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machine head  作者: 伊勢 周
2章 特殊能力部隊・スワロウ
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仲間を求めて


 夢を見ていた。

 市街地の道の真中でぼんやりと立っており、人や車が自分の身体をすり抜けて通り過ぎていく。

 二人の女の子が、仲良く二人で市街地を歩いている。三歳か四歳くらいだろうか、無邪気に笑い合いながら歩いている。

 双子なのかもしれない。顔がそっくりであった。その両隣には、大人の男性と女性。


(あぁ。またこの夢か)


 夢を見ながら自分が今夢を見ていると気付く。そして、この夢に見覚えがあった。というよりも、なんとなく思い出した。


「リル、そんなに走り回っていたら転ぶよ。もうちょっと落ち着きなさいな」

(今回の夢はセリフ音声付か……。声が頭に直接響いてくる。不思議な感じだ)


 二人のうちの片方、走り回っていた少女が、その声に対して振り返り、満面の笑みで言葉を返す。


「もしけがしちゃっても、おかあさんがなおしてくれるんでしょ?」


 どうやらその声は母親のものらしい。少女は走り回るのを止めない。目に見える全てのものが、彼女にとって好奇心の対象なのであろう。道沿いに植えてある花を見つめてみたり、地面を歩く虫を追いかけてみたり。


「それでも、怪我をしないに越したことはないのよ。ほら、もう、見てられないから」


 母親がため息混じりに言う。すると。


「リルっ、おかあさんのいうことききなさい、ころんでないちゃっても、レナはしらないからね」


 もう片方の少女が、腰に拳をあてて肩をいからせ、咎めるような目つきでリルと呼んだ少女をきっと睨んでいる。


「双子なのに、レナとリルはずいぶん性格が違っちゃったもんだなぁ」


 少しだけ視界が横にずれ、今度は二十代中盤程の男性が、楽しさ半分呆れ半分の苦笑い顔でその少女達の様子を見ているのが見えた。

 その顔を目にした瞬間、一瞬呼吸を忘れた。

 しかし、何故そんな風になったか自分でもわからなかった。こんな顔の友人や知人は居ない。だけど……


(……。この人の顔、どこかで見た。誰だ。つい最近だ。確か、この顔は……―)




「おー、意外と片付いてる」


 昨日の夕方から聞き続けた女性の声で夢から覚めた。むくりと起き上がり、侵入者に非難の目を向ける。部屋の入口に立っていたのは赤毛のポニーテールがトレードマークの女性、一文字千咲。


「いや、お前、人の部屋に勝手に入って……」

「ノックしたけど返事なかったからさ、体調でも悪いのかなと思って」


 千咲は悪びれる事もなく、部屋の中をじろじろ見回している。彼女の辞書に遠慮という言葉は無いのか、それともこれが彼女流の人との距離のとり方なのだろうか、寝起きで回らない頭を無理矢理回転させ、ここで彼女と言い争いをした所でのらりくらり躱されてしまうのだろうと、たった半日で既に彼女との会話の行く末を悟っていた宗助は、「……あぁ、そう」という言葉で済ませた。

 壁掛時計に目を向けると、時刻は午前九時を回っていた。


「朝ご飯作ったから、さっさと着替えて顔洗って下降りてきなよ」

「……あぁ、そりゃどうも。先に下に降りといて」


 宗助の返事に満足した千咲は部屋を後にした。

 ここは誰の家だっけ、あいつ母親か何かだっけ、と頭の中でボヤきながら適当な服装に着替え、階下のダイニングへと向かう。

 岬から「おはよう」と爽やかでにこやかな挨拶を受けた後、用意された目玉焼きと冷蔵庫内にあった残り物を箸でつつきながら、芸能スキャンダル好きの主婦の為のワイドショーになんとなくチャンネルを合わせて眺めていた。

 誰が付き合っただとか別れたとか、全く身にならない下らない内容が、今の彼にとってはちょうど良かった。


「宗助君は、今日は休みって言ってたけど、お昼から何か用事があるの?」


 岬からの質問に、思わず「それを聞きたいのはこっちの方だ」と言い返してしまいたくなったが、質問に質問で返すのはよくない、と考えて「昼から課題のレポートを書きに学校に行くよ」と一呼吸で答えた。その後に「そっちこそ、今から何するつもりなんだ」と切り返した。

 問われた岬は、隣の千咲に対して「どうしよう?」と尋ねると、彼女はしばらく逡巡した後にこんな事を言いだした。


「せっかくだし、あんたの通う大学見て行こうかな」

「いや、帰れよ」


 間髪を入れない宗助のツッコミに、千咲はむっとした顔になって反撃する。


「態度悪っ。だいたい休みなのに学校行って課題って。友達とかいないの?」

「友達いたって毎週のように遊んだりしないだろ。だいたいそっちだって、仕事はどうしたんだよ、特殊部隊のお仕事は」

「非番!」

「……岬は?」

「私も昨日の夜に連絡したら休んで良いって」

「……どんだけルーズなんだよ、特殊部隊」

「締めるところは締めてるからさ。それに規則がきつきつよりも多少融通効く方があんたも良いでしょ? でも、所属の基地からあんまり遠くに離れられないってのは憶えておいて」

「あのなぁ、昨日から俺は入隊するなんて一言も言ってない。お前らが俺を仲間になったみたいな接し方してきたって、入隊するつもりなんてないからな。こっちにはこっちの都合がある」


 宗助は不機嫌そうに、きっぱりと目の前の二人にお断りのセリフを浴びせる。


「あの稲葉って人に伝えてくれ。必死こいて勉強して大学にやっと入学できたばかりなのに、なんで二週間後には特殊部隊行きなんだよ。おかしすぎるだろって」


 しかし、やはりと言うべきか、彼女は宗助の訴えを全く意に介さない。


「言ってなくても、つもりがなくても、もう決まっている事だからさっさと諦めた方がいいよ。既にそういう風に全てが動いてる。それに、一流大学卒のサラリーマン二人並べたって追いつかないような給料もらえるよ。……命かかってるけど」

「給料うんぬんじゃなくてさぁ……。あ、っていうかそうだ、思い出した。何勝手に妹の病院を別の所に移してんだよ!」

「妹って、あおいちゃん? それは私達も知らないよ。ねぇ岬」「うん、知らない」

「うそつけ、昨日の晩国立病院に移すって病院側から連絡がきたって親父が言ってたぞ!」

「あー。私らには連絡来てないけど、まぁ、スワロウなりの配慮だと思う」

「配慮? 何をどう配慮すれば、妹の入院先を勝手に変える事に繋がるんだ」

「そりゃあ、家族が襲われたとあっちゃあ、気が気でならないでしょ? 心配で鍛錬や任務に集中できません、じゃあ困るから、安全な管轄の病院にって事なんでしょ。流石にお父さんを無理矢理保護するってのは無理だし、一度襲われていて、なおかつまた襲われる可能性が高い妹さんが優先」

「いや、だから――」

「もうわかってるんでしょう。いくら拒否したって、絶対に目を背けられない時が来る。逃げずに立ち向かわないと、状況は悪くなるだけだよ」

「俺が逃げてる? 逃げてなんかない! 当たり前の事を言ってるだけだ!」

「いいや、逃げてるようにしか見えない。自分の運命からね」


 千咲は、今までに無い真剣な眼差しを宗助にぶつける。赤色の瞳が、彼の瞳を捉えて離さない。


「いきなり何言い出すかと思えば、運命? 突然目の前に現れて、人生を一八○度方向転換して命を賭けろって言われて、それで拒否したら、なんで逃げている事になるんだ!」


 人並みに生きていると自負している宗助は、いきなり「逃げている」と憶えも無い事を言われカチンときていた。口調も自然ときついものになる。そんな宗助に、優しく子供に言い聞かせるように千咲は語る。


「どんな動物も宿命を背負って生まれてくる。肉食動物は他の動物を狩らなければ生きていけないし、狩られる側の動物だって生き残ろうと必死に闘う。生物(にんげん)は、生まれた時から既に目を背けちゃいけない事実がそれぞれに有る。私達の持って生まれた能力もそうだと思う。自分が持って生まれたものと、向き合って闘わないと、生きていけない」

「何をいきなり、そんな話をしたって……」

「いいから聴いて。マジメな話は苦手だし、うまく話せている自信もない。でも、聴いて」


 千咲は変わらず真剣な眼差しで、宗助から目を離そうとはしない。自分の誠実さ真剣さを相手に伝えたいのだろう。岬はというと、これまで幾度かあったように千咲の隣で黙ってやり取りを見つめている。


「あんたにその能力が無ければ、あんたが言ってた通り、妹さんも、そしてあんたも、今ここにいないと思う。実際に私達が守れなくて……いなくなってしまった人もいる。大事な人は失いたくない。みんなそうだよ。だから、私達はもっと強くなりたい」


 そこで、彼女は一旦言葉を切る。場違いなテレビの音声だけが、休むことなく部屋に響き続けている。彼女の言葉には間違いなく心がこもっていて、宗助はそれを無下にすることが出来るほど人情の無い人間ではなかった。


「……だから、一人でも多く一緒に闘える仲間がいれば、それだけで私達はとても強くなれる。私達の振る舞いが勝手だと思うのは、自覚はあるけどさ、これ以上犠牲になる人を増やしたくないから、実はかなり必死なんだよ。一人でも多く助けて、一人でも多く生きて貰うために、一人でも多くの仲間が欲しい。だからのんびりはしていられない。あんたが力を身につけて、そしてその力を一緒に振るってくれるなら、私は――」


 そのとき、千咲の通信機器に通信が入って会話を遮った。千咲は唇を噛んで仕方がなさそうにそれに応答する。


「……はい、一文字です。はい、ええ、岬も一緒です。……はい。わかりました、すぐに戻ります」

「何かあったの?」


 心配そうな顔で、岬が千咲の顔を覗き込む。


「マシンヘッドのレーダー、妙な反応を示しているから基地に戻って待機だって。既にこっちに迎えを出してくれているから、準備しておかないと」

「マシンヘッドの……! わかった」


 岬は立ち上がると、ぱたぱたと音を立て、荷物を取りに行った。


「一応念の為基地に来る? スワロウの事、もっと理解してもらえると思うけど」

「……行かない」

「そっか。……ま、悪かったね、突然押しかけて説教して」

「まったくだよ」

「これからもしかしたら、また危ない事が起こるかもしれないから、気をつけて。ダメだと思ったら兎に角逃げて。私達もなるべく早く駆けつけるから。あと、あおいちゃんはウチのガードが既についているみたいだから、そこは安心して」


 宗助は、何を言われても低く小さい声でぶっきらぼうに「あぁ」と返事をするのみだった。千咲と岬も帰る準備を整える為に席を立ち上がる。

 千咲は最後にもう一度、宗助に声をかける。


「兎に角。これから、よろしく」

「……。……」


 しかし宗助の口からは、声とも呼吸ともつかない掠れた音が漏れ出ただけであった。






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