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machine head  作者: 伊勢 周
14章 二つの指輪
150/286

Painkiller

 そうと決めてから、彼の行動は早かった。彼の心には一欠片の迷いもない。部屋から出たガニエは、さっそく準備の為に倉庫へと向かう。


「待っていろ、不破。マシーナリーとして最低の兵器で貴様を殺す……」


 決意と喜びに満ち溢れた顔で倉庫の扉をいそいそと開いた瞬間、背後から声をかけられた。


「ガニエ、何をしている」


 振り返るとそこには、初老の男・ラフターが居た。


「何をしているか? 私には私の決着を付ける必要があるのだよ」

「決着だと?」

「逆に問おう、私の師・ラフターよ。このままあの男を放っておいていいと思うか? 我らの最大の敵だ。あの理不尽な存在を許せるのか」

「……不破のことか」

「そうとも」


 ガニエは不敵に笑い、倉庫内へと進入する。ラフターもそれに続いた。ラフターはそのガニエを目の前にして、もともと多い顔のシワを一層増やして、何と言おうか考える。


 ラフターはシーカーの『設計者』である。基本モデルの製作図は彼が考案した。彼の作った図面の通りに『作成技術者』であるガニエがシーカーを完成させる。

 それが彼らの関係だった。組み立てる手順や技術が明確化すると、今度は製造ラインが作られて、大量生産へと発展する。

 ガニエは天才であった。言われたこと教わったことをそのまま完璧にこなす部類の、ではなく、それらに付加価値を生み出す、という点において。設計に関しての基礎的な知識をラフターから教わると、後はガニエ自身が恐るべき早さで様々な知識を吸収していき、シーカーの亜種を創りだした。ラフターの考案したそれよりも、かなり前衛的で攻撃的なデザインのものを。

 ラフターは彼のその設計者としての才能に驚くと同時にすんなりと認め、互いに設計者として意見を共有し特殊なシーカーの作成に精を出していたのだが……。


 ある日ガニエが、妙な事を始めた。


 人間を、実験材料だと言い張り生きたまま連れて返ってきたのだ。それも大量に。「何をするつもりだ」と問いただしてもガニエは応えず。彼は、隔離された場所に篭ってあまりに怪しい何かの実験と作業を繰り返していた。そのために何度か外出を繰り返していたようだ。その度に、新たな実験材料を手に戻ってきた。

 それから、同じ場所に居るといつのに疎遠になっていた二人がこうして久方ぶりに会話を交している訳だ。


「……ガニエ、お前、今まで部屋に篭って何をしていた」

「創作さ。最低な創作をしていた」

「最低な創作だと?」

「そうとも。そして――」

「?」

「不破という天敵への挑戦でもある」



          *



 病院からの帰路、不破が運転する乗用車でアーセナルへの山道を走る。稲葉が助手席に座り、美雪が後部座席に座っている。不破と稲葉は、男の口から出た『ガニエ』という名について話をしていた。


「今まで聞いたことがない名前だな」

「そうっすね。しかも、ノルマがどうとかって。シリングとつるんでるのは、フラウアだけじゃなかったんでしょうか?」

「わからん。ただ、白神がミラルヴァから聞いた話も加味すると、何かの実験を目的として人間をああやって連れて帰っているようだ。酷いことをしやがる」

「でも、フラウアが言っていた、人間の魂を集めるだとかいう話と矛盾というか、噛み合ってないんですよね。奴らは一枚岩じゃないんでしょうか」

「ふむ……」


 稲葉は横目でちらりと後部座席の美雪の様子をうかがう。彼女は特に表情を変えること無く、じっと外を眺めていた。稲葉は話を続ける。


「ストレートに考えるなら……そのガニエという、男か女かわからんが、そいつが首謀して、マシンヘッドとはまた別に人間を誘拐して人体実験のような事をしている。そして……」

「大祐も、その被害者だろうという事、ですか」

「……ああ。その線が濃いだろう」

「…………」


 車内に沈黙が訪れる。病院とアーセナルはそれほど距離もなく、気づけばゲートに到着していた。基地内にゆっくりと進入し、屋内車庫へと向かう。車庫に入り所定の場所に停車すると、稲葉、美雪、不破の順に車から降り立った。


「それじゃあ、俺は司令のところに報告に行ってくる。付き添いと運転助かったよ」

「いえ、大した意見も出せなくて申し訳ないっす」

「美雪さんも」

「いえ……」

「それじゃあ、また後で」


 言い残して、稲葉は早歩きでその場を去った。残された不破は、隣の美雪を見る。彼女は不破に何も告げず、稲葉を追いかけるように車庫出口へと歩き始める。


「おい、どこ行くんだ?」

「情報部にお邪魔するわ」


 美雪は立ち止まらず、そのまま車庫の出口を潜って基地内へと入って行ってしまった。不破はやれやれといった表情で一瞬顔をしかめ、すぐに後を追う。


「っと、と」


 しかし車に施錠していない事をすぐ思い出し、上半身だけひねって振り返り、キーの遠隔操作で施錠を行った。そして今度こそ彼女を追う。不破が美雪に追いついたのは、アーセナルのエントランスまで歩いた時だった。不破は彼女の背後を歩きながら声をかける。


「情報部に行って何をするつもりだ」

「決まってるわ。そのガニエという名前を調べてもらうのよ。データベースに載っているかもしれない」

「望みは薄いだろうけどなぁ……」


 不破が呟くが、美雪は歩くスピードを緩めず、情報部への道を真っ直ぐ突き進む。どれだけ望みが薄かろうが、可能性が低かろうが、それがゼロでない限り追い求める。彼女は今までずっとそうしてきたし、そのことを不破も知っている。

 真実を追い求めて走り続けて、結果何処にも辿りつけないまま。そんな事を美雪は何度も何度も繰り返している。そしてその度に、落胆を味わうのだ。

 早歩きで歩く彼女の後ろ姿を見て、不破はつい、口からこんな言葉が出た。


「なぁ、美雪……。お前は、辛くないのか? いつまでもいつまでも、過去に囚われて」


 言われた美雪が、立ち止まった。



          *



「美雪、お前は辛くないのか?」


 千咲と岬がアーセナルのエントランスを二人で歩いていると、不破のそんな声が聞こえてきた。声のした方を見ると、そこには立ち尽くす美雪と、その数歩後ろで彼女の後ろ姿をじっと見つめている不破の姿があった。

 悪いものを見てしまったわけでもないのに、なんとなく千咲と岬は物陰に隠れて様子を見る。


(何かあったのかな?)

(さぁ、今日は稲葉隊長と三人で病院に行くって聞いてたけど……)


 小声で会話しながら、二人を見る。すると。


「辛いよ」


 美雪が一言。


「辛いに決まってるじゃない。行き先なんて何処にも見えない。どこにたどり着くかもわからないのに……もうどれくらい経つのかな」

「じゃあもう休めよ。後は俺らに任せて――」

「辛いから、休まないの」


 少し強めの早口口調で言い返す。彼女が語気を強めて喋るというのを初めて見た千咲と岬はお互い顔を見合わせて息を呑んだ。普段静かな人間が怒ると余計に恐く感じるが、美雪はまさにそれだ。


「辛いから走るの。辛いから、復讐をするの……! 私自身の手で! そうでなければ、私は、正気を保っていられないから……!」

「お前は走ってなんかいない。それじゃあ、復讐を果たしたら! その後はどうする!? 辛くなくなるのか!? それで気持ちは切り替わるのか!」


 負けじと、不破の語気も荒くなる。すると美雪が振り返り、不破をどぎつい目つきで睨む。眉も目も完全につり上がっている。遠くで様子を伺っている千咲と岬までがビビって萎縮してしまう程の眼力。


「後のことなんか知らない! まさかあなた、彼が、どんな殺され方をしたか忘れた訳じゃないわよね……! 薬漬けにされて、生きたまま体中あちこち切り開かれて、妙な機械を埋め込められて! 挙句の果てに、ズタボロのまま山の中に捨てられて、誰にも見つけられずに!」

「忘れるわけねぇだろ。だがな――」

「人間なんて、いつかは死ぬわ。生きているんだもの。誰もが寿命を全うして死ねる訳ないなんて事もわかってる。でも、……でも! 生涯を共にすると誓った人が、人間としての尊厳を微塵も残さず砕かれて殺されて、私は、それを過去のことにして黙って暮らしていく事なんてできない!」

「復讐を諦めろと言ってるんじゃねぇ! それが全てじゃあないだろう! もっと頼ってくれてもいい! 少しくらい休め! 一人でふらふら何も相談なしに行動するな! 怒りのままに敵に一人で突っ込んで……それでお前にまで何かあったら、俺は……!」


 不破がそこまで言って、口をつぐむ。二人はまた、無言で睨み合う。千咲も岬も金縛りにあったように身体がしびれて動けず、ただただ交互に不破と美雪それぞれに視線を行ったり来たりさせていた。するとそこに。


「なんだなんだ、叫び声が聞こえたけど、喧嘩か!」


 たまたま近くを通りかかったアーセナルの初老の男性職員がその空間に入ってきた。だがその彼も、瞬時にただならぬ雰囲気を感じ取って、未だに睨み合う不破と美雪を交互に見てどうしたものかとオロオロとしている。


「…………不破くん」


 と、突然美雪が、落ち着きを取り戻した声で名前を呼んだ。


「……何だ」


「私は、休むつもりなんて無い。何処に居たって何をしていたって、きっと心がやすまる事なんて無いから。もう、二度と」

「……」

「だから、不破くんの言うことは、きかない。先のことなんて知らない。私は私のやり方で……この手で、決着をつける」

「美雪……」

「それじゃあ、私は行くから」


 美雪は長い髪を翻して、そのまま通路を歩いて行った。きっと情報室に行くのだろう。不破は彼女の後を追わずに、その場に立ち尽くす。


「……その、なんだ……あんまり、喧嘩するんじゃないぞ」


 職員の男性は困惑気味に不破に言って、また持ち場へと戻っていった。千咲と岬は、未だにその場に立ち尽くす不破の背中を見る。その背中は、今まで過ごしてきた中のどんな時よりも、話しかけることを躊躇させられる背中で、そしてどんな時より悲しそうな背中だった。


「不破さん……」


 千咲も岬も、心配そうな表情で、ただ彼の名前を口にした。それも不破の耳に届くことはなく。


「……今のが喧嘩かよ」


 不破は俯いて、自嘲気味に呟いた。


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