が右手一本を前に出して制する。


「……やめろ宗助。目の前のこの子も、被害者だ。攻撃したところで……」


 不破の声も震えている。必死に感情を押し殺して、冷静さを保とうとしているのだ。


「甘いな不破! 君の目の前の彼女は、もはや私の兵隊だぞ! ワハハ、とはいえ、この女性は戦闘向きには作っていない。お披露目というやつだな!」

「……なに?」

「これから、お前と私の戦いが始まる訳だ。そのうちお前の目の前に、私も姿を現そう」

「そん時はお前がぶっ飛ばされる時だろうがな」

「そいつは楽しみだ、必死になるがいい。しかしこの『彼女』、一目見ただけでは区別がつかんだろう。お前がこれから街を歩く時、人と出会う時、お得意の人助けをする時……自分に近づいてくる人間全て、見た目で判断せんことだな!」


 目の前の少女がにこりと笑って、二人に向けて投げキッスをした。


「そしてこれが挨拶代わりだ、受け取ってくれたまえ! ワハハハ!」


 ガニエの台詞が終わると同時に、目の前の彼女は笑顔のまま人間には到底不可能であろう形にぐにゃりと歪む。

 不破はそれが危険な信号だと即座に察知して、あわてて振り返り「伏せろ!!」と宗助に向かって叫んだ。宗助もその言葉にすぐに反応し、二人して『彼女』と反対方向へ三歩ダッシュして、そのまま地面にダイブした。

 耳をつんざく爆裂音が鳴り響く。背中に凄まじい衝撃を受け、頭を両手で押さえて必死で地面にしがみつく。数秒して、元通りの静かな夜がやってきた。火薬の匂いと、肉の焦げた匂いが辺りに漂ってはいるが。


「く……そ……。大丈夫か、宗助……」

「はい、なんとか…………」


 二人は立ち上がり、背中部分が煤だらけのボロボロになった隊員ジャケットの砂を払うと『彼女』の居た方向を見る。辺りには細かい機械部品と、焦げた燃えカスが散らばっていた。


「タス――テ、タケテ、ケテ、アシヲ――タノ」


 爆破された中で、奇跡的に壊れずに残ったのだろう。半壊して出力部がむき出しの小型スピーカーのようなものが落ちていて、それが未だにノイズ混じりの女性の声を微かに流し続けていた。


「――タス、ケテ……、コノママ、カエレナイ、カト、ワタシ」


 不破がそれを思い切り踏み潰し破壊する。二人共、言葉が出て来なかった。不破はそのまましばらく、俯いたまま棒立ち。宗助は両膝を地面について項垂れて……。ただただ、襲い来る様々な感情を必死に耐え、処理し続けるしか無かった。


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