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machine head  作者: 伊勢 周
14章 二つの指輪
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Floating alone

 不破が隊長室に向かいながら考えるのは、恐らくそこに居るであろう中川美雪に、どういう顔で会えばいいのだろうかということだった。


 彼女は変わった。婚約者が死んでしまってから、まるで別人のようになった。

 トランペットをいつも大事に持ち運んで、暇さえあれば練習していた彼女の後ろ姿も、プロポーズされたことをいの一番に報告してきた時の彼女の弾むような電話越しの声も、もう欠片も思い出せなかった。雑談は受け付けず、挨拶は最低限聞こえるか聞こえないか程度しかしない。不必要な言葉は発そうとしない彼女は、その容姿もあって明らかに社会というか、この世界から浮いている。


 いつもは適当になんとなく人間関係を構築していく不破も、彼女に対してはどういう言葉と態度が適切なのか全く見当がつかなかった。


 そうこう考えながら歩いているうちに、隊長室の前へと到着。


 他人に対して何を喋ってどんな接し方をすれば『ベスト』か、なんて問題に一〇〇点満点の答えなんて存在しないのは不破もわかっていて、色々考えた言葉の山はすべて振り払い捨てて、その場の空気の流れに任せることにした。不破要という男は、だいたいいつもそんな感じなのだから。


 彼は右手で拳を作り、それを目の前の扉に突きつけて、三回ノックをした。


「失礼します」


 不破が言いながら隊長室に入ると、そこには稲葉と中川美雪がそれぞれ応接スペースのソファに向かい合わせで腰掛けていた。


「おぉ、要。おはよう。悪かったな、朝から呼び出して」

「いえ、演習訓練までどうせ暇でしたから」


 ちらりと、美雪の方を見る。彼女をおよそ二年ぶりに見た不破の、最初の感想はというと。


(……変わってないな。悪い意味で)


 整った顔つきと細いスタイルに、ファンタジー小説に登場しそうな外見。だが、愛想が全くない。ゼロだ。ほんの僅かも存在しない。

 薄く施された化粧や、きちんと保管手入れがされていただろう綺麗な服装もそうだが、身だしなみはしっかりと整えてある。だが、彼女の佇まい自体に周囲への媚びなどの隙は一切無く、どんなナンパ師だろうと裸足で逃げ出すような極寒の冷気を纏っている。


 そして、彼女のその化粧や服装は、死んだ二神大祐が彼女に「こうしてほしい、これが好みだから」と要望したものであることを不破は知っている。


「……久しぶり」


 不破が美雪に声をかける。


「ええ」


 彼女は、たったそれだけの返事をした。不破もそっけない返事をされるのはある程度予想していたようでそれほど気にすること無く、何気なく美雪の隣に座る。隣といっても少し距離はあるが。


「それで、用件ってなんですか?」

「用件という程のもんじゃないんだが、少しだけこの三人で話がしたいと思ってな」

「話って……」

「要するに、親睦を深める為に雑談でもどうだ、という事さ。任務を円滑に進める上でも、仕事の話ばかりしていれば良いってもんでもないだろう」

「……雑談っすか……」


 不破は苦笑いで稲葉の顔を見る。どうやら自分たち二人に気を使ってくれているようだ。上官として連携をとっておきたいという部分も有るのだろう。常に死が隣り合わせのこの場所では、普段から意思の疎通をとっておく事はとても重要である。だが。


「……稲葉隊長」

「なにか?」


 美雪が凍てつきそうな冷たい視線を稲葉に突き刺し、抑揚のない声でその名前を呼ぶ。稲葉は穏やかな表情で返事をするが、不破はこの後彼女が何を言い出すのかある程度予想がついたようで、苦々しい顔で目を逸らしている。


「私からは特に、お話することもありません。これ以上例の件について情報が無いのでしたら退席させて頂きますので、何か情報が入ればまたご連絡の方よろしくおねがいします」


 美雪の他人行儀な物言いに稲葉は笑顔を引き攣らせ、不破は同級生の粗相になにかフォローするべきかと視線を左右にキョロキョロさせて空気を伺っていた。


「まぁ、そう言わずに――」

「おぉ、おいおい、お前」


 立ち上がろうとする彼女を稲葉と不破が引きとめようとしたその時、稲葉の机にある電話のコール音が鳴り響いた。


「っと、電話か。失礼」


 稲葉が立ち上がり机に歩み寄り、受話器を持ち上げ応答する。


「稲葉です。あぁ、海嶋か、おはよう」


 どうやら海嶋からの内線電話だったらしい。対応する稲葉を横目に、不破は隣の美雪に話しかける。二人共、身体は正面に向けたまま。


「おい、美雪」

「……なに? 不破くん」

「今の言い方はねぇだろうよ」

「…………久しぶりに会ったと思ったら、早速説教するのね。不破くんらしいけど」

「説教なんかじゃないが……隊長の言う通り、多少の意思疎通は必要だ。何か用事が有るのならともかく、少しくらいは会話しろ」

「必要ならば、気をつけるわ」


 不破はちらりと横目で美雪をうかがう。彼女は相変わらず姿勢よく、まっすぐと目の前を見つめている。その横顔が何を考えているのか、彼には全く読めなかった。


「――あぁ、……わかった。うむ、全員に伝えておく。それじゃあ、また後で」


 がちゃん、と音がして不破が振り向けば、稲葉が受話器を置いた音だった。


「なんだったんですか?」

「海嶋からなんだが。今病院の方から連絡があったらしい」

「病院から?」

「あぁ。なんでも、ブラックボックスに捕らえられていた人間の一人の意識が、会話が成立するレベルまで回復したそうだ。まだ幾つか検査があるそうだから、医師の許可が出ればだが、明日にでも話を聞きに行く。何か奴らへのヒントがあるかもしれん。いや、きっとある」


 稲葉が喋りながらソファへと歩き、先程まで座っていた場所に再度腰掛けた。


「明日って……隊長が直接行くんですか?」

「そう考えている。だが、もう一人か二人付いてきてもらえると助かるってのが本音だ。話を聴きながら、気付くことも多くなるだろうし……しかし、宍戸はあの顔だし、連れて行ったらビビらせちまって逆に話が出てこないかもしれんな……」


 冗談か本気かを判断しかねる発言に、不破は今日何度目かの苦笑い。


「明日は当番ですけど、許可が出るなら俺が同行しますよ」

「ああ、そうしてくれると助かるよ」


 すると、静かだった美雪が突然少し大きな声でこう言った。


「その病院、私も同行させて頂いても構いませんか?」


 言った彼女は瞳を揺るがすことすら無く、真っ直ぐな視線で稲葉を見つめていた。



          *



 アーセナル、オペレータールーム。夕刻。

 連日の演習訓練を終えた宗助が、稲葉に招集をかけられてオペレータールームに足を運ぶと、


「あ、生方くん。ちょっと話があるんだけど、今大丈夫かなぁ?」


 突然秋月雅に呼び止めれた。


「はい、まだ一時間ほどは大丈夫ですよ。なんでしょう」

「えっと、ここじゃあなんだから、ちょっと応接室に行こっか」

「……? 応接室ですか? わかりました」


 秋月からそのような隔離された空間で話さなければならない情報を伝えられるということが滅多に無いため、宗助は承諾しつつもその提案にきょとんとしてしまう。するとその時。


「あ、逆ナンだ」


 背後から声がして宗助が振り向くと、憐れな人間を見たかのような表情の千咲と、眉間に皺を寄せて、機嫌が悪いのか悲しんでいるのか、とても複雑そうな表情で様子をうかがう岬の姿があった。


「ちょっと……、人聞きの悪い事言わないでよ。岬ちゃんもそんな顔しないで……」


 秋月はむっとした表情で千咲をにらみ反論し、岬には諭すように話しかける。


「冗談ですよ、冗談。半分冗談。いくら秋月さんでも、基地内でそんなことしないでしょうし!」

「……。はぁ、まったく……そういう変なところばっかり不破くんに似て……。……まぁ、ちょうどいいわ、あなた達も時間が有るなら一緒に来て頂戴」

「……本当に真面目な話なの?」

「あんた、本気で私が生方くんを逆ナンしてるとか思ってたわけ?」

「応接室で、何の話をするの?」


 少し間を置いて、千咲が尋ねる。秋月はやはり不満気な表情だったが、これ以上千咲と下らない言い合いをしても、栓などどこにも存在しないと判断。ため息を小さく吐いて、渋々本題を先へと進める。


「…………不破くんの、昔話を、ちょっとね」

 宗助はその言葉を聞き、つばをごくりと飲み込んだ。



          *



 アーセナル、応接室。オペレータールームからエレベーターで階層を二つ下りて、長めの廊下を一分程歩いたところにそこはあった。宗助も入ったことは無かったが、それどころか、隊の人間も殆どが使用しない。そもそもアーセナルの性質上客人を応接する機会がほぼ無いのだ。


 しかし、設置されている質の良いブラックソファを昼の寝床として使用している人間は少なからず隊内に居るようだが。

 その場所に、秋月、宗助、千咲、岬の四人が集まっていた。


「早速本題に入るのだけれど……」


 秋月が三人の顔を見渡す。三人とも真剣な面持ちで、秋月は少しばかり緊張してしまう。


「……私は、不破くんがずっとあんな風に美雪さんに対してやりづらそうにしているのを見るのも嫌だし、美雪さんがずっと悲しみと恨みにまみれて生きているのを見るのも嫌。早く解決してあげたいし、そのためには手助けを惜しまないつもり。そして解決するには、あなた達の協力も絶対に必要になると思うの。だから、千咲や岬ちゃんにも話していなかった事件の詳細を、私が知っている限り、今日伝えておこうと思う」

「……はい。お願いします」

「えっと、でも生方くんは、そもそも、美雪さんの事は知らないのよね」

「いえ、今朝廊下ですれ違いましたし、一文字から少しだけ話も聞いています。不破さんと美雪さんと、二神さん、三人が高校の同級生で、二神さんと美雪さんが婚約してたって事も」

「そう。なら話が少し早いわ」


 秋月は、これから自分が話すことを頭のなかで整理しているのか、時折視線をちらちら天井に向け、そしてゆっくりと語り始める。


「生方くんは、不破くんが高校時代、ちょっとヤンチャしてた時期があったっていうのは知ってる?」

「あぁ、なんだか、ちょっとだけ聞きました。学校サボってブラブラしてたって」

「その原因は、不破くんのドライブが暴走した事に因るものなの」

「暴走って?」

「触るもの全部ぐにゃぐにゃにひん曲げちゃうようになって、クラス中学校中に敬遠されちゃったんだって。当然不破くんには悪気は無かったんだけどね」


 今の不破の姿からはクラス中から仲間はずれにされている不破の姿など想像できないが、しかしクラスメイト視点に立ってみれば、たまったものじゃあないだろうというのが容易に想像できた。


「それでも、不破くんに対する風当たりがどれだけ強くなっても、不破くんが全然学校に来なくなっても、ずっと『不破は、わざとそんなことする奴じゃない』って庇っていてくれたのが、二神さんだったんだって」

「わぁ、友情ですね~!」


 岬が感嘆の声をあげる。


「うん。実際不破くんが学校に復帰した後も、不破くんがクラスや学校に早く馴染めるように色々とお世話みたいなことをしてたんだって」

「それでまぁ、その後、二神さんと美雪さんをくっつけたのは、他でもない不破くんだったそうなんだけど……」

「ええっ!? そうなんですか!?」


 千咲と岬が声を揃える。不破が『男女の仲介をした』というのがよっぽど意外だったらしい。


「というか、一気に話が跳びましたね……」

「そうみたいよ。というか、不破くんがそれぞれから相談を受けてたみたいで」


「へぇー……」今度は三人声を揃えた。


「付き合ってからも、喧嘩したりすると不破くんが宥めたり仲介したりって……これじゃあ、ただの井戸端会議と変わんないわね……」


 秋月は首を左右に振って自分を戒める。


「今回の検出薬物の一致で、フラウア達と二神さんとの関連性が浮上してきた、とあなた達は思っているのかもしれないけれど……。実際は、二神さんの死体が山中に置き去りにされていたのを発見された時から、ほぼ一〇〇%奴らの仕業だと私たちは確信していたの」

「それは、なぜ……?」


 宗助が恐る恐る尋ねると、秋月が少し言いづらそうに下唇を軽く噛んで膝の上に置いた手に少しだけ力を込めた。


「それは……。……それはね。見つかった二神さんの死体は―体中の筋肉や内蔵をくり抜かれていて、そしてそこに、代わりに妙な機械の部品がところどころに埋め込まれていたから」


 秋月はまるでそれを話す事に痛みが生じるかのように、眉根を寄せて言う。


「……マシンヘッドに使われている部品とそっくりな、機械の部品がね」


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