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machine head  作者: 伊勢 周
14章 二つの指輪
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昔と今と

「婚約……」


 宗助はそれを聴いて、いたたまれない気持ちになった。生涯を共にすると誓い合った人を失うというのはどんな気持ちなのだろうかと。宗助も母親を亡くしてはいるが、やはり、近しい人を失う悲しみというのは、測って比べられるものではない。


「それで、美雪さんは――」


 沈痛な面持ちの宗助に、千咲が話を続けようとしたその時。


「おぉっす、千咲、宗助」


 話題になっていた人物の一人である不破が現れた。


「不破さん、おはようございます」

「なんだよ、二人して朝っぱらから辛気臭い顔しやがって」

「……いつも通りですけど」

「そうか?」

「そうです。それより、美雪さん、来てるみたいですよ。アーセナルに」


 千咲に言われると、不破は少しだけ黙る。


「……だろうな。来ないほうが不自然って話だ」


 そして、それだけ言うと視線を外へと逸らした。複雑そうな表情。


「どうしたんですか、朝っぱらから辛気臭い顔して」

「うるせぇ」


 千咲に皮肉っぽく言われると、こちらは自覚があったらしく、不破は表情をほぐすように両手で頬をグリグリと二、三度こねまわした。


「不破さん」


 それまで黙っていた宗助が、意を決した顔で不破に語りかける。


「ん?」

「不破さんは、知ってるんですよね? 美雪さんがなぜアーセナルに居るのか」

「……まぁな。というか、お前、あいつに会ったのか?」

「さっき廊下ですれ違ったんだって。挨拶しようとしたら思いっきり無視されたって」


 千咲が苦笑いしながら不破に告げ口。宗助が少し不満気に千咲を見る。それを聞いて不破も少し苦笑いして「しょうがねぇ奴だな、あいつ……」と呟く。


「昔は、もっと明るくて、よく笑う奴だったんだけどなぁ……」


 不破は、ずっと昔を懐かしむように言った。高校時代だと、彼にとってちょうど十年前の話だ。


「私は今の美雪さんしか見たこと無いから、想像つかないです」

「……だろうな。ま、この話はまた今度、時間有る時にな」


 そう言って不破は二人のもとから抜けて歩き始めてしまう。


「え? あ、ちょっと! 教えてくれないんですか!?」


 宗助が抗議の言葉を投げるが、不破は受け取るそぶりも見せず。


「朝っぱらからする話じゃねぇんだよ」


 そんな言葉だけ残して颯爽と去っていってしまった。


「また今度って、便利な言葉だな。ったく……」


 宗助がため息を吐きながら不破の背中を見送ると、千咲はその隣でポツリと呟いた。


「美雪さんは、二神さんを殺した相手を追っているの」

「……。まぁ、そうなんだろうなって、予想はついてたけど」


 二神大祐という男の『変死』と、その彼と婚約していた女性、そして不破の今の態度と台詞。それらから、宗助はなんとなく察していた。悲しい事件や出来事があったのだろう。そして次の瞬間、宗助の中でカタカタと仮説が組み上がっていく。


「その、二神さんを殺したのは……ブルーム達の誰かってことか?」

「……なんでそう思うの?」


 少し間をおいて、千咲が質問に質問で返す。


「そりゃあ……普通の事件なら、わざわざウチが出張らないだろうし、それに、昨日言っていた二神さんから検出された薬品と、フラウアに捕まっていた人たちの身体から検出された薬品が同じだったのもあるし……」

「そうだよねぇ。きっと、そうなんだと思う」

「そうだよねぇって……」

「……あの事件があった時、私はまだ高校生で、その二神さんの死に関する事は、あんまり教えてもらえなかった。『子供に進んで言うことじゃない』って。だから、さっきも言った通り詳しくは私も知らないんだけど……その二神さんの死に方が尋常じゃなかったって事だけは聞いた」

「尋常じゃない? どんな風に」

「だから、そこを教えてくれないの。一回隠れて資料見ようとしたら、『メシがしばらく食えなくなるぞ』って不破さんに怒られてさ」

「どんな怒り方だよ……。いや、でも待てよ。それじゃあ、なんで美雪さんはアーセナルに出入りを許されてるんだ? 言っちゃ悪いけど、被害者の婚約者だからって一般人だろ、そこまで肩入れするなんて――」

「あぁ、それは簡単。美雪さんがドライブ能力を持ってるから」

「……そういう事か。……って事は、やっぱり戦闘員なんだな」


 宗助はそう言ってから少々複雑そうな表情を浮かべる。どうやら初対面で挨拶を無視されたことにより、既にとっつきづらそうだと感じているらしい。これから上手く信頼関係を築けるかがそこはかとなく不安だった。


「えっとね、その辺は曖昧な所なんだけど……。美雪さんが戦ったりドライブを使うところは私も見たこと無いけど、隊長曰くバリバリで戦闘に使えるみたいで……万が一戦闘要員が足りなくなった場合に戦力になってもらうっていう条件で、二神さんの件についてスワロウの情報網を駆使して手がかりを集めてっていう感じ……かな?」

「なるほど。それで、今回妙な共通点が見つかったから、話を聴きにアーセナルに来た訳ね」

「たぶん」


 妙な共通点とは、二神大祐の身体から検出された薬品と、ブラックボックス内にとらわれていた人間達の身体から検出された薬品が同一のものであるということである。単純に考えれば、犯人はフラウアか、またはその周辺というのが濃厚になってきた訳だが……。

「あ、でも。今回の薬品の件が判るまで、犯人への手がかりっていうのは殆ど無かったみたいで……だから今回のこの情報で、きっと美雪さんも躍起になってるんじゃないかな」


 そして千咲は心配そうにこう続けた。


「……無茶な事しないといいんだけど……」



          *



 現在より十年前、四月上旬。


 その年は桜の開花が少し遅くて、その時は例年に比べてまだ蕾が多く、三分咲き程。少年はまだ準備期間中の桜並木を抜けて、緊張した面持ちで高校の門をくぐる。


 前後左右、何処を見ても知らない顔ばかりで、しかし殆ど全員が同じ年令という奇妙な縁をほんのり感じながら、しかしその中の誰かに話しかけるわけでもなくまっすぐと歩く。


 長ったらしい高校の入学式が終わって、すぐに振り分けられたクラスの教室にてクラスで最初のホームルームが行われ、クラス全体の自己紹介が順番に行われていた。


 少年は教室中央の後ろから二番目の席を割り当てられ、その為によく見えるクラスクラスメイト達の後ろ姿を見ながら、これから彼らと短くとも一年間付き合っていくんだな、などと考えていた。


 長く息を吸い込んで、その初めて見る景色やその初めて感じる空気、初めて感じる教室の木の匂いだとかに胸をドキドキとときめかせながら、そわそわ落ち着かない様子で自分の自己紹介の順番を待っていた。


 真面目に自己紹介する人や気弱そうな態度で声も聞こえにくい人、妙なテンションで初日から笑いを取ろうとする人、いろんな人がいて、それでも滞り無く自己紹介は進んでいき、少年の隣の席の女子の順番が回ってきた。担任の教師に「次、中川」と呼ばれると彼女は静かに立ち上がる。


「神和台中学校出身の中川美雪です。中学の時は、吹奏楽部でトランペットをしていました。高校でも吹奏楽部に入ろうと思っています。よろしくおねがいします!」


 それだけ言い切るとペコリと一礼して、彼女は席についた。彼女の自己紹介はどこもおかしくない、当たり障りの無いものだったのだが。凛とした彼女の立ち姿に惹かれてしまったのか、それとも単に新生活が始まる妙な期待感に浮かされたのか、あるいはどちらもか。少年は、隣の彼女が妙に気になり始めてしまっていて――そして、その日の放課後。


 少年はその日を振り返ってみて、自分の自己紹介が思い出せなかった。中学では野球部に在籍していたということを話したような、はたまた動物では犬か猫かで言うと犬が好きだとか言ったような……ぼんやりとした記憶。


 つまり、隣の彼女が妙に気になってしまい、自分の事が疎かになっていたのだ。その彼女はというと、中学からの同級生らしい活発そうな女子と一緒に教室を出て行ってしまった。


 少年は少年で、同様に中学からの友人と一緒に帰る約束をしている。その友人とはクラスが別で、過ぎてしまったことをいつまでも引きずっていても仕方がないと、さっさと教室の外へ向かおうとカバンの紐を持ったその時。


 突然目の前の席に座る男子がぐるんと一八○度身体を回転させ少年の方へ振り向いた。


「なぁ。なんなんだ、さっきの自己紹介」


 そして挨拶も無しに突然そんな質問が飛んできた。


「え? あ、あぁ……その、うん……。自分でも、何言ったか覚えてないんだ……」


 突然話しかけられて、少々どもりながらも正直にありのままに話す。するとその男子はきょとんとした顔を一瞬見せて、そしてぷっと吹き出した。


「ははは、なんだよそれ、あがり症とか?」

「い、いや、今までこんな事なかったんだ。なんか、今日はおかしい。……俺、なんて言ってた?」

「確か、中学校からの好きなタイプの野球部に入るつもりです、とか言ってた」


 それを聞いて少年は頭を抱えた。どうりで教室の空気が固まっていた訳だ、と納得した部分もあったが。さっきまで周囲の自分を見る目がなんだか生暖かいと思ったのもそのせいだと確信する。


「あぁ、初日から何やってんだ俺は……」

「前の席に座ってて、どうリアクションとって良いかわからなかったぜ。振り返ったら顔が真顔だし。エキセントリックというかなんというか。……その様子だと、俺の自己紹介も聞いてなかったな?」

「……ゴメン」


 陳謝する少年に対してその彼は「なんか、予想以上におもしろい奴だなぁ」と言って苦笑い。


「俺の名前は、二神大祐。大祐って呼んでくれて良いよ。中学の友達もみんなそう呼んでるし。よろしくな、えーっと……」



          *



「不破くん」


 アーセナル内の通路をぼんやりとした顔で歩いていた不破に声がかけられる。不破が振り向くと、そこにはオペレーター兼ドライブ研究者の秋月雅が立っていた。


「……ん? おぉ、秋月か。なんか用か?」

「なんか用かって……、今さっきまでの不破くんの顔を鏡で見せてあげたかったわ。見たら誰だって声をかけてあげなきゃいけない気にさせられる顔してた」

「そんなに男前だったか」

「男前すぎて、ぽかんと開いた口に熱っついおでんでも投げ込んでやりたくなったわ」


 そう言われて、不破は唇を噛んで口を閉ざしていますとアピールする。


「考えごと?」

「まぁな」

「ブラックボックスの件での?」

「まぁな」


 秋月は適当過ぎる返事をする不破にむっとした表情を見せると、こう続けた。


「いや、それとも、今朝アーセナルに来た不破くんのお綺麗な同級生の事かしら」

「……さぁな」


 嫌味っぽい台詞にもその一言だけしか答えない。その態度と台詞に秋月は、はぁーーーーと仕方が無さそうに大きなため息を吐いた。秋月は、不破と美雪と、そして二神大祐という男の事情をある程度知っている。千咲や岬ら未成年組より深い部分まで。

 知っていて、彼女はあえて言う。


「……不破くんはさぁ、美雪さんの事ちゃんと見守ってあげたら? どんな結果が待っているのかは、わからないけどさ」

「俺があいつの邪魔してるみたいな言い方だな」

「美雪さんがアーセナルに来るたびに嫌そうな顔してるくせに」

「邪魔はしてないだろうが。俺が内心どう思うかなんて関係ないだろ」

「美雪さんは、誰よりも不破くんに味方して欲しいって思ってるだろうけど」

「……あいつがそう言ってたのか?」

「別に……」

「ほれみろ。適当な事言ってんじゃねぇ」


 不破は鼻で笑う。


「まぁ、美雪さんは多分稲葉隊長に会いに行ってるから、話をするなら隊長室に行くと良いわ。久しぶりでしょ、会うの。一年ぶりくらい?」

「いいや、遠慮しとくよ。邪魔になるからな」


 不破のその皮肉交じりの台詞を聞いて、秋月は渋い表情で不破を睨む。すると次の瞬間、不破の胸ポケットにしまってある携帯電話がピーピーと音をたてた。不破は素早く取り出してディスプレイを見る。


「……隊長からだ」

「お呼びみたいね」


 不破は秋月に背を向けて通話に出た。


「はい、不破です。……はい、今は特に。……はい。わかりました、すぐに」


 たった数十秒の通話。しかし今度は不破が渋い顔になっていた。ゆっくりと携帯を胸ポケットに仕舞う。通話の内容は秋月には聴こえなかったが、彼女はその通話内容を大方把握できているようで、勝ち誇ったような笑顔で不破に向かって「はい、じゃあ、行ってらっしゃい」と言葉をかけた。


 不破は何も言い返さず、ため息を一つ。両手をズボンのポケットに突っ込んで、隊長室の方へ向かい歩き始めた。




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